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22.お父さんは南の国でも暗躍する②


 そういうわけで、ボーマンに御者をさせた馬車で現地入りしたアルベルト。一足先に王都を離れたデリックが詳しい情報を集めていたのだが、幹部達が集まっている拠点がどこなのかは突き止められなかったと言った。


「主な拠点は三つ。そこを転々としてるようですが、今どこを使っているのかはちょっと。決定的な情報がねぇ、聞けなかったもんで」

「まあ、市民は知らないでしょうし」


 馬車の中でベンジャミンも集められた情報を眺めるが、デリックの言った通りどれも決め手に欠けていた。


「どこも妙にでかい建物なのは、そういう理由っすよね」

「ええ。カモフラージュなのでしょう。あこぎな商売をしているわけではなさそうですが……商会自体が隠れ蓑なのでしょうね」


 拠点とされている三箇所は、そのいずれも金の動きが激しい。マフィアの息がかかっていると言われると納得だ。デリックとボーマンが張り込んだ範囲では、従業員は怪しそうに見えなかったそうだが、明らかに悪そうだと一般人が立ち寄らないからだろう。


「で、やっぱ総当たりで?」


 手元にある情報だけでは、やはり今の拠点を絞れそうにない。そういう話が一般に流れることはほとんどないのだ。噂として広まるのは意図的なものの場合も多く、デリックが突き止めた三箇所も囮の可能性がある。

 これ以上は、直接見た方が早い。が、誤った場所に立ち入れば、警戒した連中はそのまま雲隠れするだろう。そうなると厄介だ。どこに踏み入るかは慎重に判断しなければならない。けれどそれをやるには時間も手間も掛かる。


「面倒だ。その辺の奴に聞く」

「は? 旦那様、何を」


 アルベルトはデリックが呼び掛けるのを無視して馬車を降りると、ちらっと何かを確認するような動きをしてから歩き出した。

 何をするでもなく、身なりのいい男が周囲の様子を伺いながら街を歩く。あまりにも不用心で、これでは狙ってくれと言っているようなものだ。実際この街は傷害事件は少ないが、スリやひったくりの被害は多い。

 が、それこそがアルベルトの狙いなのだろう。


「二人、釣れていますね」


 ベンジャミンの言う通り、さり気なくアルベルトの後方についた二人の男はカタギではない。明らかに手慣れた雰囲気がある。町民によく紛れてはいるが、見る者が見れば一目瞭然だった。

 二人のうち、前に出た一人が周囲の様子を探っていた。目標にぶつかるか何かして注意を引き、その間に後ろの一人が持ち物を盗む。おそらくそういう手口の様だが、突然、ぐるりと振り向いたアルベルトがそこに居た男の手首を掴む。


「いっ!?」


 痛みに驚く男はベンジャミン達も目星をつけた男だ。その腕をそのまま捻り上げたアルベルトは、瞬間的に高めた魔力を男に吹き付ける。腕を振り解こうとしていた男は突然の圧力に動きを止め、その一瞬を衝いてアルベルトは男を路地へ押し込んだ。


「貴様らの根城はどこだ」


 握り締める手首を見せつける様にして言えば、男は目に見えて狼狽える。


「な、なんの事だ」

「とぼけるな」


 ぎち、と握った手元が音を立てる。途端に男の顔が歪んだ。

 男はアルベルトの剣幕にごくりと息を飲む。


「し、知らない。本当だ」

「ちっ。ハズレか」


 青褪めて震える男の顔は嘘を言っているようには見えない。舌を打ったアルベルトは、ぺいっと男の手首を放った。その勢いで男は転びそうになるが、これは好機とばかりに、地面に手をついて走り出す——ところを、いつの間にか回り込んでいたボーマンに取り押さえられた。


