幕間 デリック、拾われる①
(おーおー。なんか懐かしいな)
マフィアの連中が次々とアルベルトにぶちのめされるのを眺めて、デリックは目を細める。決して目の前の光景から目を逸らしたくなっているのではなく昔を懐かしんでのことだ。
この場にはデリックの他に、ベンジャミンとボーマンが控えている。まあ、彼らが放っておいても、アルベルトなら大丈夫だろう。デリックは思い出しかけた記憶を呼び起こす。
もうずいぶん前になる。それは、デリックがヴァーミリオン家に雇われた時の話だ。
◆◆◆
デリックの生まれは、実はエル=イラーフ王国だ。捨てられたか売られたのかは知らないが、物心つく頃にはすでに、同じような境遇の子供達の中にいた。親の顔も知らない子供達を集め、面倒を見ている男に、デリックは拾われていたのだ。
デリックの名前はその男が適当に付けたらしい。自身を団長と呼ばせていた男はよく、がさがさの手で子供達の頭をはたいて周っていた。やんちゃな子供が多かったのだ。
集団は、いわゆる義賊のようなもの、それの劣化版というようなものだった。使えそうな孤児を拾い集めて盗みをさせる。不当な契約で利益を得ている連中から金を盗んで、それで生活をするのだ。貧乏人の味方なんて上等なものじゃないと男は言っていたが、そうではないとデリックは考えていた。なにせそのままでは野垂れ死ぬしかない子供を拾い、生かしているのだ。やっているのは盗みとは言え慈善活動みたいなものではないか。
新入りが増えたり減ったりする中で順当に大きくなったデリックが、気付けば中堅を越えているのに気付いた頃。厄介な事態となった。団長が死んだのだ。正確には殺された。そして、殺した男がその座に収まった。
当然、団の中で反発が起きた。主に古参の連中はその男、ドルマを非難した。だが、ドルマは正当に前の団長と勝負をして勝ち、団を譲り受けたのだと言って譲らなかった。
ドルマを支持する団員は若い者が多い。若さ故かなかなか過激で、もっと大金を稼ぎたいと言い出したものだから、それから団の意見は真っ二つになってしまった。デリックを含む古参のメンバーは、わざわざ騒ぎを大きくせずとも十分だと訴えたのだが、どうやらそれが気に入らないらしい。この日も平行線のまま、互いの主張を繰り返している。
「俺達もそろそろデカい仕事をしてもいいんじゃねえか」
「デカい仕事?」
ジッ、と蝋燭の芯に虫が飛び込んで燃える。その音が部屋の端で様子を伺うデリックの元まで届くくらい、部屋は静まり返っていた。
「何言ってやがる。ただの孤児の集まりの俺達が、なにをやるってんだ」
鼻で笑ったのは、死んだ前の団長のやり方を変えるべきではないと主張する穏健派の男だ。年嵩で経験豊富だったから、団の中心だった。が、それは前団長が生きていた時の話だ。ドルマを支持する過激派の連中にはもう、彼の声に耳を傾ける者はいない。
現にこの時もそうだった。逆に彼の言葉に笑って顔を見合わせる。
「嫌だねぇ、これだからおっさんはさ。俺らがこの辺で何て呼ばれてるか知らねえのか」
「はっ。死人の声しか聞いてなきゃ、そうなるさ」
げらげらと笑い声が上がって、デリックはそっと息を吐いた。デリックは前団長派なのだ。なにしろ無茶しなきゃとりあえず飢えない。旨いものだってそれなりに喰える。昼間道を歩くのは、盗みを生業にしているから難しかったが、不便と言えばそのくらいだ。女は金で買えばいいし、何の不満があると言うのか。
「みみっちい生活には飽き飽きだ」
ドルマが呟いた。途端にぴたりと笑い声が止む。
「喰うには困らない。だから何だ? ひとつのパンとチーズを分け合う生活のどこが十分なんだ? 俺は旨いものだけを腹一杯喰いたいし、堂々と街を歩く生活がしたい。だが、あのジジイの方針じゃそうはいかねぇ」
「……それで殺したってのか」
別の穏健派の男が怒気を孕んだ声で言ったが、それは完全に黙殺された。
ドルマはぐっと片方の口端を持ち上げる。
「その為には金だ、金が要る。あのジジイの時にゃ、ただのガキの集まりだったが、今はどうだ。こんだけの人数を集めてる組織がいくつある? そんな中で今一番勢いがあるのがウチだ。腕っぷしだって相当だ、もっと上を目指すのは当然だろうが」
