62:資源配分の再設計
朝の炊き出しは、胃袋が鳴らす不協和音から始まった。
大鍋はいつも通り並び、中身もリナ監修の栄養満点スープ。湯気も香ばしさも申し分ない。
だが――列が、以前の三倍に伸びていた。
「おーっと、なんだいこの大行列は! 王都の限定スイーツの発売日でもなけりゃ、俺のサイン会の行列でもねえよな?」
カイゼルが広場を横切りながら、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。
だが、その視線は笑っていない。列の先頭で、料理人が空になった鍋を前に、申し訳なさそうに頭を下げているのを見逃さなかった。
「……足りていないな」
エルダが音もなく隣に立ち、腕を組む。その灰色の瞳には、補給路が断たれた戦場を見るような厳しさがあった。
「ははっ! 総量は足りてるはずなんだがなあ。マリナ、お前さんの帳簿に穴でも開いたか?」
「失礼ね、カイゼル。私の数字は一グラムの狂いもないわ」
マリナが冷徹に、しかしどこか苛立たしげに帳簿を叩く。
「食料の総量は、全人口を賄ってなお余りある。……でも、現場に『届いていない』。つまり、配り方が完全に死んでるのよ」
カイゼルは即座に指を鳴らした。
「よし、野郎ども! 犯人捜しをする前に、まずは『詰まり』を抜きに行くぜ! 倉庫へ突撃だ!」
三人で倉庫へ向かうと、そこには案の定、肉や野菜が山積みになっていた。十分に、いや溢れんばかりに。
だが、運搬担当の若者たちが、所在なげに荷車の前で立ち尽くしている。
「よおし、筋肉自慢の運搬班! なんでここで肉と見つめ合ってるんだ? こいつはお前の恋人じゃねえ、村人の空腹を救うヒーローなんだぜ!」
「あ、カイゼルさん! ……それが、どこにどれだけ持っていけばいいのか、指示がバラバラで……。こっちは足りてるって言うし、あっちはもっと寄越せって言うし……」
「なるほどな! 中間の詰まり……いや、これは設計図そのものの書き換え時だ!」
エルダが舌打ちする。
「現場の勘で動くには、この村はもうデカくなりすぎた」
「ええ、その通り。今までは『必要そうな場所に送る』で回ってたけど、もう無理よ。……カイゼル、需要の可視化、今すぐやるわよ」
昼。
広場には、各班の責任者が緊急招集された。
ざわめきの中、カイゼルが壇上で快活に手を広げる。
「いいか、野郎ども! メシが届かねえのは、肉が足りねえからじゃねえ。お前らの『声』が届いてねえからだ! 腹が減ってるなら叫べ、足りてるなら手を挙げろ! ――今日から、勘で動くのは禁止だ!」
カイゼルが横に置いた大きな板を、魔法で光り輝かせる。
「これを見ろ! 班ごとの『配分表』だ。毎日、マリナの管理下に正確な数字を上げろ。数字は嘘をつかねえ。お前らの胃袋の叫びを、そのままこの板に刻み込むんだ!」
「数字で動け。……戦場と同じだ。残弾を知らずに引き金を引く阿呆は、この村にはいらねえぜ!」
エルダの冷徹な一喝が、広場を静まり返らせる。
「感覚で動く時代は昨日で卒業だ! さあ、今日からこの『配分表』が俺たちの新しい法律だ。無駄なく、迅速に、全員の腹を満たす。これができなきゃ、俺の陽気な朝の挨拶も安っぽくなっちまうからな!」
午後。
変化は雷のような速さで現れた。
倉庫の運搬担当は、板に刻まれた数字を見て迷いなく荷を積み込む。
「東区画に二十、西に十五。よし、行ってくる!」
炊き出しの列は、設計された流れに乗ってスムーズに解消されていった。
「ははっ、見たか! 血管が掃除されたみたいにスッキリしたぜ!」
だが、カイゼルはまだ止まらない。
夕方。マリナが帳簿を閉じて溜息をついた。
「……次の歪みが見えたわね。特定の『できる奴』に仕事が集中しすぎてるわ」
「ははっ! 優秀な奴は使い倒すのが俺の主義だが……潰れちまったら元も子もねえな」
「分散よ。責任を一人で背負わせない構造が必要だわ」
カイゼルは頷いた。
「育てる時間だ。野郎ども、夜遊びは禁止だぜ!」
夜。
訓練場の片隅に、カイゼルは若手の中でも特に目の輝きが良い数人を集めた。
「よおし、今日からお前らは『ただの働き手』を引退だ。今日からは――『分隊長』、つまり指揮官になってもらうぜ!」
「え……俺たちがですか!? まだ新入りなのに……」
「新入りだからいいんだよ! 古臭い常識に囚われてねえからな。いいか、最初から完璧にやろうなんて思うな。俺の顔を潰さない程度に、盛大に失敗してこい!」
エルダがその背後に立つ。
「……失敗しろ。だが、二度と同じ轍を踏むな。止まらなければ、俺が最後まで面倒を見てやる」
若者たちの目に、責任という名の熱い光が宿る。
「いい流れだわ。資源ってのは、物だけじゃないものね」
マリナが微笑む。
「その通りだ、マリナ! 人が一番重くて、一番化ける資源なんだよ。こいつらを磨き上げれば、村はもっとデカいエンジンを積めるようになるぜ!」
夜風が村を吹き抜ける。
滞っていた配分は整い、新しい流れが生まれ、次世代の芽が吹き始めた。
だが、カイゼルは知っている。組織が大きくなれば、また新しい歪みが生まれることを。
「まだ止まらねえぜ。歪みが出るたびに、俺がもっと面白い仕組みに書き換えてやる!」
「ふん……次はどんな無茶を言うつもりだ」
エルダが呆れ顔で言う。
「ははっ! それは明日のお楽しみだ! さあ、明日は今日より美味いスープが飲めるように、もう一仕事してくるか!」
カイゼルの陽気な笑い声が、夜の帳を明るく照らし出した。
資源配分は、生き物のように鼓動を始めている。
止まらない物語は、新しい「人」という資源を糧に、さらなる未踏の地平へと加速し続けていた。
「未来は、俺たちの計算通りだぜ!」




