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21.南の国の呪いの姫と宝石と人助け⑥


 エル=イラーフ王国の王宮は広い。それはかつての制度の名残りなのだそうだ。ここしばらく王は側室を持たなかったが、六代前までは普通の事だったらしい。側室やその子供達が生活をする為に、あるいは各々を引き離す為に。離宮を建て、回廊で繋いだ。どこの王室でも聞く話だ。トゥイリアースだってかつてはそうだったのだから珍しくもなんともない。

 だが、今の状況は中々レアだ。マクスウェルはうっすら笑みを浮かべて、そんな事を考えていた。

 なぜマクスウェルはそんな事を考えているかというと、目の前の光景がその理由である。


「トゥイリアース王国からのお客人ですわよね? ああ、お会いできて光栄ですわ」

「我が国の姫の為にご足労頂くなんて、感激です」

「本当に。それにしても、とても素敵な方ですわね。あの、お名前はなんと……?」


 マクスウェル達の行く先を数人の令嬢が遮っている。いや、正確にはレイナードの、をだ。

 ここまで先導してくれていたのはエル=イラーフ王国の宰相だったのだが、急な要件で呼ばれ、途中で役目は騎士に引き継がれた。そのタイミングを狙ったかのように曲がり角から彼女達が現れ先を塞ぐ。令嬢達の家格が高いのか、騎士達は強くそれを止める事ができないようだった。

 それにしても、とマクスウェルは頰を引き攣らせる。刺客の可能性も捨てきれないから、こういう場面ではレイナードはマクスウェルの前に出るのだ。それが彼の役目、本分なので、反射的に出て行ったのだろう。けれどもそれが裏目に出るとは。


「先程遠目で拝見して、ぜひご挨拶をと思っていましたの。こうして実現出来て嬉しい」

「こちらこそ、お目に掛かれて光栄です」

「長身の銀髪の方も素敵でしたけれど、お歳がわたくし達とは合わないようでしたから……。ねえ、好みのタイプはどういった方かしら。この中にそれに近い方は居て?」

「自分自身に正直で、その為なら努力を惜しまない。そんな人ならば、尊敬できます」


 地位のある男性が目的だったのか、飛び出した令嬢達は始め、集団の中央に居たマクスウェルしか見ていなかったのだが、レイナードが前に出るとすぐにそちらへ目を移した。そうしてレイナードに声を掛けると、もうマクスウェルの事は意識に無いようだった。

 王太子の自分を差し置いて、ただの補佐官であるレイナードが口説かれようとしている。他国の王宮で、だ。それなりに存在感があると自負していたマクスウェルは自尊心が揺らいだ。

 令嬢達は騎士が止めるのも聞かず、国賓とも言えるマクスウェル達に近付いた。恥も外聞も無い振る舞いだ。まあ、今回の場合、アルベルト以外はおまけの付き添いみたいなものだから、公式な場でなければ世間話をするのもやぶさかではない。彼女達は少々、いやかなり気安過ぎる態度ではあるが。

 なのにレイナードは、きっちりと返答をしている。そんな風にまともに相手をしなくても、とも思う。


「驚いたか、クラベル嬢」

「ええ、まあ。レイってあんな風に受け答えするのね?」

「ああ。あれで無表情じゃなきゃ、また話は変わってくるんだけど」


 そう、レイナードは始終真顔だったのだ。言葉は悪くないがまったく愛想が無い。邪険にするどころか完全に無視する彼の父親よりはましな対応だろうが、彼の場合、表情と言葉選びのせいで別の問題を起こしていた。


「滞在はいつまで? その間、お時間を頂けないかしら。ぜひこの機会に誼を結んでくださらない?」

「残念ですが、そういった時間はありません。目的も別ですし。こういう時でなければよかったのですが」

「そ、そんな。〝もっと早く出会っていれば違う未来があったのに〟だなんて」


 真顔なのが真剣さを体現していると思われ、曖昧な表現を都合の良いように取られるせいで、令嬢が期待心から変に解釈するのだ。


「拡大解釈しすぎでしょう」

「そうだなぁ……」


 頰を赤く染める令嬢を半目で見るクラベルにマクスウェルはそう言ったが、レイナードは自国でもこんな調子だ。そのせいでトゥイリアース王国の令嬢達は勘違い、もとい思い込みで、自分こそ彼の運命の女性だと信じている。それも少なくない数が、だ。

