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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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70/150

70:初の“元奴隷”成功例

朝霧が綿菓子のように柔らかく晴れ、耕されたばかりの黒い土に、眩いばかりの陽光が降り注ぐ。

空気は適度な湿り気を帯び、風はまるでお祝いの準備をしているかのように穏やかだ。

作物にとっても、そして今日という日を待っていた人々にとっても、最高にゴキゲンな幕開けだった。


だが、今日の主役は広大な畑でも、威厳ある防衛線でもない。

村の広場。そこに集まった、何百もの「目」だった。


「よおし、お立ち会い! 今日はな、この村の設計図がどれほど正確に『未来』を書き換えられるか、その最高の証拠を見せてやるぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

その横には、一人の少女が立っている。

名は、リナ。かつて奴隷商の馬車から救い出された時、小刻みな震えを止めることすらできなかった十六歳の少女だ。

だが今の彼女は、痩せ細っていた頬に健康的な赤みが戻り、その瞳には怯えを焼き尽くすほどの静かな「意志」が宿っていた。


「……やる」


リナが小さく、しかし鋼のような硬さを持って呟く。

その背後で、エルダが岩のように腕を組み、冷徹な視線を標的に固定した。

「……見せろ。お前の流した汗が、ただの水滴ではなかったことをな」


### 1:武器から「役割」へ――リナの覚醒

広場の端には、魔導式バレット銃が三挺、整然と並べられている。

村人たちが息を呑み、固唾を呑んで見守る。彼らにとって、それはまだ「恐ろしい武器」だった。だが、カイゼルはいつだって陽気に笑ってこう言っていた。

『いいか、こいつは武器じゃねえ。お前らが平穏を回すための「パーツ」なんだよ!』と。


リナが銃を手に取る。その指先は、驚くほど静止していた。

かつては自分の影にさえ怯えていた少女が、今は魔導具と対話するように呼吸を整える。


「標的、三つ。逃すな」

エルダの短い号令。


パァン! と澄んだ音が響く。

一発目、ウォーターバレット。高圧の水弾が一直線に走り、遥か遠くの木の板を粉々に粉砕した。


「……当たった。あの子、本当に……」

村人の一人が呆然と漏らす。


二発目、ウィンドバレット。不可視の風の刃が放射状に広がり、不規則に揺れる的を正確に切り裂いた。


そして三発目。

ソイルバレットが地面を蹴り上げ、強固な土壁をまるで紙細工のように崩し去った。


完全なる制御。一滴の無駄もない、美しき「技術」。

広場を支配したのは、重苦しい沈黙、そして――それを塗り替えるような爆発的な「驚嘆」だった。


「合格だ。……槍を持たずとも、お前は立派な『盾』だ」

エルダの短い、しかしこれ以上ない評価。

リナの目に、熱いものが浮かぶ。だが彼女はそれを拭わず、銃を置いて深々と頭を下げた。


「……できた。私にも、守れる……!」


「ははっ! 最初からできるって言っただろ? 眠ってた価値を目覚めさせただけだぜ、リナ!」

カイゼルが陽気に笑い、彼女の肩をポンと叩いた。


### 2:逆転する「教え」の構図

その直後、驚くべき光景が広がった。

元からの村人である一人の農夫が、帽子を脱ぎ、恥じ入るように、しかし切実な声でリナに歩み寄ったのだ。


「……リナさん。今の……水の扱い。俺たちの畑にも、教えてくれねえか」


かつての「元奴隷」と「先住の村人」という境界線が、一瞬で消滅した瞬間だった。

リナは戸惑いながらも、カイゼルの笑顔に背中を押され、力強く頷いた。

「……うん。私、やってみる」


次は畑だ。

リナはカイゼルが設計した灌漑かんがいシステムと自身の魔法を、驚くほど滑らかに同期させた。

「ここ、水が多すぎ。……土が呼吸できない」

魔法で土の湿度を瞬時に読み取り、最適化していく。かつて「経験」だけで動いていたベテラン農夫たちが、その正確な「技術」の前に目を見開いた。


「ははっ! 見たか野郎ども! これが仕組みの力、そして『適材適所』の魔力だ! 過去なんてゴミ箱に捨てて、今ある技能スキルで会話しようじゃないか!」


### 3:溶解する「差別」と「仕組み」の勝利

昼時の食堂。

リナは自ら配膳の列に加わり、湯気の立つスープを運んでいた。

かつては座ることすら遠慮し、影に隠れていた彼女に対し、今は男たちが自然に声をかける。

「ありがとよ、リナ! 午後の訓練も頼むぜ!」

「リナちゃん、この間の土の崩し方、もう一回教えてよ!」


そこには「元奴隷」という色眼鏡は存在しない。

存在するのは、村の平穏と繁栄に欠かせない、優秀な「役割」を持った一人の仲間だ。


「投資としては大成功、いや、市場価値マーケットで言えば予測不能な暴騰ね」

マリナが杯を傾け、満足げに算盤を弾く。


「ははっ! 売り物じゃねえって言ってるだろ、マリナ! だが、お前さんの言う通りだ。価値は証明された。一人の成功は、百人の希望になる。……仕組みさえありゃあ、誰だって輝けるんだよ!」


夜、公衆浴場。

立ち上る湯気の中で、笑い声が反響する。

リナの隣に座る村人の女性が、彼女の背中を流しながら世間話に花を咲かせていた。

「お湯はいいわねえ。汚れも、変な意地も、全部流してくれる」

「……うん。あったかい」


カイゼルは外で夜空を仰ぎ、エルダの隣で大きく伸びをした。

「どうだ、軍曹殿。あの子はもう、誰かに守られるだけの小鳥じゃねえだろ?」


「……ああ。……人を鍛えるのは剣だけではない。役割という名の『居場所』か。お前の設計には、時折恐ろしさすら感じる」


「ははっ! 最高の褒め言葉だぜ、エルダ!」


灯火が増え、声が増え、そして――「自負」という名の熱量が増えていく。

かつての肩書きを捨て、新しい役割で結びついた人々。

カイゼルという陽気な指揮者の下で、村という巨大なオーケストラは、不協和音を乗り越えて最高にゴキゲンな交響曲を奏で始めていた。


「さあ、明日は二人目のリナ、三人目のリナを誕生させようじゃないか! 未来は、俺たちの計算通りに踊ってるぜ!」


カイゼルの笑い声が、夜の静寂を明るく照らし、新しい「価値」の始まりを祝福するように響き渡った。

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