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22.お父さんは南の国でも暗躍する④


「私に従え。いいな」

「は、はひっ」


 ボスとその周囲を焼いたアルベルトの眼力は鋭い。震え上がったボスの口から息が漏れた。それが返事のようになってしまったのだが、呼吸すらままならないボスは弁明もできない。合意したわけではない、違うと首を振ろうにも強張った体は満足に動かず、納得するアルベルトを止められなかった。


「スリや泥棒の居る街はリリアンには相応しくない。そういう連中は一人残らず抹消しろ。貴様らの手でな。ただしその痕跡は残すな。街並にも影響を出すのは許さん。景観は最善を維持しろ」

「お、俺達が?」

「出来ないと言うのならそれまでだ。死ね」


 目の前の冷たい魔力が勢いを増す。氷の刃が突き刺さるような感覚は、一気にボスの体温を下げた。さっきまで焼かれていたというのに、今は凍えるくらい空気が冷え切っている。

 このままでは本当に殺される。彼もまた荒事の中を潜り抜けてきた身だ、そういう瞬間は無数にあった。

 だが、今はどうだろう。これは対抗すべき、いや、対抗できるものではないと直感する。彼の目の前にあるのは、自然災害とかそういう類いのものだ。それから逃げる術はなく、ただ通り過ぎるのを待つだけ。いや、逃れようと思えば、自然災害は避けられる。その範囲から遠く離れればいいだけだ。だが今彼の体は強張っていて動かせない。

 何より、目の前の男は自分を逃したりはしないだろう。逃げた先まで追ってくる……だけでなく、その間もずっと見張られて、一瞬足りとも彼の視界から逃れられないに違いない。

 そういう絶対的な力の存在を、この時初めて感じた。反射的に従わなければとボスは跪く。焦げた床に額を擦り付けた。


「あ、や、やりますっ、やらせてくださいっ!」

「始めからそう言え」


 呆れを乗せて表情を崩し、アルベルトは舌を打つ。


「景観に屑たる貴様らが入るのは駄目だ。リリアンが来るまではまあ許してやるが……リリアンの視界には決して入り込むな。労働に対する報酬は出してやろう。報酬があるのなら、こなせるよな?」


 疑問系ではあったが、その言葉は命令だった。断ればこの場で首を刎ねられる、そういう確信のようなものが生まれた。


「……承りました……」


 それでもう、従う以外の選択肢がボスの中から消滅していく。項垂れるように床に頭を擦り付ける姿を見て、うむ、とアルベルトは頷いた。

 アルベルトがずっと不機嫌なのには理由があった。


(さっさと済ませてリリアンの元へ帰……じゃない! 少しでも早くリリアンが散策に出られるようにしなければ。レイナードがああ言っていたからには退屈はしていないだろうがいつまでも待たせておくわけにはいかない。おのれ、もどかしい……! こんな事に時間をかけなければならないとは。ああ、リリアンの喜ぶ姿が早く見たい……)


 瞼に描くリリアンの姿。その鮮明さがだんだん薄らいでいたのだ。

 組織の規模が大きく、即日すぐに完了というわけにいかなかった。拠点に乗り込み、ボスを屈服させたはいいが、ここからまた更に時間が掛かるだろう。ソロントの街に赴いている事もあり、ろくにリリアンと会話できていない。楽しみを待たせてしまっている、という負い目もあって、アルベルトの表情は硬いままなのだ。

 それがどう捉えられるかなどこれっぽっちも考えていない彼は、そのままの顔でマフィアの拠点を闊歩する。毛羽立つ魔力には殺気が籠っているので、知らずのうちに周囲を威圧していた。ぐさぐさと魔力を突き刺された構成員達は震え上がり、脅威を遠ざけんと奮闘する。結果、瞬く間にアルベルトの要求は広がって行き、街に残る構成員達は全力で治安保持に勤しんだ。

 街からはスリ、強盗が消え、少しでも観光客と揉めるような輩はマフィアの残党がすぐに駆けつけ締め上げる。詐欺紛いの商売をしていた店は存在を抹消され、新たに出店する場合でも厳しく審査が入るようになった。もはや自警団となりつつある旧マフィアはベンジャミンによって更なる教育を施され、規律を遵守し街をクリーンに保つ役目を全うする組織へと生まれ変わった。

