第九十四話:問題発覚
あれから二日が過ぎた。
目の前で眠るアデリシアの呼吸は大分落ち着いたものとなり、何とか峠は越えたように見える。
俺は水で濡らしたタオルで彼女の頬や額の汗を拭いてやると、少し湿らせたスポンジのような布に飲料用の水を含ませて彼女の唇に押し当てる。
コクコクと僅かに喉が動くのを確かめると、俺は少しでも涼しくなるように僅かに濡れたタオルを彼女の額と首筋に当てやる。
「……情けないな。俺にはこいつ等に先生なんて呼んでもらえる資格は無いよ」
俺はアデリシアの少し血色が良くなってきた顔を眺めながらポツリと呟く。
『あまり落ち込む出ない。あの場面でお主の取った行動は決して間違えでは無い。寧ろ冷静に戦場を把握しておったこの娘の方が優秀過ぎるだけじゃ。恐らくこの娘は普通の人生を歩んでおらんのじゃろうな』
思えば、アデリシアは常に俺が望む動きをしてくれた。言いかえれば俺の行動を予測して補佐してくれていたのだ。
「はははっ。所詮俺は素人だって事だな……」
俺は乾いた笑い声をあげると胡坐をかいたまま頭を下げて溜息をつく。
アデリシアが指揮を執っていた方がもっと上手く事が運んだのかも知れない。そうしていれば、もっと多くの人間を助ける事も出来たかも知れないし、この娘が大怪我をする事も無かったかも知れない……。
『かも知れない、かも知れない等と考えても意味はあるまい。あの時の指示は決して間違ってはおらんかったと我は思うぞ。こやつ等とて素直に聞いておったではないか。もし間違えた事を言っておれば、この娘がハッキリとお主に指摘しておったじゃろう。シッカリせんか主様よ。反省をしたなら、同じ事を繰り返さなければ良いのじゃ』
シェルファニールの言う通りだとは俺も思っている。だが、どうしてもそう割り切れないのだ。
知識はある。だが所詮は本で読んだ知識だ。咄嗟の判断に活かせないのなら意味が無い。そんな物はただの頭でっかちなだけだ。
俺は再び苦しそうにしているアデリシアの額に湧き出る汗を拭いてやりながら思い悩む。
『……怖くなったのか? 主様よ』
シェルファニールが痛い所を突いてくる。
そう。俺はアデリシアを失いそうになって初めて仲間を失う怖さを実感したのだ。
「なあ、シェルファニール。アデリシアが撃たれた時……。俺はあの後の記憶が無いんだが……」
気が付いた時、俺はアデリシアの傍で必死に名前を叫んでいた。
だが、その間の記憶が全くないのだ。
聞けば、俺は強大な魔法で敵を吹き飛ばしたそうだが……。
「あの時、俺にそんな余力は無かったはずだ……。俺はどうやって……」
「うぅぅん……」
話の途中でアデリシアが呻き声を上げて、その目が薄らと開いて行く。
「気が付いたか? アデリシア」
俺はシェルファニールとの話を切り上げて彼女の顔を覗き込む。
「こ……、ここは……」
「ここはテントの中だよ。お前が倒れてからテントを張ってずっとここで看病していたんだ」
俺の言葉を聞いてある程度状況を把握出来たのだろう。納得した様子で彼女は周囲を見渡す。
「他の皆は?」
「ああ。ロイとアリアは食料や医薬品を補充する為にエルドリアへと向かってもらったよ。ロゼッタは俺と交代で今は周囲の見張りに出てもらっている。あと助けたリベリアって女は死んだ騎士達の墓へと行っているよ」
俺が現状を説明してやると、彼女は俺の事をジッと見つめたあと何故か泣きまねをする。
「? どうした?」
「ここには私と先生の二人きりなんですね……。そっか……。私、もうお嫁に行けない体にされたんですね……」
「されてねぇよ! お前の中で俺はどんだけ鬼畜なんだよ!」
俺の突っ込みにクスクスと笑うアデリシア。
「まったく……。そんな冗談が言えるならもう大丈夫そうだな」
「ええ。体の怠さはまだ取れてませんが、後少し休ませて貰えれば歩けるぐらいにはなりますわ」
そう言うとアデリシアはまた俺の事をジッと見つめてくる。
「どちらかと言うと、大丈夫じゃ無いのは先生の方見たいですね?」
アデリシアのその一言に俺は言葉を詰まらせてしまう。
そんなに解り易いほど落ち込んだ顔をしていたのだろうか……。
「「あの時俺が正しい選択をしていれば」とか「俺が指揮をしなければもしかしたら」とか「俺は愛しいアデリシアを失う事に耐えられない」とかそんな事考えていたんじゃありませんの?」
「あー、まあ最後を除いて概ねその通りなんだが……。お前心を読めるのか?」
シェルファニールとの会話は声に出してなかったはずなんだが……。
「もう。先生は本当にダメダメのダメオさんですわね。あれですか? やっぱり私にキンタ〇握りつぶして欲しいからそんなにダメオさんなんですか? 良いですわよ。私もそういうの嫌いではありませんし……」
