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19.突撃! 魔法天文台 〜リリアンの職場訪問〜⑥


 現実を知ったパーカーがした事。それは自らの研究に打ち込む事だった。現実逃避とも言う。

 連日押しかけてくる予算取りの連中は、エマとオリバーに押し付けた。研究室の扉を固く閉ざし、誰とも取り合わない。そうすれば魔導士達は自然所長室へと向かう。最初からこうすれば良かったと、扉を叩く音を無視し続けた。

 そうして研究を続けたパーカーだったが、実際推し進めるには無理があった。総帥権限でも手出しの出来ないものがあったのだ。それは肝心要の、動力となる魔石だった。


「骨格は問題ない。稼働機構も、個別なら動くのを確認してる。でもやっぱりだめだ。何度計算しても出力が足りない」


 各部位を繋げ、ようやく形になったパーカーの研究。狼の魔物を模した動物型のものだ。けれども、組み上がった魔導兵器は用意した魔石では動かなかった。圧倒的に出力——魔力が足りていないのだ。

 パーカーは命の次に大事な仕様書に目を落とす。それはパーカーが魔導士になるきっかけとなったものだ。

 動力部分に問題があるのは仕様書を見て、早い段階で気付いていた。全体を稼働させるのに、出力が足りないのだ。

 ちまちまと魔石を買い集め、準備を続けていたが、そもそも全体を作る素材が足りていなかった。だから組み上がった試作の稼働のテストをしたのは、実質この時が初めてだ。そこで思っていた通りの壁にぶち当たってしまった。

 ある程度学べば内容が理解出来るようになる。仕様書を書き直す時に気付いてはいたものの、試す機会自体が無かったパーカーは、淡い期待を抱いていたのだ。もしかしたら動くのではないか、と。残念ではあるが、その期待は打ち破られてしまった。


「いや、単に魔力不足なだけだ。魔力さえあれば、問題なく動くはず」


 パーカーは独りごちる。それもすでに分かっていた事だった。

 兵器の動力は魔力なのだ。膨大な魔力を流す事で各部位の魔法陣が発動する。魔法陣同士が命令系統となって、関節を動かしている。

 その魔法陣の連携は、仕様書通りにすれば動くのを確認していた。脚一本ごとなど、部位に分けてテストすれば可動するのだ。実際に動いた時には感動したものだ。どこの誰かは分からないが、これだけの魔法陣を書けるだなんてすごい魔導士である。なぜこんな素晴らしい研究を棄てたのかとパーカーは思わずにいられない。

 が、実際問題この魔導兵器は連動する関節が多すぎた。そのせいで普通の魔石では出力が足りずに、全体を組むと動かなくなる。それを欠陥だとはパーカーには思えなかったが、世間の評価はそうではないだろう。王城で補佐官に言われた通り、満足に動かないものに割く金も労力も、普通なら出せないのだ。

 そうは思うが、幼い頃に植え付けられた強烈な思いは薄れるどころか年々増していった。


「人工で動物を再現するってことか!? 最高にクールじゃん!」


 知人の魔導士を訪ねた父親に連れられ、魔法天文台を訪れたパーカー少年は、たまたまゴミ捨て場で見つけたメモを握り締めてそう叫んだ。

 くしゃくしゃになった書きかけの設計図はまさに天啓だった。彼の人生は、それによって決定付けられたと言っていい。代々学者を輩出しているような家だったが、そこを飛び出して魔導士となったのは後悔していない。

 魔法の習得も魔法への理解も、慣れないながら懸命にやってきたつもりだ。それから十六年。ようやくここまで形になった。今更放棄するなどあり得ない。

 今回の展示会で評価を得られなければ、研究室が維持出来ないとエマは言っていた。が、今回が最大のチャンスとも言えた。今まで成果のなかった彼の研究が形になろうとしているのだ。それはこんな事態にでもならなければ実現しなかっただろう。