 マフィア崩壊からたったの二日しか経っていないのにである。常にアルベルトが街のあちこちで目を光らせていたとは言え、異常な早さであった。

 だが、これで万事解決だ。元構成員達に役目を忘れるなよと厳重に言い渡したアルベルトは、意気揚々とリリアンの元へ帰った。


「リリアン、待たせてすまなかった。街の状態が整ったから、もういいぞ」

「まあ。お父様、お疲れ様でした。こちらは準備が終わっていますので、早速ヘレナ様に声を掛けますわね」

「うん。そうするといい」


 そう答えるアルベルトは実ににこやかだった。期待に胸を膨らませるリリアンの姿に同調しているのだ。直後、そう言えばヘレナが同行者だったのを思い出し、一瞬真顔になる。だがリリアンが楽しみにしていたのは事実なのですぐに切り替え、出発の準備を手伝う。

 今回のリリアンの希望は「新しくできた友人とのお出掛け」だ。本当に、非常に残念でならないが、そこにアルベルトが加わる事はできない。だが、散策を楽しんでいるリリアンの姿は心に刻んておきたい。

 そんなアルベルトの取った行動は、単純なものだった。


「リリアンお姉様、どう、ソロントの街は! なかなか壮観でしょう?」

「ええ。ヘレナ様がおすすめされるだけありますね。とっても素敵です」


 護衛騎士や侍女を従え、リリアンとヘレナは待ちに待った街歩きを楽しんでいる。気ままに店先を覗き込むヘレナ、それに付き合うリリアン。彼女達の行動が一切阻害されないのは、街中に害になる者がいないからだ。騎士達が警戒していたが、それ以上に元構成員があちこちに忍び目を光らせる。アルベルトはその中に混ざり、遠くからリリアンを観察したのだ。

 目立つ銀髪は帽子で隠し、物陰から半分だけ顔を覗かせる。歳下の、できたばかりの友人と共に散策するリリアンは、ただでさえ美しい瞳を更に輝かせていた。

 眩しい。あまりにも(まばゆ)い。リリアンを中心に光っている、いや、リリアンが太陽のように輝きを放っている。


「すすす素晴らしいッ……!」


 ぎちりとアルベルトの握り締めた手が音を立てる。


「自身が楽しんでいるのはもちろんだが王女がリリアンを誘導するのを楽しんでいる、その姿もリリアンは喜んでいる……! ああ、素晴らしい笑顔、まさしく太陽ッ! なんという輝きだ、最高級のドレスも宝石も無くあんなに輝くだなんてさすがリリアン、この世の全てを照らすかのようだ! 待たせてしまったのに、あ、あんなに楽しそうにして……いや待て、もしかすると期待していたからこその歓喜……!? つ、つまり、この日を楽しみに待っていた、それがスパイスになった……?」


 だとしたら、とアルベルトは目を見開いた。


「私の行動も、リリアンのお出掛けに一役買ったという事か!? り、リリアンの為になっていたなんて……! か、感動だ。感激だ。リリアン、お前に楽しんで貰えて、私は嬉しい……!」


 感激で胸を詰まらせるアルベルトの口からは、自然とリリアンへの想いが溢れ出ていた。普段ならここまで出て来ないのだが、久しぶりにまじまじと見た(約三日ぶりの)リリアン、しかもとっても楽しげな姿に箍が外れてしまったのだ。

 声はあまり大きくない。距離があるので、幸いにもリリアン達のところへは届いていないようだが、側で控えるベンジャミン達にはばっちり聞こえている。ほとんど見た事のない主人の姿に、デリックは目を丸くした。


