表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/145

13.女神のしもべと影の後始末①


 フィリルアース王国を襲った蝗害(こうがい)の原因は、異常発達した魔物によるものだった。蝗型の魔物が巨大化したという前代未聞の事実は、周辺諸国を震撼させた。

 なぜこんな事が起きたのか、どうしてここまでの事態となってしまったのか。その原因はフィリルアースの魔法研究家達が解明中である。予測では龍脈の影響が考えられるが原因ははっきりしない。各国で同様の事が起こらないとも限らず、魔物が活発的になっているとの報告もある。警戒を怠らないようにとの通達がフィリルアース、トゥイリアースの両国よりもたらされた。この二国がそう言うのであれば、と各国は独自に調査を行なう事態となった。

 フィリルアースでは引き続き調査が行われているが、現地の原状回復も急務である。トゥイリアースからは、引き続き支援が行われる事になった。その一環としてヴァーミリオン家より大量の物資が運ばれた。物資を運んで来たのは当主のアルベルト、更に娘のリリアンが同行しており、被害を受けた地域の民を驚かせた。他国からの使者、それが公爵本人とその家族が直々に訪れるとは思いもよらなかったのだ。

 リリアンは馬車から降りると、気合を入れて両手を握り締める。


「さあ、参りましょう!」


 今日のリリアンは、いつものドレスよりももっと簡素で動きやすいワンピース姿だ。つばの広い帽子を被り、輝く髪は編まれて動きを阻害しないように纏められている。

 そんなリリアンの、やる気に満ち溢れている姿は美しい。アルベルトはそう思って目を細めた。

 巨大な(いなご)を始末し屋敷に帰ると、勝手な真似をして国に迷惑を掛けるなとリリアンに叱られた。そのリリアンは憤激して、アルベルトの言葉を聞かなかった。そんな事は初めてで、すっかり狼狽したアルベルトは全力でリリアンに詫びる。顔を真っ赤にして目を吊り上げるリリアンさえ可愛く見えるアルベルトだったが、もうこれ以上リリアンを怒らせたくはなかったし、何より嫌われたくない。ただただその一心で謝罪をした。


「よし、じゃあ、お前がやりたいようにおやり。お前はフィリルアースに対して、どうしたい?」


 そう聞けばリリアンはこう言った。


「困っている方を、わたくしの手で助けて差し上げたいです!」

「分かった」


 という、その言葉の通り、アルベルトはリリアンを連れてフィリルアースへ舞い戻った。リリアンが存分に救いの手を差し伸べられるように、大量の物資を携えて。

 リリアンがフィリルアースへ行くと決まった時のアルベルトの行動は早かった。領地へ物資の準備を進めるようにと手筈を整えるのと同時に、フィリルアースへも人をやった。私兵のほとんどを差し向け、なにをしたかというと、大量の蝗の死骸の片付けだ。

 リリアンは虫が好きではない。そのリリアンが、フィリルアースへ行く。今や蝗の死骸が足元を埋め尽くす、そんな場所にリリアンを向かわせる事など許されない。これ以上リリアンが苦痛を味わうことのないようにと、アルベルトは死骸の排除を命じた。

 あまりの量に畑に掘られた穴はすぐに満杯になってしまい、処理が追い付かなかったそうだが、マクスウェルを筆頭に火属性持ちの魔導士が焼くことでなんとかしたらしい。とりあえず道中の街道に蝗の姿はなく、滞在する街も片付いている。

 間に合ってよかったと内心アルベルトは胸を撫で下ろす。この処理の指示、それからトゥイリアース王家との調整と、ヴァーミリオン領の物資の手配。フィリルアース王国との兼ね合いもあって、到着までの二日は、目の回る忙しさであった。リリアンのケアも忘れずに行った為、アルベルトにしては珍しい事にくたびれて見えるくらいには働いた。

