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だからこっから、正式に二人旅……って感じかな。

迂闊だった。

ふるまわれたキノコ料理は予想外に美味しくて――だから、飲み物の味に多少のクセがあったとしても、それは世界の違い、文化の違い。変えてもらうのは失礼だと思ったし、そもそもあの馬鹿騒ぎの中でそんなことを言う勇気はない。それにクセがあったとしてもやっぱり美味しかったので……差し出された分は飲み干したし、注がれればまた飲み干した。


――とどのつまり、お酒だったのだ。


それに気付いたのは宴が始まって暫くのこと。身体が火照り、視界がぐるぐると回り出し――ついには衆目も気にせず長机に突っ伏してしまった。

結果両脇に居た兵士の人に抱えられ、宿へと送り返された。その間あたしは意識的にか無意識か、ひたすらに「ごめんなさい」と言い続けていたのを覚えている。それに対して兵士は、この世界を襲ったのが竜ではなく酒なら……とか、よくわからない冗談を言っていた。未成年~とか子供~とか言われなかった辺り、ここの成人はもっと早いんだろう。

まぁ、でも。その分……あの期待と羨望が飛び交う戦場を早抜け出来たのはラッキーだったかもしれない。一泊しかしていない宿の部屋が、今ややけに恋しく感じられた。


「……ぎゃっ。」


天井のランタンに火を灯した途端――ベッドの上。腕を組んで胡坐をかいたエルナトの姿が現れた。


「……ヨードーミィー……。」

「な、なにかな……。」

「……貴様、こんな時間まで何処をフラついていたッ!!」


宿の外まで響きそうな怒声が、酩酊したあたしの脳を思いっきり揺さぶる。


「いやぁー……なんか、街の領主?にお呼ばれしてさ、ご飯をねー……。」


ふらふらと千鳥足のまま、ベッドに上半身だけ倒れこむ。隣にはぷりぷりと怒るエルナトが居るけれど――まぁ、実体はないんだ、殴られることもないし。


「む……とはいえ!書置きぐらい出来ただろうに、どうだ!」

「あー……それは、まぁ……ごめんなさい。」

「……まあ、そういうことならば良かったが。我はてっきりお主が勇者の責に耐えかね、一人逃げ出したものと思っていたからな……!」

「ごめんって。いや、なんだ……でもほら、傘も自転車もここに置いてるし。」


今はあたしを見下ろしているその表情。目を覆う布のせいで微細な表情は分からないけれど――もしかしてこの怒りには、寂しさが混ざっているんだろうか……だってなんだか、声が少し震えている。尊大な喋りに反して、見た目通りの子供なのかもしれない。


「……んで、そっちは何処行ってたのさ?」

「あぁ……お主が目覚めないものだから、また見回りをな。だがまあ……安心しろ。少なくともこの辺りに目立った群れは居らなんだ。」

「そっかー……おつかれさま。そういえばエルナトは寝なくていいの?」


何気ない問いかけにエルナトはふいと、視線を天井に移す。


「我は……まぁ、眠る必要は無いからな。夢、幻――いや、そこに浮かぶ灯りのようなもの。消そうとすれば消えるが、そうでなければ消えることはない。」

「……ふぅん。」


ランタンだって点けっぱなしにすれば油が尽きて消えるような気がするけれど……流石に今は揚げ足取りするべきじゃない気がした。


「…………それで。どうだった。」

「……なにが?」

「決まっているだろう!勇者として持て囃された気分だ!労われたか?感謝されたか?ともすれば求婚などされなんだか?ん?んんっ!さぞ気持ちいいのだろうなぁ……あぁ、良い……。」


みるみるうちに燃え上がって、みるみるうちに萎んでいく。エルナトもまた、勇者に憧れやら期待を持っているタイプらしかった――今日で何人目だろう。


「まぁ、でも……ああいうのはいいかな。これからは――なるべくなら、ひっそりとやってきたい。」

「む?何故だ。」

「そりゃあー……なんていうか、ああやって期待されるのも……ちやほやされるのも、苦手でさ。今回だって、偶然なんとかなかったけど……一人でも死んでたり、もし指一本でも千切れたら……耐えらんなかったよ。」

