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19.突撃! 魔法天文台 〜リリアンの職場訪問〜⑦


 リリアンが初めて魔法天文台を訪れてから半月後。魔導士達の定期報告会が開かれるということで、会場へ向かっている。

 この報告会はそれまでの研究の成果を発表するもので、自分達の研究がどれだけ重要なのかを示す場なのだそうだ。


「これで良い結果が出ないと来期の予算が減らされる。魔導士によっては死活問題になるから、それなりのものが見られるだろう」


 アルベルトがそう言ったのを何気なく聞いていたリリアンだったが、すぐにはっとなる。


「では、前回わたくしが見学したのはご迷惑だったのでは」

「気にしなくていい」

「ですが」


 慌てるリリアンにアルベルトは微笑みかける。


「確かに仕上げの段階だったろうが、ソレインに聞いた限りでは心配ない。今回の報告会には参加していない場所しか回っていないから」

「まあ。そうだったのですね、なら安心しました」


 ほっと一息ついて、リリアンは案内役をしてくれた眼鏡の女性の姿を思い浮かべる。

 少しばかり癖のある人物だったが人柄が良く、彼女に対してリリアンは好感を持っていた。魔法に対してはちょっと怖いくらい真剣なのが玉に瑕と言えなくもないが、魔導士であればあんなものなのだろう。


「エマは、なかなか優秀なのね」


 そう評したが、父親からの返事はにべもない。


「あの欲しがるところさえ無ければな」

「まあ!」


 それは確かにそうだ。リリアンはエマが両手を突き出している姿を思い浮かべ、くすくすと笑った。

 魔法天文台の定期報告会は年に一度開かれる。

 てっきり天文台で行うと思っていたが、会場は別の施設を使うのだそうだ。天文台からも近い展示場での発表となる。魔法天文台は国営、造られるものは国の今後に関わってくる。その為国王も参加するので、警備の都合からそちらを使うのだそうだ。

 あとは単純に広さの問題だと言われ、リリアンは納得した。確かに天文台では手狭だろう、そういう展示ができるだけのスペースは無かった。

 事情を聞いているうちに展示場に到着した。展示場は規模で言うと中くらい、小さくはないが大きくもない。国一番の研究施設である魔法天文台の発表をするには小さいのではないかと思ったが、天文台に一番近いのがここだから、ずっとここで行われているそうだ。


「発表するものが多くて収まりきれない……なんてことはないのですか?」

「滅多にないな。そもそも発表に至るものが少ないから」


 なるほど、それなら小さめでも問題ないだろう。毎年開かれているはずだが、リリアンは何も知らなかった。知らない事ばかりなのだな、とそう思ったが、ふと別の疑問が沸く。


「お父様、毎年この時期、外出なさいませんよね?」

「…………」

「毎年行われているのではないの?」

「……着いたようだな。さあ行こうか」


 アルベルトは答えず馬車を降りてしまう。きっと今までずっと不参加だったのだろう。もう、と溜め息を吐いて、リリアンは差し出された手を取り馬車を降りた。


「総帥の参加は必須ではない、と仰るんでしょう? あまりエマ達を困らせないであげて下さいね」


 そう言えば、アルベルトは意外そうに眉を上げる。


「随分ソレインを気に入ったようだな、リリアン」

「だって、素人のわたくしにとても親切でしたもの。面倒がらずに教えてくれて、どの説明も分かりやすくて」

「なんだと! リリアン、それならやはりもう一度見学に行こう。私の方が絶対にソレインなんかより分かりやすく楽しく説明できるぞ。そうだ、早速明日にでも予定を組もう、それがいい。私の研究室も、なんだかんだで案内できていないことだし」

「お父様、それは急過ぎますわ」

「う、で、でも、結局ちゃんとリリアンを案内してない……」

「きちんと予定を立てて行きませんこと? 行きたくないわけではありませんから」

「リリアン……!」


 ぱあ、とアルベルトの表情が明るくなる。リリアンもにこりと微笑んでそれに応えた。

 リリアンとのお出掛けの約束を取り付けたアルベルトはご機嫌だ。スキップしそうになるのを堪えて、軽い足取りのまま会場へ向かっている……というのに、その気分に水を差す気配があった。


