第二十二章 黒い線、張り巡らされ 命は風前の灯火
雇い主は、まあ筋の通った人物でもある。俺がやったあれこれのことを知った途端、「義に厚い!」と、やたら褒めちぎってくれた。
そして彼は、引き出しの奥から錆びついた鉄箱を取り出した。蓋を開けると、中には黄ばんだ布がきっちりと包まれていた。その布をほどくと、今度は古新聞がきれいに畳まれていて、さらにその中からはビニール袋が姿を現す──
俺は一言も喋らず、ただじっと雇い主の一連の動作を見ていた。いったい何をそんな厳重に包んでるんだ?中身は何者なんだ?
雇い主が5分か6分ほどかけて包みを解き終えると、そこから現れたのは――
なんと、透き通るように美しい一粒の珠だった!
それは淡く幽かな光を帯びていて、一見するといかにもいわくありげな代物だが、じっくり目を凝らして見ると、いや実に見事な出来栄えだ。
なんとも言えない温もりがあり、つい手元に置いておきたくなる、そんな不思議な魅力を持っていた。
大きさは小指の先ほどしかないが、全体に翠玉のような色艶をしていて、どう見ても高価そうな一品!
「先生、これはうちの家宝の朝珠です。お爺さんの話だと、これは昔、宮廷から出てきた品らしくて…かなりの価値があるはずです。今日はこれを、先生にお渡ししたくて」
──な、なんと!? 宮廷由来の宝物だと!?
俺の目ん玉、飛び出しそうになったわ!
もしこの朝珠が本物なら、そりゃあもうただの骨董どころの騒ぎじゃないぞ!
まさかこの雇い主、こんなに義理堅いとは…命を助けてもらったお礼に、家の金庫の底にしまってある代々の宝をくれるってか!?
──いや、いやいや、それだけはさすがに受け取れねえ!
俺には俺の流儀があるんだよ!
「それ、他にもあります? この朝珠、ひとつだけですか?」
「……は?先生、今なんと?」
あっ、しまった。
心では全力拒否してたのに、なんか口が勝手に動いちまった!
とっさに出たその一言で、場の空気が一気に凍りついたような気がした。
「い、いやいや……つまりですね、この珠はとても貴重なものですし、もしこれ一つしかないのなら、あんたが大事に保管しておくべきだと思います。やはり家宝ですし、深い意味が込められてるでしょう?こんな大事なものを受け取ったら、俺も落ち着かないというか……」
ああ、なんとか取り繕えた……俺、天才かもしれん。
ちゃんと断りながらも、ちゃんと“惜しい気持ち”もアピールできてる。完璧な演技だった。どうせ向こうも、「どうか受け取ってください」と再度押してくるに決まってる。
……と、思ったんだよ。
「なるほど。先生のおっしゃる通りかもしれません。私、ちょっと俗物でしたね。こんなもので先生の目を汚すとは……」
そう言って、雇い主はさっさと朝珠を鉄箱に戻そうとしやがった──
おいッ⁉
どういう思考回路してんだコイツ!? なんで急にそんな正論言うの⁉
俺の心臓はズタズタだよ!まるで冷たいナイフでズブリと胸を刺されたような……痛えよ、マジで……!!
「ハハハ、先生、冗談ですよ冗談!でもね、俺は決めました。この朝珠、今日こそは絶対に持って帰ってもらいます!さもないと……俺、本気で怒りますよ?」
お、おう……びっくりした……なんだ、雇い主のやつ、ちょっとイタズラしてただけかよ。
俺は慎重にその朝珠を受け取った。手に取った瞬間から、目が離せなくなった。なんというか……この珠、まるで魔力があるかのように、人を惹きつけるんだよな。魅了されるというか、見てるだけで酔いしれるというか──
俺は宝物を扱うように大事にその珠を包み、傷一つつかないよう気を使いまくった。
雇い主の家で昼飯をご馳走になった後、俺たちは残りの二本の木もバッサリ切り倒した。そして例の路地裏の無許可工房をきっちり通報。あれなら近いうちに、違法建築として強制撤去されること間違いなしだろう。
帰る前に、俺は雇い主の家の玄関先に「石敢當」の石像を立てた。これは、夜に出歩く悪霊どもへの警告。ここを通るんじゃねぇぞ、ってな。
自宅に戻ってしばらくすると、雇い主から電話がかかってきた。
なんと、病院で再検査を受けたら──腹の中の腫瘍が消えてたってよ!
それだけじゃない。あの路地裏の無許可工房もほんとに強制撤去されて、行き止まりだった袋小路は、見事に細長い通りに変わってたらしい。
俺は心から嬉しかったよ。きっと、雇い主は近いうちにまた運気が戻って、幸せな人生を取り戻せるはずだ。
ここ数日の激務で、俺はもうヘトヘト。家に帰るなりベッドに倒れ込み、そのまま爆睡。
気がつけば──なんと丸二日も寝てた!
