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17.王都を騒がせる不届者②


 その翌日も全く同じスケジュールで、朝から街の別邸でリリアンと領民との面会が行われた。昼には本邸に戻り、午後は各々自由に過ごす。レイナードはやはりゴットフリートに引っ張られ、庭で新しい武器を使っての運動に勤しむ。一日でかなり上達し、今はきちんとした形の剣で、祖父の戦斧を相手にしていた。

 ミスリルの砂を内部に隠した筒の武器は、昨夜〝リベラ〟という名称になった。これは、レイナードが「どういう名前なんですか?」とアルベルトに訊ねたところ不機嫌そうに「お前が使うんだから、お前が考えろ」と返されたのでその場でつけた。安直だとは思ったが、気の利いた武器の名前なんて考えつかない。だからアルベルトに底意地の悪い笑みを浮かべられてもこれでいいと思っていたら、リリアンが「分かりやすくていいですね」と言った為に、素晴らしい命名だと評価が激変した。


「そうかな」

「ええ。お兄様らしくて、いいと思います」


 と、リリアンがにこりと微笑むと、アルベルトは悔しそうにその顔を歪めていた。

 ともあれその名の通り、形に囚われないこの武器は自在に姿を変える。ようやく魔力の加減が掴めたようで、ゴットフリートとの打ち合いも様になっていた。簡単に武器が砂になる事も無くなった。今は戦いの最中に形を変えるのを練習している。が、武で国を治めていたゴットフリート相手ではそう上手くいくはずもなく、間合いを取っても即座に詰め寄られ、武器を生成し直す隙がない。


「ほれほれレイナード、もっと攻めて来んか!」

「くっ」

「儂の斧をへし折る気持ちで!」

「それは無理です!」


 と、苦戦するレイナードとは対照的に、ゴットフリートの方は実に生き生きとしている。元気いっぱいの祖父とそれを相手にする兄の姿に、リリアンは目を細めた。


「お祖父様、とってもお元気ね」

「まったく、年甲斐もなく。しょうのない爺だ」

「まあ。ふふっ」


 アルベルトの言い草は酷いが、互いに無関心であるならば相手をそんな風に悪様に言ったりしないだろう。それはリリアンの祖母フリージアが言っていた事だ。苦々しい表情のアルベルトを見上げ、なるほどこういう事か、とリリアンは笑い声を上げる。


「リリアン、どうかしたかい?」

「いいえ。なんでもないの」


 そうは言うが、リリアンはまだくすくすと笑っている。なにがそんなに楽しいのだろう、と首を傾げるアルベルトの、その姿さえなんだかおかしい。リリアンはますます笑みを深めた。

 まあ、リリアンが楽しそうだからいいか、とアルベルトも笑みを浮かべた所に、前方からドカッと派手な音が聞こえた。

 その音に視線を上げてみれば、バラバラと土塊がアルベルトの張った結界に当たっているのが見えた。


「おい、気を付けろ! リリアンに当たったらどうする!」


 もしもの為に張っていた結界が役に立った。リリアンの身にもしも、なんてのが起こる事態は、そもそも未然に防ぐ気でいるアルベルトは、万全の状態で見学させている。だから万が一にも飛んできた土塊なんかがリリアンに当たる事なんて無いのだが、それでも一言文句を言ってやりたかったのだ。それで元凶とも言えるゴットフリートに叫んでみせるが、豪胆な老獪はこちらを見ようともしなかった。


「お前がおるんだからいいだろう!」

「いいわけあるか! リリアンがびっくりするだろう、もっと上手くやれと言っているんだ!」


 まったく、とアルベルトは腕を組む。リリアンとの会話中だったから、結界に当たるまで土塊が飛ぶのを許してしまったのだ。もっと早くに気付いていれば、風魔法で吹き飛ばせたのに。だがそもそもゴットフリートが土塊を出さなければ良かった話だ。だと言うのに、懲りもせずゴットフリートはまた魔法で土塊を出して、レイナード目掛けてそれを飛ばす。が、土塊はレイナードの遥か前方であらぬ方角へと散り散りに飛んで行った。