「むっ」


 ふいに足を止めたアルベルトをリリアンは見上げる。


「お父様?」

「ああいや、なんでもない」


 すぐにこちらを向いた父はいつも通りに見える。が、どことなく表情が固いように感じて、リリアンは首を傾げた。


「どうかなさいましたの?」

「なんでもないよ、リリアン。それよりも席に着いたらそこから動かないように。何があるか分からないから」

「……ええ、分かりました」


 リリアンが頷いてみせると、それでようやくアルベルトは歩き出す。

 父がそう言うからには何かある。リリアンはこれまででそれを学んでいた。大人しく従っておいた方がいいだろう。

 アルベルトのエスコートでリリアンは会場入りをする。すでに大勢の魔導士や関係者で会場は賑わっていた。それらを横目に階段を上がっていく。二階の賓客席から、ホールを見下ろす形で魔道具の鑑賞をするのだ。

 賓客席にはすでに国王グレンリヒトの姿があった。彼はリリアンに気付くと右手を上げる。気安い伯父の様子にリリアンは微笑み、席に着く。


「陛下、ご機嫌よう」

「この間ぶりだな、リリアン。よく来てくれた」

「お邪魔ではない?」

「はは。なに、連中は気にせんだろう。それにしても、よくアルベルトが許可を出したな」


 それにリリアンの真横にぴったりくっついていたアルベルトが反応した。


「リリアンが来たいと言うなら許可するに決まっているだろう」

「ま、お前ならそう言うと思った」


 アルベルトの態度はいつもと同じだ。グレンリヒトは気にせず冊子を開く。展示会でどんなものが発表されるのか、それを纏めたものだ。


「なあアルベルト。今一番の開発品はどれなんだ?」

「知らん」

「お前な……」


 即答したアルベルトをじとりと見るも、すぐにグレンリヒトは冊子に視線を戻した。


「まあいい。お前、いつも居ないものな」

「お父様……」

「…………」


 すっとあらぬ方を見るアルベルト。溜め息を溢してそんな父に肩を竦めるリリアン。そんな二人に、グレンリヒトはくつくつと笑う。


「名目だけの総帥だものな、お前は。まあ、やり手の所長が舵をとっているからなんの問題もない」

「そうなのですか?」

「うむ。でなければ、首に縄をつけてでも天文台へ連れて行っただったろうな。なんならそのまま繋いだかも知れん」

「まあ、陛下ったら」

「いやいや、本当だぞ。塔の魔導士は本当に癖者揃いでな、見学に行ったのなら少しは見たんじゃないか。あれらを纏めるとなると生半可な権力ではどうにもならん。そもそも権威や権力に大して興味の無い者ばかりだからな。腕前を認めた相手にしか靡かないんだ」

「実力のない相手には従いたくないと、そういう事でしょうか」

「塔の魔導士が特別なのか、魔導士がそういうものなのかまでは分からんが、そうなのだろう。その点で言えばアルベルトしか適任は居ない。が、こいつは家から出ないだろう?」

「……ええはい、そうですわね」


 リリアンはちらりと隣に目を向ける。腕を組んでむすっと立っている父は、確かに外出の機会が少ない。それはリリアンが屋敷から出ないからだ。たまに出掛けるのはほとんど緊急の時だけ。これまでは幼い子供を屋敷に一人残しておけないという理由があったかも知れないが、リリアンはもう随分大きくなっている。それだけが理由ではないだろう。


「総帥が居ないから、代わりに仕切るようになったのが今の所長だ。穏和に見えるがなかなか(したた)かだぞ、あの男は」

「すごい方なのですね」

「適任がいて良かったなぁ、アルベルト」

「ふん」


 興味がない、とでも言いたげな態度であるが、そういうわけではないだろうなとリリアンは思った。自分の利益にならない相手を側に置き、仕事を任せるような人ではないのだ。


「お父様にも、信頼のできる仕事仲間がいるようで、良かったわ」


 純粋にリリアンは父を案じてそう言ったのだが、それを聞いたグレンリヒトはきょとんとした後に盛大に笑い声を上げた。


「ぶぁっはっはっは! そうだなぁ、俺もそう思うぞリリアン。アルベルト、これではどっちが親なんだか分からんな。くくくっ」


 当のアルベルトはツーンとそっぽを向いている。その姿が可笑しくて余計にグレンリヒトの笑いが止まらなくなるのだが、リリアンが困ったように首を傾げているので、せめて声は抑えた。ちらりと見れば、後ろの方でベンジャミンが肩を揺らしている。グレンリヒトに同行した宰相もだ。