「くそっ!」

「……大人しく、しろ」


 巨漢のボーマン相手では分が悪いと思ったのか、男は大人しくなる。その向こうからもう一人を拘束したデリックが顔を見せた事で、男は完全に抵抗しなくなった。

 その二人をまとめて連れて行くボーマン。その背中を見送って、デリックはアルベルトへと向いた。どうしても一言言っておきたかったのだ。


「旦那様ぁ、わざわざご自身を餌にせんでも」

「この方が手っ取り早い。いいからあいつらを捕らえておけ」

「……へぇーい」


 けれども当然ながら聞いて貰えない。まあ、言いたいだけだったからいいかと、デリックはボーマンの後に続く。

 その後もアルベルトは何度か同じようにスリを捕まえ続けた。


「こいつもダメか」


 六人目を締め上げて拘束する。こうなってくると慣れたもので、動きを封じるボーマンもスリを縛るデリックの手際も段々良くなってくる。ベンジャミンなどは「はい、こちらへ並んで。列を乱さないように。いいですね」とならず者達を誘導している。ならず者がそれに従っているのは、言う事を聞かないとベンジャミンがすごく怒るからだ。にっこり笑っているのに迫力があって、従わないといけない気分にさせられるのだ。その気迫はスリごときでは逆らえないものだった。


「大きい街なだけありますね。それなりの数の構成員がいるようで」

「みたいっすねぇ」


 スリみたいな犯罪をするのは末端の構成員がやるもので、下っ端の下っ端もいいところである。そんな下っ端が多いという事は、それを取り纏める立場の者も多いという事。

 この街を根城にしている組織はひとつだが、別の組織の者が紛れているにしても、思っている以上に引っかかる奴が多い。もしかすると想定より大きな組織なのかもしれない。

 デリック達がそんな話をしている間にも、アルベルトが新たな一人を連れてくる。


「いでででっ! なんなんだよこのお貴族様はよぉ!」


 後ろ手で拘束された男は若く、いかにもチンピラです、と主張するような風貌だ。一目で見て分かる程度にはマフィアの下っ端っぽい。


「この街、スリだらけ過ぎねぇ? なんかやだな」

「観光地の宿命でしょうかね」

「……よく、釣れ過ぎ、では」


 それにしたって、ボーマンの言う通り短時間で引っ掛かり過ぎな気もする。どうですねぇと腕を組むベンジャミンだったが、理由には心当たりがあった。アルベルトの吸引力である。

 つまり、派手で目立つのだ。色々な国から人の集まるエル=イラーフ王国、そこでも有数の観光地であるこの街は、様々な国籍の人で溢れている。そんな中、ただ一人白銀の髪をして、質のいい服を着ていればかなり目立つ。しかも一人だけでその辺に突っ立っているので、狙われて当然と言える。

 そんなベンジャミンの考えは、当のスリが肯定してくれた。若いチンピラ風の男は、縛られ整列しているスリ軍団を見るなり声を張り上げる。


「あっ、オメェら! さてはオメェらもカモろうとして返り討ちにあったな!? なあ、なんなんだよこの顔のキレーな奴はよぉ! 手を伸ばす前に振り返ってさ、気付いたらコレだ! 気配察知して捕まえるとか、フツーの貴族じゃねぇよ!」


 路地裏の人気のない通りでの事とは言え、男の声は大きくてよく響く。


「随分とイキのいい」

「あーあ、あれじゃ旦那様に黙……らされてるな」

「……む」


 ベンジャミン達が話している最中、バキッと派手な音が響いた。喚く男はアルベルトに殴られ、頰を腫らしている。


「い、いデェ……」

「黙っていろ」

「は、はひ」


 表情の無いアルベルトの顔は迫力がある。そこへうっすら魔力を立ち上らせると、街のチンピラくらいでは逆らう気さえ起こせない。真っ青になった男をボーマンが縛り上げる。

 男はぐったりと……いや、しょんぼりと肩を落として列の端っこについた。ずいぶん素直な奴だな、とデリックがそれを目で追っていると、後ろの方から人の気配が近付いてくるのが分かった。

