幕間 探究はやがて信仰に変わり
「本気なのか、マーテル」
「うん。……ごめんねバルバス、もう決めた事なの。わたし、魔法天文台に所属するわ」
ヴァーミリオン領での仕事を終え、王都に戻ったバルバスらは、拠点としている宿屋でマーテルにそう告知を受ける。
マーテルは王都に着くなり三人と別行動をしていたのだが、まさか魔法天文台を訪ねていたとは。
「どうしてまた」
「やりたい事が見つかった……ううん。やるべき事が分かったの。それをするには、トゥイリアースの魔法天文台でなければできないから。だから……ごめん、みんなには迷惑をかけるけど」
言って、マーテルは目の前の三人を見回す。その表情は引き締まっていて、目には強い輝きが宿っていた。
決意を胸に目的を目指す者の目だ。バルバス、そしてシャガとロゼは、視線を合わせると、誰ともなくそっとそれを外す。
マーテルが故郷を離れたのは復興のためだ。女神に魔法という奇跡を扱う術を授けられながら、一族はそれを失ってしまった。
そうして訪れたのが一族の衰退だ。
それだけならいい。栄える事もあれば失くなってしまうものもあるだろう。けれども一族は技術だけでなく、生まれながらに魔法を扱えるという特別性、それに基づく矜持さえ失った。それに危機感すら抱かない。だからこそ女神は故郷を見放したのだと、マーテルはそう考えていた。
ならばせめて、技術を甦らせよう。そうすれば一族に再び矜持が芽生え、女神は故郷に戻るはず。
そんな思いから冒険者となったマーテルは、機会があればあらゆる魔法を習得した。文献を故郷に送り、技術を磨く。もちろん全て身に付けられたわけではない。世に溢れる魔法は、マーテルの知るものとはかけ離れていたのだ。
落胆しながらも、次の希望を繋いで旅を続けた。中でも期待していたのは、大陸一と言われる魔法使いの居るここ、トゥイリアース王国だ。
「トゥイリアースを推してたのはそういう理由か」
「ええ。でも、実際のこの国は、わたしの想像とは違っていた」
バルバスに頷くと、マーテルは目を伏せる。
近隣諸国だけでなく、世界のあちこちに名を馳せる大国は、確かに魔法で溢れていた。だがそれは魔法を応用した技術、魔道具だったのだ。
それを目にしたマーテルの落胆といったらない。なにせ、故郷で使われていた魔道具のほとんどが、トゥイリアースで作られた物の模倣品だというのが分かったのだ。
トゥイリアースの魔道具は素晴らしい物ばかりだった。だが、マーテルの期待したような魔法使いはほとんど居らず、しかも魔法は一部の貴族にしか使えないというではないか。
魔道具に頼り、その恩恵を当然として享受するだけ。魔法という奇跡を昇華した技術力も、魔石が潤沢に無ければ作られもしない魔道具が溢れているのも、なにも特別でないと言わんばかり。
それは果たして故郷とどう違う。
持っているのが普通で、普通というのがどういうものなのか考えすらしない。そうしているうち、持っている事すら忘れて失くしてしまうのだ。
結局この国も、故郷と同じか。
そう思っていたマーテルだったが、先日目にしたもので意識が変わる。
ヴァーミリオン領でのパレード。
そこで用いられていた魔法はまさにマーテルの目指すもの、いや、故郷で語り継がれているものよりも、格段に凄まじい術だった。
「素晴らしかったわ、本当に。あんな魔法が、いえ、魔法使いが現存しているなんて」
マーテルは頬に手を添える。ほう、と吐いた息は、どことなく熱を帯びているように感じられた。
「見たでしょう。台車を動かしているのも、霧を出しているのもあの方だった。それだけじゃなく、水の演出も緑色の光も、全部。……ああ、どんな術式なのかしら。複数を維持するなんて考えられない。魔法天文台でも解析できていないそうよ。それをああも容易く……魔法の研究をしているって言ったら、ヴァーミリオン公の魔法の研究資料も見せてくれるって。わたしもう、嬉しくって」
そう語るマーテルの瞳には強い輝きが宿っている。それはかつてトゥイリアースを目指しているのだと語った時と同じものだ。
バルバスは、そうなのか、と囁く。
「じゃあ、もう決めたんだな」
「うん。副所長の、ソレインさんという人が会ってくれて。いきなり訪ねたっていうのに、色々教えてくれたの」
「パーティから抜けるもりか?」
鋭く問うのはシャガだ。咎めるような声色に、マーテルは首を横に振った。