「やめて、お願いだから女の子がそう言う言葉使わないで。あと嫌いでないとかも怖すぎるから止めてくれ」
俺の言葉が終わらないうちに、アデリシアはゆっくりと体を起こそうとするので、俺はすぐに彼女の背中を支えてやる。
すると彼女は俺の両頬に自身の両手をパンッ! と当てて俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「言っておきます! 私、つまらない男を先生なんて呼んだりしませんし、言う事だって聞きませんわ! それと、この怪我は私のミスです。私、自分のミスを先生に背負わせようなんてする悪女ではありませんわ!」
「だが……。あの時、正しい判断が出来たのはお前で……」
「確かに狙われる優先順位は私の方が正しく理解していたかも知れません。ですが、あの場面で一番守られるべきは回復魔法を使える私ですわ。先生は自身と私を守る為に行動されていました。それは行動として一番正しいものでしたわ。あの時、あの女騎士さんが撃たれていたとしても、私なら回復させる事が出来た可能性が高いですし、先生が無事であれば、敵から二撃目が来る心配も無かったでしょう。ですが、私は焦ってしまって思わず彼女を突き飛ばして自分が撃たれるという最悪の結果を選んでしまいました」
戦場において一番に守られるべきは回復魔法の使い手であり、俺の判断は決して間違えていなかったとアデリシアが言ってくれる。
だが、俺は回復役だからではなく、単純に仲間を優先しただけなのだが……。いや、これ以上はやめておこう。アデリシアが俺を励ましてくれているんだから、俺はそれを素直に受け止めよう。
「有難う、アデリシア。そう言ってもらえると心が軽くなるよ……」
俺は素直に礼を言う。
その後、彼女が少し疲れた様子を見せたので、すぐさま体を横にさせる。
「食欲はあるか? スープか何かを作って来るが」
「それよりも、汗で体が気持ち悪いですわ……」
そう言ってアデリシアは人差し指で寝間着の胸元を少し引っ張る。
俺はつい、その大きく開かれた箇所を凝視してしまう。
し、しまった! まさかこんなトラップに引っ掛かるとは……。
案の定、ワザとハニートラップを仕掛けてきたアデリシアは俺のそんな様子をニヤニヤと見つめていた。
「まあ、何だ。アデリシアさん」
「はい? なんですかおっぱい大好き先生?」
あ、そのあだ名、久しぶりだな。うん。もう否定しないよ、俺……。
「実は、今お前さんが来てる寝間着は結構薄いから、汗で透けまくってるんだよね。だから、チラ見せよりもずっとエロい事になってるんだけど……、気づいてる?」
「なぁっ」
俺の言葉にアデリシアは自分の格好を見て、顔を真っ赤にさせる。
「さ、さ、最低! 最低! 最低ですわぁぁぁぁぁ! このエロ教師ぃぃぃぃ!」
アデリシアが真っ赤な顔で叫びながら周囲のタオルやら何やらを俺にぶつけてくる。
俺はそれに追われるようにテントの外に逃げ出すと、ちょうど出た所でロゼッタと出会う。
「……何やったんです? 怪我人を怒らせてどうするんですか?」
ロゼッタが非難の目で見てくる。
「すまん。人としては最低な事を言った……。だが男としては後悔していない。アデリシアにはご馳走様でしたと言っておいてくれ」
俺の言葉にロゼッタは大きく溜息をつくと、後の事は私に任せてくれと言って来る。
俺は食事と彼女の体を拭いてあげてくれと頼むとテントを離れて、昨日の戦闘があった場所へと足を運んだ。
そこは既に死体の埋葬も終わって、大きなクレーターのような穴がある以外は何の変哲もない砂漠の景色になっていた。
俺はそのクレーターの脇に立ち、穴の底を覗き込みながら戦闘時の事を思い返す。
だが、どうしてもあの時の事が思い出せない。
「なあ、シェルファニール。この穴を俺が開けたって本当なのか? あの時の俺にそんな力が残っていたのか?」
俺は中断していた話の続きを再開する。
『…………』
「シェルファニール?」
『……そうじゃな。話しておいた方がよいじゃろうな……』
「どういう事だ?」
『良いか、主様よ。まず今から話す事は我の推測も含まれる事を覚えておいてくれ』
シェルファニールがそう前置きをする。
なんだそれは……。正直聞くのが怖いんだが……。
『我はお主が初めての契約者じゃ。じゃから契約に関しては見聞きした知識しか無かったので、今まで気づかなかったのじゃが……』
シェルファニールが若干言い難そうにしている。
なんだ、契約に何か問題があったという事なのか?
