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第二十章 天師様、ひざまずかせてください

 村医者は見事に仕事をやり遂げた。その間、無数の黒気が彼の体内に侵入しようとしたが、すべて彼自身が持つ強大な“煞気”に呑み込まれてしまった。


 正直な話、もし今の村医者が“人間”ではなく、十悪不赦の穢れそのものだったとしたら、倒すのは至難の業だっただろう。


 墨縄がすべて取り外された棺を目にして、俺は思わず息を呑んだ。


 さっきの墨縄を切った時点で、あれだけの黒気が襲いかかってきた。ということは――棺の中には、もっと恐ろしい“何か”が潜んでいる可能性が高いということだ!


 俺は棺蓋にあいた洗面器ほどの大きな穴を見つめ、思案に耽った。


 もし俺があの道士の立場だったら、どんな仕掛けを棺の中に施すだろうか?


 いろいろと想像してみたが、どうしても納得のいく答えが出てこない。俺の考えが、必ずしも相手と一致するとは限らないからだ。


 前の仕掛けに関しては、俺の推測が的中してきたが、それが今後も通用するとは限らない。


「お爺さん……自分の棺は、自分で開けてくれませんか?」


 棺の中にどんな危険が潜んでいるのかは分からない。でも、一つだけはっきり言えることがある。


 もし俺が道士だったら、棺に仕掛ける術は“同業者”を狙ったものにするはずだ。


 “同業”ってのは、自分のメシの種を奪う連中だからな。もはや親の仇と同じだ。


 だから、ここでお爺さん自身に棺を開けさせれば――中にどんなトラップがあろうと、俺には一切被害が及ばないはずだ。


 まさか道士も、棺を開けるのが“死者本人”だとは、夢にも思っていないだろう〜〜。


 お爺さんは俺を心から信じてくれている。だから、素直に頷くと、フワリと棺の前に浮かび上がり、ゆっくりと蓋に手をかけて──


「ギィィ……」


 俺と村医者は息を殺して一切の動きを止めた。身体中の筋肉がギチギチに張り詰め、いつでも飛び退けるよう身構えた。


「せ、先生……な、何も起きないっすよね? ちょっと怖くなってきたんですけど……」


 普段は威風堂々としている村医者が、まるで別人のように震えていた。手足もすでに冷たくなっている。


 やっぱり、人間ってやつは、未知のものに対しては誰だって同じで、“怖れ”と“敬意”の入り混じった感情を抱くものなんだな。


 たとえば怪談小説が好きな奴がよくやるように――

「いや、この章は全然怖くないよ?」

 なんて平静を装いながらも、心の中ではガクガク震えていたりする。


 でもそれは、みんなが“畏れ”という名の感情を共有しているからなんだ。

 これで思い出したのは、かつて親父が俺に語ってくれた一言だった。


「人間は、身近な存在には敬意を払わないが、目に見えないものには敬意を払うべきだ。見えないものほど、本当に恐ろしい存在なんだ」


 ──その言葉が、まさに今の状況にぴったりだった。


 お爺さんが棺を開け終えたが……

 何も、起きなかった。


 それが、逆におかしい。


 この沈黙こそが不自然だ。


 俺は手振りで皆に「動くな」と合図を送り、少し様子を見ることにした。


 ──一分、二分……三分経っても、何も起きない。


 ようやく、俺は緊張を解いて小さく息をついた。次の工程へ移ろう。


 焚き穴だ。


 俺と村医者は棺の前まで歩き、中にある副葬品のひとつを取り出して焚き穴に使おうと身をかがめた──

 その瞬間、思いもよらないことが起こった!


 ガシッ!!!


 突然、俺の両腕を何者かの手ががっちり掴んできた!


 その手の力はとてつもなく強くて、俺の腕力ではまったく敵わない。


 いや、これはもう人間の力じゃない。この世のものじゃない……!


 村医者は即座に反応し、俺の腰に抱きついて思いきり後ろに引っ張ってくれた。なんとか引き離そうと必死だった。


 俺はその手を見て、どこかで見覚えがあることに気がついた。


 ──この手……どこかで見たぞ? どこだ? どこだ……?


 思い出した瞬間、背筋がゾッと凍った。


 あの道士の手だ!!!


 嘘だろ!? やっぱりアイツ……只者じゃなかった!


 俺の最初の予感は、まさに的中していた。


 普通、長年修行してる道士ってのは、どんな災厄にも対処できるはずだろ?

 なのに、三角のスパイクの毒にやられて狂ったってのは、ちょっと引っかかってたんだよな。


 でも、あの長男を見たときは、「なるほど、あんなデカブツ相手じゃ、狂うのも無理ないか」と納得しかけた。


 ──甘かった。


 俺は、完全にナメていた。


 道士は、俺の読みを読んでいたんだ!


 つまり、奴は最初から自分では俺に勝てないと見抜いていて、そのうえで自分の「二魂六魄にこんろっぱく」を犠牲にし、俺を殺すためだけにこの“仕掛け”を棺に残していたというわけだ!