「……それを相談しようと思って声を掛けたの。魔法天文台には所属するけど、冒険者を辞めるつもりはない。パーティからは抜けないわ。しばらく拠点をミリールにするって言っていたでしょう? その間、天文台で研究をするの。仕事が入れば皆と一緒に行くつもり。ソレインさんも、それでも構わない、って」
その言葉に眉を寄せたのはシャガではなくバルバスの方だった。
バルバスは顎を指で撫でると、首を傾げる。
「ミリールの魔法天文台は国立だろう? そう自由なものでも無いんじゃないか」
「わたしも、そう思ってたんだけど。外部の協力者っていう形なら問題ないそうよ。実際、魔導士じゃなく、学者の先生が協力者として所属しているみたいで」
「それでか」
それにね、とマーテルは続ける。
「冒険者としての実力を聞かれたから、パーティでならティーメル牛を倒せると言ったら喜ばれたわ。それだけの腕前なら、って、魔導士の護衛の仕事を斡旋してくれるって。王都の冒険者には、護衛の仕事って不人気なんですって。でも天文台からの斡旋なら報酬は上乗せされるし、きちんとした仕事をすれば魔導士から指名される事もあるみたい。そうなれば安定した収入になるわよね」
マーテルは嬉々として語った。
聞いてきた話というのを片っ端から喋るのは、期待が大きいからだ。話す内容に耳を傾けると、確かにそういう制度も支援もしっかりしていて良さそうだ。けれどもやはり問題は多い。
「お前の言いたい事はよーく分かった」
好調なマーテルを遮ったのはシャガだった。腕を組み、項垂れた形で固まっていたシャガは、言うなり頭を上げる。
「だけどなマーテル、俺は反対だ。悪いとは思うが、断固として反対させて貰うぜ」
そうして言い放った言葉にマーテルは目を見開いた。
え、と漏らすマーテルに、ロゼが続けて言う。
「ごめん、マーテル。あたしも反対。っていうか絶対ダメ。仲間としても友人としても、見過ごせないわ」
「な、なんで」
ここまで強く反対されると思っていなかったのだろう。マーテルは目に見えて落胆している。いや、絶望とか愕然としていると言った方がいいか。
それだけ希望を抱いていたのだろうが、シャガ達としては容認できない理由があった。
「なんでもこうでもねぇ。無理無茶、無謀だからだ。それを認めるほど、俺達はおめでたくない」
「それは……そう、かも知れない、けど」
「けど、じゃないよ、絶対だよ! あれだけ故郷のためにやってたマーテルが決めたなら応援したいところだけど、お願い、考え直して。絶対無理だから」
「ロゼまで……」
途中、ロゼも口を挟んだ。必死ささえ見えるロゼの様子に、マーテルは助けを求めて視線をバルバスへ向ける。実質的なリーダーである彼は、シャガとロゼの反対を受けてか、難しい顔をしていた。
バルバスになら理解して貰える。そう考えていたマーテルは、更なる落胆を隠せない。
「バルバスも、なんだね」
「……すまん、マーテル。俺もそう簡単には頷けない」
「…………」
肩を落としたマーテルは、浮かせていた腰を下ろした。ぎしりとベッドが音を立てる。
普段からよく利用しているこの宿は、置いてある物は古いが手入れが行き届いている為、冒険者からの評判が良い。長期滞在なら割引が効くから手頃という事もあり、その分競争率が高かった。
そんな場所をいつも押さえてくれるのはマーテルだった。無論、仲間が新たな目的を見つけたというのなら、快く送り出してやりたい。だがバルバス達の方も、譲れない理由があった。
眉間に皺を寄せるバルバスは、真っ直ぐマーテルを見据える。
「望んでいたものを見つけて、それに近付こうとするのは分かる。けど、こればっかりは相手が悪すぎる。やめておけマーテル、ヴァーミリオン公は女嫌いで有名だそうだ。相手にされないのは目に見えてる。大事な仲間が辛い思いをすると分かっていて送り出せるわけがない」
「……んっ?」
「確かに、唯一接点となり得る場所ではある。領地での警備なんかよりずっといいだろう。だがそれだけだ、物理的に近付いて終わり、それ以上はない。マーテルが目指していたのはそんなものじゃないだろう、それに」
「ちょ、ちょっと待って。何の話?」
バルバスを遮るマーテルは頬を引き攣らせていた。
どうにも話が読めない。マーテル自身が持つ目的と、バルバスの語る目的とには、なにか隔離があるようだ。
確かめようにも何をどう言えばいいか分からず、マーテルはゆるゆると首を横に振るしかない。すると、見ていられないとばかりにロゼが立ち上がった。