 特に立ち入りを制限させているわけではないが、地元の人間でも近付かない路地だ。そこへやって来るのは、何か思惑あっての事だろう。

 アルベルトを含む四人がそちらを注視していると、建物の影から二人組の男が顔を覗かせる。


「ようやくお出ましか」


 実を言うと、アルベルトはこれを待っていた。現れたのはごく普通の町民のような二人組だ。むしろ人当たりの良さそうな雰囲気さえある。彼らは路地の端に座って並べられた男達を見て、はっと驚いたようだった。

 客観的に見れば、犯罪者を観光客が捕らえた、その様に見えるはずだ。が、見ようによっては、貴族がごろつきを使って悪巧みをしようとしたが失敗し、実行犯を口封じしようとしている風にも見える。リリアンの為にとアルベルトが全力で挑んでいるのが悪かった。元々手心というものを知らない上、手を抜かないという点に全振りしているアルベルトからは殺気に近いものを感じる。普通ならこちらが通報されそうな雰囲気である。

 だがそれはないだろうとは、デリックもボーマンもベンジャミンも分かっていた。驚きはしながらも狼狽する気配の無い男達は、そもそもスリ軍団の連中と似たにおいがある。

 アルベルトの狙い通りなら、この二人はスリ共を取り纏める、ちょっと上の立場のはずだ。スリのあがりを本部に渡す役目を持った者は、幹部がどこに居るか知っているはず。

 こちらの様子を伺う二人の男のうち、背の高い方が口を開いた。


「あんた、何が目的だ?」

「あっ、アニキ! 助けてくれ!」


 直後に叫んだのはチンピラ風の男だ。それを隣の男が小突く。なんだよ、と不満気なので、何が悪いのか分かっていないのだろう。黙っていれば他人としてやり過ごせたろうに、これでは身内だと白状したも同然だ。

 アルベルトはにやりと口の端を持ち上げる。


「貴様らは知っていそうだな」


 何を、とは言わなかったが、男はなんなのか検討がついたのだろう。はっ、と挑戦的な笑みを浮かべた。


「そうほいほい口を割ると思ってるのかい」

「思ってはいないが、喋りたくなる方法ならいくつでも知っている」

「へぇ? どうするって?」


 アルベルトはデリックとボーマンに命じて、スリ軍団を改めて道の真ん中で横一列に並べさせた。スリ共は悪態をつきながらも大人しく従う。隙を見て逃げ出そうと駆け出した者もいたが、即座にデリックが足を引っ掛け転ばせた。それに乗じようとした別のスリもボーマンに察知され、きつく縄を引っ張られ顔を歪める。

 不思議そうにそれを眺める二人組も、ベンジャミンがさっと縄で縛って列に加える。それについての不満は黙殺された。


「くそっ、なんだってんだ」


 後から来た二人のうち、背の低い方はなんとか縄を解こうともぞもぞと腕を動かしているが、当然びくともしない。同じ様に縄抜けを試みるのは何人かいたが、いずれも無駄に手首を赤くするだけに終わった。

 そんなごろつき九人を前に、アルベルトは全員をさっと見比べる。


「お前にしておこう」

「へっ?」


 そして、おもむろに真ん中辺りに居た一人を思いっきりぶん殴った。

 殴られたスリは体を回転させ吹っ飛んでいく。この路地裏は古いレンガ造りの建物が多く、住みにくいので空き家も多い。スリの体は吹き飛んだ先の建物の壁に突っ込み、どんがらがっしゃんと派手な音を立てて壁——どころか建物自体を崩壊させてしまった。

 土埃と砕けたレンガの山の中、からん、と破片が転がる音が忘れた頃に耳に届く。その中に、殴られたスリの体は足先すら見えず、悲鳴も聞こえない。

 残った八人はそれをあんぐりと口を開けて見ている。人の体があんなに吹っ飛ぶのも、それが古いとはいえしっかりした造りの家に突っ込んで建物が壊れるのも、彼らは見た事がない。