 そのお陰で、こうしてリリアンと一緒に行動できるのだからまあいいかと、アルベルトも周囲を見回す。

 先日通り過ぎた時は興味も無いし素通りしたから、正直に言って数日前とどれだけ差があるかは分からない。けれども蝗の死骸の転がっていない畑と街道は、ただ嵐が去った後のような荒れた跡だけがあった。これならば安心してリリアンを歩かせる事ができる。

 そんな風に確認をしていたアルベルトを、リリアンは見上げた。

 リリアンが心ゆくまで支援活動ができるようにと、アルベルトはあれこれ手を回していた。自分から進んで王城へ赴き、報告をする姿は珍しい。グレンリヒトと連携して取り組むというのは尚更だ、ほとんど初めてと言っていい。

 屋敷に滞在する時間も短く、夕食の時間に間に合わないなんて事も、リリアンの記憶する限り無かった事だ。余程忙しかったのだろう、今のアルベルトはリリアンにはやつれて見えた。

 アルベルトがそこまでするのは、他ならぬリリアンのためだ。それを良く知っているリリアンは、アルベルトが自分のために動いて疲れてしまったのだと、そう思った。


「わたくしも頑張らないと」


 なのでリリアンはそう言って気持ちを新たにしたのだが、アルベルトがやつれて見えるのはただ単に、リリアンとの時間がなかなか取れなかったからだ。


(今回の小旅行でいつもと違うリリアンを見て、存分に堪能しよう)


 と、アルベルトがそんな不謹慎な事を考えているとは、リリアンには思い付かなかった。

 そんなわけで、気合い充分の父子はまず、荒れてしまった広大な畑の回復作業を行う事にした。トゥイリアース王国としても急務という事もあり、快く許可をくれたはいいものの。リリアンは蝗に荒らされた小麦畑を前に、顔を歪める。


「なんて酷い……」


 それは、道中見た被害を免れた畑とはまるで様相が異なる。緑は一欠片も無く、黒い土があるだけ。畝も見当たらず、真冬のような寒々しい姿が広がっている。

 この辺りは戦場となった畑からは距離がある為、大きく崩されたりはしていない。それでも蝗の群れから逃げる人々に踏み荒らされ、炎で炙られた大地は無惨としか言いようがなかった。


「土は、大丈夫なようですね」


 そう言って土質を検分するのは、ヴァーミリオン邸の庭師、カクタスだ。植物のことだからついて来いと強引に馬車に乗せられた彼は、実直に役目をこなしている。


「カクタス、本当?」

「ええ、リリアン様。これなら畝を整えて種を蒔けば芽が出るでしょう。アルパカもいることですしね」

「ふふ。そうね」


 リリアンは笑みを浮かべて振り返る。そこには、荷馬車で鳴き声を上げるアルパカがいた。ヴァーミリオン領で飼育されているアルパカだ。ひょんなことから飼育が始まったアルパカは、研究の結果周囲の植物の成長を促す稀有な魔力を持っている事がわかった。アルパカが居るだけで植物は成長が早まる。どんな種類の植物でも反応することが分かっており、雑草までもが成長してしまうのが難点だが、その雑草はアルパカがもしゃもしゃと食べてしまう。どうしてだか小麦は好まないようで、人にとって都合の良いことづくしの魔物だった。

 ヴァーミリオン領で家令として領地を管理しているドラセナが、物資の準備とともにアルパカのレンタルを提案して来たのだという。なるほど確かに素晴らしい案だと、そうリリアンが言った為か、アルベルトはすぐに準備を進めた。二十頭ほどを連れて来ると、メェメェと鳴き声を上げるアルパカに指示を出している。


「いいか、各地に数頭ずつ配置する。一ヶ月後に回収するまでは持ち場を巡回し、小麦の成長を促すこと。魔力供給はほどほどにするように。また蝗に妙な変化を起こされてはたまらんからな」

