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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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17:薬草採集

朝霧が乳白色のカーテンのように立ち込め、森の境界線を曖昧にぼかしている時間。

村の入り口には、かつてないほど「真剣な」顔つきの集団が形成されていた。


今日は、森の恵みを暴力で奪う「狩り」ではない。

大地に根を張る静かな命を預かる「採集」の日だ。

だが、漂う緊張感は獲物を追うそれよりもずっと鋭い。理由は、彼らの前に立つ美人薬師リナが放った、あまりにも率直な「歓迎の言葉」のせいだった。


「いい? 最初に言っておくわ。間違えたら、死ぬわよ」


リナは愛想笑い一つ浮かべず、しかしゾッとするほど美しい微笑みを湛えて言い放った。

「薬草は神様の贈り物じゃない。ただの植物よ。便利なだけじゃない、毒もある。見た目がそっくりで、中身が真逆なものも山ほどある。……そして、一歩間違えれば、この村に新しい墓が増える。それだけのことよ」


村人たちの背筋が、氷の柱でも入れられたかのように真っ直ぐに伸びた。


「ははっ、リナ先生は朝から刺激が強いねえ! お前ら、ビビって足が震えてるなら、今のうちにエルダの盾の裏に隠れとけよ!」


カイゼルがいつもの陽気な声を響かせ、場の凍りついた空気を強引に解きほぐす。

「だけど先生の言う通りだ。無知は最大の毒。知識は最高の盾だ。今日は欲張るなよ? 三つだけ覚えろ。回復、止血、解毒! それ以外は、たとえ金貨に見えても指一本触れるんじゃねえぞ!」