「あ、あり得ねぇ……」


 目の前のものが信じられなくて、ただ呆けるばかりの背の低い男の肩をアルベルトは叩く。


「聞きたい事があるんだが、いいか?」


 問い掛けるアルベルトは、拳を見せつけるように握り締めていた。頰を引き攣らせる男は一瞬怯むが、すぐに反抗的な目付きに変わる。


「こんな物騒な真似する奴と、誰がギャァッ!!」


 言い終わる前に、男の前から閃光が走る。爆発の様だがそうではない、強烈な光とバチッという耳慣れない破裂音がスリ軍団を襲った。

 その直後、男がずしゃりと後ろに倒れる。あまりの光の強さに目を閉じていたスリ達はそれを音で感じ取っていた。

 倒れた男は白目を剥いている。外傷は無いように見えるが、少し焦げ臭い気がした。それに気付いたスリの一人が叫ぶ。


「こ、こいつ、魔法使いだ!」

「な、なんだって?」

「間違いない。今のは雷の魔法だ! 雷魔法の防衛装置に打たれた奴を見た事がある。その時と一緒だ!」


 その言葉で一斉に視線がアルベルトに集まる。掲げた手にバチバチと音を立てる紫電が纏わりついていて、男の言葉が真実なのだと肯定していた。

 アルベルトを見るスリ軍団の目が変わる。訝しむばかりだった猜疑の目は、今や恐怖に染まっている。魔法に対抗するというのは、魔導士でもなんでもない彼らには不可能だからだ。

 たったの一撃でスリ軍団の印象を一変させたアルベルトは、次は長身の男に向く。


「言え。拠点はどこだ」


 男はぐっと息を呑んだ。


「なんの事だか」

「そうか」


 その後さっと視線を外す。男はわかりやすくしらばっくれるつもりのようだが、無論、それを許すアルベルトではない。男の隣で青くなっているスリの腕を掴んで、魔法を発動させる。


「え、あ、なん……えっ?」


 アルベルトの掴んだ部分が白くなっていく。よく見ればそれは霜だった。


「なな、なんだこりゃあ! さみぃ……さみぃよぉ……!」


 スリは自身の身に何が起きているのかと狼狽え暴れるが、それもすぐにできなくなる。凍える寒さに震えているうちに、ピキピキと霜が音を立てて厚くなり、次第に氷となって体を覆っていく。腕だけでなく、全身あちこちから氷が発生していた。気付いた頃には腰から下が完全に凍りついて、体を捻る事もできない。


「ひぃっ! 嫌だぁ、助け……!」


 氷はぐんぐん成長を続け、腹から胸、肩を覆うと、ついにスリの顔まで隠してしまった。


「うっ、うわあああああ!」


 それに怯えたのはあのチンピラ風のスリだ。叫び声を上げると尻餅をついて、氷像から遠ざかろうとしている。


「ひっ、人殺しだ! 化け物!!」

「死んでいないぞ。まあ、時間が経てばどうなるか分からんが」


 アルベルトの静かな声はスリ達の間を通り過ぎて行く。その意味を正しく理解できるほど、彼らは冷静ではなかった。仲間が氷漬けにされたのだ。これほどの魔法を間近で見た事は無いし、あまりにも呆気なく行われたせいで、彼らの中で燻っていた抵抗心までもが凍りついていく。

 そんな中でアルベルトは再び長身の男に問い掛けた。


「拠点の、場所は」

「くっ……!」


 押し黙る男に、「ん?」と首を傾げるアルベルトは静かに笑みを浮かべている。まるでいたずらを隠す子供に「怒らないから、言ってごらん?」とでも言うような仕草だ。だが、溢れる殺気がそれが幻覚なのだと教えてくれる。