『契約でお主と繋がった事で、そのぉ……、我の性質というか本質というか、そう言った物がどうもお主に影響を与えておると言うか、混ざり込んでいるというか……』
「なんだ? お前の性質とか本質が混ざってる? それってどういう物なんだ?」
『我と言うより魔族のと言った方が良いかも知れんが、その性質、本質は破壊と殺戮じゃ。戦いを好むと言っても良いかも知れんがのぉ……』
破壊と殺戮って……。
「い、いや。ちょっとまってくれ。お前そんな素振り見せた事一度も無いだろ? それを性質とか本質って信じられんのだが?」
『うむ。確かに我の表面にはあまり出てきた事は無いじゃろうな。じゃが、我の内面にはやはり魔族特有のそういった物があるのじゃよ。大体、我はいつも戦いを楽しんでおるではないか。』
いや、確かにバトってる時のシェルファニールはメチャメチャ楽しそうなのは知っているが……。
『その影響がどうもお主の心に出ておるようじゃ』
「俺の心に? いや、そんな事は無いだろう。俺は昔の俺と何も変わらないはずだ……」
『お主。自分が平気で人を殺せる事を不思議には思わんのか? お主のいた現実世界で、お主は人を殺した事があるのか?』
「い、いや……。だが、それは俺の失われた記憶の影響で……」
そう。失った記憶の中で、俺は人を殺した事があり、それが今の俺に影響を与えているとか……。
『うむ。確かに初めは我もそう思っておった。記憶は無くても、体や心に刻まれた知識や経験が今のお主に影響を与えておるのじゃと……。確かにそれもあるじゃろう。じゃが、それだけでは今のお主は説明出来ん』
「それはどういう……」
『ハッキリ言えば、お主は人を殺す事に全く躊躇が無い。人も魔物も魔獣も、お主にとっては総じて敵として一括りにされておる。魔人の我が言うのも変な話じゃが、いかに経験があろうとも、今のお主のように躊躇なく敵として殺せるのは人として歪んでおるよ。そしてその歪みは間違いなく我の性質に影響されておる事が原因じゃろうな』
「俺が……、歪んでいる……、だと……」
だが、確かに俺は人を殺す事に……、いや、それは違う。あくまで敵を殺す事には躊躇していないだけで……。いや、だが敵も人であって……。そうだ、俺はいつから人と敵を区別するようになった? 敵であっても人である事に変わりは無い……。言われれば、俺は人であっても敵であればそれを人と認識していないような気が……。
『まあ、その点については寧ろ良い点であろう。確かに歪んではいるが、この世界で生きるにはそれぐらいが良い。変に躊躇すれば自身か仲間の命を危険に晒す事だって考えられるのだからのぉ』
シェルファニールが身も蓋も無い事を言っているが、確かに言われてみればその通りだろう。先日の暗殺者との戦いでも、もし俺が何かしら躊躇するような事があれば下手をすれば此方が死んでいたかも知れないのだ。
「……ああ。確かにそうかも知れないな。だが、他にまだ問題があるんじゃないか? でなければこの話をする必要は無いよな?」
『うむ……。普段の状態であれば、この件は良い点なのじゃが……』
普段の状態なら良い点? という事は普段じゃない状態だと悪い点になると言いたいのか? だがそれはいったいどういう意味なんだ?