 手元の仕様書は、あのくしゃくしゃの設計図を書き写したものだ。隅々まで漏らさずきれいに清書したもの。それを元に新たな設計図を起こしたのだが、やはりどうしてもうまく動かない。

 これを書いた魔導士は知っていたのだ。どう足掻いたとしても、膨大な魔力を消費しなければそもそも動かないのだと。

 そして思った。「こんなのに大量の魔力を使うより自分で殴った方が早い」ということを。それに思い至ったから放棄したのだ。

 なにを隠そう、これは総帥となる以前にアルベルトが書いたものなのだ。

 アルベルトは自身の膨大な魔力ありきで計算をしていた。魔力は度外視で、実際にどうすれば動くかどうか、それだけを焦点として設計を進めた。結果、まともに動かせるはずのない装置の仕様書が生まれる。

 動物型になっているのは、人型よりも消費が少ないのではと思った為だった。関節の可動区域の違いなんかもあり、実際にはどっちもどっちだったが、狼なんかを模した道具というのは稀だ。面白そうでもあるしとそのまま設計したものの、魔力消費が想像より激しい。もっと削れないかと再計算しようとして「いや、これだけ魔力を使うなら普通に魔法を使った方がいいな」と冷静になり、そのまま仕様書を丸めゴミ箱へ投げた。


「くそっ、これだけ魔石を使ってもだめなのか!?」


 それを在りし日のパーカーが拾ったというわけだ。

 リリアンが拾った部品に刻まれた魔法陣を見て、アルベルトはそれがかつて自分が理論を立てたものだと気付いたのだ。が、それを使って、パーカーがなにを作ろうとしているのかまでは分からなかった。なぜならこの研究は破綻しているから。

 そんな事とは知らず、感銘を受けたというだけで勉強し、国家試験を受け魔法天文台の魔導士となり、改良に改良を重ね、ついに形にしたパーカー。

 彼の努力は本物である。根性も相当なものだ。けれどもそれでもどうにもできないものはある。アルベルトほどの魔力が無ければ、そもそもこの装置は動かない。

 パーカーもついに動力となる魔力だけはどうにもできなかった。準備していた魔石が百倍は必要になる。それは魔法天文台の予算を使い切ってもどうにもならない量だった。


「なにかないか、なにか……」


 パーカーは呟きながら、人気のない塔を彷徨った。

 他の研究室に保管されている魔石を使ったとしても、到底足りないだろう。そもそもそんな量の魔石を一度に使うのは無理だ。魔導兵器に載せきれないし、魔石の反応にズレがあると意味がない。数百個の魔石は肩幅くらいの木箱に入れると二つか三つになる。それだけの量なら、最初と最後では発動させるのに十秒はずれが生じるだろう。


「ひとつでそんな魔力のある魔石なんて、聞いたことがない」


 魔石は精製して純度を高めることもできる。が、それができるのはせいぜい下から三つ目の等級まで。それ以上になると、そもそも加工する魔導士の魔力が足りなくて加工できない。だから魔力量の多い魔石は精製できない。等級の高い魔石同士を精製してひとつにする、というのは不可能なのだ。

 彷徨いながらも、パーカーは無意識のうちに目指していた所長室の前まで辿り着いていた。そして目の前に扉があった為にそれを開く。キィ、と内側に開いたので中へ入っていった。

 扉が開いたのを不思議に感じた。夜遅いと施錠されているはずだが——パーカーはそう思いはしたものの、明かりを点ける。

 ぐるりと見回すとなんだか新鮮な気分がした。塔全体が静まり返っているからか、静寂が耳に痛いくらいだ、そのせいだろうか。

 ふと、正面の椅子に目がいった。そこは所長の席だ。

 立派な椅子は天文台の設立当初からある物らしく、良く言えば趣のある、悪く言えば古臭いものだった。

 その、いつもオリバーが居る椅子に手を掛ける。革張りの立派な椅子は、伯爵家の三男だというオリバーが座るには高価過ぎるように感じる。それもそのはず、この椅子と机は、本来であれば総帥が使うものだからだ。

