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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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40:余剰の価値化

朝の倉庫は、数週間前までの「停滞」が嘘のように、清々しい静寂に包まれていた。

かつては収穫時期ともなれば、行き場を失った野菜が山をなし、饐えた匂いを漂わせる「失敗の墓場」だった場所だ。


だが、今の倉庫に無駄な山はない。

それでも――カイゼルの鑑定眼は、隅に追いやられたいくつかの木箱を見逃さなかった。


「よおし、お立ち会い! 倉庫の隅でいじけてるこの子たちに、新しい人生……いや、『食卓の主役』への切符をプレゼントしてやろうじゃないか!」


カイゼルが陽気に声を張り上げ、木箱の蓋を蹴り開ける。

中に入っているのは、二股に分かれた大根、人の頭ほどもある巨大すぎるキャベツ、表面に傷のついた果実。味は変わらないが、市場の「規格」という物差しからはみ出した、いわゆる落ちこぼれたちだ。


「……これを使うのか? カイゼル。腐ってはいないが、売り物としては二流だぞ」

エルダが腕を組み、冷静な、しかし少しだけ疑問を孕んだ視線を向ける。


「ははっ、エルダ! 二流とは失礼な。こいつらは『個性が強すぎるエリート』なのさ! 捨てればただのゴミだが、仕組みを通せば金貨に化ける。マリナ、お前の算盤そろばんなら、この『ゼロ』をいくらに書き換えられる?」


「ふふ、そうね。原価がタダ同然なら、あとは『付加価値』という名の魔法をかけるだけ。利益率は……計算するまでもないわね」

マリナが扇子をパチンと閉じ、不敵に微笑む。その瞳は、廃棄物の中に眠る莫大な富をすでに見通していた。


「決まりだ! 料理人ども、全員集合! 今日はお前らの包丁に『革命』を刻み込んでやるぜ!」


昼。

広場にはカイゼルが土魔法と火魔法を組み合わせて即興で作り上げた、巨大な「村のキッチン」が鎮座していた。

集められた料理人たちは、目の前に並んだ歪な野菜の山を見て困惑を隠せない。


「カイゼルさん、こんな傷モノ、どう調理しろってんだ?」


「形が悪い? だったら刻め! 傷がある? だったら削げ! 煮込んじまえば、形なんて関係ねえ。大事なのは喉を通った時に『生きてて良かった!』って思えるかどうかだろ?」


カイゼルは軽快な動作で包丁を握り、自ら巨大な大根を叩き切ってみせた。

「いいか、戦場じゃあ見た目のいい剣より、折れない剣が一番なんだろ? 料理も同じだ。大事なのは中身ポーションなんだよ!」


「……戦場と同じか。使えるかどうか、それだけが真実だな」

エルダのその一言が、料理人たちの迷いを断ち切った。

包丁がリズムを刻み、かまどに火が入る。


夕方。

市場の一角に、香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが漂い始めた。

新しい屋台の看板には、カイゼルの筆でこう書かれていた。


『村のスタミナ飯・ガッツリ煮込み』


「さあさあ、お立ち会い! 見た目は悪いが味は宇宙一! 働く男と女のための、栄養満点スープだ! 規格外の野菜だからこそ出せる、この濃厚な出汁を食らってみろ!」


カイゼルの煽りに、最初に食いついたのは作業帰りの建設班だった。

「……なんだこれ。安いな」

「安いだけじゃないぜ。リナ先生監修、疲れが吹き飛ぶ薬草スパイス入りだ!」


一口食べた男の顔が、驚愕に染まる。

「……っ! うまい! なんだこの濃い味は!」

「だろ? 育ちすぎた野菜は水分が抜けて味が凝縮されてるんだ。おまけに捨てられるはずだった肉の端材や骨を、俺の魔法で極限まで煮出したスープだ。不味いわけがねえ!」


噂は瞬く間に広がり、屋台の前には長蛇の列ができた。

今までは「余り」として捨てられていたものが、安くて旨い「ご馳走」として、村人の胃袋へと消えていく。


「回ってるわね。廃棄コストが利益に変わる……まさに究極の循環だわ」

マリナが満足げに帳簿を更新する。


「ははっ、これぞ余剰の価値化! だけどな、マリナ。これでお腹を満たすだけじゃあ、二流の設計者だ。エルダ、あいつらの動きを見てみな」


訓練場。

安くて栄養満点の食事を摂った防衛班の動きが、目に見えて変わっていた。

「……体が軽い。疲労の抜けが、昨日までとは段違いだ」

「ヒールバレットの必要がねえな。自前の体力で回復してやがる」


「無駄撃ち禁止! 浮いた分の魔石は次の設備投資に回すぞ!」

カイゼルが笑いながら指示を飛ばす。

食が整い、健康が安定し、防衛のコストが下がる。

すべてが繋がり、一つの巨大な「強さ」となって結実していく。


夜。

カイゼルはさらに一歩先を、村人たちに提示した。


「いいか、野郎ども! 生で食えないなら煮ろ、煮ても余るなら……干せ!」


彼は野菜を乾燥させ、肉を燻製にする加工技術を「仕組み」として導入した。

水分を抜けば軽くなる。保存が利く。そして、何より「外へ運べる」。


「これを外の商人に売るわ。……辺境の村が作る、安くて栄養価の高い『軍用保存食』。マリナ商会の主力商品として、世界中にバラ撒いてやるわ」

マリナの目が、冷徹な勝利の光で細められた。


「外貨獲得、そして名声の確立だ! エルダ、忙しくなるぜ。荷馬車が増えれば、悪い虫ももっと寄ってくるからな」


「……問題ない。守るべきものが増えるほど、私の剣は鋭くなる」


村を見下ろす丘の上。

三人は静かに、しかし熱く燃える村の灯りを見つめていた。


「カイゼル。あなたは本当に、何一つ無駄にしない男ね」


「ははっ、マリナ! 最高の褒め言葉だ。余りってのは失敗じゃない。ただ、今の自分たちに使い道が見えていないだけの『可能性の欠片』なんだよ。人も、物も、時間もな!」


「……人も、か」

エルダが小さく呟き、かつての盗賊たちが今や立派な護衛として村を守っている姿を、優しい目で見つめた。


「さあ、明日はこの保存食の初出荷だ! 景気よくいこうぜ! 俺たちの村に『ゴミ』なんて言葉はもう存在しねえ。すべてが価値に、すべてが力に変わるんだ!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

余剰を武器に変え、無駄を富に変え、欠点を個性に変える。

止まらない物語は、新しい「価値」という名の帆を張り、さらなる広大な世界へと、力強く加速し続けていた。

仕組みは今日も、淀みなく、そして完璧に回っている。

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