『まあ、そのぉ……。これも我の性質の影響じゃと思うのだが、どうもお主の一部の感情に対するリミッターというのか理性というのか……。そう言った物も無くしてしまったみたいで……。いや、寧ろ増幅させておってのぉ……』
「なんだ、歯切れが悪いな? 一部の感情って何だよ?」
『怒りや憎しみといった負の感情じゃ。お主、今回の件で記憶が無いといっておるじゃろ? それは怒りと憎しみでお主の感情が全て塗り替えられたからじゃよ』
それって……、かなりヤバい事なんじゃないのか……。
『いやぁー。さすがにあれは怖かったのぉ。我が魔人でなければ絶対にチビっておったぞ。怒りとか憎しみとか、あと殺意もあったかのぉ……。もうどんどん湧き上がる湧き上がる。あれはもう人とは呼べん状態まであと一歩という所じゃったなぁ。かっかっか!』
「かっかっか! じゃねぇだろ! それマジであかん状態やないか」
『うむ。しかも、ここでこのクレーターの話になるのじゃが……。あの状態の時はどうも代償が別の物になっておるようなのじゃ』
「代償が別の物? 何だっていうんだ?」
『これが困った事に解らんのじゃよ』
「解らないって……。何で? お前が力を貸してくれてるんじゃないのか?」
『それなんじゃがのぉ。普段の状態は我が主となり、お主から体力を奪う代償に我の魔力を提供しておるんじゃが、我らの本来の契約はお主が主で我は従という契約になっておるんじゃ。そしてあの状態になると、お主は我を無理やり従属させて力を強引に引き出しおるのじゃ。じゃから、我はただお主に力を奪われるだけの状態になってしまってのぉ……』
「な、なら何も代償無しで使っているとか……」
『残念じゃが、それはあり得んのじゃ。如何にお主が主であっても必ず我の力を使うには代償が必要じゃ。じゃから、あの状態の時は体力以外の何かを必ず代価として支払っておるはずじゃ』
「何を……、その時俺は何を支払ってるんだ……」
恐ろしさに震えが出そうになる。
体力のように回復するようなものであればいい。だが、もし一度失えば戻ってこない物を代償にしていれば……。
『……これは我の推測なのじゃが、恐らくお主は感情を代償にしておるのではないかのぉ』
「感情? 殺意とか憎しみとかを?」
『いや、それであれば良いのじゃが。あの時の様子から考えるとそれ以外の物であろうのぉ……』
くっ、増幅されて無駄に湧き上がってくる感情を使ってくれればデメリット無しで力使い放題だったのに……。
「それでシェルファニール。対策とかはあるのか? そうだ! 剣を手放せばいいんじゃないか?」
『無駄じゃよ。元々この剣は契約者の負担軽減の為のリミッター見たいな物なんじゃ。普段の状態であれば、剣を捨てればお主への魔力供給は無くなる。じゃがそれはあくまで我が主であるからなのじゃ。我がそう調整しておるからに過ぎん。お主が主となれば、我はお主に望まれるまま力を貸し続けなければならん。ならば契約その物を切ればいい話なのじゃが、そうするには不可能な程、我らの結びつきは強くなってしまっておる。最早お主が死ぬまで……、いやもしかしたらお主が死んでも我らの契約は切れぬやもしれんのぉ……。こうなると、もう頑張って感情を制御せよとしか言えぬ』
感情を制御か……。出来るのか?
『……我と契約した事を後悔するか?』
シェルファニールが少し不安げに問うてくる。
「お前の方こそどうなんだ? こんないつ破壊と殺戮をまき散らすか解らない人間と契約して……」
『我は構わんぞ? お主がどう変わっても、我はお主の傍らにおる。もしお主が世界を滅ぼしたいと言うのなら、我も世界を滅ぼしてやろう。それぐらいの覚悟は当に決めておるわ』
「そうか……。なら何の問題も無いな。お前が後悔していないのなら、俺が後悔するはずないだろ? いいさ。元々なんの力も無い俺が強い力を得るんだ。代償がデカいのは当たり前の事だよ。それに前向きに考えれば、ある意味奥の手が出来たって事だよな? 良いじゃねぇか。最高だよそれ。いざとなったら怒りでパワーアップとかヒーロー物ならよくある話だよね」
俺の答えを気に入ったのか、シェルファニールが大笑いしている。
生きるのも滅ぶのも共に……。こいつがそこまで覚悟を決めてくれているなら、俺はもう迷いも恐れもしない。
『くっくっく。良いな。前向きな発想は我も好きじゃ。うむ、悩む事などなかったのぉ。正直不安じゃったんじゃ。もしかしたらお主がこれを知って後悔するのでは無いかとのぉ……』
成程。だからあんなに言い難そうにしてたのか……。
まあ、確かに。どんな感情を失うのかが解らないというのは怖いな……。
「例えばどんな感情を持って行かれてるんだろうなぁ……。要らない感情とかだといいんだけどな?」
『そうじゃなぁ……。例えば女を愛する感情とかはどうじゃ?』
「いや、それいるから。絶対いるから」
『じゃが、女を愛せなくても世の中にはもう一つ性別があるじゃろ? そっちを愛せるのじゃからまあ変わりがあると言えるではないか?』
うほっ!