「今のはなにをなさったの?」


 リリアンはその光景に目を瞬かせた。


「お祖父様の魔法が、変な方に飛んで行ってしまったわ。お兄様の魔法?」


 聡いリリアンの推測に、素晴らしい、とアルベルトは声を上げる。


「良い着眼点だ、さすがはリリアン。そうだな、お前の言う通り、今のはレイナードが魔法で防いだんだ」

「でも、お兄様は風魔法は使えないでしょう? どうやってお祖父様の魔法を弾き飛ばしたの?」

「あれは、レイナードも土塊を飛ばしたんだ。それを爺の土塊に当てた」

「えっ?」

「筋肉爺の魔法は大雑把だからな。それに対してレイナードは、そういう操作は上手い」

「……お兄様、凄い」


 ゴットフリートの出した土塊は、ここから見るとそれなりに大きそうだった。だいたいソファに置かれたクッションくらいだろうか。小さくはないから、それに向けて土塊を当てる、というのは、そんなに難しい事ではないのかもしれない。だが、その間も二人は激しい攻防を繰り広げている。そんな中でそれを行う、というのが生半可なものではない事くらい、リリアンにも想像がついた。


「お兄様もお祖父様も、凄い!」


 きらりと瞳を輝かせて、リリアンは頰を紅潮させる。滅多に見せないリリアンの様子に、アルベルトは慌ててその顔を覗き込んだ。


「り、リリアン、私だってあのくらい」

「お兄様、お祖父様、頑張ってー!」


 が、リリアンにはそんな父親の姿は見えていないらしい。いつもの淑女らしさはどこへやら、兄と祖父に向けて声援を送っていた。


「おお、リリアン! よぉーく見ておれよォ!」

(リリーの声援……! よし、なら……!)


 愛しい子の、自分へ向けられた声援に、レイナードとゴットフリートはやる気を漲らせる。ぐんと魔力を高めて、打ち合いからより一層激しい魔法合戦へと変わるのにそう時間はかからなかった。その中でレイナードは本格的に使い方を学んだらしい。〝リベラ〟を剣から槍へ、そして斧へと変化させ、果敢にも祖父に猛攻を仕掛けている。その姿にきゃあ、とリリアンが歓声を上げる。〝リベラ〟が形を変える瞬間の、光が揺らめく様子が綺麗なのだと、そう言ってレイナードに声援を送っていたのだ。

 リリアンにもしもがあるといけないから、アルベルトは結界を継続させていたが、がっくりと肩を落とし項垂れている。


「くそ……私が作った武具なのに……」


 リリアンの視線は依然レイナードとゴットフリートに向けられたままだ。それが面白くなく、しかしリリアンの側を離れるわけにもいかない。楽し気なリリアンの様子を純粋に楽しむ事ができなくて、複雑な心境のアルベルトだった。



◆◆◆



 ヴァーミリオン領に戻ってから三日目。午前はやはりリリアンによる面会が行われ、それには同行できたものの。アルベルトは残念ながらこの日から本格的にアジルテ・ベオの大穴を塞ぐ作業に入らねばならない。リリアンの元を離れなければならなくなったアルベルトは、往生際悪く抵抗している。


「嫌だ! 明日からにする!」

「そういうわけには」


 無表情でそれに対峙するのはベンジャミンだ。アルベルトの抵抗はいつもの事、とは言え苦労しないわけではない。娘にしがみつくようにして叫ぶ姿は、いい歳した大人のするものではなかった。


「みっともないのォ」

「リリアンが困っているでしょうに」


 と、年老いた両親からそう言われようとも、アルベルトがリリアンから離れる事はない。レイナードは呆れ返っているし、当のリリアンは「あらあら」と頰に手を添え困り顔だ。


「お父様、ベンジャミンが困っています」

「困らせておけばいい。それよりもリリアン、どうだ、街へ行かないか。新しいモニュメントが完成したとかで、一緒に見に行こうと思っていたんだが」

「それは気になりますけれど。でもお父様、お役目はきちんと果たさないといけないと思います。詳しくは知りませんけれども、陛下からのご指名で工事をする為に戻って来たのではないの?」

「うっ!」

「大掛かりで、時間が掛かるとか……なら、一日でも早く取り掛からなければ」

「うぐ」

「それで民が困ってしまう事態になったら、悲しいわ」

「ヌグゥッ!」


 愛しい子の言葉は、何もかもが突き刺さった。止めは今しがたリリアンの口から出た「悲しい」の一言だ。リリアンには常に幸福で居て欲しいアルベルトとしては、リリアンを悲しませるわけにはいかない。それで大人しく、だけど最後まで未練がましく、その手をリリアンから離す。その顔は苦悶に満ちており、とてもではないが受け入れられない、と言っているようだった。


