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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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27/130

27:子ども教育開始

朝の柔らかな光が、村の北側に新しく建てられた一角を照らしていた。

真新しい木材の匂いが鼻をくすぐる。それは、これまで作ってきた防壁や水路、倉庫といった「今を生き抜くための設備」とは、どこか違う匂いがした。


簡素な木造の建物だが、窓は大きく取られ、屋根には雨音を弾くための工夫が凝らされている。

中を覗けば、小さな体に合わせた長い机と椅子が、真っ直ぐに、整然と並んでいた。


「……はぁ。本当に一晩(?)で、これだけの『箱』を用意しちゃうなんてね」

マリナが扇子で口元を隠しながら、感心したように、それでいて呆れたように肩をすくめた。

「カイゼル、あなたの辞書に『休息』って文字はないの? コスト管理をする私の身にもなってほしいわ」


「ははっ、マリナ! 休息なら昨日の夜、三時間もたっぷりとったぜ。人間、三時間も寝れば新しい世界を一つ創れるもんだ!」

カイゼルはいつものように底抜けに明るい声を響かせ、広場に集まった子供たちを見渡した。


「いいか、野郎ども! 今日からここが、お前らの新しい『戦場』だ。もっとも、剣を振るう代わりに頭をフル回転させる場所だけどな!」


村で初めての“学びの場”。

入り口には、十数人の子供たちが落ち着かない様子で固まっていた。

これまでは親の手伝いをするか、泥遊びをするしかなかった彼らにとって、「学ぶ」という概念は未知の魔物に近い。


「なあ、何をするんだ?」

「……怒られるのかな」

ひそひそと交わされる不安な声。そこへ、背後に立っていたエルダが静かに、しかし絶対的な圧を伴って一歩踏み出した。


「入れ」


短い一言。

子供たちの背筋が氷の柱を入れられたように真っ直ぐ伸びる。

「……はいっ!」

軍隊のような返事と共に、子供たちが雪崩を打つように中へ入り、席についた。


「適任だろ? エルダ監督の迫力は、どんな教科書より説得力があるからな!」

カイゼルが笑いながらエルダの肩を叩く。


「……怖がらせているだけじゃない?」

マリナが苦笑するが、カイゼルはニカッと歯を見せて笑い飛ばした。


「最初の一歩は規律だ。その後にリナ先生の『飴』が待ってるんだから、バランスは最高さ」


その言葉通り、教室の教壇にリナが立つと、張り詰めていた空気は一瞬で解きほぐされた。

「おはよう、みんな。今日は少しだけ、この世界がどうやって動いているか、お話しようかな」


リナの柔らかい微笑みと、澄んだ声。

それだけで、子供たちの瞳に「好奇心」という名の灯りが点った。


カイゼルは入り口に立ち、腕を組んで言った。

「いいか。ここで教えるのは、強くなるための呪文じゃない。お前らが自分の足で、自分の意志で、この村を……そして自分の人生を回していくための『武器』だ!」


「文字」を知れば、遠くの誰かと繋がれる。

「数」を知れば、誰かに騙されず、豊かさを分かち合える。

「体の使い方」を知れば、病からも敵からも逃げ切れる。


教育。それはカイゼルが描く巨大な設計図の中でも、最も回収に時間がかかり、そして最も強固な礎となるパーツだった。


「まずは文字だ! 自分の名前が書けない奴は、今日のおやつ抜きだぞ。……なんてな、リナ先生に怒られるから嘘だ。さあ、指を動かせ!」


土の板になぞる、ぎこちない動き。

「あ、い、う……」

「書けた! 見て、リナ先生!」

「おっ、いい筋してるな! お前、将来はマリナの商会で帳簿を付ける才能があるかもしれないぜ!」


カイゼルが机の間を歩き回り、一人一人の肩を叩いては、陽気な言葉で「成功」を肯定していく。彼の鑑定眼は、子供たちが持つ潜在的な「役割」をすでに見抜き、それを育てるための言葉を的確に選んでいた。


