040 クドラクとクルースニクと許嫁と
クドラクとの戦いに負けた梨紅は屋上で一人、昔の夢を見ていたようだ。どうやらあのまま気絶してしまったらしい。
耳を澄ますと学校の中に喧噪が戻っていた。クドラクが張った結界が解かれたようだ。クドラクの姿はもうどこにも見えない。逃げられた。
いや。
見逃された。
そう考えるのが自然か。
クドラクは本当にクルースニクとの決着を拒んでいる。
その証拠に梨紅を攻撃しなかった。たったの一度も。
今思えば。
反撃のチャンスなんていくらでもあったはずなのに。
自分が攻撃をされている時も。攻撃の手を緩めた時にでも!
反撃することぐらい容易だったはず。
「!」
梨紅はカッと目を見開いた。手を上に差し伸ばす。自分は甘言に拐かされる訳にはいかない。
戦わずに済めば。
彼を巻き込まないで済むのなら。
それに越したことはない。
手を開いて、また閉じる。
彼女にとって、クドラクとの決着は通過点に過ぎない。
クルースニクの宿命からは逃れられない。ならば。
戦う。
空を睨みつける。どうしてこうも自分は普通な平凡な人生を歩めないのだろう。つくづく恨む。心の中で舌打ちをして、
「……私だって。知るもんか」
あの吸血鬼と同じような苦言。
梨紅は唇を噛みしめ、手のひらに霊力を集め、空を見上げた。それから精一杯声を張り上げる。
「知るもんか!」
大声でストレスを発散。
とにかくイライラしていた。自分に情けをかけた吸血鬼のことも。自分の弱さも。そして何より。
久遠くんが自分のことを忘れているということが!
昔の夢を見て、やはりと確信した。あの夢で自分を助けてくれた男の子は自分のことを“くおんかなた”と言っていた。
それは、つまり。
久遠かなたということではないのか。
手のひらに集めていた霊力を散らす。
どうして久遠くんは自分のことを覚えていないのだろう。
梨紅の頭はすでに宿敵クドラクよりも、そっちにシフトチェンジしていた。
自分はこのことを覚えていたのに、この学校に入学したのだって久遠くんがこの学校に入学するという情報を得たからである。なのに彼と来たら、入学式で、
“初対面だよね。これからよろしくね”
と、来たもんだ。
そりゃ、怒る。
誰だって膨れるに決まってる。
せっかく。
あの日の約束の日までもう少しなのに……。
どうして目の前に宿敵が現れてしまったのだろう。
つくづく運がない。
だけど、これを好機と思うことにしよう。
二つの問題を一挙に解決出来るのだ。
一つはもちろん、クドラクとの決着。
そして、もう一つ。それは。
と、梨紅がスカートのポケットに手を入れた瞬間、
「栗栖さん!」
バーン! と屋上の扉が開け放たれ、そこに彼が登場した。
額に汗を流し、血相変えて、とても怖い顔で。
けれど。
とても優しい、梨紅の最も好きな顔で。