 それが表面化していないのは、誰しもがレイナードの迎えを待っているからだ。物静かな彼の事、淑やかな女性の方が相応しいのだと、そう考える令嬢ばかり。

 そんな彼女らは快活なクラベルを良く思っていない節がある。が、それを今知らせる必要もないだろう。彼女なら気にしないだろうが、マクスウェルは黙っていた。それよりも、相手の令嬢達がこの国でどういう立場なのかが分からないからどう出ていいかが分からない。どうするかなぁと内心呻る。


「そこで何をしているの?」


 と、そこへ、回廊の先から声が響いた。若い女性、というよりは少女のものだ。令嬢達は声のした方を一斉に振り返ると、はっとしたように壁際へ下がる。


「スターシャ殿下」


 思わず、といったような声は、騎士のもの。彼もその他の従者も、一斉に彼女へ頭を下げる。

 そうして現れた少女に驚きの声を上げたのは、クラベルだった。


「えっ? ヘレナ様……!?」

「それは、伏せっているわたくしの妹のことね」

「妹……? では」

「わたくしとヘレナは双子の姉妹なの」


 つん、と顎を上げる少女は、先程ベッドの上に居たヘレナと同じ顔だったのだ。第三王女を見ていないマクスウェルとレイナードはなんともなかっただろうが、一人彼女と会っているクラベルは驚いたなんてものではない。

 だが、これで令嬢達が下がった理由がはっきりした。


「陛下も教えといてくれよ……」


 マクスウェルは思わず呟いてしまったが、すぐに王太子の顔に切り替える。


「スターシャ殿下、お騒がせして申し訳ない。我々はトゥイリアースの」

「そちらの方。あなたのお名前はなんと仰るの?」


 一歩前に出たマクスウェルを、あろう事かスターシャは無視した。トゥイリアース王国の銀髪を持った人物が王族であるというのは、古くから国同士の付き合いのあるエル=イラーフ王国では当然知られた事だ。まさか無視されるとは思っていなかったマクスウェルは固まり、クラベルは仰天して目を見張る。従者達もクラベルと似た様な反応だ。エル=イラーフ王国の騎士は、あまりの出来事に呼吸が止まっている。

 それを指摘しても良かったのだが、相手は幼さの残る少女だ。正式な抗議は王へ入れるとして、この場はさっさと切り上げるべきだと判断したレイナードは浅く腰を折る。


「レイナード・ヴァーミリオンと」

「レイナード様ね!」


 余計な言葉は言わず、抑揚の無い声で、しかも王族相手にしっかりと礼をしないのだから、レイナードの態度は無礼なはずだ。だが、「素敵だわ」と呟くスターシャはきらりと瞳を輝かせていた。その反応に、逆にレイナードの方が眉を顰める。けれども気付いているのかいないのか、声を弾ませてスターシャはレイナードの元へと駆け寄った。


「ヘレナを知っているということは、あの子のところへ行っていたのね? ねえレイナード様。辛気臭いヘレナのところなんかより、わたくしの部屋に遊びに来ませんか? あの子、きっとおもてなしもしていないでしょう?」


 双子の姉妹が危険な状態であるのに危機感が薄い。言っている事も、年齢よりもかなり幼く感じた。


「申し訳ありません。これから仕事があるので失礼します」


 レイナードはそう言ってマクスウェルとクラベルを促した。二人がそれぞれスターシャに断りを入れると一同は移動する。

 移動している間に騎士から丁寧な謝罪を受けた。


「皆様には大変な失礼を」

「気にしなくていい。ヒース陛下には一言言わせて貰うが、貴殿達の責任ではないから」

「ですが」

「いや、本当に気にしてないから。な、レイ」

「そうだな」


 王族としてはかなりおおらかなマクスウェルは、実害が無ければ多少の無礼には目を瞑る方だ。何があったのかは騎士から報告があるだろうから、マクスウェルからもヒースに一言言っておかないと責任問題になってしまう。真っ当に役目を果たそうとしていた彼らの処分は望むものではなかった。

 それに、これはどちらかというとヒースの教育不足が問題となる。ヘレナと双子であればスターシャは十二。リリアンとは二歳しか差がない。それであれか、としかレイナードは思わなかった。