「ンメェェェ」

「命令違反は処罰するからそのつもりで。きちんと成果を出せば、領地に戻ったら貴様らの好物である野草を差し入れよう。期待するといい」

「メッ!」


 お互い分かっていないはずだが、なんだか会話しているように見える。それがおかしくてリリアンはくすりと笑った。

 その可憐な笑い声を拾ったアルベルトは、視線をアルパカからリリアンへと向けた。


「リリアン、どうかしたかい?」

「いいえ、お父様。なんでもないの」


 そうは言うが、リリアンはまだくすくすと笑っている。

 よく状況が掴めないが、リリアンが穏やかに笑っているならそれでいい。アルベルトもまた表情を穏やかなものに変えていた。

 きらきらしい二人の、和やかな一幕。間近でそれを見せ付けられたカクタスは、そっと後ろに下がった。特別陽が強いわけでもないのに、眩しく感じてしょうがない。下がった先にはベンジャミンの姿があり、彼もまた眩しそうに目を細めていた。目が合うと肩を竦める。お互い思っている事は同じなようだ。


(見る分には、なんとも素晴らしい方なんだけどなあ)


 外見は文句のつけようがない。が、内面の方はお世辞にも褒められたものではない。いち使用人の立場でしかないカクタスがそれを口にするわけにはいかなかったけれど。

 ともあれアルベルトの機嫌がいいのは良い事だ。余計な刺激を与えないようにと、カクタスは静かに役目を果たす。リリアンに請われるまま、作業手順を伝えた。

 あとは畝を作り種を蒔けばいいだろう、と言うカクタスだったが、畑は広くてすぐには整いそうにない。普通は何人もの作業員でやって、数時間はかかるのだそうだ。


「大変なのね」


 それは、慣れないリリアンがやっても大して貢献出来ないだろう。眉を下げてリリアンがそう言えばアルベルトがにこりと口角を上げる。


「お父様に任せなさい」


 言うや否やアルベルトはふわりと魔力を立ち昇らせる。その魔力が畑に広がったと思うと、表層が隆起した。隆起した表層は規則正しく均等な幅をしている。


「まあ!」


 リリアンはアルベルトを降り仰いだ。アルベルトは、やっぱり得意そうな顔をしている。魔法で畝を作ってくれたのだ。

 それは、リリアンが次の作業に取り掛かれるようにとの配慮だった。すごいわ、というリリアンからの称賛に気を良くしたアルベルトは、そのまま次の魔法を使って風を起こした。その風に小麦が吸い込まれていく。風は勢いよく畑の手前から通り過ぎていった。通り過ぎた後、畝の上を見てみれば、そこには小麦の種が散らばっている。再びリリアンが歓声を上げた。軽くぴょんと飛び上がって「すごいわ、あっという間!」とアルベルトを褒め称えるものだから、有頂天となったアルベルトは次々魔法を繰り出した。畝を作り、種を蒔き、水を撒く。その姿は、なんか見た目の良い人型高性能種蒔き機であった。水遣りまで済ませるとは、というのが本音だ。

 公爵をこんな風に使っていいのかとカクタスは表情を無くしたが、ベンジャミンが黙っているのでいいのだろう、本人が勝手にやっていることでもあるし。とりあえず瞬く間に仕上がっていく小麦畑を順番に確認していくカクタスだった。

 アルベルトが調子に乗っているその時、先に屋敷を出発していたレイナードが合流した。


「リリー」

「お兄様!」


 レイナードは一晩休んですぐにフィリルアース王国に戻っていた。マクスウェルからの要請によるものだ。渋々といった様子だったが、後からリリアンもフィリルアースへ行くのだと聞くとすぐに出発した。リリアンが問題なく過ごせるよう、前もって準備する為だ。そこには父アルベルトからの指示も少なからず含まれていたが、優秀なレイナードは卒なくこなしていた。余った時間で自主的に見回りをして、蝗の死骸を埋めた後、妹達に合流したのだ。


