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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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15/120

15:村の役割分担開始

朝の広場は、これまでにない熱気に包まれていた。

かつてのような、今日一日の飢えを恐れる暗い熱ではない。何かが決定的に変わるという予感、そしてこの村を動かす「設計者」への全幅の信頼が、人々の瞳を輝かせていた。


畑を耕す手も、獲物を仕留めた槍も、修理中の屋根を叩く槌も、今はすべて置かれている。

理由はただ一つ。

カイゼルが「全員集まれ。大切なお喋りの時間だ」と、いつもの陽気な調子で招集をかけたからだ。


広場の中央には、真新しい一枚の板が立てられていた。

そこには名前ではない。これまで聞いたこともないような「言葉」が並んでいる。


「よおし、お立ち会い! 欠伸をしてる奴はいないか? 今日はな、この村の『心臓』をさらに力強く動かすための、最高にクールな仕組みを発表するぜ!」


カイゼルは板を景気よく叩いた。

そこには――農業班、狩猟班、加工班、建設班、防衛班、そして「商会担当」。


「今日から、分ける。一人が全部やる『万能の天才ごっこ』は昨日で卒業だ。今日からは、自分の『得意』に全力を注ぐ専門家の集団になってもらうぜ!」


広場にざわめきが広がる。

「分ける……? でもカイゼルさん、今まではみんなで畑をやって、みんなで家を直してきただろ。そうしないと人手が足りないじゃないか」


「ははっ、逆だよお父さん! 全員で全部やるから、全員が中途半端に疲れて、全部が遅くなるんだ。いいか、一人が百のことをやるより、百人が一つのことに特化する。その方が、流れ(スピード)は十倍、成果は百倍になる。これぞカイゼル流の算数だ!」


カイゼルはそう言うと、不敵な笑みを浮かべて人混みの中へ踏み出した。彼の鑑定の目が、一人一人の資質を瞬時に見抜いていく。


「さて、ここからは俺の独断と偏見による『適性オーディション』だ! 文句がある奴は、成果を出してから言ってくれよな!」


カイゼルの判断は電光石火だった。

「お前は土の匂いに詳しいな。農業班だ、大地のリーダーになれ!」

「そっちの兄ちゃん、足の筋肉が獲物を追いかけたがってるぜ。狩猟班だ!」

「器用な指先をしてるな。加工班で肉と皮を宝物に変えてくれ!」


迷いがない。淀みがない。

今までの共同作業の中で、誰がどのように動き、誰がどこで輝いていたかを、カイゼルはすべて頭の中の設計図に記録していたのだ。


「なんで……そんな一瞬で決められるんだ?」


「決まってるだろ、愛だよ愛! お前らの働きっぷりを、俺が特等席でずっと見てたからな!」

カイゼルは冗談めかして笑うが、その言葉には嘘がないことを全員が知っている。


そこへ、銀髪を翻してエルダが前に出た。

「防衛は私が預かる。希望は聞かない、私が『守れる』と判断した奴だけを叩き直す」


エルダの冷徹な一喝に、広場がぴりりと引き締まる。

「お前。足の運びがいい。弓を持て、遠距離の目になれ。……お前は体格がいいな。盾を持て。一歩も引かずに村の壁になれ」


彼女の振り分けには、実戦に裏打ちされた説得力があった。選ばれた青年たちは、緊張しながらもどこか誇らしげな表情を浮かべる。役割を与えられるということは、この村で必要とされているという最高の証明なのだ。


一方、広場の端ではマリナが扇子で口元を隠し、妖艶に微笑んでいた。

「……ふふ、やっと私の出番ね。物流、価格、外との交渉。この村の豊かさを、確かな『金』と『力』に変えてあげるわ」


マリナは、計算が得意そうな者や口の回る若者を数人選び出した。

「いい、私の元に来るなら覚悟しなさい。無駄は一切認めないわよ。人も、時間もね。その代わり、あなたたちにはこの世界の『仕組み』を教えてあげる」


商会の芽が、彼女の冷徹で確実な手腕によって今まさに植えられようとしていた。


「よし、配置完了だ! 各班、リーダーを中心に流れを作れ。隣の班が困ってたら助けてもいいが、まずは自分の役割を完璧に回すことだけ考えろ!」


カイゼルの号令とともに、村人たちが動き出す。

その足取りは、昨日までの「義務感」によるものとは明らかに違っていた。

「俺はこれに集中すればいいんだな」

「あいつが狩ってきてくれるなら、俺は全力で畑を耕せる」

役割の明確化は、個人にかかっていた「全部やらなければ」という重圧を、心地よい「責任感」へと変換していた。


昼下がり。

初めての「分業」が、驚くほど滑らかに回り始めた。

畑では作業効率が格段に上がり、狩猟班はより深い森へと安全に踏み込み、建設班は見る間に道を舗装していく。

カイゼルは広場の真ん中に腰を下ろし、その循環サイクルを満足げに眺めていた。


「どうだ、エルダ。一人が全部やるより、ずっといい面構えをしてるだろ?」


「……認めざるを得ないな。動きが揃ってきている。個々の力が、一つの大きな『意思』として機能し始めている」

エルダが隣に立ち、訓練に励む防衛班を見つめる。

「今はまだ弱いが、この形を維持できれば……守れるな。この村を、本当の意味で」


「ははっ、エルダの合格点が出たなら間違いない! 余裕バッファを作るんだよ。余裕があれば、人はもっと賢くなれる。もっと優しくなれるんだ」


夕方、村に戻ってくる人々の顔は、心地よい疲労に満ちていた。

「今日、なんか楽だったよな」

「ああ、自分の仕事に集中できるってのは、こんなに気持ちいいもんなんだな」

「やることが決まってると、迷わなくていい」


そんな声が、灯りの下で次々と漏れる。


夜。

広場では、商会担当のマリナも加わって、ささやかな祝杯が挙げられた。

「乾杯しましょうか。ただ生きるだけだった場所が、『仕事が回る村』に変わった今日という日に」


「いいな、それ! マリナ、お前さんもたまにはいいこと言うじゃないか!」

カイゼルが杯を掲げる。

「乾杯だ! 全員が少しずつ楽をして、村全体がとんでもなく強くなる。これが俺の目指す『最高のサボり方』だぜ!」


カチンと杯の触れ合う音が、夜の静寂に心地よく響く。

これまではただの休息だった夜が、今は明日の「自分の役割」を楽しみ待つ時間へと変わっていた。


エルダは少し離れた場所で、賑わう広場を見守っていた。

かつての彼女なら、「平和は脆い」と切り捨てていただろう。だが、今の彼女の目には、役割を持ち、繋がり、互いを補完し合う人々の姿が、何よりも強固な「城壁」に見えていた。


「……回り始めたな」

彼女が小さく呟いた言葉を、カイゼルは見逃さなかった。


「ああ、もう止まらないぜ。人が繋がり、仕組みが回り、未来が生まれる。この村はもう、ただの避難所じゃない。新しい世界を創り出す、巨大なエンジンだ!」


カイゼルの陽気な笑い声が、星空の下に響き渡る。

役割を分かち、力を合わせ、循環を作る。

静かに、しかし確実に。村は「ただの集団」から「一つの生命体」へと進化を遂げていた。

仕組みの下で、人々は自分の輝ける場所を見つけ、力強く明日へと歩み出していく。

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