 そうしてマクスウェル達が立ち去る背中を見送っている間に、令嬢達もこっそりとその場を離れようとした。が、スターシャに見つかってしまう。


「あなた達」


 少女達はびくりと肩を跳ね上げた。それを、スターシャはぎろりと睨み付ける。


「あの方に近付いたら承知しないわよ」

「は、はい!」

「あの、では、失礼致します……!」


 それ以上スターシャの期限を損ねる前にと、そそくさと退散する少女達。そんな彼女達の背中を見るスターシャの目つきは険しい。


「誰も彼も、わたくしの邪魔をして……! どうしてヘレナが。あんなに美しい方だったなんて……」


 ぶつぶつとスターシャは呟く。その声は地を這うような響きをしており、いつにないスターシャの様子に侍女達は顔を見合わせた。


「足りない。足りないわ。あと少し……」


 前方を睨み付け、呟きながら回廊を進むスターシャの姿は侍女しか見ていない。その侍女もスターシャの背後に控えているから、彼女の異様な視線には気付いていなかった。



◆◆◆



「ま、問題なさそうだな、分かってたけど」

「そうだな」

「さすがはトゥイリアースね。話が早いったら」

「それはご先祖様達のお陰だな」


 マクスウェルはそう言って足を組み替える。王宮を出て役目を果たし、今はその帰り道の途中。

 視察、と言っても関連する現場へ顔を出すだけだ。資料に間違いがないのは事前に確認できているし、そもそも不正などがあれば即座に取引は切り上げられる。そういう誓約が両国間でされているのだ。

 そこへ、相手国の王族が視察にやって来たというのは、従業員からすれば驚愕の出来事だろう。まず最初に思うのは「何か問題でもあった!?」となるに違いない。なのでマクスウェルはごく軽い調子で振る舞う必要があったのだが、あまり軽すぎても文字通り軽んじられる。が、その辺のバランス調整はマクスウェルの得意とする所だ。卒なく視察を終えた三人は帰りの馬車で寛いでいる。

 順調に話が進んだ為予定よりも早く切り上げた三人は、王宮へ戻る前に市場調査を行うことにした。つまりショッピングである。今はメインストリートへ向けて移動している真っ最中だ。マクスウェルがにこやかなのはそのせいだった。


「思ったより早く済んでよかった。これであとは自由の身ってわけだ」

「お前が切り上げさせただけだろう」

「いやあ、だって、書類に書いてある事しか喋んないからさ、あの担当者」

「それは、そうだけど」

「報告する事が無いのね」

「つまり問題も無いって事だ」

「飛躍しすぎじゃないか?」

「いいんだよ、父上も分かってて俺を送り込んだんだし」


 だからこれでいいんだ、とマクスウェルは胸を張る。まあ、彼の言う事は一理ある。そもそもアルベルトの監視が本来の目的なのだ。視察は同行する口実なのだというのは、ヒースも了承しているのだろう。出掛ける前に「君らも大変だねぇ〜」と言っていたから、必要性を理解したのだと思う。

 あとは、王女の治療が済めば一行の役目は終わりだ。その治療もアルベルトの言葉通りなら明日には終わる。あっという間の休暇だ。

 ただ、それだけで本当に済むだろうか、とマクスウェルは視線を窓の外から正面へと変えた。


「レイ、クラベル嬢。王宮で会ったスターシャ姫をどう思う」


 レイナードとクラベルは顔を見合わせる。

 先に口を開いたのはクラベルだ。


「不仲なのだろうとは思うけれど、それにしたって異常だわ。見たでしょう、彼女の顔を」

「ああ、まあな」

「本当にそっくりだったわ。やつれ具合も、顔色も含めて、ね」


 はあ、とマクスウェルは息を吐く。


「それで君はあれほど驚いたってわけか」

「ええ」


 マクスウェルは「なるほどな」と呟いて腕を組んだ。そう、王宮の回廊で出会ったスターシャは、酷い顔色をしていた。血の気の引いた白い肌に窪んだ目。その目の下にはくっきりと隈が浮かんでいて、とてもではないが健康そうには見えなかった。なのに瞳だけはギラギラした光を宿していて、それがレイナードを見つめていた。

 彼女に一番近付いたレイナードは、その異質な魔力を感じ取ったと言う。


「一見普通に振る舞っていたけれど、おそらく正常な判断がつかない状態だと思う」

「だろうなぁ」

「あの魔力は、関わらない方がいい」

「魔力?」

「うん。何かを願っておきながらそれを認めないような、許さないような、そんな感じの魔力だ。それが彼女を害しているんだろうけど」

「そんな状態なら、周囲に影響を出してもおかしくない、か」


 本人が意識している、いないに関わらず、負の感情を含んだ魔力は悪影響を及ぼす。その最たるものが呪いだ。スターシャ王女がそこまでの魔力を放出しているかは分からないが、何かしらの影響を出している、あるいは受けていてもおかしくなさそうな状態だった。


