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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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25/150

25:労働へ転換

朝の空気は、磨き上げられた鏡のように澄み渡っていた。

夜露をたっぷりと含んだ畑の土が、昇り始めた太陽の光を浴びて、黒々と、そして誇らしげに光り輝いている。

かつては石ころだらけの荒野だったこの土地は、今や規則正しく並んだ畝が地平線まで続く、生命の幾何学模様へと変貌を遂げていた。


その風景の中に――。

数日前までは村の喉元に刃を突きつけていた、「よそ者」たちの姿が混ざっている。

元盗賊たちだ。


「おい、そこの! 鍬の持ち方がなっちゃいねえ。地面を叩くんじゃなくて、土を『起こす』んだ。大地を敵だと思うなよ、最高の相棒だと思え!」


カイゼルが広場の中央で、陽気な声を張り上げる。その視線の先では、屈強な体の元盗賊が、自分より頭一つ分も小さい村の老人から、ぎこちない動きで農作業を教わっていた。


「……こうか?」

「違う、もっと腰を落とせ。お前さん、力はあるんだから、それを全部土に食わせてやるんだ」


数日前まで怯え、震えていた村人たちが、今は「先輩」として、かつての侵略者に堂々と指示を出している。

もちろん、完全な信頼などそこにはない。だが、そこにあるのは強固な「利害の連動」と、カイゼルが敷いた「役割」という名の魔法だ。


「おーい、マリナ! 見てくれよ。あいつら、意外といい筋してるだろ? 剣を振るうより鍬を振るう方が、筋肉の使い勝手がいいってさ!」


カイゼルが隣に立つマリナに笑いかける。彼女は扇子で口元を隠しながら、冷徹なまでに冴え渡った瞳でその光景を観察していた。


「思ったより早いわね、カイゼル。普通はもっと、こう……反乱だの陰謀だので血が流れるものだけど」


「ははっ、血を流すのは無駄遣いだぜ! 暇を与えると人は余計なことを考える。だから俺は、彼らに最高の『暇つぶし』――つまり役割(仕事)を与えたのさ。動いて、汗をかいて、腹を空かせる。それが一番健全な更生プログラムなんだよ」


