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16.リリアンのお仕事(?)


 アルベルト達一家がヴァーミリオン領に帰還した翌日も、〝銀朱(ぎんしゅ)箱庭(はこにわ)〟の興奮は冷めやまない。飲めや騒げやの大騒ぎで、出血大サービスのセールを行っているという事もあって非常に賑やかだ。これを逃す手はないと、領地の外から大勢の人が訪れている。市場は活気付き、店先に出せば品物はあっという間に売れて完売となる。経済が激しく動いて、この二日だけで通常時の一年分の金が動いた。

 それもこれも彼らにとっての女神、リリアンが領地へ戻って来たお陰だ。彼女が自分達の生活圏内に居る。それだけで領民達は勢い付く。リリアンの為だけに存在していると言っても過言ではない彼らは、彼女の膝元で力を発揮するだけで幸福なのだ。

 そういうわけでいつにも増して人が溢れる街中だったが、ある一方向へ向けてぞろぞろと人の流れができていた。それは工業・研究区画に建てられたヴァーミリオン家の別邸だ。一家が街中に滞在する場合に使われるが、普段はもっぱら家令のドラセナが執務に使っている。本邸や王都の別邸と比べると格段に小さいが、そこはヴァーミリオン、豪華だが嫌味のない装飾が施された建物は街と良く馴染んでいた。それでも存在感を感じるのは至る所に彫刻があるからだろう、柱にも壁面にも縁起の良いモチーフが並んでいる。それらは全てヴァーミリオン領の繁栄と栄光を願うものだ。あと、ついでに魔術的な意味合いを込めて屋敷の保護をしている。今日のようにリリアンが訪れる事があるからだ。外壁が崩れないように強化をした上で、出入りする人間の方はアルベルトが目を光らせていれば、大抵の危険は排除出来る。ベンジャミンがヴァーミリオン領の騎士を使うよう進言したのを却下して、アルベルトはリリアンと領民とが直接対話をする場に同席している。

 普通なら、領民は領主に会いたがりそうなものだが、ヴァーミリオン領ではそういうわけにはいかない。領主様よりも女神様に拝謁したいという事で、いつからかリリアンが領地へ戻った時には技術者とリリアンとの謁見が行われるようになった。しかも今日はレイナードまでもがリリアンと一緒に居たいと言い出したから、部屋の中央にリリアン、その後ろにアルベルトとレイナードが控えるという事態になっている。その姿はさながら摂政と護衛騎士を従える若き女王といった様相だ。実際、白い大理石に広げられた真っ赤な絨毯と、リリアンが座っている椅子は豪奢で、王宮にあっても問題ないくらいの品だったから、見た目だけは似たようなものだった。堂々としたリリアンの姿が拍車をかけている。その足元へ駆け寄り跪きたくなるのを堪えて、アルベルトはリリアンが見る扉を見詰める。

 その扉が開かれる。真っ赤な絨毯を進んだ領民の女性はその場で跪き、ドラセナの「リリアン様にご挨拶を」との声に姿勢を正した。


「リリアン様、お会いできて光栄です」

「ありがとう。あなたは普段は何をなさっているのかしら?」

「私は食事に合うパンの研究開発をしております」

「まあ! では、蝗害で減った小麦の白パンの代わりに、食べやすい黒パンを開発したというのはあなた?」

「恐れ入ります。その通りでございます」

「そうなのね! あの黒パンで作ったサンドイッチは、わたくしも美味しく頂いたのよ。酸味が少なくて食べ易くなっていて、とても美味しかったわ」

「リリアン様にそのように言って頂けるだなんて、光栄の至りでございます。これからも精進して参ります」

「ええ。どうか世の中の為に、その力を発揮なさって下さいね」

「はい。リリアン様のお心のままに」


 女性が一礼をして下がると、別の領民が入ってくる。今度は杖をついた老齢の男性だ。彼は若い男性を伴っており、リリアンの前まで来ると、二人揃って跪く。


「あら、あなたは……」

「お久しぶりでございます、リリアン様。今年もお会いできて嬉しく思います」

「ふふ、こんにちは。お体は大丈夫かしら?」

「ほっほ。こんな爺を心配されるだなんて、本当にリリアン様はお優しい。ええ、お陰様で、快調ですとも。この街はこんな年寄りでも過ごせるよう、設備が整っておりますゆえ」

