048 あなたさえいれば……
そこから先は夢と現実が混迷する。
どこからが現実で、どこからが夢だったのか。
よく思い出せない。
何だか世界がぐるぐる回ってる。
学生のテンションは怖い、というか。
これが若さかと思った。
優等生とされる栗栖梨紅が真っ先にヒートアップしたのが主な原因。
この“ジュース”が思ったより美味しくて、そして何よりかーくんが目の前で自分の宿敵といちゃいちゃしているのが何だか解せなくて、“ジュース”がぐいぐい進んだ。
かなたもまた、二人に合わせるようにして“ジュース”をしこたま呑んだ。優しい性格が災いして、強く言えなかったのだ。
その結果。
あっという間に“ジュース”の空き缶が部屋に転がる。
五つ、六つと積み重なっていって、ついに数を数えるのが面倒になった。
ぐるるる。
ひっ。
しゃっくりが出て、世界が歪む。
でも、なんだか気持ちいい。
だけど。
かーくんの顔を見て、またむぅっとお餅を焼く。
何だか青ざめてる。
つーん。
どうしてそんな顔してりゅの!
そんなに私のこと嫌い!
かーくんなんて!
なんて!
ぐび。
また空く缶。
「あ~呑み過ぎだよ、栗栖さん!」
「りっちゃんって呼んで!」
もう何から何まで腹が立つ。
なんで私がこんなにかーくんのこと好きなのに、どうしてかーくんは私のことりっちゃんって呼んでくれないの。
好きって言ってくれないの!
くらくらと揺れる体で飲むジュースはとても美味しいのに、むぅ!
「クドラク!」
と、言ってから立ち上がる。
揺れながら、ぴんと指を指す。
「勝負しにゃさい!」
「しょうぶ?」
クドラクが下から持ってきたカップケーキを頬張りながら顔を上げる。
「ずるいです! 自分だけかーくんにクドとか呼ばれて!」
「さっきから聞こうかと思ってたんだけど、そのかーくんっていうのは誰のことなんだ?」
「決まってます! 私の許嫁である久遠かなたくんのことです。馬鹿ですか」
「へー……そうなんだ」
頷いて納得するクドラク。
ふふーん。羨ましいですか。でも、あげませんよ。
と、内心勝ち誇って胸を張る。
が、
「ち、違う違う! クドも納得しちゃダメー!」
渦中のかーくんがぱたぱたと手を振って真っ先に否定。
むむむぅ……。
「あのね、栗栖さんは酔ってるから」
酔ってるって何!?
かーくんのばか!
“ジュース”で人が酔っぱらうわけないでしょ! ぶわぁ~か!
その間に、再び“ジュース”に口をつける。
「わ、わ~! もう呑んじゃダメだってば!」
ふ~ん!
かーくんのことなんて知らないもん!
なにさ!
クドラクのことばっかり心配して!
私のことも見てよ!
「勝負れす」
あれ?
何だか呂律が回らない。
足元がふらふらする。
私……こんなに弱かったっけ?
ううん。そんなわけない! 私が弱いように見えるのは常にそういうフリをしているからであって。私、ほんとはものすっごく強いんだから。
かーくんがクドラクのことばかり見るのはクドラクが強いからなんだよね。だったら大丈夫。私も見て。すっごく強いから。
「ふっふふ」
転がっていた刀の鞘から刃を抜き出す。
ひっく。
「あはははは」
何だか可笑しい。
いつも持ち慣れているはずの刀がくにゃっと曲がった。柄も。刃も。全部ぐにゃぐにゃ。あれ? でも……意外と使いやすいかも。
「あはははは」
とか何とか笑って、刀を振り回してみる。
「うわ! うわ! うわ~! 刀を振り回さないで栗栖さん~!」
慌ててかーくんが前に出てきたけど、足元がふらついて、
「ぶ!」
豪快に前のめりにこける。
そそっかしいんだから。
心配いらないよ。こんなの朝飯前♪
がちゃん。パリーン。
変な音が聞こえる。
まるでガラスとかが割れる音みたいな。
ひゅ~。
風? なんで?
肌に当たる風に首を傾げる。世の中よく分からないこともあるんだなぁ~。
背後にあったガラス窓が割れていることに気が付くことなく、えいえいと刀を振り回す。
「さあ、勝負れす!」
酔拳のような刀の構え。
「おろ?」
何だか視界がぐらぐらして上手く立てない。おかしいな。こんなことはじめて。
でも、負けない!
負けてたまるか!
かーくんは絶対、ぜ~ったい誰にも渡さないんだから!
踏ん張って、堪える。視界と頭は未だにぐ~らぐらするけどこんなことで私は負けないんだから。喉が渇いたからまたジュース!
ぐびっ。
と、そんなこんなでゆらゆらとヤジロベーみたいに体を揺らしていると、私の宿敵のクドラクが首を傾げていた。
何か疑問でもあるのか、
「なあ、聞きたいことがあるんだ」
と。
気分のよかった私は快く、
「どうぞ」
と、促す。
「クルースニクは何でそんなに怒ってるんだ?」
この子は……。
ほんとに……。
本当に!
「そんなの! 決まってるじゃないですか!」
言わなきゃ分からないの!
だったら言ってあげる。
本当はこんな子に言うのは嫌なんだけど、ものすっご~く嫌だけど。
「私がかーくんのことが大好きだからですよっ!」
「好き……?」
「ええ!」
力強く頷く。
対してクドラクは首を傾げた。
「好きって……何?」
…………。
少し反応に困る。
この子は一体何を言っているのだろう?
好きって何って。
そんなの好きってことじゃないですか。
アホですか。
「う~んう~ん」
と、前のめりに倒れたかーくんが呻いている。
そんな彼を刀で指示して、
「私は彼のことが大好きなんです。誰にも邪魔させない。私はクルースニクになる決意をしたのも、彼のことを好きだから。そう……私がクルースニクになったのも、全てはこの人のため。かーくんは私を否定しなかった。“力”を持っている私を認めてくれたんです。まあ……本人はすっかり忘れているみたいですけどね。でも……うふふ。そんなの……どうでもいいんです。私が彼のことを好きだっていう事実が変わる訳でもないし。うふふ……うふふふ……」
前髪で顔が隠れる。
髪を掻き上げてから。
そのまま、べしゃっと崩れ落ちた。
あれ……?
そういえば……。
私、どうしてかーくんのこと好きになったんだっけ……?
ぐるぐる。
はれ……?
世界が回る……。
「好き……?」
クドラクの囁くような声だけが、私の耳に届いていて。