 男が口を割らないので、アルベルトは次の行動に出る事にした。魔力を左手に集中させ、その手で近くにいたスリの頭を全力で握り締める。


「アッ、あぎゃああぁッ!!」


 めりめり、ミシミシとスリの頭蓋が音を立てる。構わず更に力を込めれば同時に悲鳴も大きくなっていき、喧しい事この上ない。


「このまま次第に締める強さを変えていく。早めに喋った方がいいぞ」

「う、く、くそっ」

「いてぇ!! いてえよおおおお」

「いつまで保つか、見ものだな?」


 話しているうちにも徐々に握る力を強める。悲鳴を上げていた男の声は、段々と途切れ途切れに変わっていた。


「い、イカれてる……!」


 チンピラ風の男は思わず呟いた。こんなものは尋問ではなく拷問だ。しかも多分、マフィア側がやるやつ。

 兄貴分からいくらでも聞いた「敵対組織に捕まったらやられるやつ」というのが今、男の前で繰り広げられている。やっているのは見る限り貴族で、敵対組織の人間ではないはずだ。なのになんで、どうしてこんな事に? チンピラ風の男はもう、何が何だか分からなくなっていた。元々頭の回る方でない彼は考えるのが苦手なのだ。


「あぎっ」


 そうこうしているうちに悲鳴が止んだ。どしゃりとスリの体が地面に落ちると、途端に路地裏は静かになる。泡を吹くスリは、時々びくんと体を跳ねさせるが、意識があるようには見えなかった。

 仲間がそんな風に動かなくなってはいるが、長身の男は唇を噛むだけで、喋る気配が無い。デリックはこれは良くなさそうだと判断をした。アルベルトが動く前に、拘束されている長身の男の前に出る。


「なあ、おい。旦那様は気が短いから、さっさと喋った方がいいぞ」


 でなきゃ全滅だ、と言い添えるが、男は苦々しく顔を顰めるばかり。


「どうしてそこまで(かたく)なかねぇ」

「……言ったら組織に殺される。絶対にだ。ボスは裏切り者は許さない」


 帰ってきた言葉はデリックの想像通りのものだった。そうかい、と呟いて、ちらりとアルベルトと動かなくなったスリ達とを見比べる。


「分からんでもないが、今ここで殺されるのとどっちがいいかねぇ」

「そ、そんな」

「少なくともあいつらはもうダメだろうな。御愁傷様」

「…………!」


 長身の男は目を見開き、次いでがっくりと項垂れた。それを確認したデリックは男の腕を取り、アルベルトの前に突き出す。残るスリ達の所へは声は届かなかったが、男は何かを喋っているらしい。

 兄貴分の態度が急に変わった理由が分からず、チンピラ風の男は首を傾げていた。殴られたり氷漬けにされたりした四人は一向に動く気配がない。それは、痛みで失神しているせいだと思っていたのだが。さっき聞こえた「あいつらはもうダメだろう」というのは、もしかして。


(え? ひょ、ひょっとして、違う……?)


 それを理解した途端、ついに男は気を失ったのだった。



◆◆◆



 その頃、エル=イラーフの王宮に居るレイナードは騎士団の訓練に参加していた。先日のヘレナの快復祝いのパーティー、そこで起きた決闘騒ぎで健闘した事で、是非指導をと請われていたのだ。

 複数人相手に立ち回ったのもそうだが、近衛兵の剣を何本も折ったのが将軍の耳に入ったらしい。もう一度やってみてくれと言われ、馬鹿正直に実践したのが良くなかった。どうにかその技術を授けて欲しいと熱心に言われてしまったのだ。