 しばらくはこれをネタにできるな、とグレンリヒトは薄ら目に浮かんだ涙を拭い、再び冊子に目を落とす。つい「ぶふっ」と笑いが漏れてしまったのは仕方ないだろう。


「発表されるのはいつも通りと言ったところか。目新しいものはそれほど……うん?」


 そんなグレンリヒトの耳に、ぱちん、と何かが弾ける音が入る。音の元は展示場で、どうやら実演を行なっているものがあるらしい。

 リリアンも音のする方へ体を向けると、数人の魔導士がなにかを振り回しているのが見えた。


「実演をするんですの?」

「そうだな。実際に使っている所を見せるのが手っ取り早いから」

「なるほど……」


 隣でアルベルトが解説してくれる。リリアンはそのまま、彼らの実演を見る事にした。


「この様に、簡単に虫を排除できる魔道具です」


 実演のおかげか、人が集まり始めている。棒の先に輪っかがくっついたものを手にした魔導士は、それを掲げてみせた。


「虫を排除? どうやって?」

「この輪に直接当てるか、中に入るようにして虫目掛けて振ると、退治できる仕組みです。ああでも触っちゃダメですよ、痺れますからね」

「痺れる? って事は毒草か何かを使っているのか?」

「いいえ。実はこれは、輪の中でごく微量の雷を発生させているんです。それで虫を焼いています」

「虫を焼くぅ? そんなもんを使わずとも、草で燻せばいいだろう」

「そう思うでしょ? でも燻す草の準備の手間が要らないんですよ、これなら。使い方も簡単! 持ち手を持って、スイッチを押すだけ! 押している間だけ雷が発生しますから、振り抜く時だけ押せば魔石の消費も抑えられるんです」

「へえ、面白いじゃない」

「その分ちょっとコツがいりますけどね」

「なんだよ、ダメじゃんか!」


 魔導士の説明にどっと笑い声が上がる。終始和やかな雰囲気で進む様子は見ていて楽しい。思わず見入っていたリリアンと同じく、グレンリヒトとアルベルトも注視していたようだ。


「ほお。城じゃいまいちだが、市民には喜ばれそうだ。あれは流行るだろうな」

「面白い発明ですのね」

「血を吸う虫に有効だとあるな。なら感染症の防止にも効果が期待できる。なかなかいい魔道具だと思うぞ」

「ふん。私なら一瞬で十匹は消せる。大した事ないな」

「アルベルト。魔道具と張り合うな」


 伯父は呆れた声を出していた。対する父は、ふん、と胸を張ったまま。対比が可笑しくてついリリアンは笑ってしまう。

 リリアンが思っていたよりも展示会は賑やかで面白いものだった。ひとつひとつ発表するのではなく、会場内に配置して同時に見せる。そうする事で発表の待ち時間というのを無くしているそうだ。そうしないと魔導士達は気紛れで、発表するはずだった道具をその場で改造する場合もあるのだそうだ。

 そうなると予定と違うものを出す事になるし、まともに動かないなんて事もあるらしい。それで今の形になったとか。

 グレンリヒトがそう説明するのを、リリアンはアルベルトと共に聞いた。そのアルベルトが「へえ。初耳だ」と言ってグレンリヒトに目を丸くされていたが、気にしない事にする。

 あちこちから聞こえる声に耳を傾けながら、リリアンは会場を見回した。

 本当に魔導士の造るものは様々だ。さっきのような日用品から業者向けの馬車、医療用の機材なんてものもある。中には魔道具だとは知らなかったものまであって、魔法に詳しくないリリアンでも楽しんで見る事ができた。