しかも、その間にとんでもなく不思議な夢を見たんだ。
夢の中で、古装束を着た綺麗な女の子が現れて、自分のことを「小倩」と名乗った。
彼女は言った。「私は冷たい井戸の底に百年も沈んでいるの。お願い、あなたの力で、私をそこから助け出して……。成功したら、必ずお礼をするわ」と。
そう話し終えると、小倩と名乗った彼女は、ふっと消えてしまった。
目が覚めた俺は、夢とは思えないほどのリアルさに驚いた。
まるで──まるでその女の子と、二日間ずっと同じ布団で寝てたみたいな感覚だった。
腹がぐぅ〜っと鳴って、空腹でようやく起き上がった。
けど体がなんだか妙に重い。寝たはずなのに疲れがまったく取れてない。身体中がギシギシと痛む始末。
特に腰がヤバい。真っ直ぐ立てないし、なんかこう……腰回りがスカスカするというか、「中身ごと抜かれた」ような虚無感があるんだよな。
……たぶん、寝相が悪すぎて腰を痛めたんだろ。うん、そうに違いない。
鏡の前で歯を磨いて、顔を洗って──鏡に映る自分の姿をじーっと見つめる。
……ふっ、やっぱり俺、イケてるわ。
「まったくさ、この世にこんなイケメンがいていいのかね?他の人が生きにくくなるだろ?」
毎日、俺は鏡の前でこう呟くのが日課になっていた。もう完全に習慣だ。
──でも、今日は何かが違った。
鏡の中の俺が、どこかおかしい。妙に違和感があるんだ。
よく見ると、鏡の中の俺の顔が、時折まるで別人のように変わる。思わずゾクッとした。
その“俺”の顔は、血まみれで、頭はグチャグチャ。目玉のひとつは眼窩から外れかけて、今にも垂れ落ちそうになっていた……!
「たすけて……さむいの……」
……おいマジかよ!?
その声、夢で聞いたのと全く同じだ!
女の幽かな声が、胸の奥まで冷え込ませてくる……これはヤバい。
しかも鏡の中の“俺”の表情は、どんどん歪み、崩れていく。そして、血に染まったボロボロの手をこちらに伸ばして──俺を指差してきた!
「鉄男くん、助けて……助けて……!」
「ヒュウウウ……」
一陣の風が吹き抜けて、すべては何事もなかったかのように元通りになった。
窓は揺れ続け、俺は思わず冷や汗をすすった。こいつはただの偶然じゃない。何か、絶対おかしい!
だって、雇い主の家から帰ってきてから、別に何も怪しいことはしてないんだぜ?
なのに、どうしてこんな時代劇みたいな幽霊女に取り憑かれなきゃならんのよ?
おかしいだろ、普通に考えて。
しかもその女、小倩って名乗ってたけど、「寒いから助けて」って言うばっかで、どこの井戸にいるのか一切教えてくれない。
こっちは幽霊探偵じゃねぇんだぞ!この広い世の中、水井戸なんて山ほどあるし、どこから探せってんだよ!
もし一つずつ井戸を覗いて回る羽目になったら──俺が死ぬまでに辿り着ける可能性なんてゼロだろ!
「てつ!ご飯できたよ!」
母ちゃんの呼び声が聞こえた瞬間、俺は即座に“飯モード”に切り替えた。
食卓に座り、ガツガツと飯をかき込む俺。その姿を、父ちゃんは冷たい目で見つめていた。
眉をひそめ、どこか怯えたような眼差しで、こう言い放った。
「鉄男、お前……まさか変なもんに取り憑かれてるんじゃないだろうな?顔に黒い線が何本も走ってるぞ……これは凶兆だ。死相が出てる!」
「な、鉄男が死ぬですって!?」
母ちゃんが思わず声を上げ、俺の顔を両手で挟んでまじまじと見つめてきた。
「はぁ?この子の顔、白くてつるつるしてるじゃないの。どこに黒線があるっていうの?あんたの目がおかしいんじゃない?」
母ちゃんは父ちゃんを叱った。「そんな不吉なこと言わないの!変な不安を煽らないでよ!」
……でも、俺には分かっていた。親父の目は、間違ってない。
俺は急いで鏡を取り出し、自分の顔を確認してみた。
──そこには、無数の黒い線が浮かび上がっていた。
しかも、それらの線は顔の上を縦横無尽に這い回っている!まるで虫のように蠕動して、どんどん顔を這い回っていく!
ヤバい……これは本当に、死の前兆じゃないか……!
今朝、鏡の中に見たあの血まみれの“俺”──
まさかあれが、俺の“死後の姿”なんじゃ……!
風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。
筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。
干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。
本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。
一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。
もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——
それもまた、偶然ではなく必然。
このご縁に、心より感謝いたします。