 とは言っても、実際教えるのは難しい。レイナードが強い土属性持ちの魔法使いで、それがないと不可能だからだ。

 それを説明すると、将軍は納得したと言わんばかりに唸る。


「ふうむ。それをその歳で使いこなしておられるとは……。貴殿の技術もさる事ながら、よほど良い師についているのですな」

「そうですね。祖父なのですが、確かに多くを学んだと思います」

「祖父……? 貴殿は公爵家の……いや待ってくれ。もしやそれは、かの軍神、ゴットフリート殿の事では!?」

「そうですが」

「なんと! あの鬼神の孫!!」


 将軍はカッと目を見開いた。なかなかの勢いだが、レイナードとしては慣れたものなので微塵も驚かなかった。眉ひとつ動かさずにマクスウェルとは従兄弟なので、彼も同じくゴットフリートの孫なのだと伝えると、将軍は更に驚いてみせた。そしてまじまじと見てくるので、さすがにレイナードは首を傾げる。すぐにはっとなった将軍は、決まり悪げに視線を逸らしてしまった。


「……いや失礼。どうにも貴殿らの雰囲気は、聞こえてくる御仁のものとは程遠い。それでつい、な」

「玉座にあった頃は、将軍の想像とそう遠くないのでしょう。けれども、僕らにとっては頼もしい祖父です。剣術には厳しいですが、それ以外は結構甘いところがあります」

「なるほど。孫には一等甘くなるというのは、鬼神とて変わらぬというわけですか」

「そのようです」


 レイナードが言えば、将軍はくつくつと笑ってみせた。なるほど、と顎を撫でる表情は柔らかい。

 将軍は祖父よりも、一回りは歳下のように見える。そんな彼にはきっと若い孫がいるに違いない。何度も頷く姿から、レイナードはそのように感じた。


「であるならば、貴殿のその腕前も納得がゆく。きっと熱心に指導されている事だろうからな。かの方の、剛腕をもって、大群を甲冑のみならず大地をも切り裂いたという逸話は、軍人であれば誰もが知っている。今では生ける伝説とも呼ばれているが」

「話には、聞いた事があります」

「海を越えたこの地にも届くのだ、貴殿の想像より遥か彼方まで轟いておられるだろうよ。なんとも羨ましい。そんな方の剣技を受けておられるとは」


 どこか羨望の籠った目で見られては、さすがのレイナードもくすぐったさを感じる。それでちらりと視線を外せば、ちょうどマクスウェルと目が合った。

 マクスウェルはトゥイリアース王国騎士団のトップで、実践経験は乏しいものの剣技はかなりの実力である。力でゴリ押すマクスウェルの戦術はゴットフリートと似通っており、それを喜んだゴットフリートによってかなりしごかれていた。レイナードほどではないががっつりと手解きを受けているのだ。お陰で二人の腕はかなりのものになっている。

 だったらいっそ、マクスウェルも参加してはどうかという事になって、今は二人揃って騎士に混じって打ち合いを行っているところだ。それにヘレナが強く興味を示した為に、クラベルとリリアンが見学に付き添っている。レイナードとしては都合が良かった。

 レイナードとマクスウェルは、エル=イラーフ王国の騎士相手でも対等か、それ以上に渡り合っている。激しい打ち合いをする兄達に声援を送るリリアンは美しく、ヘレナとクラベル、それからこっそり遠くから盗み見る令息達を虜にしていた。

 一休みする中で令息達の気配を感じ取り、人数と特徴をしっかり把握するレイナードに、リリアンがタオルを差し出す。


「お兄様、どうぞ」

「ありがとう、リリー」


 ふかふかのタオルは騎士団提供のものだ。他の騎士も同じものを使っているが、リリアンが差し出したというだけで特別なものへと昇格していく。本気でそう思っているレイナードは大事そうにタオルを扱った。


「それにしても、驚きました。こういった機会はそう無いと思うのだけれど」


 リリアンが言っているのはこの訓練だろう。同盟国であっても、客人として招かれた人が騎士団の訓練に参加するというのはあまり聞かない。個人的な交流が深ければ、なくはないだろうが。