「こちらの様子は」

「これから水遣りをするところなの」


 見れば程よく畑は耕せられており、均等に畝が出来上がっている。種蒔きまで終わっているのは早すぎるだろうと思ったが、リリアンの隣のアルベルトを見れば何があったのかは歴然だった。


「これは、父上が?」

「他にいるか?」


 ふんすと腕を組み、強気な態度は相変わらずだが、仕方のないことだ。この畑を見てただけで分かる。出力はレイナードの方があるものの、魔法の使い方ではアルベルトには敵わないのだ。

 先日の巨大蝗との戦闘では大規模な魔法を使ったものの、それ程の魔法を使う機会に恵まれなかったレイナードでは、広大な土地全てに行き渡るように魔法を行使するのが難しかった。魔力量には問題ない。ただ、どのように術式を展開すればいいのかがいまいち掴めなかった。


「丁度いい。レイナード、あちらを整えて来い」

「あちらを、ですか」


 アルベルトが指差す先、そこは今いる畑よりも広く見える。しかも土が焼けて焦げているようだった。それを混ぜ込み、麦が根を張れるよう耕して、更に畝を作る。何ヶ所かに分割すれば出来そうであったが、すぐに種蒔きの作業に入りたいのだろう、アルベルトの表情からはすぐに終わらせろ、という圧力を感じた。


「僕では父上ほどすぐには終わらせられません」

「泣き言を聞く気は無いが?」


 素直にそう言えば素っ気ない言葉が返ってくるだけ。まあ、アルベルトに優しい言葉なんて期待していないレイナードは気にしていなかった。そうではなくて、と言ってから魔力を練る。

 練った魔力で土魔法を行使すれば、アルベルトが指差した畑の三分の一ほどがぼこりと隆起した。焼けた土はうまく混ぜ込み、土もほぐれてはいるが、畝がうまく作れていない。しかも手前から半分にまで及ぶように操作したはずなのに、きちんと効果が出たのは三分の一くらいの広さ。魔力がうまく行き届いておらず、魔法が発動していないのが一目で分かった。

 その事にレイナードは眉を寄せる。術者から距離があると魔力が届かず、術式が発動しないのは仕方のない事だ。けれどもレイナードの魔力量は多い。単純な魔法であれば問題なく届く範囲のはず、それが発動していない。であれば、おかしいのは術式の方なのだろう。あるいは両方か。

 このままでは次の作業に支障が出る。そう視線を向けると、アルベルトはふむと顎に手を当てていた。


「術式に無駄があるな」


 そう言うとレイナードが使った魔法を再現してみせる。固まった表層をほぐし、混ぜ込んで平す。その後に畝を形成させるレイナードの魔法は、小規模であればなんの問題もなく発動した。だがそれでは駄目なのだとアルベルトは言う。


「なにも平す必要はない。表層をほぐした後に、形状を指定すればいいだけだ」

「形状を……あっ」


 何かに気が付いた様子のレイナードは魔力を操る。


「畝も型に嵌めてしまえばもっと単純だ。繰り返す必要もない。想像するのが苦手なら数値で表せ」


 アルベルトの助言通りに術式を組み立てる。大分簡略化された術式にレイナードが魔力を注ごうとしたその時、アルベルトから待ったがかかった。


「魔力は効率的に流した方がいい。よく観察しろ」


 レイナードは何の事かと瞬いたが、魔力を流す先を観察しろ、と言いたいのだと理解した。術式を維持したまま畑に目を向け集中すると、大地に含まれる魔力を感じ取る事ができた。とは言っても微かなものだ、元々自然に含まれる魔力はそう多くない。今は蝗の魔物が朽ちた後なのでムラが見えたが、普通は意識する必要がないくらい微々たるものなので、普段は意識に上らない。だが、蝗の魔力が残るこの状態では、利用しない手はないだろう。レイナードは術式を修正した。魔力のムラを無くすよう、土を攪拌するように。そうすればこの後の植物の育成にもムラが出ないし、場所による強弱がなくなる為、畑にかける魔法も均等に通りやすくなる。術式は複雑になるが、結果として消費する魔力は少なくなるだろう。