「あら? あれは……」


 見回した中、ふと見覚えのある魔導士の姿が目に入った。

 彼は大きな狼のような動物の前に立ち、観客に向けて腕を大きく広げている。


「さあ、皆様。総帥代理となった私の研究をご覧ください!」


 それは、リリアンが魔法天文台で最後に訪れた研究室の魔導士だ。確かパーカーと言ったな、とリリアンは記憶を呼び起こす。

 彼の風貌はあまり記憶に無いが、あの狼ははっきり覚えていた。木箱に入れられ、積み上げられていたものだ。


「代理? 何の事だアルベルト?」


 リリアンが注視していた為か、グレンリヒトにも聞こえたらしい。伯父はそう父を呼ぶが、本人はすっと横を向いた。分かり易く視線を合わせないつもりだ。

 後で話を聞かせろよ、と呟き、グレンリヒトはリリアンと共に手摺りの向こうへ注目する。

 見慣れない物、見た事のない魔導士、聞き慣れない言葉。パーカーはそれで会場中の視線を集めると、ビシッと背後の狼を示してみせた。


「これは自律式の魔導兵器、〝フェンリル一号(いちごう)〟です! これまでのものは人が操作する大砲が主でしたが、これは違う! 命令を出せばそれを実行するという、画期的な兵器。それの試作機です!」


 周囲からは感嘆とも困惑とも取れる声が漏れる。どういう事だ、との声がそこかしこから聞こえた。パーカーはそれににやりと笑みを浮かべる。


「ぴんと来なくて当然です。これまでそういった物は存在していませんでしたからね! ご覧になった方が早いでしょう」


 言うなりパーカーが狼型の魔導兵器に手を翳す。すると額に魔法陣が浮かび、同時に目の位置に埋め込まれた石が光る。


「おおっ!」

「動いた!」


 目が光るとすぐに異変が起きた。それまで伏せの姿勢だった狼が起き上がったのだ。

 周囲からも、貴賓席からも驚きの声が上がる。完全に自動で動く魔道具はこれまで存在しなかった。ましてや生物の形をしているのだ。誰もが驚き、次は何が起こるのかと期待に溢れた目を向けている。

 リリアンも例外ではない。まさか、あの時見たパーツがこんな風に動くだなんてと目を見張る。


「あれか」


 そんな中、アルベルトがぽつりと呟いた。


「お父様?」

「うん?」

「どうかなさいましたの? なにか気がかりのようですけれど」

「いや、なんでもない。それよりもあれ、何か始めるようだ」


 アルベルトはそう言って、階下を指差す。言葉とは裏腹にどこか表情は硬い。その横顔に見覚えがあって、リリアンはふとその時を思い返した。


(そういえばお父様、研究室でもずっとあのお顔だったわ)


 なんだかむすっとしたような、憮然とした表情。パーカーの研究室にいる間中、ずっとそんな顔をしていた。パーカーが言っていたように、彼の研究に文句があったのだろうかとも思ったが、それも違う気がする。もし本当に気に入らなければその場で全て破壊して、設計図も燃やしてしまえばいい話だ。

 それをせず、ただ憮然とする。その理由がリリアンには分からない。

 貴賓席でそんな事が起きているとは思ってもいないパーカーは、予定通り魔導兵器の性能を披露している。


「フェンリル一号、『お手』!」


 パーカーがそう言えば、狼は左手を彼の差し出した手の上に乗せる。


「『おすわり』!」


 次はそう言うと、指示通り腰を下ろした。ひとつ指示を出し、命令が実行される度観客から歓声が起きる。


「座った!」

「すごい。どうなっているんだ?」


 そんな声が聞こえる度にパーカーは体を震わせた。顔がにやつくのを抑えるのが難しくなってくる。


「君。それはどういう仕組みなんだ?」

「音声で命令を伝え、それを実行しているのです」

「音声で? ああ、なるほど」

「それにしたって全体が連動しなきゃならないだろう。どれだけ計算が必要なんだ」

「す、すごい……」


 パーカーの魔導兵器に関心を寄せるのは主に魔導士だ。ここに居るのは魔法天文台の魔導士ではなく、王城に所属している者や貴族の家で雇われている者が大半だった。が、中には他国の高名な魔導士も居る。そういう人物に気に入られればそちらへ招かれる事もあった。

 投資目的の貴族が見学に訪れる事もあり、彼らの目を集めるのも重要な役割だった。出資者を見つけるというのも、この展示会の大きな目的なのだ。


(よし……いいぞ、注目されてる!)