上ね、と小さな声が聞こえる。デリックの近くにいる男の声だ。
「孤児の上に何があんだか」
「おい、聞こえてんぞ!」
叫んだのは若い男だ。
「お前らの代でできなかった事を俺たちがやるってんだ。僻んでんじゃねぇよ!」
「僻みなんかじゃねえよ馬鹿」
「何だと!?」
チッ、と男は舌を打つ。
「少しは団長が孤児を集めてた理由を考えろ。あの人はな、役に立ちそうなガキを使って共同体を作った。分かるか? ガキ共だけで生活できる環境を作ったんだ。それが何を意味するかぐらい、お前らの空っぽの頭でも分かるだろ」
「それが甘いってんだよ。んな事もわかんねーのかよ、おっさんはよ」
「甘い、ねぇ……まあ、好きにしろや。俺はもう抜ける。お前らにゃ付き合ってらんねぇ」
「おい!」
「安心しろ、チクったりしねぇよ。身内を売るような真似はしない。オヤジに誓ってな」
吐き捨てて男は、出ていく直前にちらりとデリックへ視線を寄越した。デリックはそれに頷きもせず見送る。彼は、デリックとほぼ同時期に拾われて団に入った。二人とも団長の手を焼かせてよく打たれたものだ。何度もパンを取り合ったのを覚えている。
そんな彼が完全に立ち去って、穏健派が一層身を縮こまらせた時だ。ドルマ側に付いている連中から笑いが起きた。ドルマ自身の声もそれに混じっている。デリックは笑いも睨みもせずにただ黙っていた。
ひとしきり笑うと落ち着いたらしく、それで、と一人が切り出した。
「ドルマ、具体的にゃ何すんだ?」
「決まってんだろ。貴族を狙うんだ。金目の物を盗んでもいいが、それよりももっと手っ取り早い方法がある」
「おい、まさか」
「そうさ。子供を攫って、身代金を要求するんだ」
「おお……!」
(危なっかしーでやんの)
活気付く若い連中を前に、ついデリックは目を細めてしまう。
もっとビッグになりたい若い連中と、そこまでしなくても喰えるんだからそこそこでいい中年連中とで意見が真っ二つに割れた。その意見のまま、団も二分してしまったのだ。
兄貴分達が次々卒業していくのをなんとなく見送っていたデリックは、すっかり古参側になってしまっていた。今勢い付いている奴らは全員、デリックが面倒を見たと言っていい。にも関わらず誰もデリックを注目しない。いくら世話になったからと言って、勢いを失速させるようなダサいおっさんは相手にしたくないのである。と言ってもデリックはおっさんと言われるほど歳を取っていないのだが、こういうのは気分と勢いだ。歳上をおっさん呼ばわりして勢い付いているだけなのだ。
だが、ドルマは違う。それだけで団長を殺すはずがない。他の連中はただ気が大きくなっているだけのようだったが、ドルマにはどこか影があった。それがなんなのかを探ろうとデリックはただ黙っているのだ。そんな状況に耐えられず去って行く兄弟分達を見送り、目の前で馬鹿げた話が進んでいくのを見ている。
ドルマは浮き立つ連中に向かって、強い調子で言う。
「カタギにゃ手を出さねぇのは変わんねえ。だが、貴族は悪どいことして金を稼いでるようなもんだ。だから狙っても問題ない」
「な、なるほど!」
「さすがドルマだ!」
なにがさすがなんだか。どうやら本当に理解していない様子に黙っていられなくて、デリックはわざとらしく息を吐くと「あのなぁ」と口を開いた。
「狙うのはいいが、お前ら分かってるのか? 貴族相手じゃ、捕まったら簡単にゃ逃げらんねーんだぞ。同業や商人を狙うのとはわけが違う」
「だから何だってんだよ。捕まんなきゃいいだけだろ!」
「だけだろってお前、五回に一回留置所の世話になってる奴が言うか。その一回が命取りになるんだぞ」
そんなデリックの忠告は、向上心のある若者には響かなかったらしい。顔を見合わせた彼らは盛大に笑い、デリックを馬鹿にした。
「だから、それがいらない心配なんだって! 留置所の連中は俺らに買われてるんだぜ。こっちの言いなりだってのに、不安がる意味がわかんねーよ」
(だから、それが簡単に覆るんだっつーの!)