「そのようね。さすが、お父様の政策は素晴らしいわ」

「その通りでございますなあ」

「もしも不足があれば、ドラセナへ申し出てちょうだいね。きっと良いようにしてくれるわ」

「ええ、そう致します。それでもっとリリアン様に相応しいアクセサリーを作らねば」

「楽しみにしていますね」


 若い男性とも二言三言言葉を交わすと、彼らは恭しく礼をしてその場から下がった。さり気なくリリアンに褒められたアルベルトはにこにこしており、老人の方がそれを見て目を丸くしていた。

 同時刻、扉の向こうで順番を待つ女性は、どきどきと鼓動が速くなるのを自覚する。


(い、いよいよだわ)


 緊張で心臓が飛び出そうだ。手のひらも汗が酷い。それをワンピースで拭って、深呼吸をする。大丈夫、落ち着け、とひたすら心で唱えていると、目の前の扉が動いた。彼女の前に面会を終えた老人が廊下に戻るのだ。ついさっき、従者と共にぎりぎりで到着した彼女は、必死に息を整え定位置で順番を待っていた。

 それを意識し過ぎて、かえって落ち着かなくなった頃、キィ、と微かな音を立てて扉が開く。


(うっ! 眩しい!)


 日差しが強いわけでも、廊下の明かりが特別少ないわけでもない。それなのに部屋から差し込む光がやけに強く感じて、女性は思わず目を細める。部屋の中からきらきらとした輝きが溢れていた。目を開いているのが難しかったが、あらかじめ聞かされていた通り、扉が開いたらすぐに前へ進まないといけない。進むのに無理のない範囲で目を細め、失礼に見えないように頭を下げ、指定された位置まで足を進める。


(模様が、一、二、三……ここね)


 そうして定位置で跪いた。緊張と眩しさで目を開いていられなかったのとで動きがぎこちなくなってしまったが仕方ない。顔を伏せている今がチャンスと、なんとか細目で目を慣らした。それで気付いたが、どうやら光源が前方にあるせいで眩しく感じているらしい。だが、前方は公爵一家がいるだけのはずだ。そこへそんなに沢山の明かりを置くだろうか?

 そんな事を考えていると、本格的に目が慣れてきた。これで細目で一家を見る羽目にならずに済みそうだと思うと、呼吸も整ってくる。


「リリアン様へご挨拶を」


 ドラセナのその言葉に、女性——カミラは視線を上げ、目を見開いた。カミラの視線の先に、部屋の真ん中に居たのは公爵ではなく、可憐な少女だったのだ。カミラが会った事のある公爵本人は、その少女の後方でにこやかに佇んでいる。


(え、そっち!? そっちなの!? 公爵様、後ろなの!?)


 カミラは混乱した。この面会について、詳細を聞かされていなかったのだ。ただ公爵家の一家との面会、と言われて、ご子息とご令嬢が同席するんだな、とそう思っていた。

 それがどうだろう、当主とご子息は後方で見学。これはご令嬢との面会だ。

 カミラは焦った。当主様と仕事の打ち合わせの延長で考えていたのだ。予想外の展開過ぎる。ご令嬢と何を話せばいいのかと、咄嗟にそれが浮かんで来ない。

 しかも、どうしてこんなに室内が明るく感じるのかを、一家の姿を見て理解した。この方々はあまりにも煌びやかすぎる。公爵とご令嬢の銀髪、ご子息の金髪が特にきらきらして見えるが、容姿もさる事ながら身に着けているものも格別だ。それもあって、各々が輝いているようにも見える。

 冷や汗を全身にかいて笑顔を貼り付けるカミラを、リリアンはにこやかに迎える。

 リリアンは彼女らに見覚えがなかった。それで、おそらく昨年にやって来たばかりの者なのだろうと検討がついた。

 立ち上がった二人はやはりどこか所在なさげで、緊張しているのが見て取れた。そんな二人に、リリアンは表情を更に柔らげるよう心掛ける。口角を上げ、そっと囁くように口を開いた。


「楽にして下さっていいのですよ」

「い、いいえ! そんなわけには」


 そう言って、カミラははっとした風に「すみません」と小さく詫びの言葉を述べた。思わず声が大きくなってしまった事への謝罪だった。

 カミラはリリィローズ織の総監督をしている職人だ。赤が特徴の高級織物、オルオポリス。今は喪失してしまったそれを、自力で再現した。それをリリアンが気に入って、ヴァーミリオン家で大量生産を行うことになった。その為に誘致された、という事にはなっているが、実際にはカミラはオルオポリス織の正統な後継者で、技術の全てを受け継いでいる。貴族や王家に食い物にされていた為に、以前の継承者達が結託してオルオポリス織を歴史から抹消したのだ。それが表沙汰になり、再び同じ憂き目に遭う事が無いよう、ヴァーミリオン家で囲ったというのが本当の所である。