 パーカーは狙い通り、いやそれ以上の喰いつきに手応えを感じていた。

 これまでどの研究室にも相手にされず、夢物語だと一蹴されてきた。同期の魔導士達には失笑される始末。彼らはパーカーを馬鹿にし、小さな研究室を「狭すぎて物置きにもできない」と揶揄してきた。

 それでもパーカーは構わなかった。魔力供給が出来ずまともに動かせなかったのは事実であるし、研究室が小さくて狭いのも本当のことだ。だが、この魔導兵器が蔑ろにされるのだけは許せなかった。


(こんなにも素晴らしい研究が評価されないのは、やっぱりおかしかったんだ!)


 思わず口角が上がる。動きさえすれば注目されるというパーカーの自論は正しかったのだ。

 今はまだ、数種類の命令にしか従わない。それもパーカーの声だけに反応すると説明したからか、幾人かが間近で〝フェンリル一号〟を観察していた。


「よく出来ている。獣型とは、思い切ったな」

「ありがとうございます。やはり獣の方が人間よりも戦闘能力がありますからね。それに、こちらの方がロマンがあるでしょう」

「確かに! いやしかし、素晴らしい発想だ」

「恐れ入ります」

「動作はどうやって組み込んでいるんだ?」

「詳細は伏せさせて頂きますが、具体的には普通の魔道具と同じです。命令に対する動作を魔法陣にしているのです」

「ほう? では、さほどの種類は組み込めないのではないかね」


 ハットを被った紳士の質問に、パーカーはにやりと笑みを深める。


「確かにその通りなのですが。では引き続きご覧頂きましょう。〝フェンリル一号〟、『伏せ』!」


 パーカーの声に、それまで座れの姿勢で待機していた狼はぺしゃりと地面に伏せる。


「『戻れ』! 『右に回れ』、『跳躍』、『左に回れ』、『跳躍』!」


 続け様に出される指示を〝フェンリル一号〟は次々とこなしていく。跳躍は観衆の背丈よりも高く、その場でくるんと回る足取りはかなり早い。


「そのまま『宙返り』して『箱を攻撃しろ』!」


 更に叫ぶパーカー。その内容に誰もがまさか、と口を開きそうになったが、そうしているうちに狼型の魔導兵器はぐっと姿勢を低くしてから勢いよく跳び上がり空中で一回転する。

 後ろ向きに跳んだ〝フェンリル一号〟は、着地すると同時に前方に突進した。前脚で壁際に置かれた木箱三つがまとめて粉砕され、ゴシャッと鈍い音が重なる。


「よし。『戻って来い』、〝フェンリル一号〟」


 静まり返った会場でパーカーがもう一度座るよう指示をして狼がそれに従えば、観衆から盛大な歓声が上がった。


「すげー!」

「やるなあ」

「動きが滑らかだ。調教された猟犬のようだな」


 拍手が起こり、割れんばかりに響く。歓声の後に沸き起こったのは称賛だった。パーカーの研究の成果を誰もが絶賛したのだ。パーカーにはもう、表情を引き締める事ができなくなっていた。


