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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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29:小さな市場発生

朝の広場には、昨日までにはなかった種類の「熱」が渦を巻いていた。


それは、農具を研ぐ単調な金属音でも、訓練班の張り詰めた掛け声でもない。もっと不規則で、粘りやすく、それでいて生命力に溢れた――人々の「欲求」がぶつかり合う声の塊だ。


「おーい! その立派なカブ、石二つ分ってのはボッタクリすぎだぜ。俺の自慢の干し肉と交換なら、おまけに俺の最高の笑顔もつけてやるが、どうだ?」


「笑いはいらねえよ! このカブはリナ先生の土壌改良区画で育ったエリートなんだ。価値がわからねえなら、あっちの雑草でも噛んでな!」


広場のあちこちで、そんなやり取りが飛び交っている。木箱を並べ、その上に不揃いの野菜や、昨日仕留めたばかりの獣の端肉、さらには手製の細工物が並べられていた。


「よおし、お立ち会い! 始まったな、村の『第一回・物欲開放フェスティバル』がよ! 溜め込んだお宝を吐き出して、誰かの宝と交換する。これぞ文明の醍醐味だぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせ、大きく手を広げた。その瞳は、広場全体で起きている「交換の流れ」を鑑定し、一つの巨大な回路として捉えていた。


「……ついに来たわね」

マリナが扇子で口元を隠しながら、隣で静かに、しかし情熱的に目を細めた。

「市場よ。自然発生……。誰が教えたわけでもないのに、豊かさが余剰を生み、余剰が交換を呼ぶ。経済の産声ね」


「ははっ、マリナ! 産声にしちゃあ、なかなかの爆音だぜ。だが、この無秩序なエネルギーこそが、村をさらにデカくする燃料になるんだ。仕組みを押し付ける前に、まずはこの『自由』を存分に暴れさせてやろうじゃないか!」


市場の片隅では、子どもたちが昨日教わったばかりの「計算」を、さっそく実戦で試していた。

「ええと……石三つがこの干し柿一つだから……六つなら二つ?」

「正解! お前、算数の天才だな。将来はマリナの商会で金を数える仕事が決まりだぜ!」

カイゼルが通りすがりに少年の頭を撫でる。知識が「武器」に変わる瞬間を、彼は何よりも楽しんでいた。


一方、エルダは広場の端で、彫像のように動かず周囲を睨んでいた。

「……人が増えたな。見慣れない顔が混じっている」


彼女の指摘通り、村の外縁には行商人や、噂を聞きつけた流れ者たちが数人、様子を伺うように立っていた。

「匂いを嗅ぎつけたハイエナどもか。カイゼル、警戒レベルを上げるか?」


「いいや、エルダ。客人は大歓迎だぜ! ただし、マナーを守れない奴には、お前の自慢の『愛の鉄拳』を味わわせてやってくれ。……マリナ、商売のルールは任せていいか?」


「ええ、喜んで。……でも、綺麗なだけじゃ済まないわよ?」

マリナが不敵に笑い、広場の中央へと進み出た。


「ちょっといいかしら、皆さん!」

凛とした声。ざわめきが波が引くように収まり、全員の視線が商会長に集まる。


「自由に売り買いするのは大いに結構。でも、この村で商いをするなら、一つだけ『絶対の掟』を守ってもらうわ。……それは、記録をつけることよ!」


「記録?」

誰かが首を傾げる。


「そう。何を、いくつ、いくらで売ったか。書くのよ。書けないなら、あの子たちに頼みなさい! ――記録がない取引は、ただの『その場しのぎ』。記録があれば、それは明日の『予測』に変わる。損をしたくないなら、この仕組みに従いなさい!」


有無を言わさない合理の響き。村人たちは少し戸惑いながらも、カイゼルの教育によって「文字と数」の重要性を骨身に染みて理解し始めていた。彼らは渋々、しかしどこか誇らしげに、配布された小さな板へ取引を刻み始めた。


「ははっ、マリナ! 教育と実利を一気に結びつけたな。お前、本当に恐ろしい女だよ!」


「最高の褒め言葉として受け取っておくわ」


昼時。市場は絶頂を迎えていた。

特に賑わっているのは、料理人の即席屋台だ。

「焼きたてだ! リナ先生の薬草で香り付けした、特製ジビエ串! 頬っぺたが落ちても責任は持たねえぞ!」


香ばしい匂いが広場を支配する。

「一つくれ!」「俺は三つだ!」

ただ腹を満たすためではない。自分の稼ぎで「美味いもの」を選ぶという悦び。その活力が、村全体の循環をさらに加速させる。


「カイゼルさん! これ、すごいよ! みんなが笑ってる!」

リナが薬箱を抱えて走り寄ってきた。


「だろ? 医療も食も、そしてこの市場も、全部『流れ』なんだ。澱みをなくし、必要なところに価値を届ける。リナ、お前のおかげでみんな健康だから、こうして元気に叫べるんだぜ。感謝しろよ、お前ら!」


カイゼルの声に、周囲から「おう!」「サンキュー、先生!」と明るい声が返る。


夕方。市場が静かに幕を下ろし始める。

売り切った者の満足げな顔、売れ残って頭を抱える者の苦笑い。しかし、そのすべてが「明日への作戦」に繋がっていた。


「……いい眺めだ。昨日まで奪われることしか知らなかった連中が、今は自分の価値を自分で決めている」

エルダが、少しだけ表情を和らげて言った。


「そうだよ、エルダ。守るべきものが『命』から『生活』に変わった。それは、この村が本当の意味で自律し始めたってことさ」


カイゼルは沈みゆく夕陽を見つめ、静かに呟いた。

「一つ動けば、全部動く。井戸から始まったこの歯車は、もう誰にも止められない巨大な装置になった。……さて、明日はどんな面白い取引が生まれるかな!」


小さな市場。それは単なる売買の場ではなく、人々の「意志」が火花を散らす、未来への発火点だった。

仕組みは、人の欲求を力に変え、未知なる地平へと加速し続けていく。カイゼルの陽気な笑い声は、新しく生まれた市場の喧騒を包み込み、明日への希望をさらに明るく照らし出していた。

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