昼時。

今度は広場に出て、エルダの指導による「体育」の時間だ。


「走れ。バラバラになるな。隣の奴の呼吸を感じろ」

号令と共に子供たちが走る。

最初は遊びの延長だった。だが、エルダの鋭い視線に射抜かれるたび、彼らの動きに「統制」が生まれ始める。


「止まるな。転んだら、隣の奴の手を借りて起きろ。一人の遅れは、全体の死だと思え」

厳しい。だが、子供たちは汗を流しながら、必死に食らいついていた。


「抜いた!」「俺の方が速い!」

競い合い、笑い合う。

遊びが訓練になり、訓練が自信へと変わっていく。


「ふん、長期投資ね」

マリナが隣で呟く。

「回収には何年もかかるわ。経済的には、これほど非効率な支出はないわよ」


「ははっ、だけどマリナ、お前さんも分かってるだろ? 教育ってのは、裏切らない唯一の資産だ。建物は壊れる、金貨は盗まれる。だが、頭に入った知恵だけは、誰にも奪えねえ。……最強の防衛だろ?」


「……ええ。だから私も、口を出さずに見守っているのよ」


午後。

今度はカイゼル自らが教壇に立った。テーマは「役割」についてだ。


「この村はな、一つの大きな時計みたいなもんだ。俺という歯車、エルダという歯車、リナという歯車。そして、お前らという新しい歯車だ」


彼は板に大きな円を描く。

「誰か一人が偉いんじゃない。全部が噛み合って、初めて『明日』という時間が動くんだ。畑、狩り、物作り、守り……。お前らが何になりたいか、それをじっくり見つけてくれ」


子供たちは、食い入るようにカイゼルを見つめていた。


「……あの、俺、戦うの怖い」

一人の少年がおずおずと手を挙げた。


教室が静まり返る。

エルダがその少年に視線を向けた。


「いい」

エルダの短い答え。

「怖いと思うのは、お前に想像力がある証拠だ。怖くない奴は、ただの無知か、壊れているだけだ。怖いなら、どうすれば死なないか考えろ。逃げ道を掘れ、知識を蓄えろ。戦士だけが守り手じゃない」


優しさではない。だが、逃げ道を否定しない誠実な言葉。

少年は、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。


夕方。

「授業」を終えた子供たちが、嵐のように教室から飛び出していった。

泥だらけの顔、輝く瞳、そして今日覚えたばかりの文字を指で空に書く仕草。


その光景を、農作業を終えた村人たちが、どこか眩しそうに見守っていた。

「うちのガキが、文字を書いてる……」

「ああ……。俺たちができなかったことを、あいつらはやってるんだな」


誇らしさと、静かな安心。

村の「底」が、また一段と分厚くなった瞬間だった。


リナが大きく伸びをした。

「ふぅ……。病人を診るより疲れるわね。でも、あの子たちの頭の中に新しい風が吹くのを見るのは……悪くない気分よ」


「だろ? 先生としての才能も、俺の鑑定通りだ!」


エルダが近づき、無言でカイゼルに頷いた。

「……基盤はできたな。あの子たちが成人する頃、この村は誰も手出しできない『要塞』になるだろう」


「ははっ、その前に俺が世界一の楽園にしてやるけどな!」


夜。

村の灯りの下、子供たちの声がいつもより少しだけ大きく、そして自信に満ちて響いていた。

昨日より少しだけ多くを知り、少しだけ遠くを見据えるようになった、小さな未来たち。


カイゼルは灯りに照らされた学び舎を見上げ、静かに呟いた。


「未来、か。……悪くない響きだ」


一人の力ではなく、次へと繋ぐ仕組みの力。

育てることは、最も根気のいる「戦い」だ。

だが、その一歩を、村は踏み出した。


仕組みは回り続ける。子供たちの笑い声という、新しい原動力を手に入れて。

この村の設計図は、今、さらに輝きを増しながら書き換えられていた。

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