「なあ、もっと動いているところを見せてくれよ」

「こっちでも見えるようにしてくれないか!」

「まだお時間はあります。焦らないでください」


 そう制しながら、パーカーは更に魔導兵器へ指示を出していった。貴賓席からもその様子はよく見える。大型の魔道具が自分で動く様は目を見張るものがあった。

 ただ、それなりに重量があるせいか、跳躍する度にどすんどすんと結構な音がする。


「床は、大丈夫でしょうか」

「どうだろうな、古い建物だから」


 リリアンが呟けば即座にアルベルトが返す。が、なかなか安心しにくい言葉だ。思わず狼ではなく床の方が気になってしまう。


「ひびが入ったりしないでしょうか」

「そうなれば土魔法持ちの魔導士が修復する。問題ないよ」

「魔導士が?」

「魔道具の展示だからな。不測の事態に備えて魔導士が控えているんだ。ほら」


 指差す先を見れば、確かに騎士に混じってローブを着た魔導士らしき者の姿があった。ローブを着ていなくても魔導士だと分かっただろう。騎士はそうでもなかったが、ローブの者は誰もがパーカーの発表をキラキラした目で見ている。どう見ても、魔導兵器が気になって意識がそっちに向かっていた。職務は大丈夫なのだろうかとは思うが、結構な人数がそうして注目しているのが分かる。あれだけ居ればなにかあっても対応しきれるだろう。


「でしたら安心ね」

「色んな属性持ちがいるだろうしあれくらいの重さなら大丈夫だろう、多分。それよりも出力が気になるが」

「出力……?」


 どういう事なのか、とリリアンは聞こうとしたが、それはグレンリヒトに遮られてしまう。


「アルベルト、凄いじゃないか。お前あれも知らなかったのか」

「半月前はそもそも形になっていなかったしな」

「この短期間で形にしたという事か。なかなか将来有望な魔導士じゃないか」

「あれが完成していればな」

「どういう意味だ?」


 どうにも含みのある言い方だ。グレンリヒトとリリアンは顔を見合わせる。

 その時、ワッと階下から歓声が上がった。魔導兵器が新たに置かれた木箱を連続して壊したようだ。木片を前に佇んでいる姿はまさしく肉食の獣だった。作り物とは思えないくらいだ。

 リリアンとグレンリヒトも感心して見物していたのだが、狼が次の動作をした時に異変に気付いた。


「なにかしら、あの光」

「さっきまでと動きが違くないか?」


 ちらりと見えた瞳の色が変わっている。青っぽかったはずの石が黄色く光っているし、パーカーの元へ戻る足取りが狼のものと違っていた。


「なんだ、この魔力は……?」


 グレンリヒトの呟きはそのまま会場の困惑と同化する。特に魔導士からその声が多く聞こえた。彼らもその魔力を感じ取っているのだろう、騒めきが少しずつ大きくなっていく。

 パーカーは狼に背を向けていた。そのために会場の雰囲気が変わった理由が分からず首を捻る。


「ど、どうしたんだ?」

「なあおい、あれはどういう理由で実装したんだ?」

「あれ? あれって?」

「あれだよあれ。ほら」


 観客の一人に言われ、パーカーは振り返る。するとそこには、のっしのっしとこちらへ向かってくる狼の姿があった。


「ひっ!?」


 が、それは狼であって狼ではない。四肢の運び方が完全に狼ではなくなっていた。軽快さが失われ、トカゲのように横から脚を擦り上げて這っていたのだ。


「あんな動き入力してないぞ!?」


 どうなってるんだ、と思わず後退ったパーカーの目の前で、狼が大きく頭部を突き上げる。まるで咆哮するかのような動作だ。


(あり得ない!!)


 パーカーは瞠目する。実はこの〝フェンリル一号〟の頭はハリボテなのだ。起動しているかどうかの目安として目が光るように細工をしたものの、時間と費用が足りなくて皮を被せただけだった。遠吠えをしたら格好いいだろうなとは思ったが、仕様書にはそういう記述が無かった事もありどういう術式にすればいいのかパーカーにはさっぱり分からなくて諦めた。そもそも声を出す機構も造れないのだから諦めざるを得なかったのだが。

 そう、パーカーはそんな術式も機構も組み込んでいない。だというのに目の前のこれは、それを行なっている。どう考えてもあり得ない話だ。


「き、緊急停止を——うわあ!」


 パーカーは慌てて魔石を引き抜こうと駆け寄った。が、突然〝フェンリル一号〟の目の光が強くなったと思ったら、その脚元から強い魔力が吹き上がる。


「危ない!」


 フードを掴まれ、後ろに引っ張られたパーカーの鼻先を鋭利な岩が掠める。尻餅をついたパーカーの目に映ったのは、脚元から次々と岩を作り出す〝フェンリル一号〟の姿だった。