 レイナードは術式を修正すると魔法を行使した。魔力量はさっきと同じだけ。それなのに、畑一面すべてに綺麗な畝が出来上がる。魔法を発動させるのに掛かる時間も魔法が行き渡る時間も変わりはない。瞬く間に仕上がっていく畑を見て、リリアンが歓声を上げた。


「お兄様、すごいわ!」


 目を輝かせるリリアン。その隣で腕を組むアルベルトは得意気だ。自分の助言のお陰だからな、と顔に書いてある。

 その態度さえ無ければもっと良いのだけれど、とレイナードは内心思ったが、黙っていた。拗ねると面倒くさいからだ。


「ありがとう、リリー。父上の助言があったお陰だ」


 そう水を向ければ分かりやすくアルベルトは胸を張った。


「レイナードは魔力操作は悪くない。あとは術式の工夫を心掛けるといい。発想力は大事だぞ」

「その様ですね」


 態度は無駄に偉そうであるが、さすがに助言は的確だった。助言のほうは有り難く受け取って、それ以外は適当に聞き流すレイナード。

 普段あまり魔法について聞く機会が無いリリアンは、アルベルトを手放しで褒め称えていた。


「さすがお父様です! やはり、お父様はすごい魔法使いですのね」

「まあな」

「お父様、わたくしにも魔法の指南をしてくださる? 広範囲に水を降らせる、というのを、一度やってみたくて」

「もちろんいいとも。まずはだな……」


 アルベルトはそう言って、リリアンと共に種蒔きを終えた畑に向かっていった。相当ご機嫌な様子だし、リリアンも楽しげだ。良い事だとそれを見送って、レイナードは二人が向かったのとは別の畑の前に立つ。

 まだ整えていない畑は、さっきよりも荒れて見えた。

 それを考慮して同じ術式を調整する。観察した畑の魔力量を最後に調整して発動させれば、やはり全体を一度で整えることができた。

 悔しいが、アルベルトの魔法の腕は確かだ。魔力量と属性の適性、それだけが全てだと思われがちだが、魔法を使ううえで肝心なのは〝どんな術式にするか〟である。状況に合わせて術式を組み換えられるのはそれだけで強みだ。それがアルベルトが最高の魔導士と言われる所以なのだが、あの通りの人なので威厳とかそういうのは全くない。

 父親の腕前と、それと自分の柔軟性の無さ。それを再確認する事になったレイナードはこっそりため息をついたが、無益なわけではなかったのでいいだろうと切り替えた。今はそれよりも、組み直された術式を再試行する方が大事だった。必要な事を絞る、それを連鎖させる。状態を整え利用する。理解していたつもりでも、それらが出来ていなかったようだ。もしも巨大蝗と対峙していた時に冷静だったら。そして、今再確認した事がきちんと出来ていたら。被害はもっとずっと少なかったかもしれないし、何よりもリリアンが傷付く事はなかった。

 レイナードはただただそれが悔しかった。マクスウェルに内緒で屋敷に帰ったあの時、家で見たのは顔を真っ赤にして父親に言い募るリリアンと、それに狼狽するアルベルトの姿。なんとかリリアンを宥め、話を聞くと、アルベルトが勝手に国を出て巨大蝗を討伐してしまった、それに憤っているらしかった。詳しく聞いてみれば、王と王妃が出した貴族位の者に無駄な消費を止めるよう言ったそうだ。それを実行しようとしてもアルベルトに止められ、ならば出来る事をしようとそれを支持したのに、他家の者には伝わらなかった。仕方のない事だと耐えていたところ、リリアンを抑止した当のアルベルトが、自分は我慢する事なく巨大蝗の討伐に向かってしまった。落ち着きを取り戻したリリアンは言ったのだ、「きっと自分の気持ちを処理しきれなくなったのだ」と。

