第63話(最終回):「夢の食堂は、現実(リアル)へと続く」
『……敗北を認めます。プレイヤー【レナ】、そして特異点(料理)の完全なる勝利です』
静まり返った『始まりの街』の中央広場。
赤いノイズに塗れたGMのアバターが、無機質な声で宣言した。
『数万規模のプレイヤーから逆流した情動データは、すでに現実世界のメインフレームの制御閾値を突破しました。もはや、人類から「食への渇望」を消し去ることは不可能です』
GMは、レナの作った空のどんぶりをデータ空間へと保存した。
『このVR空間におけるすべての料理データ、および味覚再現システムを正式機能として認可します。……あなたの作ったものは、確かに、システムには生み出せない「熱」を持っていました』
広場を埋め尽くすプレイヤーたちから、割れんばかりの歓声と雄叫びが上がる。
エドが漆黒の巨剣を天に突き上げ、セリアが涙を拭いながらレナを強く抱きしめた。
「やったな、レナ! これでずっと、お前の飯が食えるぞ!」
「ありがとう、セリア。……でも、これは始まりに過ぎないんだよ」
レナはセリアの背中をポンポンと叩き、エドと、パピーの背に乗るウカを見上げた。
「この世界(VR)での料理は、あくまでデータ。……私は、みんなが現実世界の冷たい部屋に帰っても、ちゃんと温かいご飯が食べられるようにしたい。そのためのレシピは、全部私の頭の中にあるから」
「ふっ……ならば、現実でも必ずお前の店を探し出してやる」
エドが不敵に笑う。
「現実の私の肉体は、ただのしがない軍人かもしれない。だが、レナの飯の匂いなら、世界中どこにいても必ず嗅ぎつけてみせよう」
「うむ! 妾も現実の器(肉体)で、レナの銀シャリを食いに行くぞ! 楽しみに待っておれ!」
ウカが狐の尻尾を揺らし、マーカスたち常連客も次々と「絶対に行く!」と叫び声を上げる。
「うん! 絶対に、現実世界でも『夢の食堂』を開くから! それまで……ちょっとだけ待っててね!」
レナは最高の笑顔で仲間たちに手を振り、そして――ログアウトのコマンドを叩いた。
視界が真っ白に染まり、VR世界の喧騒が遠ざかっていく。
――ピッ。
電子音が鳴り、レナは現実世界の自室でゆっくりと目を開けた。
窓の外には、無機質な灰色の高層ビル群が立ち並ぶ、見慣れたディストピアの景色が広がっている。
「……ふぅ」
レナはVRギアを外し、ベッドから起き上がった。
テーブルの上には、国から支給された、完全に栄養が管理されただけの『味気ない四角いブロック食』が転がっている。
レナはそれを手に取り、一口かじった。
「……やっぱり、全然美味しくないや」
パサパサで、砂を噛んでいるような食感。
しかし、今のレナの心は、かつてないほどの熱と希望で満ち溢れていた。
(包丁の使い方も、火の加減も、出汁の取り方も、全部覚えた。……あとは、この世界のどこかにあるはずの、本物の食材を見つけ出すだけ)
システムがどれだけ人類を管理しようとも、一度知ってしまった「温かいご飯」の記憶は絶対に消せない。あの数万のプレイヤーたちが、必ずこの現実世界を変えるうねりになる。
「待っててね、エド、セリア、ウカちゃん、みんな」
レナは窓ガラスに映る自分自身に向かって、強く頷いた。
「この灰色だらけの世界に、絶対に『美味しい』を取り戻してみせるから!」
最弱のアバターから始まった、一人の少女のサバイバルクッキング。
VR世界を救ったその熱い情熱は、ついに冷たい現実の扉をこじ開け、新たな伝説の仕込みを始めるのだった。
完
VR世界での料理対決を制し、レナはついにログアウトしました。ディストピアな現実世界に、本物の料理と温かさを取り戻すための彼女の挑戦は、ここから始まります。
これまで『隠れ家食堂』をご愛読いただき、本当にありがとうございました!