「効率的ね。資源ヒトを腐らせずに再利用する。……嫌いじゃないわ、その非情なまでの合理性」


マリナが薄く笑う。彼女の算盤そろばんの中では、元盗賊たちはすでに「負債」から「資産」へと書き換えられていた。


村のあちこちで、この“転換”は同時多発的に進んでいた。

木材の運搬、水路の泥上げ、倉庫の拡張工事。そして、エルダの厳しい監視下にある狩猟班の補助。


「お前はこっちだ。荷運び。……お前は足が軽いな、索敵の後衛に回れ」

エルダの判断は、戦場での経験に裏打ちされた鋭いものだった。迷いも、無実な温情もそこにはない。


「俺は戦える! なんで土運びなんだ!」

一人の若い元盗賊が、不満を爆発させる。


「戦えないからだ」

エルダが一瞥するだけで、周囲の空気が氷点下まで下がる。

「動きが雑だ。個人の手柄を優先して、仲間を死なせるタイプだな。今は使えん。……働け。その無駄な力を土の下に埋めて、体を作り直せ。話はそれからだ」


「……っ」

男は歯を食いしばるが、エルダの放つ圧倒的な「正しさ」の前には、反論の言葉すら見つけられなかった。


カイゼルはその様子を見ながら、満足げに指を鳴らした。

「いいぞエルダ! その調子で、あいつらの『野生』を『機能』に叩き直してくれ! 未来の村の守護者候補なんだからな!」


昼時。

村の広場には、巨大な鍋から立ち上る芳醇な湯気が漂っていた。

「飯にするぞ! 役割ごとに一列に並べ! 順番を破る奴は、俺特製の『一週間味のしないメシ』の刑だぜ!」


カイゼルの陽気な号令で、列ができる。

元盗賊も、村人も、同じ列だ。

最初は一メートル以上の隙間があった。だが今は、肩が触れ、誰かの汗の匂いを感じる距離まで近づいている。


「……うらやましいな、あの野菜。甘そうだ」

「ああ、俺たちが朝一で収穫したやつだ。驚くなよ、王都の貴族が食うもんよりうまいぜ」


ボソボソと、しかし確かな会話。

リナが配膳を手伝いながら、元盗賊の一人に声をかける。

「怪我、もう痛くない?」


「……ああ。おかげさまでな。あんなにすぐ治るなんて、魔法かと思ったぜ」


「魔法じゃなくて、仕組みよ。……しっかり食べなさい。栄養を摂るのも仕事のうちよ」


リナの短い言葉。だが、死の淵から自分たちを救い上げた「聖女」の言葉に、男たちは神妙に頷く。


「うめえ……。土をいじった後のメシが、こんなに味がするなんてな」

「普通だな。普通なのに、なんだか……」


食事が進むにつれ、重苦しかった空気は、少しずつ、しかし確実に緩んでいく。

カイゼルはそれを見逃さない。


「マリナ、いい流れだろ? 食う、働く、寝る。この三つの流れを整えてやれば、人は勝手に『善人』に戻っていくんだ。……もちろん、仕組みという名の鎖は外さないけどな」


「わかっているわ。監視ではなく管理……。鑑定、魔道具、そして役割ごとの記録。すべてが連動して、彼らは逃げる場所すら見失っている。……でも、逃げたくもない。それが一番恐ろしい拘束だわ、カイゼル」


「最高の褒め言葉だぜ、商会長!」


午後。

狩猟班の補助として森へ向かう一団があった。

元盗賊たちも、予備の弓を担いでエルダの後に続く。

「無駄に撃つな。息を合わせろ。獲物は逃げるんじゃない、お前たちの『流れ』に飛び込ませるんだ」


森の奥。

現れたのは小型の魔物。数は多いが、今の村の組織力なら脅威ではない。

「来るぞ」

エルダの声一つで、全員が静止する。


シュパッ! と矢が放たれ、獲物が仕留められる。

外れる矢もあったが、すぐに別の仲間がカバーする。

「……早い。俺たちが我武者羅に追いかけ回してたのが馬鹿みたいだ」


「回収。次へ行くぞ」

エルダの淡々とした指示に、元盗賊たちが従う。その足取りには、かつての「奪う側」の焦燥ではなく、「作る側」の誇りが、芽吹き始めていた。


夕方。

村に戻る一行の手には、山のような成果があった。

食料、皮、そして木材。数字が、積み上がる。


マリナが帳簿を閉じ、満足げに扇子を広げた。

「黒字ね。この村はもう、外圧を跳ね返すだけの『体力』を手に入れたわ。……カイゼル、最初からこうなることが分かっていたの?」


「ははっ、設計図に書いてあった通りさ! 無駄をなくして流れを作る。敵さえも歯車の一部に変えちまえば、止まる理由がなくなるだろ?」


エルダが近づいてきて、剣の柄に手を置いた。

「戦える奴が増えてきた。……だが、まだ甘い。甘すぎる」


「いいんだよ、エルダ。時間はたっぷりある。あいつらが本当の意味で『この村の盾』になるまで、俺が最高の演出をしてやるさ」


夜。

村には灯りの魔道具がともり、笑い声が以前の倍以上に増えていた。

走り回る子供たち、それを笑って見守る大人たち。

その輪の端に、少し遠慮がちに、しかし確かに元盗賊たちも混ざっている。


奪う側から、作る側へ。

壊す側から、支える側へ。


「ねえ、カイゼル。これ、どこまで行くと思う?」

マリナが夜空の星を指差す。


カイゼルは不敵に笑い、灯りに照らされた一本の道を指した。


「分からない。だが、止まらない。俺たちの作ったこの流れは、世界中の停滞を飲み込んで、さらに加速していくぜ!」


カイゼルの陽気な声が、夜の静寂を明るく照らす。

役割が人を繋ぎ、労働が心を癒し、仕組みが未来を保証する。

一歩、また一歩。村は「ただの集落」を超え、誰も見たことがないほど強固な、そして優しい「生存の装置」へと進化を遂げていた。


「さあ、明日は新しい倉庫の起工式だ! 景気よくいこうぜ!」


村の鼓動は、今夜も力強く、そして確実に、明日へと回っていた。

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