 そもそもカミラ達一族がヴァーミリオン領へとやって来たのは、リリアンがオルオポリス織を気に入ったからだ。リリアンの為に、オルオポリス織を作れ、と言われて住居を与えられた。工場、作業場も資材も何もかもが揃った中に放り込まれた形だ。

 公爵本人としか会った事の無いカミラは、目の前の人物に瞬いた。


(これが、リリアン様)


 アルベルトが散々、天使だの女神だのと言っていた娘。公爵本人が非常にきらきらした顔のいい男なので、その娘であるリリアンも、相当な美少女だというのは想像できた。

 それがどうだろう、本当に見目麗しい。息を呑むほどの美貌を湛えた美しい少女が、カミラを見ている。

 銀の髪は父親譲りなのだろう、彼と同じ色は室内にあっても輝いていた。その合間から見える瞳は海よりも青く空よりも澄んでいて、日の光を受けた輝きがカミラを射抜く。どくん、とカミラの心臓が跳ねる。大きな瞳が印象的ではあるが、それは小さな顔に収められているからだ。その小さな顔自体が、あまりにも整い過ぎている為にまず瞳が目に入るのであろう。ただ、それ以外のパーツも当然ながら美しい。優美な眉、小さく高い鼻、桃色の唇は形良く、それらを更に際立たせる白い肌。そのひとつひとつを持つ人物は居るだろう。だが、全てを兼ね備え、それを的確に配置するとなると、そうは居ない。その稀有な存在がカミラの目の前で微笑んでいる。

 カミラは自分の頰が紅潮していくのが分かった。その微笑みは、リリアンは、あまりに美しい。アルベルトが褒め称える理由が理解出来た。

 くすり、とリリアンがその麗しい唇を開き、カミラに語りかける。


「お気になさらないで。貴女方は、リリィローズ織の職人の方でしょうか」


 カミラは目を見開いた。リリアンの声は軽やかで耳に馴染む。天から降り注ぐ光のように、当たり前なのに神々しい。それにまず驚いたが、何よりも問われた内容にこそ、カミラは驚愕した。


「なぜそれを」

「今日わたくしが会う予定で、お会いした事の無い方は、あとはリリィローズ織に関する方だけなので。お会い出来て嬉しいわ」


 ふふ、と笑んで、リリアンは小首を傾げる。愛らしい仕草だ、彼女の後ろで公爵がにんまりと目を細めている。カミラも可愛らしい姿に惚けるが、「よろしくね」というリリアンの声にはっとして挨拶を返す。


「初めまして、リリアン様。お会いできて光栄です」

「まあ。そんなに堅くならないでくださると嬉しいわ」

「そういうわけには」


 そう言えば、リリアンは困ったように微笑んだ。だが後ろにいる公爵の方が、眉を寄せている。あれは恐らくリリアンの意に添えと、そう言いたいのだろう。けれどリリアンの神々しい姿に完全に縮こまってしまっているカミラは、とてもではないがリラックスできる状態ではない。


(無理無理無理、絶対無理! 公爵様とお会いする以上に緊張するんだけど! あ、後で何か言われたらどうしよう……)

(うーん、さすがはリリアンだ。相手の緊張を解すために優しく微笑むとは。私もあの笑顔を向けられたい……)


 内心焦りまくるカミラとは対照的に、アルベルトは穏やかだった。リリアンの素晴らしさを全身に浴びているせいだ。

 全身に力が入ってしまっているカミラの様子を察したのか、リリアンはそれ以上は言わずに本題を切り出した。


「リリィローズの職人さんにお会いできたなら、是非お礼を言いたかったの。とても素晴らしい織物を、どうもありがとう。目の覚めるような綺麗な赤色で、わたくしとっても気に入っているの。模様も精密で素敵で……新しい作品も素晴らしいものばかりで、とてもではないけれど選べなかったものだから、お父様にお願いをして全部お屋敷で使っているのよ」


