098 晴れのち再会、ところによって湯気
坂道を上り切ると、目的地に到着した。
坂道を上っている間、ずっと僕とクドの二人は手を握っていた。彼女はすっと何かに興味が湧いてしまうと、すぐにそちらに向かってしまうので手を繋いでいないとすぐにはぐれてしまいそうになってしまうのだ。なので、ずっと手を繋いで坂を上って来た。
なんとなく犬の散歩を連想してしまう。
彼女は手を繋がれたまま、元気そうに跳ね、
「お。アレか? アレがわたしたちの行くおんせんやどとかいうやつは?」
と、目の前に見えてきた旅館に指を指す。
あまり人とすれ違わずにここまで来たので少し心配していた。もしかしたら『霧屋』という温泉宿が廃れているんじゃないかと。
しかしそれは杞憂として終わる。
目の前の旅館は何とも風光明媚な外観だった。昔ながらの古宿のような奥ゆかしさを残しつつ、現代の建築技術で補強された建物。正面の車寄せには何台かのタクシーが止まっていて、お客さんもそこから出入りしている。どうやらバスに人が少なかったのはタクシーを使って来ているからであったようだ。
正面入り口の横には幟があって、そこには、
『温泉宿・霧屋』
と、書かれていた。
温泉宿の入り口は引き戸になっていて、そこから温泉宿の中に入る。
「ん?」
宿の中を見て、何となく気になった。
内装は老舗特有のいい感じで古い印象の宿といった感じで、外装と違わぬよさがある。調度品なんかも内装の雰囲気を壊さぬように和風のもので取り揃え、センス良く配置されている。かなり好印象を受ける。
なので気になったことは内装ではない。
「……はて」
気になる。
どうしても。
どうして……。
「どうして……ここのお客さん。お年寄りとか男の人ばっかりなんだろう」
もう少し詳しく言えば。
なぜ。
若い女の人がいないのだろう。
カップルや家族連れなんかがいてもおかしくないほどの宿なのに、その手の人が一組もいないのだ。
繁盛していない訳では決してないのだろう。お客さんの数自体は多い方だと思う。玄関先にはタクシーが止まっていたし、それなりに人気のある温泉宿だろうに。
首を捻る。
と。
「お客人。我が温泉宿・霧屋へようこそ!」
そこへいきなり声がかかったものだから少し驚いた。
恰幅のいいえびす顔の中年の人だった。おそらくこの温泉宿のオーナーか何かだろう。『温泉宿・霧屋』と文字が印刷された藍色の羽織を着ていたから。多分、そう。
「お客人。二名ですかな?」
「あ、はい」
「ご予約は?」
そう聞かれ、僕は、
「あ、“八神”で。ええ。入ってると思うんですが」
「八神!」
と、いきなりオーナーさんらしき人物が大きな声を出して柏手を打った。
「やあやあ、お待ち申し上げておりましたぞ!」
「え? え?」
荷物を強引に奪い取るとオーナーらしき人物は僕とクドの二人を促して、前を歩き始めた。
慌ててその後を追いかける。
「あのちょっと」
「ささ、こちらへ」
と、オーナーらしき人物は有無を言わさぬ態度でどんどんと先に進んでいき、連れてこられたのはこの旅館の応接室のようなところ。
僕とクドの二人は茶菓子とお茶で歓迎された。
なぜか。
何で?
何でこんなことに……?