「そうだな。貴重な体験をさせて貰ってると思う」


 そう返すレイナードだったが、それは実を言えば訓練を指しているわけではなかった。トゥイリアースでもたまにリリアンは城の訓練場へ顔を出す事はあったが、それはレイナードの用事が終わってからの事であって、訓練自体の見学はほとんどしていなかった。それを、最初から最後まで見てくれて、しかも途中の休憩ではこのようにタオルを差し出してくれる。レイナードからしてみれば貴重どころか極上の瞬間である。剣を握る手に力と魔力が篭ってしまうのは仕方がないだろう。そのせいでいつも以上に動きが俊敏で、騎士達が手も足も出ないという事態になっていた。


「レイ、お前、もうちょい加減しろよ……」


 同じく休憩中のマクスウェルにそう注意されたが、やる気が溢れていたのだ、仕方がないじゃないか。抑える代わりに一度に相手をする騎士の数を増やし、それでも始終優位でいたからか、将軍から本気のトーンで勧誘を受けるレイナードだった。

 そういう感じで午前を過ごしたわけだが、そろそろ食事にしないかとヘレナに誘われる。


「天気もいいし、庭に準備させているの。お腹空いているでしょう?」

「おっ、気が効くじゃんか」

「当然よ。父様からお世話を任されているし」

「それに、リリアンの為だから、だろ?」

「ええ、その通りよ! 気を悪くした?」

「いいや。うまいもんが食えれば、俺はそれでいい」

「さすがマクスウェル様だわ。やっぱり男はそのくらい器が大きくないと」

「君、そういう所は大人っぽい事言うよな……」

「変?」

「いや、頼もしくていいんじゃないか?」


 話しながら、移動を始める。ヘレナとマクスウェルのお陰で賑やかだった。

 滞在中いつでも参加して欲しいと将軍が言っていたので、マクスウェルはその言葉に甘えさせて貰うつもりのようだ。そうなると自然、レイナードも参加の流れになるだろう。できればリリアンと一緒に居たいレイナードは、警護を理由に見学しているようリリアンに伝えた。クラベルも、できる限りリリアンについているようにと言えば、彼女は分かったわと頷く。


「父上もベンジャミンも居ないから、できるだけ僕と一緒に居てくれ。リリーが見学したくないのであれば、僕は参加しないから」

「そうね。リリアン、それがいいわ」

「でも、それではマクスウェル様がお一人になってしまうわ」

「あいつは一人でも大丈夫だから」

「まあ!」


 リリアンが言ったタイミングで、丁度前を歩いていたマクスウェルが振り返る。直前のレイナードの言葉が思い返されて、思わずリリアンはくすくすと笑ってしまった。


「なんだなんだ、楽しそうだなリリアン」

「そんなお姉様も素敵だわ……!」

「ブレないなー、君は」


 うっとりとリリアンを見るヘレナをマクスウェルが笑う。それで一層賑やかに拍車がかかった。

 リリアンはもちろん、マクスウェルもクラベルも、今アルベルトが街で何をしているかを知らない。それを知っているのはレイナードだけだ。

 だが、当然レイナードはそれを誰にも知らせない。いや、知られるわけにはいかなかった。万が一、それがリリアンの耳に入ってはいけないから。

 マクスウェルもクラベルも、あえてリリアンに聞かせるような人柄ではないのは分かっているが、だからと言って聞かせる理由もない。レイナードは集団の最後尾で、楽しそうにヘレナ達と話すリリアンの姿を見ていた。

 今頃はきっと向こうもある程度カタを付けたところだろう。


「あっちは順調かな」

「お兄様、どうかした?」

「いや、なにも」


 ふと溢してしまった一言を、妹は拾ってくれた。自身が楽しく会話をしている最中にである。それに気を良くしたレイナードは、彼にしては珍しい事に笑みを浮かべた。

 それにクラベルは目を見張って、ヘレナが頰を赤く染める。小さく上がった悲鳴のような歓声は侍女のものだ。リリアンの笑顔に集中していたレイナードがそれらに気付く事はなかったが、彼の晴れやかな気分同様、順調は順調である。街のゴミがいくらか片付いたのだから。


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