「それで言うなら、気を付けるべきはレイ、お前じゃないか? あの子に目を付けられてたじゃんか」

「マクスは無視されてたもんな」

「うっさい!」


 大体にしてあの年頃の少女は筋肉量の多いマクスウェルより、細身のレイナードを好む傾向にある。無視はさすがに経験が無かったが、地位よりも顔面を選ばれて令嬢の群れがレイナードに向かっていくなんていうのは嫌と言うほど経験した。今更気になるものでもない。

 軽口を叩き合う男達にくすりと笑って、もうひとつ気が付いた事がある、とクラベルは口を開く。


「ヒース陛下から他の子供の話が出なかったのは、忘れたからだと思うわ」

「あの人ならそうかもな。なんていうか、単に話題にならなかったから言わなかっただけっつーか」

「そうそう。隠しているわけではないでしょうね」


 うん、とレイナードがそれに頷いた。


「ヒース陛下にスターシャ姫のことを聞いた方がいいだろうな。あの感じはどちらかと言うと呪いのようだった」

「彼女も呪術師ということ?」

「それは分からないけど」


 二人の会話を聞いていたマクスウェルは首を傾げる。


「だが、エル=イラーフといえば呪術師だろ。彼女の様子に誰も気が付かない、なんてあり得るか? 俺達から見ても、あれは異常だぞ」


 そう、スターシャの様子は異常と言って差し支えない。なのに王宮の誰もそれを気にした様子がなかった。彼女の両親でさえも。王女の様子よりも、そちらの方がいっそ不気味に感じる。

 どういう事だろう、と三人は考える。


「……異常だと思わないようにされている、とか?」


 クラベルの発言にマクスウェルは瞬く。


「口封じされているというわけか。可能か? 一目会えば見抜けるだろう」

「さあ、わたしは魔法に詳しくないから、分からないけど。そういう事もあるのじゃないの?」

「隠蔽、幻惑? もしくは認識障害……」

「その辺りなら、確かに呪術師の範囲だ」


 あり得ない話じゃない。そう言ってマクスウェルは声を潜めた。


「叔父上には伝えた方が良さそうだな」


 マクスウェルの言葉にレイナードとクラベルが真剣な面持ちで頷く。

 それを確認したマクスウェルは、よし、と勢い良く膝を打った。


「なら全力で散策するぞ」

「どうしてそうなる」

「それは、これが叔父上かヒース陛下が解決すべき事柄だからだな!」


 ぐっと拳を握るマクスウェルは満面の笑みだ。楽しみだなぁと期待に胸を膨らませている。


「俺は関係ない! だから考えない。つまり散策に集中するべきってことだ! 昼飯食いっぱぐれてるし、飯だ飯、飯にしよう! ついでに色々回って今の流行を見ておかないとな。今後の交易に役に立つだろうし」

「それらしい理由を付け足すな。ただ遊びたいだけだろう」

「そうだクラベル嬢、エル=イラーフの菓子に興味は無いか? 香辛料を加えたものが多いそうだが」

「いいわね。フィリルアースでも買えない事はないけれど、本場でしか味わえないものってあるものね」

「そうとも。それにそういうのを覚えれば、君なら作れるんじゃないか。そうすればリリアンにだって振る舞えるだろ」

「それはいい考えね! さっそく向かいましょう!」

「ベル」


 リリアンの名前が出た途端、きらりと目を輝かせたクラベルを、レイナードは嗜めた。羽目を外さないようにではなく、マクスウェルを助長させないように、との意味を込めての事である。がしかし、にんまりと口角を上げ、クラベルはレイナードに囁く。


「あらレイ、いいの? 今のリリアンにぴったりの装飾品、探したくはない?」

「……それは」


 レイナードは目を見開いた。

 白のドレスとベール、施された金の刺繍。それを飾るのはリリアンの青い瞳だけ。それだけでも充分素晴らしかったが、だからこそ他の色を差したらどうなるのだろうと思う。シンプルなドレスだからこそ刺繍が映えるわけだが、だからと言って装飾品が合わないわけではない。アルベルトの指示で取り払われただけだ。あの姿のリリアンに余計な装飾は不要、という言い分は正しかったが、正解はひとつとは限らない。


「マクス、急ぐぞ。リリーに相応しいものを探さないと」

「飯が先だって言ってるだろ」

「屋台でいいだろう」

「お前な。クラベル嬢が居るのに、立ち食いは無理だろ」

「わたしは気にしないわよ?」

「気にしてくれ、最高級のドレス着てんだから! 串焼きの汁が垂れたりしたら大変だぞ」

「串焼き。いいわね、やっぱり海鮮かしら?」

「僕は牛の方がいい」

「だから、屋台には行かないっての!」


 馬車の中は賑やかだった。


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