「くっ……リリアンが……そう言うのであれば、仕方がない……!」


 アルベルトは天を仰ぐ。そうして溢れそうになる涙を押し込んだ。


「嫌だが……ほんっっっっとうに嫌で嫌で嫌で仕方がないが、これも試練だと思い受け入れよう。リリアン、行ってくるよ。レイナードがそこの筋肉馬鹿に連れられてまた訓練を始めたら、今日は室内から出ないようにな。庭に面した窓に近付くのも駄目だ。この馬鹿共の魔力操作は私より遥かに劣る、信用ならないからな。どうしても見たいのなら、そうだな、一昨日あげたブローチを準備して、常に備えておくんだ。いやでもそうなると疲れてしまうな……あまり長時間は許可出来ない。そうだな、五分か十分か、せいぜいそのくらいだ。それ以上はお前の負担になるから、絶対にそれ以上は」

「あ、あの、お父様。分かりましたわ、今日はお庭に面していないお部屋で、大人しくしていますね」

「ああ、そうだな、それがいい」


 いつまでも続く父の言葉を遮って、リリアンがそう言えば、アルベルトはうんうんと深く頷く。これでようやく見送れそうだ、とリリアンがほっとしたのも束の間、途端にくしゃりとアルベルトの表情が歪んだ。


「お父様?」


 驚いて、リリアンは瞬く。が、続くアルベルトの言葉にそれはすぐ引っ込んだ。


「……気になるからやっぱり」

「お父様。お仕事、頑張って下さいね」


 代わりに満面の笑みでそう言えば、アルベルトは「うおっ!」と呻いて、それから両手で顔を覆った。ちらりとこちらの様子を伺っている雰囲気を感じたので、リリアンは完璧な笑顔を保っている。


「わたくし、役目を立派に果たされているお父様が好きよ」


 と、そう言えば、後はもう完璧だ。アルベルトは両手をバッと下ろし、ぴんと背筋を伸ばした。


「行ってくる」

「はい。お気を付けて」


 手を振り見送るリリアンに、良い所を見せようというのか、澄ました顔で扉に向かう姿は一見凛々しい。が、それまでの行動に問題があり過ぎて、格好付けようとしているのが滑稽に思える程だ。

 優しいリリアンはそれを指摘したりしないが、それ以外の大人達は皆、呆れ散らかしてアルベルトの背中を見送った。


「のうレイナード。あいつは馬鹿なのか?」

「……コメントは差し控えます」

「……どうしてこうなったのかしら」


 もっともな夫と孫のやり取りを横目に、フリージアは頭を抱える。


「もっと賢い子じゃなかったかしら……」


 それに応える者は居なかった。



 ◆◆◆



 その翌日の朝。前日と同じように、アルベルトは渋りに渋ってから家を出た。この日からは一日中現場に向かう事になっているとかで大騒ぎだった。だがそれもリリアンに笑顔で見送られれば、従わないわけにいかない。アルベルトは代わりに夕食後にリリアンと過ごす約束を取り付けて仕事に向かった。レイナードとベンジャミン、それからゴットフリートにフリージアの冷たい視線を集めたのは言うまでもない。


「じゃあ、僕達も行こうか」

「ええ、お兄様」


 アルベルトを見送って、レイナードはリリアンに声を掛けた。四日目でようやく完全な自由行動となる。領民との面会を終えたリリアンは、領地に戻ってから初めての街歩きに、兄の同行を願った。レイナードは二つ返事で了承し、これからお出掛けとなる。歩きやすいように二人ともラフな服装だったが、もこもこの上着を羽織るリリアンは可愛らしい。レイナードの方も、薄手だが暖かいコートを渡され、それを羽織う。どちらも新作のものだ。ヴァーミリオン領で作られ、この冬の始めに売り出された。アルベルトのコートを作った工房が発表したもので、これもよく売れていると聞いた。


「似合ってるよ、リリー」

「ありがとう、お兄様。お兄様もとっても素敵よ」

「そうか」

「ええ!」


 二人はにこやかに互いを褒めながら馬車へ向かった。その光景は実に微笑ましく、見守る使用人達の表情も温かい。

 祖父母に見送られ、レイナードとリリアンは屋敷を後にした。



 街に到着したリリアンは、久しぶりの街歩きに目を輝かせる。この数日馬車で通った道を行けば、見慣れた通りでも別物のようだった。焼きたてを取り扱うパン屋、流行りのカフェ。間近に感じる人々の生活は活気があって楽しい。生き生きとした人々の声があちこちから聞こえてきて、リリアンは胸が高鳴るのを感じた。