「暴走だ!!」

「魔力が暴走してる! 危ないぞ、逃げろ!」


 その声が聞こえて、パーカーはさあっと青褪める。

 もしもここで問題が起きてしまえば、この研究は白紙。下手をすれば凍結され、今後二度と再開できないかもしれない。

 それだけは避けなければ、と思うが、強烈な魔力が吹き付けてきて身動きが取れない。逃げることも駆け寄ることもできず、床を這うだけ。

 近くで見ていた者も遠巻きにしていた者も、その姿に悲鳴を上げて逃げ惑う。幸いと言っていいのか、道具でしかない魔導兵器は獣と違って本能的に逃げる人々を追ったり、悲鳴に興奮して暴れるといった行動は取らなかった。けれども万が一、鋭い爪を振り上げられてしまえばひとたまりもない。


「まずいな。避難を急がせろ!」


 貴賓席のグレンリヒトがそう指示を出す。騎士達がそれに従い階下へと向っていった。

 会場の騎士達が観客の誘導をする中で、警備にあたっていた魔導士がパーカーと〝フェンリル一号〟を取り囲んだ。その中には天文台の所長のオリバーと、副所長のエマの姿もある。


「とにかく動きを止めるんだ。急げ!」


 オリバーの号令で魔導士達は一斉攻撃を仕掛ける。炎が複数の方向から襲ったが、それは狼が自らを岩で覆うことで防がれてしまう。

 ならばと土属性の魔導士が岩に干渉して剥がそうとしたが、すぐに彼の魔法は弾かれてしまった。


「うわあっ!」

「おい、大丈夫か!?」

「う、て、手が」


 魔力が逆流したのか、杖を握っていた腕が血まみれになっている。


「とんでもなく強い魔力だ……! じ、自分にはとても」

「くそっ」


 魔導士達は、とにかく狼を覆っている岩をどうにか削ろうと次々に魔法を繰り出した。けれども彼らの魔法で岩が傷付いた様子はない。

 そんな中、オリバーが動けずにいるパーカーを引っ張り、魔導士達の影へと引き摺り込む。


「パーカー君、あれはどういう状態ですか」

「あっそっ、しょ、所長」

「報告は短く適切に。あれはどういう状態ですか」

「ぼ、僕には分かりません。なんであんな……!」

「そうですか」


 眉間に皺を寄せたオリバーは魔導士達の隙間から狼を見た。

 あれから感じる魔力は異様だ。例えるなら、強大な魔物のものと酷似している。


「ではなにを使いましたか」

「な、なにを……?」

「あれだけの魔道具だ、生半可な魔石では動かせないでしょう。でもあんな大きな魔力の魔石はそうそうあるものじゃありません。もう一度聞きますよ、ランクリッド・パーカー。あれに、なんの魔石を使いましたか?」

「そ、れは……」

「所長! もうこれ以上は」


 魔導士の呼ぶ声にそちらを向けば、今まさに狼が咆哮を上げる瞬間だった。

 実際には聞こえるはずのないそれを、パーカーは聞いたような気がする。あまりにも重厚な魔力が大気を震わせている。それが鼓膜を振動させ、肌を、全身を突き刺す。逃げ出せるならそれでもいい。強大すぎる魔力に誰もが身動きできなくなり、その場に座り込む者も現れた。

 あれにはいくら攻撃しても無駄だ。誰もがそう直感する。


「た、大変」


 貴賓席でそれを見ていたリリアンも青褪めている。


「お嬢様、こちらへ」

「え、ええ。お父様も……あら?」


 リリアンは父親を振り返るが、思っていたところにその姿はなかった。どこへ行ってしまったのかと視線を彷徨わせると、ちょうど狼の真上あたりに移動していた。二階の手摺りの上で階下を見下ろしている。


「どうしてあんなところに」


 姪の様子に気付いたグレンリヒトが隣に並んだ。どうした、と声を掛けようとして、彼女がなにを見ているのかを理解する。

 リリアンが固唾を飲んで見守る中、アルベルトは、とん、と手摺りから飛び降りた。


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