 パーカーは重い椅子を引き、そこへ腰掛けた。

 総帥代理となってから、パーカーが決裁した書類はいくつかある。印も押したが、この椅子に座るのはオリバーが許さなかった。

 別に座りたいと思ったわけではなかったが、書類に印を押せというわりにオリバーはこの場から動かず、必ずパーカーを別の机へ移動させていた。元々ただの一職員でしかなかったパーカーはなんとも思わなかったが、今この椅子に触れて分かった。〝総帥〟として振る舞うパーカーだったが、オリバーは「お前はあくまで〝総帥代理〟だ」というのを態度で示していたのだろう。

 いつもと変わらない調子だったので、パーカーはそれに今の今まで気が付かなかった。


「なんだよ……」


 少し気に入らない感じがしたが、無視してパーカーは机の引き出しを漁る。今はどんな情報でも欲しかった。オリバーが譲らないから、パーカーは引き出しに触れた事がない。所長か総帥にしか知らされていない情報があるかもしれないと睨んだのだ。

 引き出しの中は整頓されており、何かの紙だらけで目ぼしい物はなかった。


「そりゃそうだよな」


 期待していたわけではないが、がっくりと肩を落とす。

 オリバーも魔導士なので、自身の研究があるらしい。が、どんな研究をしているかは知らない。それらしい物も引き出しには入っていなかった。使えそうな物があれば貸して貰おう、とパーカーは軽く考えていたのだが、まさか紙しか入っていないとは思っていなかった。


「ん?」


 ふと目に入った単語に気を取られ、パーカーは探る手を止めた。それはとある物の保管状況を記した冊子だった。


「〝大地の豊穣〟の記録……?」


 表紙にはそう書かれている。ページを捲ると日付と状態が書かれただけの用紙が綴じられただけのものだった。後ろの方のページは検査項目が纏められている。

 検査の対象となっている〝大地の豊穣〟というものに、パーカーは心当たりが無かった。聞き慣れないのにどこかで目にした単語だ。パーカーは記録を読み進めながら、記憶を探る。

 記録は最新のものが先月で、半年に一度状態の確認をしているらしかった。「良好、異常特になし」という文字がずっと並んでいる。


「検査項目は……魔力量、濃度、純度、属性か。魔道具……にしては機能の項目が無い。なんだ? 魔石……?」


 そう呟いた時、パーカーの脳裏にパッとその単語が浮かんだ。〝大地の豊穣〟とは、パーカーが拾った仕様書に書かれていた文字だ。

 それに思い至ると、次々と思考が繋がっていく。

 〝大地の豊穣〟というのは国宝になっている魔石だ。とてつもない魔力を有しているとかで、下手に扱えば災厄を起こしかねない。その為厳重に保管されていると聞いた。

 どういう経緯で入手したのかは分からないが、その魔石がどんな物なのかはパーカーも知っていた。

 今ではほぼ見掛ける事のない竜。そのうちの地竜(ちりゅう)という種類は鉱石を主食としているそうなのだが、特に好むのが魔石の原料となる魔鉱石(まこうせき)だった。

 高純度の魔鉱石はそのまま魔石となり、純度の低いものは精製されそれなりの魔石となる。魔鉱石を地竜が飲み込むと、体内で地竜の魔力と混ざり合って大きな魔石になる。地竜はその魔石の魔力で生きるのだそうだ。

 体内の魔石は、地竜が魔鉱石を食べれば食べるほど大きくなる。そうなると自身の魔力も増えるから、地竜はまず魔鉱石に狙いを定めて鉱脈を漁るらしい。

 やがて人が魔石をよく消費するようになると、地竜と人との間で鉱脈の争奪戦があった。更に、地竜の体内には良い魔石があると分かってから積極的に地竜は狩られた。

 そんな中で見つかったのが件の〝大地の豊穣〟だ。過去、大陸で見つかったものの中でも最大級だというそれは、ほとんど魔力の塊と言って差し支えない。普通は鉱石が主成分でそこに魔力が含まれるが、これは鉱石から取り出された魔力を、地竜の魔力が繋ぎ止めているような状態だという。資料を見る限りでは誇張でもなんでもないだろう。