「……隊列を組む。採集班は中央、防衛班が周囲を固めろ」

エルダが短く、重みのある指示を飛ばす。

「ここは戦場ではないが、敵(毒)は足元に潜んでいる。勝手な行動は死に直結すると思え」


カイゼルは最後尾につき、ひょいと肩をすくめた。

「よし、オーケストラの開演だ! 指揮者はリナ先生、警備員はエルダ。俺は……観客席から全員の『流れ』をチェックさせてもらうぜ!」


一歩、森に踏み込む。

空気が一気に重く、湿り気を帯びたものに変わる。木々の間を抜ける風が、死と生が隣り合わせの香りを運んでくる。


「止まって」


リナがスッと手を挙げた。全員が彫像のように静止する。

彼女が指し示したのは、岩陰にひっそりと生えた、何の変哲もない小さな葉だった。


「これ。回復草よ。葉が柔らかくて、揉むと少しだけ甘い匂いがするわ」

リナは一枚ちぎって見せ、その断面を村人たちに回した。

「よく見て。似たやつが隣にあるけど、そっちは噛むと舌が痺れるほど苦い。間違えて煎じれば、心臓が止まるわ」


「へぇ、どれどれ……」

一人の男が、好奇心に負けて隣の草へ手を伸ばそうとした。


「待て」


カイゼルの声が、鋭く、しかし静かに場を制した。

鑑定。

彼の瞳には、その植物が持つ不吉な紫色の魔力波長がはっきりと映っていた。


「それは『死神の舌』だ。触るだけで指が腫れ上がるぜ。リナ先生、お試し用のサンプルにしちゃあ、ちょっと毒気が強すぎないか?」


リナが少しだけ驚いたように目を細め、カイゼルを見た。

「……本当ね。よく見抜いたわ。ただの『設計者』にしては、いい目を持ってるじゃない」


「ははっ、目だけはいいんだ。お前の美しさに最初に見惚れたのも俺だしな!」


「お喋りな口を縫い合わされたくなければ、次の草を見つけることね」

リナは軽く受け流すと、再び「選別」の作業を再開した。


採集班の動きは、最初は恐る恐るだった。

リナに確認を取り、カイゼルの鑑定による「合格」を待ち、ようやく一株を袋に入れる。その慎重さは、次第に確かな「手応え」へと変わっていった。


「これは……回復草。匂いよし!」

「止血草見つけた! 裏側に産毛があるやつだろ?」


「正解! いいねえ、お前ら。飲み込みが早いじゃないか。この調子なら、来月には全員が薬師の助手になれるぜ!」

カイゼルが軽口で場を回し、疲労と緊張を笑いに変えていく。


だが、森は甘くない。


「来るぞ」

エルダの低い声。同時に、茂みの奥から低い唸り声が響いた。

飢えた森の番人、ウルフが三頭。

牙を剥き、採集班という弱肉を狙って現れた。


「配置維持! 採集班は伏せろ。防衛班、外側へ!」

エルダの指示は淀みない。

若者たちがバレットを構え、盾を重ねる。


「撃て!」


乾いた音。魔法弾が走り、一頭を弾き飛ばす。

残りの二頭が逃げようと背を向けると、カイゼルがパチンと指を鳴らした。

「おっと、お帰りはあっちだ。出口を間違えてるぜ」

土がわずかに盛り上がり、ウルフの進路を逸らす。だが、カイゼルはそれ以上の追撃をさせなかった。


「深追いするな。俺たちの目的は草刈りであって、狼狩りじゃねえ。エルダ、ここは『専守防衛』の美学を貫こうぜ」


「……分かっている。全員、位置に戻れ。採集を続行する」

エルダの冷静な判断が、熱くなりかけた村人たちの頭を冷やす。

目的を見失わない。それがこの村の新しい「ルール」だ。


昼時。

木漏れ日が差し込む開けた場所で、短い休息。

リナが水を飲みながら、収穫された薬草の入った袋を満足げに眺めていた。


「どうだ、リナ。村の連中の手際は」


「……思ったより、筋がいいわ。最初は死体が出るかと思ったけど、これなら『仕組み』として機能するかもしれない」


「ははっ、合格点だ! 薬は一人じゃ作れない。採る奴、洗う奴、乾かす奴。リナ、お前はその頂点に立つ『判断の核』だ。周りが動けば、お前はもっと高度な研究に専念できるだろ?」


「そうね。あなたと同じ、結局は『仕組み』なのね」

リナは笑った。その笑顔には、この村に骨を埋める覚悟のようなものが微かに混じっていた。


午後。

採集のスピードはさらに加速した。

村人たちの目は鋭くなり、迷いが消えていく。

「これだ!」「あったぞ!」

歓喜の声が響く。


夕暮れ時。

村に戻る一行の手には、溢れんばかりの薬草が入った袋があった。

「すげぇ、これだけあれば冬の間も安心だ」

「リナさん、俺、明日も行きたいよ!」


「ええ、明日も教えるわ。ただし、次はもっと難しいやつよ。覚悟しなさい」

リナの言葉に、村人たちが笑いながら応える。

恐怖は、いつの間にか「敬意」と「学習」に変わっていた。


夜。

リナの家の窓からは、調合のためにすり潰される薬草の香りが漂っていた。

そこには、昼間の採集に参加した数人の少年たちが、熱心に彼女の手元を覗き込んでいる姿があった。


「いい? 回復と止血を混ぜる時は、この比率を守ること。バランスが崩れれば、ただの苦い水になるわよ」


「はい、先生!」


カイゼルは外の灯りの下で、その光景を見守っていた。


「……いい形だ。教育まで回し始めたな」

エルダが隣に来る。


「ああ。知識の循環だ。リナ一人の頭の中にあったものが、村全体の財産になっていく。これが一番強い『守り』だよ、エルダ」


「……お前の設計には、終わりがないな」


「ははっ、当たり前だろ! 終わらせないために回してるんだ。次は、この薬草を外の商会に流す算段をマリナとしなきゃな」


カイゼルは満天の星空を見上げ、深く息を吐いた。

農業、狩猟、防衛、商会、そして医療。

バラバラだった歯車が、薬草の香りという潤滑油を得て、さらに滑らかに、さらに高速に噛み合い始めた。


「さあ、明日はどんな面白いことが起きるかな!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

一歩一歩。村は「死なない仕組み」を完成へと導いていく。

薬草の匂いは、明日への希望となって、村人たちの眠りを優しく包み込んでいた。

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