「怖い事言うな! 絶対無理、無理だから。お前BL舐めてるだろ。言っとくけどリアルBLはただのグロだからな! そんなもんに耐えれる訳ないだろ!」
『くっくっく。じゃが、その感情が無くなれば、無理という気持ちも無くなるじゃろ? ほれ、何の問題もあるまい』
「てめぇ……。解除。やっぱり契約解除だ。そんな怖い未来を迎えるぐらいならお前と契約を切るぞ俺は!」
頭を抱えて振り回しながら必死に、やらないか? の残像を消そうとする俺と、それを楽しそうに笑いながら見ているシェルファニール。
と、そこに一人の女性が俺の傍に近づいて来た。
「え、えっと……。お取込み中?」
俺の奇行に少し引き気味の表情をしている女性。
「いや。問題無い。君を見て、いい女に欲情できる自分を再認識してホッとしたよ。有難う」
「えっと……。御免なさい。今まで生きて来て、そんな返答された事が無いからどう答えていいのか……。少し混乱してしまって……」
「気にしないでくれ。俺も混乱してよく解らん事を言っている。寧ろ君が混乱するのは正しい対応だ」
「そ、そう……。やっぱり後にしましょうか?」
少々からかい過ぎたか。奇行を見られた照れ隠しでもあったのだが、やり過ぎたかもしれない。
この人はどうも真面目すぎる感じがする。
「いや、大丈夫だよ。何か用かいリベリアさん?」
俺は近づいて来た女性、リベリアさんを見つめる。
リベリアさんは腰まで伸びた長い茶色の髪をした細身で小柄な女性だ。年の頃は二十代前半と言った所か? 青いインナーの上に白い鎧を着ている姿はとても凛とした雰囲気を醸し出している。
「改めて貴方にお礼を言いたくて。助けてくれて有難うございました。それと、大切なお仲間さんを危険な目に遭わせてしまって御免なさい」
リベリアさんが深々と頭を下げてくる。
そう言えば、彼女を助けてからお互い自己紹介で名前を名乗り合ったぐらいでその後殆ど何も話していなかったな……。
アデリシアの事で頭が一杯で、彼女の事をまったく気にしていなかったのだ。
『お主は優しくする者とそうでない者の差が激しいのぉ……』
シェルファニールが耳に痛い事を言ってくる。
いや、しょうがないって。俺も結構落ち込んでたし、心配だったし……。
「いや、こちらこそ。結局あんた一人しか助ける事が出来なかった」
俺も彼女に頭を下げる。
「頭を上げて下さい。そもそも、貴方達が来て下さっただけで十分です。何の関係も無い私たちに力を貸して下さって有難うございます」
そんな俺を見てリベリアさんは両手を振って申し訳なさそうな表情をする。
「それで、リベリアさんはこれからどうするつもりですか?」
「はい。それなんですが、ロゼッタさんに聞いたのですが皆さんはベルゼムに向かっているそうですね。もし宜しければ、私もそこまで同行させてもらえないでしょうか? 狙われる身の私を同行させる事に不安はあるでしょうが、そこまでであれば新たな敵に襲われる危険も少ないと思います。情けない話ですが、私一人ではこの砂漠を越える事が出来ません。何とかお願いできませんか? もちろんお礼は出来る限りさせて頂きます」
リベリアさんはある意味予想通りの事を言ってくる。
「ああ、それはもちろん構わないが、狙われる理由を話してもらえるか?」
「それは……。知れば皆さんも危険に巻き込む事に……」
リベリアさんは少し俯くと小さく呟く。
「いや。もう遅い。あんたを助けた時点で俺達は巻き込まれているよ。敵は訓練された連中だった。であれば、戦闘を遠くから見ている者がいた可能性が高い。あんたが生きている事も俺達が邪魔した事もすでに情報が行っていると考えた方がいいだろうな」
あくまで推測だが、こういう事は最悪を想定していた方が良いと俺は考えている。それに、この可能性は極めて高いだろう。ロイやアリアにもこの点は十分に注意するように伝えて送り出したのだ。本当は別行動を取らせたくは無かったのだが……。
俺の言葉を聞いてリベリアさんは少しショックを受けている。
「申し訳ありません。そこまで考えが及ばず……」
「あくまで最悪の想定だけど、慎重に行動するに越した事はない。だから、今後の事を考える意味でもそちらの事情を知っておきたいんだ。話して貰えるかな?」
俺の言葉にリベリアさんがハイと頷く。
ちょうどその時、ロゼッタが夕食の支度が出来たと俺達を呼ぶ声が聞こえてくる。見るとロゼッタの後ろにロイやアリアの姿も見える。どうやら無事に戻ってきてくれたようだ。
「どうせなら皆がいる所で話して貰うよ。取り敢えず飯にしようか」
俺はそう言うと、彼女を連れてテントに戻る事にした。