 あのメモには『〝大地の豊穣〟であればあるいは……』と書かれていた。当時その名称は一般的ではなく、一部でだけそう呼ばれていた。魔力量がとんでもなく多いから、国宝となるのはまず間違いない。成分分析が済んでからはそれが公表される事もなく、どこか国内で保管されているらしい、という噂が流れるだけに留まった代物。


「天文台にあったのか……!」


 魔導士であれば興味が湧くものだが、手が届かないものだからと自然と人の口には上がらなくなった。当時パーカーは魔導士を目指そうと決意したばかりの子供だったから、その単語が何を指すのか分からなかったのだ。


「畜生、なんで今まで気が付かなかった!? これさえあれば動くかもしれないじゃないか!」


 思わず叫んだが、すぐに「いや……」と冷静になる。〝大地の豊穣〟は紛れもなく国宝だ。易々と研究に持ち出していいものではない。

 けれども「だが」とパーカーの身内で叫ぶものがある。それは純粋な、魔導士としての彼の興味だった。

 パーカーの研究は未完も未完、形にすらなっていないのだ。魔道具は一連の動作が問題なく動いて、初めて出発点に立てる。動力不足で動いてすらいないパーカーの魔道具は、まだ「道具」にすらなっていない。

 長年諦め切れず、試行錯誤していたものが実現するかもしれない。そう思うと尚更諦められなかった。国宝を使うだなんて正気ではない、そもそも厳重に管理されているだろうそれを持ち出すなんて不可能だ。そう叫ぶ理性を押し込めて、パーカーはぐるりと所長室を見回す。

 さすがに目につく場所にそれらしいものはない。本棚に備え付けの金庫があるが、それには所属魔導士が提出した書類が一時保管されているのだと、総帥代理として業務を行ったパーカーは知っている。

 やはりそう単純にいくはずないのだ、と落胆し、パーカーは項垂れた。


「ま、国宝がこんなところにあるわけないよな」


 はあ、と息を吐くと、今度は思いっきり椅子にもたれかかる。

 重厚な造りの椅子はギィ、と音を立てたが、それと同時に何かがぶつかるような、微かな異音を耳が拾った。


「なんだ?」


 ぎしぎしと何度か座り直す。その度に、やはり微かに何か聞こえる。

 訝しんで椅子から降り、パーカーは後ろに回った。


「まずいなぁ。壊しちゃったかな……」


 木製の高価そうな椅子は重たい。さっと観察してみたがそれだけでは異常は見られなかった。そもそも木製でずっしりした椅子が、カラカラと音を立てるわけないのだが。

 もしかして床と当たったのかと思ってもみたけれど、床には一面絨毯が敷かれているからそれもないはずだ。おかしいなあ、と首を捻るが、空耳とも思えない。

 それで椅子の真下の床を観察しようと、大きく椅子をずらした。


「う、重っ!」


 が、想像よりも重い椅子は一度では置こうとした位置まで動かせなかった。仕方なく少しずつ移動させる。途中で何度か床に引っかかった。絨毯の下の床石が微妙に摩耗しているのかもしれない。


「古い建物だとしても修繕しておけよ。総帥だって入るんだからさぁ」


 ぶつぶつ言いながらもパーカーは更に椅子を動かす。


「よっ……と。ああ、重かった」


 そうしてようやく運び終えると、一旦椅子に腰を下ろした。研究漬けの彼は魔導士の例に漏れず運動不足で、これだけで消耗してしまったのだ。


「ふう」


 椅子に深く座り、背もたれに体重を掛けた、その時だった。椅子が大きく沈み、パーカーは体勢を崩す。


「うわっ!?」


 何が起きたか分からず肘掛けを握る手に力が入った。ガクン、と段差を踏み外したような感覚の後、すぐに次の異変が起きる。さっきまで椅子のあった床の一部が競り上がってきたのだ。