貴族ならば、そういう手段が取れる。権力、地位、金なんかを使い、社会を変える力があるのが彼らだ。だから前団長は、それらには手を出さなかった。
今以上を望む連中はそこに思い至らないらしい。若さ故の短量と言うには、あまりにも無謀が過ぎる。
「アホか。貴族がそいつらを買収したらどうすんだよ」
「そうなる前に逃げりゃいいだろ」
「…………」
失敗する気配がぷんぷんする。デリックは頰を引き攣らせた。
こいつらが捕まるだけならいいが、貴族というのは体面を気にするものだ。それを傷付けようものなら、実行犯だけでなく団全員が捕えられるのは容易に想像できる。
「やめとけ。っつーか、やらせるわけにいかねえ。どう考えてもうまくいくわけないからな」
「なんだと? 俺達の計画にケチつけんのか」
「つけたくもなるわ、んなガバガバな計画」
「んだとテメェ!」
血の気の多いのが殴りかかってきた。デリックは、勢いを相殺しつつわざとそれを受ける。バキッと鳴り響く音は大きかったが痛みは軽い。
派手に吹き飛ばされてみせれば気が済むだろう。それで頭が冷えれば計画の脆弱性に気付くはず。デリックはそう考えたのだが、思ったよりもヒートアップした連中は更に殴る蹴るの暴行を始めた。古参の団員がことごとく抜けていった不満をぶつけているのだろう。
迷惑な話だが、デリックは蹲ってそれを受ける。下手に反撃すれば長引くだけだ。デリックの予測通り五分ほどすると、ドルマがおい、と声を上げる。
「その辺にしとけ。ねぐらに死体が転がってちゃ鬱陶しい」
「でもよぅ」
「聞こえなかったか? 俺ァ、やめろっつったんだ」
「……おう」
ドルマの本気らしい声色に、手を振り上げていた連中は動きを止めた。やめさせるならもっと早く止めればいいものを、ドルマはわざと止めなかったに違いない。
ドルマの狙いが分からず、デリックは気を失ったふりで、彼らの動向を探った。
「お前らだけには計画を話したな。覚えてるか」
「ああ」
「取り囲んで戸惑っているうちに、だったな」
「そうだ。相手は子供だ、ちょっと怖い声を出しゃ、震えて言う事を聞く」
「警護が居たらどーすんだ?」
「ガキの警護だぜ? そう多くねぇって」
「なるほど……しかも親が外出してる時を狙うのか。これはうまくいくな!」
団員の反応に気を良くしたドルマがにやりと笑みを浮かべる。
「よし、時間だ。行くぞ」
ぱちん、と懐中時計を閉じる音がする。それにデリックは唇を噛んだ。その音を、デリックが聴き間違うはずがない。あれは、あの音は、前団長の音だ。ドルマがそれを手にしていると思うと苛立ちが湧き上がる。
最小限に抑えたと言っても、蹴られた腹はじくじくと痛む。殴られて切れた口の端からは血の味がする。
「ちっ」
仕方がない。デリックは口元を拭って、こっそり団の後を追った。
そうして着いた先は豪華な屋敷。
「あなた達、この方がどなたなのか、理解した上での狼藉ですか!」
狙われたのは、エル=イラーフ王国を訪れていたヴァーミリオン家だった。




