051 あなたさえいれば……
辛うじて凶刃を体を捻って避ける。栗栖さんはまだ酔っぱらっているのか体をゆらゆらと揺らしながら刀を振り上げる。
「ずるい!」
そして、
「他の子ばっかりずるい!」
攻撃。
「なんで呼んでくれないの!」
「どっ、どうしてって!」
「ばかああああああああああ!」
だっと横っ飛びに逃げる。それを栗栖さんは追いかけて、
「ばか! ばか! ばかああああああ!!」
今度は横合いに刀を薙ぐ。
「うわ! ちょ、ちょっと落ち着いて! 栗栖さん!」
それを間一髪でしゃがんでかわす。必死の形相。対し、栗栖さんはあくまで笑顔で、
「かーくん」
しかしにこやかにとは言えないほどの顔で、もう一度刀を構える。
「どうして名前で呼んでくれないんですかぁ? ねえ、どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。どうしてぇっ!」
「く、栗栖さんが……」
さあっと青ざめていく顔。僕はそのままくるりと彼女に背中を見せて、
「栗栖さんが病んだあああああああああああああああああああああ!!」
全力で逃げ出す。
窓を乗り越え、そのまま外へ。
「呼んで! 呼んで! 呼んでください!」
その後を刀を持った栗栖さんが追いかける。
「好きなのに! こんなに好きなのに! 大好きなのにいいいいいいいい!!」
女の子に好きと言われて。しかもアイドルクラスの顔と抜群のプロポーションの上級クラスの女の子に大好きと言われて。
嬉しくない訳がなかった。
そりゃ男の子なんだから、当たり前。
なのだが……。
くるりと振り返る。
「ひ~」
ばっと前を向き直す。
見なかった! 僕は何も見なかった! 何も!
栗栖さんの目が据わってるとか! 髪が逆立ってメデューサみたいになってるとか!
そんなの、何も!
めちゃくちゃ怖いとか口が裂けても言えないから!
告るならもっと落ち着いたシチュエーションでお願いしたいかなーって!!
「とりあえず落ち着こ! とにかく落ち着いて話そ! ね、栗栖さん!」
とにかく頭がパニックだった。
だから気が付かない。
何度も何度も栗栖さんと叫んでいることに。
それは決して水にはならない。
むしろ火種。
火種は増えれば増えるほど火力が増していく。
「どうして! どうして呼んでくれないんですか! そんなに私のことが嫌いですか! ひどい! ひどいですっ!!」
「な、なんでそうなるの! 僕は別に栗栖さんのこと嫌いなんかじゃないよっ!!」
「じゃあ好きなんですねっ!」
「いや……」
「この……へたれ!」
「だわっ! や、やめて! マジで危ないから~!」
ここ最近、追いかけられることに慣れてきた。
だから攻撃をかわす精度もあがってきている。むしゃくしゃして振るわれている刀の攻撃をギリギリのところで全部かわしていた。ある意味すごい才能かもしれない。
「もう! どうして逃げるんですか! かーくん! そんなに私のことを名前で呼ぶのいやなの!」
「だから~! 嫌とかじゃないんだって!」
「じゃあなんで!」
う……。
言えない。
というより、言いたくない。
なんで名前で呼ばないのか。
理由はすごく簡単だ。
恥ずかしい。
それ以外にない。
けど言える訳なかった。
それぐらいにはへたれだった。
言い淀んで、足が止まる。
と、そこへ。
「認めませんわああああああああああああ!」
横合いから飛び込んでくる影。
流れるような金髪。修道服。長い舌。犬の首輪。
該当する人物は一人しかいなかった。
「な~にを、いちゃこらしていらすの! あなたには……まだ見ぬ少年という相手がいらすのにいいいいいいいいいいいいい!!」
セラさんは飛び込んでくると、僕に向かって駆け寄ってくる。
いや、ごめん。うそ。
駆け寄ってくるっていう表現は正しくないな。だってちょっと可愛らしい印象があるもの。駆け寄るって。
どっちかって言うと迫ってくる。
恐ろしい形相でセラさんが前から迫ってくる。
うん。しっくり来るな……。
って! なんでこの人ここにいるの~!
言葉のチョイスなどにこだわっている場合などではなかった。しかし慌てたところでもう遅かった。
突然の到来に、驚いて足が動かなくなってしまった。
「さあ! お目覚めなさい!」
長い舌をべろべろさせながら飛び込んでくる。その手には首輪。絶体絶命。そんな言葉が頭を過ぎる。
「かーくんに!」
その時。
背後で声がした。
振り返ると、栗栖さんの手の中で炎が踊っている。
そして、
「手を出すな!」
炎が爆発する。一瞬で炎の柱が立ち、セラさんの体を包み込む。炎が轟々と燃え盛り、辺りを熱気で包み込む。
ちりちりと火の粉が舞い、アスファルトの地面を黒く焦がす。
眼前の炎を見ながら。
(これ……)
と、何かを思い出す。
覚えがあった。
この炎に。
そして。
背後の。
僕を守ってくれた強い女の子に。