 そう言うリリアンは本当に嬉しそうだ。作者として、カミラは純粋に喜びが湧き出でる。


「それは、光栄でございます」

「あれだけの織物を作るのには、途方もない時間がかかるのではなくて?」

「いいえ。実は、以前と比べるとさほどでもないのです。他国で開発された自動織り機を閣下が改良されまして、それを使えば以前の三倍で織ることができるのです。ですから、今までよりは格段に楽になりました」

「それでも、苦労は変わらないでしょう? 三倍の速さで織れるという事は、三倍の量を作れる、という事なのだし……そうだわ! お父様が無茶な注文をしたら、教えて下さる? わたくしの方から注意するから」

「そんな、滅相もない。閣下には充分良くして頂いております」

「そう? それなら、良いのだけれど。ねえお父様、あまり無茶を言ってはだめですからね」


 ふふ、と笑い、後ろを振り返るリリアン。


「そうだな、リリアンの言う通りだ」


 笑みを浮かべ、うんうんとひたすらに頷くアルベルト。


(あれは、会話を聞いてないな)


 レイナードはそれを見抜いて、にこにこしているアルベルトに冷たい目を向けた。


(あれは話を聞いていらっしゃらないわね……)


 と、カミラもレイナード同様の感想を抱く。なにしろ公爵の視線は愛娘にしか向いておらず、しかも表情に締まりがない。多分、内容に関心がないのだろう。だから娘の声と姿だけを楽しんでいるに違いない。呆れが少し顔に出てしまうカミラだった。

 リリアンは、いつも通りのにこやかな父親の姿に頷いて、正面に向き直した。ちょっと行儀が悪かったかなとも思ったが、そのお陰か、女性の表情が少しだけ和らいだように見える。最後になってしまったが彼女の緊張を解せたようで、リリアンはほっとした。

 もう面会の時間も終わりとなる。最後にこれだけは伝えねばと、リリアンは口を開いた。


「大変な苦労があったそうですね。今後はきっと大丈夫です。どうかヴァーミリオンのこの地で、安心して織物を作って下さると嬉しいわ」

「は、はい……」


 カミラは辛うじて一言だけ返す。そう言うという事は、リリアンはリリィローズ織のルーツとなるオルオポリス織について聞かされているのだろう。それを踏まえたうえでの言葉に、カミラは胸が詰まる。


(この方はご存知なのね……。母さん、お祖母ちゃん。ご先祖様の意志を汲んで下さる方が居たわ。ここなら……この方になら、オルオポリスを捧げてもいいよね?)


 その後一言二言言葉を交わしたはずだが、カミラはそれを覚えていなかった。その言葉が嬉しかったのと、それを言ったリリアンの姿があまりにも神々しかったから。慈愛に満ちた姿はカミラ達が統治者に求めた姿そのもの。それが美しい笑顔をカミラに向けている。

 あの時の自分達の判断は間違っていなかった。輝かしいリリアンの姿に、カミラはその思いで胸がいっぱいに満たされる。それでもうそれ以上の事が入ってこなかったというのが本音だ。どこかふわふわとした心地で面会が終わった後には、カミラの脳裏には美しいリリアンの姿が鮮明に刻まれていた。気付いた時には屋敷から出ていて、日差しが目に眩しい。それで太陽を見上げて、ようやく夢心地だったカミラは意識を取り戻す。カミラの後に続いていた従者の男、ミゲルも同様に、空を見上げてほうと息を吐いた。


「素晴らしい方でしたね」

「そうね……」


 カミラの答えた声は囁きで、ほとんど空に溶けてしまう。それを拾ったミゲルは、カミラの横顔を眺めた。

 太陽を見上げるカミラは、それまでと違って晴れやかな表情をしている。以前暮らしていた屋敷から、この〝銀朱の箱庭〟へやって来て過ごした昨日までは、カミラはどこか不満気だった。ヴァーミリオン公は、有無を言わさず実行する強引な所もあったが、カミラの一族が守っていた技術や織り機をぞんざいに扱ったりはしなかった。カミラの両親の墓も、カミラの希望通りの場所に丁寧に移してくれたのだ。その際にかかった費用はすべて公爵家持ちという太っ腹。カミラの伯母や一族と深い関わりのある人物は、すぐにヴァーミリオン公へ感謝して働き出した。だというのに、当のカミラはその輪には加わらず冷ややかだった。