 それを聞いて、レイナードは愕然とした。フィリルアースの民を想い、心を痛めている状態でそんなことになれば取り乱して当然だろう。どうしてリリアンがそんな状態になったかと言えば、巨大蝗の討伐が遅れたからだ。

 それはレイナードの責任で間違いない。あの時、もっと早く生き埋めにすることを選択していれば。そうしたらきっと、リリアンはこんなに傷付かなかったに違いない。いくらリリアンに会えていなかったからとはいえ、正しい判断が出来なかったのはとんでもない失態だった。レイナードはひたすらそれを反省していた。


(もう同じ轍は踏まない)


 けれども数日間、リリアンに会えないという状況に慣れるのは不可能だ。死んでもできる気がしない。ならば話は簡単である。そう、正気を失くしても判断を誤らなければいいのだ。

 なのでレイナードは、アルベルトからの助言を最大限活かし、魔法の無駄を一切排除するべく同じ術式を繰り返し行使した。その上で、他に削る場所はないかを確認し、術式を組み上げる速度も限界まで早める。例え正気を失っても行使できるように、その感覚をひたすら体に覚え込ませる。

 そうしているうちに広大な土地はあっという間に整えられた。それなりに消耗したが、この程度で顔色を変えるレイナードではない。ふっと息を吐いて見回す。

 向こうの方で、風に乗せて種蒔きをしているアルベルトの姿があった。それが終わるのを待って、祈るように手を組んだリリアンが魔法を使った。

 薄い水鏡が畑の上空に現れる。水鏡は畑の大きさに広がると弾けて雨になった。水滴が陽の光を浴びてきらめく。リリアンの作ったそれは、雨を触媒にした魔力の塊だった。普通に栽培するには自然に発芽するまで日数をかけて世話をするが、今は待っていられない。かと言って植物の成長を促す、というのは魔法を使っても出来るものではなかった。あのアルパカは極めて特別な存在なのだ。そのアルパカも、一気に小麦を成長させて穂を出させる、なんて奇跡は起こせない。ただ、豊富な魔力を含んだ水であれば、植物の成長を後押し出来ることが確認されていた。すぐに発芽する事があったのだ。

 ならばとその役目を買って出たのがリリアンで、彼女は父親の助言通りに魔法を使って雨を降らせた。純度の高い魔力そのものであるその雨は、大地に降り注ぐと、土に含まれている魔力と融和した。土に含まれるレイナードの魔力と、雨のリリアンの魔力とは、二人が兄妹である為に融和性が良い。その結果、相乗効果が生まれた。畝の上に蒔かれた種から、次々と芽が出たのだ。


「素晴らしい。たった一度の説明でこれほどの魔法を使えるとは! さすがはリリアンだ」

「お父様の教えが良かったのですわ」

「リリーはすごいな。種を芽吹かせるなんて、僕には出来ない」

「まあ! お兄様が畑を整えて下さったから出来たのに」


 うふふ、あはは、と芽の出た畑を前に談笑する一家であるが、即日種が芽吹くだなんて異常もいい所だ。いくらアルパカが近くに居ると言っても、領地でも観測されたことのない現象が起きている。


「これ、大丈夫なんでしょうか」

「さて、な。まあ、何かがあっても旦那様が解決するだろうから、良いのでは?」


 良いわけないと思ったが、ベンジャミンの言葉には全面的に同意だったのでまあいいか、とカクタスは気にしない事にした。気にしたところで何が出来るわけでもなし。

 リリアンとレイナードの魔力の余波を受け、急激に成長した雑草をアルパカがもしょもしょと食んでいる。ンメエエェ、と間延びした鳴き声は、どこか嬉しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