「声に出てますね」

「聞いてはいけませんよ。これはお嬢様への言葉ですからね」

「……っす」


 ベンジャミンの言葉にデリックは短く答える。ボーマンも、声には出さないが頷いていた。


「お嬢様との時間ってわけっすね……立ち入っちゃまずいわ、殺される」


 それが聞こえたらしい元構成員はぶるりと身を震わせる。デリックの言葉が誇張でもない事を知っているからだ。

 全力で耳を塞ぐ周囲だったが、アルベルトの目にはそんなものは入っていない。この時の彼の世界にはリリアンしか存在していなかった。

 が、隠して抑えてはいるものの、当のリリアンにはアルベルトの存在は筒抜けだった。ヘレナは気付いていないようだが、熱烈な視線を向けられるのに慣れたリリアンは、父親がこっそり影から見守っているのを察知していた。姿は見えないけれども、あの角に居るのでしょうねと、窓ガラス越しに見てリリアンは微笑む。


「リリアンお姉様、なにか気になるものでもあった?」


 ヘレナは、リリアンが笑ったのが、店先を覗いたからだと思ったようだがそうではない。でも本当のところをヘレナに伝えるつもりはなかった。


「いいえ。とっても楽しくて嬉しいなと思ったら、つい」

「まあ! あたしもよお姉様。ね、次はあっちを見ましょうよ」

「ええ」


 リリアンは更に笑みを深め頷く。軽やかにドレスの裾を靡かせる可憐な姿にアルベルトが悶絶するのだが——建物の向こう側で行われたものなので、リリアン達にその奇行が知られる事はなかった。



 後日、組織は騎士団に引き渡され、傘下となる事で、王国公認の自警団になった。自警団を管理する事になった騎士は「調教された猟犬の集団のようだ」と、その統治力に驚いたという。

 統制はとれているものの、元はマフィアだ。しかも組織の大半はそのままの人員で稼働しており、それを危険視する声が当然起きた。さすがにボスは処罰されているが、捕えられていてもアルベルトへの忠誠があるからと強く組織へ戻る事を希望した。それは出来ないのだと説明しても聞かず、抑えるのが難しい。騎士団が手を焼いているという報告を受けたヒースは頭を抱えた。


「なあ、アルベルト。もっと穏便に……いやマフィア相手に穏便にとか無理だけど、もっと別の方法があったんじゃないか? すっごい大変なんだけど、これ」

「知るか。お前の管理が甘いからだろう」

「そんな事言ったってさぁ〜〜〜」


 古くからのマフィアとなると、ただ規模が大きいだけではない。取引相手として貴族と繋がっている場合が多い。古参のマフィアとなると、繋がる家門はひとつやふたつでは済まないだろう。

 ヒースが恨みがましくアルベルトを見るのはそれが理由だ。ボスの証言、押収された品、そこからの調査結果がヒースの手元にある。政治バランスが崩れそうな内容なので、正直見たくもないものだ。これができた原因、それを起こした人物を前にすれば一言言いたくもなるというもの。しかもその理由が、街歩きの為なのだ。いくら安全を危惧してとは言え、やり過ぎるに感じる。

 が、アルベルトは不快そうに眉を寄せ、ヒースを一瞥した。


「王女が出掛けている街だろう。野放しにしておく理由が分からない」

「潰す理由が無いんだよ。マフィア同士のパワーバランスだってあるしさ、そう簡単にはいかないんだよ」

「それで連中を放置していると? とても娘を持つ親とは思えんな」

「……うん……」


 前提がまるで違う。というか、起点が違うという表現の方が正しいか。これはもう何を言っても無駄だなと、ヒースはそれ以上は言わず口を噤んだ。


 ヒースは知らない。アルベルトが、リリアンが住むのに危ないからと、トゥイリアース王国王都ミリールの不穏因子全てを取り除いた事を。

 ミリールにはスラム街というものが存在しない。マフィアも居ない。そういうのは正しい形にして国に組み込まれている。スラムはただの下町に、マフィアは自警団に。そうやって綺麗にしたのだ。

 ただその時も王が頭を抱えていたので、アルベルトとしては見慣れた光景だった。


「あのねリリアンお姉様、他にもおすすめの街があるのだけど」

「まあ。どんなところかしら」


 そこへ、ヘレナとリリアンの会話が聞こえてくる。存分に楽しんだ二人は、さっそく次の予定を立てているようだ。

 楽しげな様子にアルベルトが聞き耳を立てている。もしかしなくても、どこの街なのか特定しようとしているのだろう。


「か、勘弁してくれ〜!」


 何度目かの、ヒースの悲痛な叫びがこだまするのだった。


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