「賑やかね」

「そうだな」


 レイナードはそんなリリアンを笑顔で眺めていた。


(今日も本当に楽しそうだな。リリーはこの街が好きだから)


 街を歩くだけで楽しいのだと、馬車の中でそう言っていた。それは本当のようで、街を進むにつれて輝く横顔はいつにも増して美しかった。それを堪能するレイナードも、いつも以上に眩い笑顔を湛えている。


「それで、まずはどこに?」


 そうリリアンに訊ねたのは、向かったのが一番の繁華街だったからだ。目的の店はいくつかあるが、その中のどこに向かうつもりなのかを聞いていなかったのだ。

 リリアンは街並みから視線を外すと、実は、と両手を合わせる。


「王都ではちょっと見ないような、目新しい物を見つけたくて。そういうお店に行きたいの」

「王都では見ないような、か。なら、輸入品から見てみるか」

「ええ。どこがいいかしら」

「何を探してるんだ? インテリアか、小物か」


 レイナードは通り沿いの店を物色しながらリリアンの手を引く。

 繁華街の、更に一等地なだけあって高級ブランドの店舗が並んでいる。どれも王都で大人気のブランド店だ。とは言っても本店はこちらなのだが。

 それが立ち並ぶこの通りは、人通りが多い。それでもレイナード達の周辺には誰も居なかった。それは領主一家の行く先を遮らないようにとの配慮もあるが、その方が遠目でリリアンを鑑賞しやすいからというのもあった。領民達は一人でも多くの者が直接リリアンを見れるよう、互いに配慮しながら道を行く。


「おお、リリアン様……!」

「今日は運がいい。リリアン様を直接拝めるとは」

「レイナード様とご一緒だからかしら。雰囲気がとても柔らかいわ」

「歩く姿でさえ美しいだなんて、さすがリリアン様……!」


 と、通りすがるたびに声が上がる。レイナード達の邪魔をしないよう、囁き程度ではあったのだが、しっかりとレイナードはその賞賛する声を拾っていた。領民達のそういった言葉を耳にするのは、レイナードの楽しみの一つでもあったのだ。


(リリーの美しさを皆が認めている。さすがだ、やっぱりリリーは凄い。これだけの人々を魅了するんだから)


 レイナードは可愛い妹の姿を見下ろし微笑む。リリアンの美しさは、最早語る必要は無いだろう。それでも見た目だけの令嬢と思われるのはいただけない。リリアンの本質は外見にも影響を及ぼすその高潔な精神なのだ。それを知れば、より一層、深くリリアンの虜になってしまうのだという事を、レイナードはよく知っている。佇まいひとつでさえこのように衆目を集めるのだ、それが心強く、同時に危うい。リリアンの事をもっと知った人々がどういう行動に出るか分からない。いや、恐らく確実に、リリアンの元へ駆け寄って跪き、祈りを捧げるだろうが、それではリリアンの行動が阻害されてしまう。それは避けねばならないから、レイナードはさり気なく周囲に気を配っていた。

 人々の視線を独占するリリアンは慣れたもので、一切気にした様子がない。遠巻きにする領民達の姿を楽しみながら、先程のレイナードの質問に答えた。


「今朝思い付いたのだけれど。お父様がなかなかお仕事に行きたがらないでしょう? だったら、お仕事をする場に、なにか心踊るものがあれば、行きたくなるのではないかと思って」


 思いがけない回答にレイナードは瞬く。


「それで珍しいものを、と?」

「ええ。お父様もびっくりするような、それでいて楽しくなるような、そんなものが見つからないかしらと、そう思ったの」

「そう、なのか」


 はい、とそう言うリリアンは穏やかに微笑んでいる。が、レイナードは対照的に眉間に皺を作っていた。


(父上なら、リリーが選んだと言えばなんだって喜ぶ。それこそ、その辺の石ころにだってだ。……それを、職場に置いておきたくなるようなものを贈る? 大丈夫か、それは。父上が死んでしまうのではないか?)