「……だが、どうだ。結果としてお主は町を、人を救い――そして何より、栄光を手に入れた。それは喜ばしいことではないのか?」


エルナトの両腕があたしの顔の左右に置かれる。シーツに皺が生まれることは、ないけれど。


「……だって、嫌じゃない。あたしが勇者だーって持て囃されてる状況で、もしあの中で一人でも死んだら……それは、何分の一かあたしのせいになる。逆にあたしの関係ないところで死ぬ分には……まぁ、構わない。」


酒のせいかしら、それともストレスのせいかしら。売り言葉に買い言葉がぽんぽんと出てくる。

目の前の少女は、誰にも触れられないし、誰かに噂を広げることも出来ない。だからこんなに躊躇いなく饒舌になれるのかもしれない……そう考えると、なんだかとても卑怯な自分で、やっぱり嫌になる。


「では。では……止めるのか?世界を救うことを。」

「いや、やるよ……最初から、最初っから嫌々なのは既定路線だから。このまんま、ずるずると……。」

「……そうか。」


気まずい沈黙。外はもうすっかり夜更けで、この間を埋めてくれるような騒音も何もない。だからただぼうっと、エルナトの目を見つめる。その視線は黒い布に阻まれているけれど。


「……ねぇ。そういえばさ……エルナトの、正体がどうのってやつ。あれ……今なら、教えてくれてもいいんじゃない?力を示せ……っていうことなら、それは十分に果たしたと思うんだけど。」

「……あぁ。そういえばそんな約束をしていたな。」


声には、ぶすっとした不満の色がまだ残る。


「我は――我は。お主を導くよう使わされた、神の遣いよ。」


そうして貰った答えは、さして驚くほどのものでもない――とはいえ、確かにあたしが勇者じゃなかったら話せることじゃない。リアクションも出来ないくらい、ぴったりしっくりくる。


「神の遣い?……んじゃあ、紫苑さんの知り合い?」

「シオン……あぁ、うむ。とはいえ……そやつとは、役割も何も違うからな――直接の面識はない。ただ……この世界を救う方法を示し、あぁして……襲い掛かる敵の倒し方を授ける。」

「なるほど。世界を救う方法――とは?」

「……何、どうということはない。今から三百年前、勇者によって討ち果たされた魔王。しかしてまだ動き続けるその心臓を――その傘で、貫いて壊せ。さすればこの世界に竜が生まれることは無くなる。」

「……つまり?」

「我が導きのもと、魔王の心臓を壊せ。さすれば――救われる。」

「そっか。」


そこまで聞き終わった途端、急に瞼が重くなる――あぁ、まったく。本当に寝てばかりだな、あたしは――


「――本当に……もう、行くのじゃな……ヨドミ殿。」

「……えぇ。その……昨日はごめんなさい、酔っちゃって。」

「いいやぁ。こちらこそ……こんなものしか用意出来ずにのう――そうじゃ、もう少しだけ待ってはくれぬか?町の皆も、ヨドミ殿の顔を一目見たいと……。」


まだ日が出切る前に、領主の館を訪れる。アーラムさんは老人らしく(?)起きていてくれた。

その左右には、昨日配膳してくれた使用人が二人。それぞれ大きな皮のリュックサックと、木の籠に詰め込まれた――色とりどりのキノコを挟んだパン。昨日、あたしの理性が残っているうちに言っておいたものだった。


「……あーいや、すいません。急ぐので……それに、もしかしたらまだ竜の群れが来るかもしれません。ホラ……あたし、なんとなく……気配とか分かるんで。」

『大法螺を……。』

「なんと、それは……うむ、そういうことならば皆に伝えておこう……。」


嘘を吐いた。けれど……このせいで誰かが死ぬってことはないだろう。警戒し過ぎて困ることも、きっとない。呆れたように、隣でエルナトが声を漏らす。だけど本当、これ以上ちやほやされたらパンクしてしまいそうだったから……これでいい。


「……この世界は、竜によって少しずつ……まるで、病のようにゆっくりと飲み込まれている。ワシが童であった頃には、この近くにも幾つか村があったよ……なあ、ヨドミ殿……きっと、世界を……。」

「……えぇ、分かってます。それじゃあ、また。」


踵を返すように、自転車を走らせる――夜明け前のイェルバハを駆け抜ける。馬車が関の山のこの世界に、まだあたしを追い越せるものは、きっと無かった。


「ねぇ、エルナト。」

「……なんだ。」

「昨日は……その、言ってなかったけどさ。」

「……ん?」

「まあー…………その、よろしく。」

「…………あぁ。付き合ってもらうぞ、ヨドミ。」

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