 それが、今はどうだろう。晴れやかに笑みを浮かべ、頰は紅潮している。やる気に溢れた状態と言えるだろう。ミゲルから見ればそれは、彼女の伯母やその他の職人と同じ種類のものだった。

 カミラはようやく実感していたのだ。リリアン、あの方の為に、公爵は自分をここへ連れて来たのだと。

 間近で見たリリアンの姿は美しいの一言だった。カミラには、どの様に表現したらいいのか分からないし、絨毯に使う絹の糸くらいにしか形容する事ができない。それでも、ただひたすらに美しい姿は、カミラの心を打った。

 真剣な眼差し、思慮深い微笑み。そしてそれらを包み込む、慈愛を体現した態度。あの方になら全てを差し出せる。

 リリアンは、カミラが作った織物を自室で使っていると言っていた。それは職人としてのカミラだけでなく、オルオポリス織を引き継いでいきたいと思っていたカミラの母親や祖母、その関係者達の心を掬い上げてくれる。あれだけの人格者に望まれて悪い気分になるわけがない。リリアンに望まれたという事実は、カミラの失われた自尊心を満たしてくれる。

 カミラは神に感謝した。リリアンという存在がいる時代に、カミラが職人として存在している。その事が嬉しくてたまらない。


「リリアン様に見出して頂いたのだもの。それに恥じない働きをしないとね」

「ええ」


 胸を張るカミラの姿は実に堂々としている。それは面会前の、どこか猜疑的なものとはまったく異なる。ミゲルはそれを嬉しく思った。彼女はようやく、新しい棲家で安心する場所を見つけたのだろう。それが嬉しい。

 勢いよく一歩を踏み出すカミラの後を追って、ミゲルもまた、歩を進めた。



 カミラが下がって、扉が締められるとこの日の謁見、もとい面会は終了となる。午前中いっぱい人と会ったリリアンは、ふう、と大きく息を吐いて肩の力を抜く。立派であろうとする潜在意識を持ったリリアンは、知らずのうちに気を張っていたのだろう。それを労って、レイナードは優しくリリアンの肩に手を添える。


「お疲れ様、リリー」

「たくさんの方に会うのは久しぶりだから、少し疲れてしまったみたい」

「仕方がないさ」


 そう言って肩を竦めてみせれば、リリアンはくすりと笑う。その笑顔につられてレイナードも表情を緩める。対外的な凛としたリリアンの姿も好ましいが、家族や身内に見せるふわりとしたこの表情もとても良い。普段は数時間しか一緒に居られない中で、短時間だけしか見る事ができない。最高だった。昨日からずっとこの調子でリリアンの笑顔を見ているのだ、堪らなかった。


(働くのやめようかな)


 これがあと最低二週間、いやひと月は続く。それを思うと嬉しくて堪らない。レイナードの表情は緩みっぱなしだった。

 それはアルベルトも同じで、いつもの無表情はどこへやら。にこにことしてリリアンの元へ向かうとその手を取る。


「屋敷に戻って食事にしよう。その後はゆっくり休むといい」

「ええ、お父様」

「先に馬車に行くかい?」

「そうね。お待ちしています」


 言って、先に退室するリリアンを見送ると、レイナードは静かに言う。


「リリーに魅了されていましたね」

「そうだな。当然だ」


 ふふん、と腕を組むアルベルト。


「彼女を面会に組んだのはそれが目的で?」

「そんなわけないだろう。リリアンの美しさを目の当たりにすれば、より良いものを作る気になるだろうと、そう踏んだだけだ」


 その思惑は現実となった、ように見える。少なくともレイナードにはそう見えた。あの女性は、初めリリアンに対して緊張するだけだったのが、面会が終わる頃にはすっかり呆けてしまっていた。あれはもう、リリアンに骨抜きになった状態だ。大抵の者がリリアンに会って話をするとああいう状態になる。魅せられているのは明白だ。そして、そうなった職人は強い。今まで作っていたものとは一線を画す素晴らしい作品を生み出す事が多かった。


「さすがはリリアンだな」


 と、そう頷くアルベルトは、純粋に彼女が新しい作品を生み出せる状況を喜ばしく思っているのだろうが、実際にそうなったというのは、本来驚くべき事実だろう。彼女がリリアンに魅せられなければ、そうはならないのだから。

 意識せずにそれを行わせる事に成功したアルベルトはご機嫌だ。鼻歌混じりにリリアンの後を追うその姿に、レイナードはなんとなくため息を吐いた。


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