 なにしろ贈り物のカフスを一晩中眺めているような人だ。そのアルベルトが、仕事を頑張って欲しいからと言ってリリアンが選んだものを持ち込んだら、かえって仕事にならなくなるのでは。いや、それで済めばまだいい。年末でも誕生日でもないのに、自分の為にとわざわざ選んでくれたリリアンからの特別な贈り物。それを手にした途端、トリップしてそのまま帰って来なくなる可能性だってある。


(まずいな……最悪、リリーからの贈り物で父上が死ぬ)


 それだけは避けねばならない。かと言って、リリアンの善意を無碍にするわけにもいかない。あと、それなら自分にもなにか選んで贈って欲しい。


「じゃあ、とりあえず小物から見てみるか。この店はどうだ?」

「まあ、綺麗な織物と置物ね。良い物があるといいのだけれど」


 と、レイナードはひとまず手近な店に入る事にした。なに、リリアンのお眼鏡に適う物が無い可能性だってあるのだ。とりあえずショッピングを楽しめば、目的は達成出来るだろう。本当に良い物があればよし、無ければそれまでだ、明日もまた街に繰り出せばいいだけのこと。そう考えて、レイナードはさり気なく自分好みの店を勧めた。店に入り、それとなく誘導すれば、兄の好みを把握しているリリアンが「あら、これ、お兄様に良さそう!」と色紐を手に取った。


「ね、お兄様。これ、髪を括るのにどうですか?」


 レイナードはリリアンの手元を覗き込む。


「綺麗な色だな」

「そうなんです! お兄様の優しい金色の髪に良く映えると思うの。材質も悪くはなさそうですよ」

「うん、そうだな」

「色は……どれがいいかしら。やっぱり瞳に合わせた青? でも、この赤もとっても綺麗だし、緑もいいかも」


 様々な色合いの紐を手に、それらを見比べるリリアン。どうやらリリアンの基準に合格したらしい色紐の中から、レイナードに似合う色を選んでくれている。

 正直なところ、リリアンが選んでくれたのなら、似合おうが似合わなかろうが何色を身に付けても構わないと思っている。でも懸命に選別をしてくれるのは素直に嬉しい。心ゆくまでそうしていて欲しかったが、他の店も回らないといけないから、可哀想だけれどレイナードはリリアンの作業を中断させた。


「なら、リリーがいいと思った色を全部買おう。複数の色を組み合わせるのも面白そうだし」

「複数の色を? それは楽しそうね!」


 レイナードが思い付きでそう言えば、リリアンは瞳を輝かせる。


「組み合わせを考えるの、お手伝いさせて下さいね」

「もちろん」


 リリアンがとてもいい笑顔をするものだから、レイナードは色紐を全色購入した。青だけでも十色以上あるから結構な量だ。さすがに全部使い切れない気がしたが、「どんな組み合わせがいいかしら」とリリアンが楽しげだったので忘れる事にした。

 その店には他にリリアンの目を引くものが無かったので次の店に向かったのだが、リリアンが特に良いと言った赤い色紐だけはその場で受け取ってレイナードの髪に飾られた。

 ほつれないよう処理されただけの紐は、括るだけでは長くなってしまう。が、赤い紐が垂れた髪に沿うのはなかなか悪くなかった。レイナードの金髪と合わさると、赤が良く映える。


「瞳に合わせた色でなければならないと思っていましたけれど……そんな事無かったのね」

「似合うかな」

「ええ、とっても! 赤がこんなに映えるんだもの、他の色も試さないと」

「そうだな。でも、桃色の色紐はリリーに譲るよ。あれはちょっと勇気が出ないから」

「ふふっ、そうね」


 リリアンは、桃色の色紐を着けたレイナードの姿を想像してみた。柔らかい風合いの桃色は、きっとレイナードの金髪にも馴染むだろう。だけど、その姿で仕事をするとなると、ちょっと締まらないかもしれない。それはそれで緊張が解れていいのではと思ったが、兄と一緒に仕事をする事になるマクスウェルの集中が削がれてしまうだろう。ちらちらとレイナードの頭を見るマクスウェルの姿が想像できて、リリアンは思わず笑ってしまった。


「リリー?」


 急に笑い声を上げたからだろう、覗き込んでくるレイナードに、なんでもないの、とリリアンは首を横に振る。


「ごめんなさい、ちょっと楽しくて」

「そうなのか」

「ええ」


 不思議そうなレイナードは、それでもにこやかに微笑む。それは自分が楽しそうにしているからだと、リリアンは心得ていた。父はもちろんのこと、兄もリリアンが楽しでいればいるほど喜ぶのだ。だからリリアンは、この日もいつも通り街歩きを満喫した。

 結局、その日はアルベルトへの贈り物に良さそうな物は見つからなかった。また後日街歩きの約束をして、二人は帰路に着くのだった。


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