044 クドラクとクルースニクと許嫁と
ぽかんとしている。
そんな僕に対し、新しい服に着替えていたクドが僕を見上げた。
クドは健康的な白のキャミソール一枚だけという簡単な恰好。乱れていた髪の毛も綺麗にブラッシングされていて、頭の上には真っ赤なリボンが飾られていた。とても簡略的な恰好なのだが。
これまた可愛い。
一二歳ぐらいの年頃の女の子が精一杯オシャレをしてみました感が強烈に働いていて、何だか頬の筋肉が自然と綻ぶ。
自分に妹がいたらこんな気持ちになっているんだろうな~と本気でそう思った。
「どうしたカナタ?」
いつまでも固まっていた僕を怪訝そうに見たクド。
だから。
「あ、ごめん。可愛いね、その恰好」
「!」
ぼん、と。クドの頭から煙が吹き出した。
「だ、ダメだって言ったぞ! それはダメだ!」
「え」
クドが顔を真っ赤にしながら、
「かわいいとか言うんじゃない!」
「あ」
そういえばそうだった。
クドは可愛いと言われるとすごく照れるんだった。クド自身はそれが照れているということだと気が付いていないため、すごく不機嫌になる。
でも……。
すっごく可愛いんだけどなぁ。
もったいないなぁ……。
また可愛いと言って頭を撫でたくなる。飼い猫を構いたくなる飼い主の気持ちってこういうことなんだろうか。無性に。ひたすら。たまらず。そんな感じ。
と。
「こっほん」
クドの隣でわざとらしく咳をする栗栖さん。
わ、忘れてた……。
少しじとりとした目で僕を見て、栗栖さんは若干ご立腹。
「……私がいること、忘れてませんか?」
やばい。怒ってる。
ちょこんと女の子座りをしたまま、上目遣いで睨んできていた。
と。
そういえば。
僕は改めてクドと栗栖さんがどうして口論をしていたのかを思い出す。
というより。
なぜ、二人はカップケーキを持って口喧嘩をしていたのだろうか。
二人は……戦いあうような間柄、なんだよね?
だから。
「あ、あのさ」
尋ねる。
「どうして二人はカップケーキを持ってるの?」
至極当然の疑問。
僕の言葉に二人はハッとして互いを見合う。そして、
「なあ」
「あの」
ほとんど同時。二人は僕を見た。
「カナタはどっちが好きだ?」
「久遠くんはどちらがお好きですか?」
どうしよう……。意味が分からない。
ハモって尋ねられても要点を端折られると僕としては答えようがない。
「イチゴでしょ!」
と、クド。
「いいえ。久遠くんはチョコレートに決まってます!」
と、栗栖さん。
バチバチと火花を散らす二人。
「だ~! 待って待って! 一体何の話なのさ!」
いい加減それが知りたかった。僕が声を荒げると再び二人が見合う。
「決まってる」
先にクドが。
「女の子はカップケーキが大好きです。可愛らしくて、甘くて、食べれば自然と笑ってしまって、女の子を幸せにしてくれる。だからそれは決定事項なのです」
次に栗栖さんが。
「けど!!」
「けど!!」
同時に二人が叫ぶ。
「こいつが」
クドが栗栖さんを指差し、
「この吸血鬼が」
栗栖さんがクドを指差し、
「一番おいしいかっぷけーきはちょこれーとだと言って聞かないんだ!」
「一番美味しいカップケーキはイチゴのやつだと言い張って聞かないんです!」
再びハモる。
…………はい?
「カナタはイチゴだよな。イチゴと生くりーむのやつが一番好きだよなー。ぜったい、ぜーったいこっちだよな」
「は。分かってませんね。カップケーキの花形はチョコレートですよ。イチゴが好きだなんて言うのはあなたがお子様なだけですよ」
栗栖さんはクドに向かってい~、とした。
「ふん。残念なやつだな。クルースニク。かっぷけーき界においてイチゴがさいきょーだ。それ以外のかっぷけーきなんてのはな、イチゴがないときに食べる、いわば代用品だ。レモンも、マロンも、かぷちーのも。ぜんぶ、ぜーんぶイチゴには敵わない」
クドはべろべろばーと返す。
ケンカの理由。それはなんとなく分かった。
要は。
カップケーキが美味しいのは二人とも認めるが、イチゴとチョコレート。一体どっちのカップケーキのほうがより美味しいんだっていうこと。
クドは断然イチゴ派。
栗栖さんは断固としてチョコレート派。
なんていうか。
一気に脱力した。
扉越しで感じていた雰囲気からもっと殺伐としたものを想像していたから、拍子抜けと言うかなんというか。まあ……殺しあうような展開にはなりそうもなくて一安心。
「イチゴ!」
「チョコ!」
言い争う二人。
とても平和だ。平和すぎる。
どっちも美味しいじゃダメなんだろうか。ナンバーワンよりオンリーワン。どこかのアイドルもそう歌ってたじゃないか。ちょっと古いけど。
とまあ。若干平和ボケした頭で言い争う二人に、
「まあまあ」
と言い宥める。
それでも二人は論争を止めない。
と。
うん?
何かが頭の中で引っかかった。
あり?
思考が二人のケンカを止めることより、そっちの方向へと向かう。
腕を組んだ後、僕は頭を思い切り抱えた。一体、どうしたんだ!?
何が引っかかってるんだ?
な~んか、な~んか……。
大事なことをスルーしてないか?
思い出せ……。
思い出せ……自分!
「いいですか! クドラク! いい加減に認めなさい! このチョコレートこそが唯一にして最強なんです! 甘さだけはなくわずかなほろ苦さが大人の味なのです。ふっふ~ん、お子様には分かりませんか」
チョコレートのカップケーキのよさを力説する栗栖さん。
「ちがう。たっぷりの甘さとイチゴの甘酸っぱさが織り成すハーモニーが一番よい! クルースニクはそこのところを分かってない。確かにちょこれーとのほろ苦さも悪くない。それは認める。だけど……だけど。イチゴの甘酸っぱいあの感じはちょこれーとじゃ出せない。その点、イチゴは口の中いっぱいに広がる甘酸っぱさで一口食べるだけで幸せになれるんだ!」
イチゴのカップケーキのよさを力説するクド。
口論は未だ平行線。
部屋の中で不毛に言い争う二人。
一方、僕はというと。
ようやく思い出す。
「あ、そうか……」
カップケーキ論争を続けている二人を見やって、小さく呟く。
「クドラクに……クルースニク……」
その言葉。どこかで聞き覚えがあった。
それは。
あの夜。
僕が初めてクドと出逢ったあの日。
「そうだ……」
声がわずかに掠れる。だけど、仕方ない。だって完全に思い出したから。僕が引っかかっていた点。それは二人が思わず口走った名前。
クドラクにクルースニク。
「あ、あー!!」
立ち上がりざまに叫んだ。二人がきょとんとして僕を見た。
「あの刀の女の子って栗栖さんだったのか!」
僕は見ていたんだ。この二人の戦いを。
ただの夢だと思っていた光景。
それが今、ばっちり合わさる……。




