049 あなたさえいれば……
目を覚ます。
「あれ?」
と、体を起こして周りを見渡す。スマホを自然に取り出して、液晶パネルに映された時間を見て青ざめる。
時刻、一八時五六分。
学校を抜け出したのが大体一二時ぐらいだったから、最低でも六時間ぐらいは眠っていたようだ。
記憶と思考がおぼつかない。
と、今の今まで眠っていたと思っていた思考が凍り付いた。
「すぅ……」
「むにゃ……」
え。
ずざーっと窓際まで後ずさり。
周りには全てアルコールの空き缶と酔い潰れたクドと栗栖さんの姿しかなかった。
二人はいつの間にかベッドの上にあった布団を引っ張って、その中に潜り込んでいた。
そうだ、思い出した。
ぐらぐらと酔っぱらっている思考ではどうにも何があったのかを思い出せないのだが……というか思い出しくないんだけど。覚えているのはクドがジュースと間違ってアルコール入りのカクテルドリンクを持ってきて、それを三人でしこたま呑んだということぐらい。そこでどんな話をしたのか、とか。その他諸々は何一つ思い出せない。
冷や汗を流す。
たら~。
「あら。ひどい汗ですわね。どうぞお使いくださいませ」
と、誰かがそっと真っ白なハンカチを差し出してくれた。
「あ、ありがとう……」
僕はそのハンカチを受け取ると冷や汗を拭って一息つく。
ハンカチからバラのような芳醇な香りが。
「しかし……昼間から学校を抜け出して酒盛りとは……中々不良体質ですのね」
何ともごもっともな意見。
言い返す気力さえ出ない。
「まあ。そのぐらいなら別に構いませんでしてよ。少し悪い部分があるくらいの方が設定が映えます」
「設定ってなんだよ……」
苦笑しつつ。
ギギギと首を動かす。
今までナチュラルに会話をしていた。
とある疑問は当たり前のように湧く。
誰と?
ギギギ。
振り返る。
「~~~~~~~~!」
窓の外。
というか窓が何故か割れていて、半分以上体が部屋の中に入っているが、そんなことはどうでもいい。
そこには、修道服姿のシスターが当たり前のように「よっこいしょ」と部屋の中に侵入していた。
「~~~~~~~~!」
パニックに陥る僕。
なんで! どうして!
この人がここにいるんだよ!
「~~~~~~~~!」
ツッコミたい意志はバンバンあるのに言葉が口から出てこない。慌てふためいて、手足をばたつかせるのがやっと。そんな僕を見てシスターことセラさんが眉をひそめ、
「あら? まだ酔っていらっしゃるのかしら。いけませんよ。お酒は嗜む程度にお済ませないと。お酒は飲んでも飲まれるなと申しましてよ? はい、お水ですわ」
と、まるで聖人のような言葉で窘めつつ、水を渡してきた。僕はその水をぐいっと一気に飲みして、咽せ込んで、胸をとんとんと叩いてから、
「あ、あなた何してるんですかっ! こ、ここ僕の家ですよっ!」
ようやく質問する。さも当たり前のように、
「存じ上げておりますわ」
と、セラさんは答える。
「いや……存じ上げてるとかじゃなくて」
なんでここにいるのかっていう質問の答えになってないし……。
「まあまあ、この本をどうぞ」
と、セラさんは修道服の中から一冊の本を取り出す。
その本はやはり『ボクと少年ヴァンパイア』というホモ本。
流れで受け取るとその本は微妙に生暖かかった。
って!
「いりませんよ、こんな本! 僕にそんな趣味はありません!」
と、言ってからセラさんに本を返す。
セラさんは不服そうに頬を膨らませると、
「どうして受け取ってくれませんの」
そうのたまう。
その仕草だけならとても可愛らしい。
セラさんは端正な顔立ちと真っ白な陶器のような肌、その真っ白い肌を強調するかのような長いブロンド髪。日本人離れした卓越したプロポーション。ハリウッド女優顔負けのセクシーさを併せ持つとても美しい女性なのだが……。
いかんせん、セラさんという女性は重度の変態なのであった。
僕は知りたくもない彼女の秘密を知っている訳なのだが、彼女のバラのような香り漂う修道服の下にはびっしりと盗撮したであろう少年の写真を加工した刺繍が施されている。
表側の彼女だけならきっと一〇〇人の男が振り返る。それだけの美貌を持ち合わせている。
が、裏側の彼女の存在を知れば一〇〇人の男がドン引きするに違いない……。
「どうしてって言われても……僕にはそういう趣味はないんですよ。えっと……ホモ?」
「ホモではなく! ボーイズ・ラブ! ですわ!」
「あぁ……はいはい」
セラさんはちっちっち、と指を振る。
「ちなみに略称はボーイズのBとラヴのLの頭文字を取ってBLと略すのが一般的デース」
なぜそこだけエセ外国人風?
正直に言って僕はこの人が苦手だ。以前、恐ろしい形相で長い時間追いかけ回された経験があるので、心底苦手意識を持っていて、生屍人の群れに飛び込むかこの人の豊満な胸に飛び込むかという二択を迫られれば間違いなく前者を選ぶくらいには苦手なのだ。
(ってか……この人、ほんとに何しに来たんだ……?)
ホモ本――もとい、BL本を渡すためだけに家宅侵入するシスターがこの世に存在する現実が未だに信じられない。
「帰ってくださいよ、セラさん!」
純粋なる願いである。
が、残念なことにセラさんはいつの間にか僕に返された本を読み耽っていた。
ぺらぺらとページを捲る音が部屋の中に響く。
ああ……忘れていた。
この人はとにかく人の話を聞かない人だった。
最後のページを捲って、
「ああ……」
セラさんは、ぱたんと本を閉じる。そして、きらっきらの目を輝かせて、
「なんていい話ですの……」
感涙に咽んでいた。本が落ちてその場面が見開かれる。
一瞬、頭で理解するのに時間がかかった。
場面は少年と少年が仰向けと馬乗りで倒れこんでいる。そこまでは、まあ。まあ……理解出来た。でも、理解出来なかったのはその場面の次のコマ。
「!」
口で表現することが憚れるほど。
なんというか。
エロ本みたいに。
少年同士が。
えっちいことをしている場面。
そういうことだった。
少なくとも感激に耽るようなシーンでは決してない。むしろ……なんていうか。痛々しい。一人は猿ぐつわを噛まさられてもう一人の方に責められているし。
一片たりとも理解出来ない世界がそこにはあった。
そっと本を閉じた。見なかったことにしよう。それが、一番。
「うううううう~」
と、気が付けばセラさんが何やら震えていた。
何だか嫌な予感……。
がばぁ! と。
セラさんは僕を押し倒した。
「ぐへぇ!?」
勢いそのままに落ちてあった漫画に後頭部を強打。
「我慢出来ませんわ……」
と、囁いてから。
もぞもぞと修道服の中をまさぐって。
見慣れた、見慣れたくないものが、その手に。
「ま、またですか~!」
セラさんの手には犬の首輪があった。
最悪だ……。