「何の、じゃないよ! マーテルがあの公爵様目当てで天文台に入ろうとしてるのを止めてるんじゃない!」
「ええっ!? どうしてそうなるの!?」
思わずマーテルは叫ぶ。無意識で出してしまったのだろうが、魔力が乗った声は耳元で叫ばれたように三人の鼓膜を震わせる。軽い耳鳴りを覚えるが、それよりも叫んだ内容だ。ロゼはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「えっ? だって、シャガが」
「シャガ!?」
勢い良く振り返ったマーテルは、どういう事だ、と声を荒らげる。
なかなかの迫力があるので、シャガは思わず仰け反った。瞬きしているうちにどんどんマーテルの目が吊り上がっていく気が、シャガにはする。
「だってお前、パレードん時、泣いて拝んでたじゃねーか! さっきだって、目ぇキラッキラさせて。確かにあの公爵サマは凄かったけどよ、だからってそう簡単にお近付きになれるわけねーだろ。無謀しようとしてる仲間を止めるのは当然だ」
「だからそれ、誤解だってば!」
その吊り上がった目のまま、またマーテルが叫ぶ。今度はシャガだけでなくロゼも仰け反って、揃って瞬きを繰り返す。
マーテルは両手を握り締めて主張を続ける。この時はもう、完全に立ち上がっていた。
「わたしが感動して泣いてたのは、魔法が凄かったからで……! そんなこと、微塵も考えてないから!」
「そう……なの?」
「そうよ! どうしてそうなるのよ!!」
肩で息をするマーテルは顔が真っ赤だ。怒りで、というより、思いも寄らない事を言われ、なんとか訂正しなければと焦った結果に見える。
その勢いに押され、仰け反ったシャガとロゼはそのまま硬直している。二人は顔を見合わせるが、表情はどうにも間抜けだった。それで気が抜けて、マーテルは怒るタイミングを無くして立ち尽くす。
なかなかに混沌とした空気の中、くつくつと笑い声が上がる。バルバスだ。
「どうもおかしいと思ったが、早とちりだったんだな」
「バルバスまで!」
「いやすまん。あんまりにもシャガとロゼが捲し立てるもんだからな。あり得ないだろうと言ったんだが、聞かなくて」
「だって……」
「あんだけ真剣に祈ってっからよぉ。てっきり……」
ロゼとシャガは、本気でマーテルがヴァーミリオン公に惚れたのだと、そう勘違いをしたようだ。
それはパレード中の言動のせいで、まさか見られていたとは、とマーテルはちょっぴり頬を赤くする。ふいっと顔を背けることで誤魔化したが、もしかしたらそれもばれているかもしれない。
じゃあ、とバルバスが声を掛けると、マーテルはそのままこちらに向き直った。
「改めて確認するが。マーテルの目的は魔法の研究で、公爵は無関係なんだな?」
「……ええ、そう。そんな事、微塵も考えてないわ。とてもすごい魔法使いで、そちらには興味はあるけど、それだけよ。どちらかというと研究対象というか」
きっぱりと言い切るマーテル。はっきりした声はいつもの冷静な彼女のもので、その言葉に嘘は無いのだと分かった。
「誤解も解けたことで、どうだ、シャガ、ロゼ。マーテルの言ったのは言葉の通り。であれば、意見は変わってくるんじゃないか?」
仕切り直しだと言わんばかりに言うが、バルバスはまだ口角を下げられずにやついていて、マーテルは頬を膨らませる。
それは普段のやりとりに近く、ようやくシャガとロゼは肩の力を抜いたのだった。
「マーテルが本当にやりたいのなら、あたしは反対しないわ」
まず口を開いたのはロゼだ。微かに口角を上げるロゼはどこかすっきりした風で、こちらもいつもの通りだ。
出会った頃は何かと反発していた二人だが、ある時を境にお互い最大の理解者となった。それ自体は良い事だが、無闇に背中を押すのは如何なものか。
やはり顔を歪めるシャガは、そう簡単にいくかと待ったをかける。
「俺だって応援してやりてぇけどよ。実際、冒険者との両立は無理だろ。そう都合よく俺らも仕事があるとは限んねーし、宿代だってかかる。どうする気だ?」
冒険者はパーティごとに目的は様々で、強力な魔物の討伐を目指すもの、未踏の秘境を攻略するもの、医療の進展の為に新たな薬草を探すものなど多岐に渡る。無論、そういう大きな目的ではなく、日々の糧に日銭仕事をしている冒険者の方が多数だ。
バルバス達も元はそちらで、割りのいい仕事を選ぶうち、ティーメル牛の討伐ができるようになったわけだが、これまではあちこちを転々としていた。