「な、なんだ!?」


 仰天するパーカーの目の前に音もなくそれは現れた。三十センチ幅くらいの石柱が音もなく地面から生えてくる。あんぐりと口を開け見守っていると、すぐにぴたりと動きが止まる。

 ちょうど椅子に座ったパーカーの目の高さくらいに、四角い空洞があった。空洞の中央には小さな金の台座が設置されている。その台座に置かれているのは、恐ろしく透き通った琥珀色の石。

 石柱にも台座にもびっしりと魔法陣が彫られていた。所々に嵌め込まれている石はただの宝石ではないだろう。魔石に違いないと、パーカーはすぐに気が付いた。


「〝大地の豊穣〟……! これが……!」


 間違いない。台座の琥珀色の石は国宝になっている〝大地の豊穣〟と名付けられた魔石だ。現物を見た事はないが直感で理解した。これだけの輝きを放つのは、ただの石ではあり得ない。

 石柱の魔法陣の影響か、石の魔力は感じない。封印かなにかが施されているのだろう。現に何度もこの部屋に入っているが、パーカーは魔力を感じたことはなかった。

 そう、封印だ。保護とも結界とも言える。盗難防止になにかしらの仕掛けがあって当然だろう。拳大の美しい魔石に手を伸ばそうとしていたパーカーは、慌ててそれを引っ込めた。

 はあ、と思わず息が漏れる。


「思いがけず見つけてしまったけど、どうしよう……」


 どうして突然こんなものが目の前に現れたのか。台座の魔法陣を解読しようとしてもパーカーには理解出来ない。

 とりあえず石ではなく石柱なら触れても問題ないだろう。そう思い、あちこちをぺたぺた触ってみるが何も起きない。幸いと言っていいのか何の仕掛けも起きない。代わりに石柱が引っ込む事もなかった。


「うーん」


 ぽんぽん、と石柱のてっぺんを叩く。石柱のてっぺんには切り取った絨毯がくっつけられていた。強めに叩いてもずれたりしないので何かしらの加工がされているのだろう。カモフラージュの為だろうが、もっと他にいい方法がありそうなものだけど、とパーカーは首を捻った。そもそも、こんな仕掛けを作ってまで床下に保管する意味が分からない。


「……っていうか、このままだと誰かがなんかしたってバレないか!?」


 呑気にどうなっているのか眺めていたパーカーだったが、ようやくそれに気付いて慌てる。どうしよう、と頭を抱えるが、当然妙案は浮かばない。


「どうしよう、っていうかこれどうやって戻すんだ? 押してもびくともしないし」


 上から両手で押してもびくともしない。ならいっそ、と体重をかけてみてもだめだった。スライドさせるのか、はたまた回すのかとあれこれ弄ってもだめ。さすがに魔石に触れれば防犯装置が動くだろうが、石柱なら問題ないようだ。それが分かったパーカーは遠慮なくあちこちに触りまくる。


「おい頼むよ、戻れって! いや、そもそもどうしてこんなのが出てきたんだ? 椅子を動かすだけ……ってわけでもないだろうし」


 わけも分からず慌てるうちに時間だけが過ぎて、パーカーの焦りは増していく。

 パーカーの知らない事ではあるが、実は彼は知らないうちに装置の解除を行っていたのだ。その手順は「床の指定箇所に、順番通りに特定の重さを乗せること」。さっき椅子を動かした時、僅かに床かに引っ掛かるものがあったが、それこそが指定箇所——解除装置だったのだ。

 と言ってもこれに防犯装置として難があるのは明白だった。現にこうしてパーカーが偶然とはいえ解除しているし、模様替えの途中でも同じことが起きた。そもそも絨毯を剥がしてしまえば丸わかりなので、ここまでは管理側も想定内なのだ。