 今、俺の腕を掴んでいるこの手こそが、道士のすべての意識を注ぎ込んだ執念の塊。

 思考力を持ち、恐るべきパワーを発揮する“意識を持った手”だ!


 お爺さんの魂が棺を開けたその瞬間に、こいつは俺の動きをすべて見抜き、獲物をじっと待ち続けていた──

 そして今、俺が近づいたこの瞬間、牙をむいたというわけだ!


 両腕は猛烈な力で引っ張られ、関節がミシミシ音を立てる。

 まるで骨が引き裂かれるような、激痛が走った!


 やばい、やばいぞ……!

 これ、どうすればいいんだ!?


 今、俺は完全に劣勢だった。だけど──俺の頭はフル回転していた。


 この状況をどう打開するか、考えろ……考えろ……!


 だが、両手はもう棺の下に深く引きずり込まれていて──いや、正確に言えば、俺の腕はすでにこの世のものじゃなくなっていた。


 このままいけば、全身があの“底なしの闇”に飲まれて、俺は二度と戻ってこれなくなる。


 つまり、死ぬ。


 どうにかしようと足を動かしてみたが、無駄だった。力が入らない。


 ──終わった。俺の人生、ここで終了か?


 まだ雇い主の報酬ももらってないのに……

 こんなん、完全に赤字だろ!!


 そのとき──!


「この鼠め、我が子の命を奪おうとは……命をもらうぞ!!」


 空から、怒声が響き渡った!


 それはまるで雷鳴のような、胸を貫くほどの大音声。


 ──この声、まさか……父さん!?


 胸の奥から、じんわりとした安心感が広がってきた。

 父さんがいる。それだけで、こんなに心強いなんて。


 たとえ普段は、理解不能なことをしでかす人でも──

 俺は、無条件で許してしまう。それが血のつながりってもんだろ?


 父は空から舞い降りてきた。まるで天からの使者のように。


 そして──

 ドンッ!!


 棺の上に叩きつけられた父の掌。


 その瞬間、棺はまるで爆弾でも仕掛けられていたかのように、木っ端微塵に砕け散った!


 ──うそだろ!?

 父さん、いつからそんな化け物じみたパワーを……?


 俺はポカンと口を開けたまま、呆然としていた。


「我が子に手を出す者、地の果てにいようと容赦せん!」


 その一言で、俺の魂は完全に昇天した。


 カッコよすぎるだろ、父さん!!


 今まで一緒に大陸を転々としてたけど、こんな父さんを見たのは初めてだよ……!


「先生、この方があなたのお父上? ……すっごい威圧感ですね!」


 村医者が尊敬の眼差しでポツリ。

 お爺さんの長男も、口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。


 もちろん、お爺さん本人も深く頭を下げて敬意を示していた。


 父の背中はまるで神のようで、誰にも近づけないほどに圧倒的だった。


 そのとき──棺の底から伸びていた“あの手”が逃げようとした。


 だが、父はそれを見逃さなかった。

 両手でガッと掴むと、無理やりズルズルと引きずり出したのだ!


「この鼠め……ウチの息子に手を出して、逃げられると思ったか? 舐めるなよ!!」


 俺はただただ、その光景を目を見開いて見つめるしかなかった。


 ──父は、棺の底に潜んでいた“両手”を完全に引きずり上げた。


 すると、そこには──

 道士の魂魄が、はっきりと姿を現した!


 こいつは二魂六魄を保持しており、並みの悪霊なんかとは格が違う存在。


 しかし──


 その道士、父を見た瞬間、脚がガクガクと震え始めた!


 なんとその場に跪き、地面に頭を叩きつけながら土下座を始めたのだ!


「天師様……どうか、この末輩の礼をお受けくださいませ!」


 ……は?


 て、天師!?


 俺の親父って、天師だったのかよ!?


 俺、息子なのに全ッ然知らなかったぞ!!


 陰陽師の中でも、天師まで上り詰めた者なんて、千年に数人いるかどうかって伝説クラスだろ!?


 まさか……まさか、うちの親父がその一人だったとは──!!

風は東に巡り、龍の気が動くとき——このページにたどり着いたのも、きっと「縁」の導きに違いありません。


筆者・蘭亭造は、大陸・龍虎山にて古術を学び、風水・命理・陰陽五行を長年研鑽してまいりました。


干支、八字、五行方位、九星気学など、古より伝わる術数を用い、多くの方の人生に光を灯すお手伝いをしてきました。




本作はフィクションの体裁をとっていますが、登場する風水理論や相術の多くは、実際に伝わる術理をもとに構成されています。


一部は、筆者自身の体験に基づいた内容でもあります。




もし、この物語の中に、あなたの人生に役立つ「何か」があったとしたら——


それもまた、偶然ではなく必然。


このご縁に、心より感謝いたします。

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