普通、冒険者はそういうものだ。拠点を持って活動できる冒険者なんて、個人ではいない。資金が潤沢で、複数の人間が生活できる建物を維持して、となると、組織として成り立っていなければ難しい。その組織というのが冒険者組合であって、パーティ単体ではほぼあり得ないのだ。
各国の冒険者組合は協定で協力関係が結ばれている。どこかの国で冒険者として登録していれば、別のどの国でも仕事を受けられる。様々な支援も同様だ。
その支援の中に、居住の援助があった。決まった住居を持つのが難しいとなれば借りるしかないが、当然、費用がかかる。家賃を踏み倒されては困るので、貸主もしっかりした人間相手でなければ貸したりしないから、社会的な信用も必要だ。組合に登録していれば信用は問題ないし、冒険者向けの格安の宿も借りられる。とは言えあくまで援助の範囲でなので、パーティ全員で負担しないと厳しい。
「わたしには天文台からも補助が出るの。それに、所属している間はお給料もあるから、それを使えば」
「駄目だ。それはマーテルが得た報酬であって、俺達の為に使うべきじゃない」
「でも、わたしの我儘に突き合わせちゃうんだし」
「それはそれ、これはこれだ。マーテルの行動を容認するなら、パーティとして解決しなくちゃならない問題だ。お前は仲間だからな」
バルバスがそう言えば、マーテルは息を呑んだ。
「みんな、ありがとう。それから、勝手に決めて、ごめんなさい」
「しょうがないよ。やりたいこと、見つかったんでしょ?」
「……うん!」
頷くマーテルの表情には喜びが溢れている。そんなものを向けられては、なおの事止めるのは難しい。
バルバスとロゼが歓迎する様子だったので、シャガももう諦めがついたらしい。はあ、と息を吐くと口を開いた。
「まあ、ミリールなら仕事はあるだろ。なんたってこんだけでかい街なんだし」
「その分、冒険者も多い。競争率は高いな」
「そこは天文台に頼りましょ。その副所長さんって、護衛を募集したりしないのかな」
「どうかな。だいたい天文台に居るそうだけど」
「話の通じる人みたいね」
「それはもう。契約の細かい事とか、すごく詳しいの。そういうのを一手に引き受けているみたいで、冒険者の事情にも詳しいし。一度、みんなで話を聞きに行ってもいいんじゃないかな」
「天文台に、俺達がか?」
シャガが嫌そうに顔を歪めるが、マーテルは気にする事はない、と笑みを浮かべる。
「事前に知らせておけば問題ないわ。そもそも塔の魔導士は、外部の……ううん、他の人間を気にしないし」
「塔?」
「魔法天文台の昔からの呼び方ね。その方が通りがいいらしくて」
「ふうん」
雑談を交えながらの意見交換は続く。
天文台の協力者としての活動と、冒険者の両立。どう考えても困難な道のりだが、生き生きと語るマーテルを止める事などバルバス達にはできなかった。合間にこっそり視線を交わすと、誰からともなく肩を竦める。
バルバス達のパーティの目的は大層なものじゃない。生きていく上で必要な糧を得る、その手段として冒険者をしているだけだ。魔物の討伐もあるが、畑を荒らすような小物が多い。途中、思わぬ大物が出る事もあって、そういうのを倒しているうちに実力がついていった。討伐対象が強ければ、当然報酬は増える。報酬が増えればやる気も増えるもので、より強い魔物を狙うようになった。どうやら四人はそれなりの腕っぷしだったらしく、順当に実力をつけていた。
ティーメル牛はその結果のひとつだ。あれを倒せれば、トゥイリアース王国周辺なら敵無しだ。ただし、パーティ全員が揃えば、だが。
マーテルはきっと、塔に入り浸りになるだろう。彼女の気質から、言えば合流するだろうが、研究に夢中になっていたらそうなるとは限らない。
ならいっそ、三人で戦う方法を模索するのも、悪くないかも知れない。
マーテル達が話している間、バルバスはそう考えて口角を上げる。彼らに猛反対される光景がありありと浮かぶが、そうしている時間も有意義なのだ。
自分達四人ならきっと大丈夫だと、そう思えた。
副所長のソレイン——エマ・ソレインとマーテルはたいへん気が合った。扱う魔法の系統は別物でも、彼女達の興味と性質は良く似通っていたのだ。
エマの研究内容に興味を持ったマーテルは、自身の探究と合わせて彼女を手伝う事になる。エマの研究対象はヴァーミリオン公、アルベルトの使う魔法だ。互いの研究内容を分析していくうち、とある重大な発見をして、結局マーテルはアルベルトを信奉するようになってしまうのだが——それはまだ先の話だ。