 肝心なのは石柱の空洞に施された魔石の結界だ。こちらは本気も本気の防犯装置だった。結界を解除せず魔石に触れると腕が吹き飛ぶ。何かあるかもと手を引っ込めたパーカーの勘は正しい。

 こちらの結界は偶然などでは解除されない。そもそも、解除する手立てが天文台には存在しない。鍵は王城の宝物庫で管理されている。石柱には、結界を解除するための仕組みなんて組み込まれていないのだ。

 石柱を戻す仕組みはもちろんあるが、それは床のほうにあった。だからパーカーが石柱を調べてもどうにもならない。——はずだった。

 どうにかしなければと、パーカーが石柱を何度も撫でて周囲をぐるぐる周っていると、足を縺れさせてしまった。


「んべっ!」


 勢い付いて顔から石柱に突っ込んだ時だ。コーーン、と何かが跳ね落ちた。


「いってぇ〜……えっ?」


 打ち付けた鼻を押さえ、音のした方を見ると、見覚えのあるものが机の上に乗っている。


「えっ……えええっ!?」


 それは紛れもなく〝大地の豊穣〟だった。目を見張るほどの輝きを放つ琥珀色は間違えようもない。現に石柱は空っぽになっていた。

 あまりの出来事にパーカーは呆然となる。


「えっ……まさか僕、偶然解除しちゃったとか……!?」


 それは正確に言えば正しくない。この時、ほんの一瞬だけ防犯装置に不具合が生じていたのだ。

 実は、オリバーがアルベルトを呼んだ理由がこれだった。〝大地の豊穣〟の保管装置であるこの石柱に不具合が起きていたのだ。これを解析・修繕する予定だったのだが、アルベルトは突然パーカーを総帥代理として天文台を去ってしまう。

 とは言え、国宝の管理は重要な業務となるのでアルベルトも直す気ではいた。その為に必要な材料を取り寄せるまで時間があるだろうとそのままにしていたが——よもや盗みに入る者が居るとは思ってもいなかったのである。

 保管装置の不備は「動作が不安定になっている」というものだった。一時的に作動しなくなる瞬間があるそうで、アルベルトが確認した時にはその不具合は起きなかった。エマは何度か見ているらしいがオリバーも一度しか確認しておらず、早急に対応すればいいだろうと結論付けられた。〝大地の豊穣〟がそのまま保管されていたのはその為だ。

 ごく一瞬の不具合と、パーカーが躓いたタイミングが重なった事で、偶然にもパーカーは国宝の魔石を手にしてしまった。不運な幸運が起きてしまったのだ。


「いや待て。いくらなんでも国宝を持ち出すのはまずいだろ!」


 はっとなってパーカーは叫ぶ。美しい魔石に見惚れ、肌を撫でる強烈な魔力に魅入っていたものの、すぐに正気に戻った。持ち出さずともパーカーがこの場に居た事がばれれば罪に問われるに違いない。どこからどう見ても盗みに入ったようにしか見えない。

 が、「これさえあれば」という考えが頭から離れなかったのも事実だ。

 記録によれば、この魔石の魔力量はパーカーが求めていた数値に近い。これなら、完璧とは言えないがあの魔導兵器を動かす事も可能だろう。

 記帳された日付は先月で、点検は半年に一度。つまり〝大地の豊穣〟の次の点検は五ヶ月は先だ。それまでの間に、こっそり戻せば問題ないはず。


「ちょっと……借りるだけだもんな」


 琥珀色を覗き込んで、パーカーはにやりと口角を上げる。混乱しきっていた彼は、石柱の出し方が分からないという事に気が付いていなかった。これまた偶然だが、石柱は床の下へ戻っていた。パーカーはこの時、椅子に再び腰を下ろしていた。それが石柱を元に戻すのに必要な動作だったのだ。

 すでに〝大地の豊穣〟を持ち出すしかない状況になっているが、何の問題もない。——彼はもう、そのつもりなのだから。


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