2、『山あらし』
素人小説4作目第2話です。
それでは、よろしくお願いします。
講義が終わった。
あとは家に帰れば無事大学初日は乗り切れる。
…はずだったのに。
いぶきは不本意ながら、新入生歓迎会なるものに来ていた。
酒が入ったであろう先輩たちとそれに乗じて盛り上がる同級生たちが騒いでいる。
会が始まってからかなり経っているはずなのに、彼らの盛り上がりは冷める気配を見せていなかった。
なんでこんな会に参加してしまったのだろうか。
ここにはいぶきの居場所なんてないし、そもそも彼女は居場所を必要としないのに。
きっかけは、講義が終わった直後に話しかけてきた名も知らない人だった。
◇◇◇◇
「あの〜、すみません!ちょっといいですか?」
「…はい、何でしょうか」
講義が終わって帰りの支度をしていたいぶきに、見知らぬ人が声をかけた。
「今日の18時から新入生歓迎会やるらしいんですけど、一緒にどうですか?」
新入生歓迎会。
新入生が交友関係を広げるためにこぞって参加する飲み会。
それはいぶきにとって不必要極まりないものだった。
これは何かしらの理由をつけて「すみません、今日は予定があって」と断る他ない。
いざそのことを伝えようとしたその時、一つの不安が頭をよぎった。
──ここでもし私が断ったら、目の前の彼女はどう思うだろうか。
「付き合いが悪いやつ」だとか、「スカしてる嫌なやつ」などと思われてしまわないだろうか。
もしそう思われるのだとしたら、裏で悪口を言い出すだろうか。また、あの時みたいに──。
「あ、えっと…」
「もしかして予定あります…?無理しなくていいんですよ?」
向けられた無意識の優しさに、「予定があって」という言葉すら喉がキュッとなってしまい声が出せない。
断ることで生まれるかもしれない「摩擦」が、今のいぶきには何よりも恐ろしく感じられた。
ともかく、いつまでも挙動不審になるわけにもいかない。波風を立てずに、その場をやり過ごすには──。
「…あ、いや…大丈夫、です。行きます、歓迎会」
これ以上自分が傷付かないためにも、いぶきは想定される中で最悪の選択をせざるを得なかった。
==========
─いぶきは居酒屋の隅の方で小さくなっていた。
遠くで集団が騒いでいるのを横目に、刺身を口に放り込んでいく。
何故そんなにも長時間話すことがあるのだろうか。疑問でしかなかった。
しかも、いぶきをパーティに誘った人は、義務感から誘った人の事なんか忘れてあの集団に混ざり、騒いでいた。
こんなにも居心地が悪いところは久しぶりだ。
しかし来てしまった事実はもう変えようがない。いぶきはなんとかポジティブに捉えようとした結果、今回はあくまで食事に来たという結論に行き着いたのだった。
─よし。隙を見て帰ろう。
そう思ってバッグを手元に置いた、その時だった。
「隣いい?」
「あ、あぁ…うん…」
どうしてこんな時に限って放っておいてくれないのだろうか。
いぶきは一貫して余計な関わりを作りたくない。しかし、無視して目立つのも嫌なので、当たり障りなく返そうと返事をする。
隣に座ってきた少女は、遠くの集団を眺めながらしみじみ呟いた。
「みんな友達とか、彼氏彼女作りに必死すぎだよね。…私は…もっと静かな方が好きだな」
「そう、です、ね…わ、私もです…」
急に現れた会話相手。いきなりすぎていぶきは距離感を測りかねていた。
その困惑が態度に出てしまっていたのだろうか。
いぶきがそう返した瞬間、目の前の少女の笑顔が一瞬ぎこちなくなり、どこか寂しそうに俯いてしまった。
いぶきは察する。
やってしまった。
関係を作りたくないあまり、会話が雑になりすぎてしまった。
もし相手の子は私と話したくて話しかけてきたのだとしたら。
── 『本当は、ずっと一人ぼっちの北山が可哀想で放っておけなかったんだ』
思い出したくもない、過去の傷が疼く。いぶきは息が詰まりそうになる。
やはり、最初から他人なんかと関わるべきではなかったのだろうか。
しばらく沈黙が流れる。目の前の彼女はそれを申し訳なく思ったのか、拳をギュッと握ってもう一度切り出す。
「ごめんね、変なこと言って。…そういえば、サークルってもう決めた?」
「サークル…それは絶対やらなきゃなんですか…?」
「いや、絶対って訳じゃないけど…私が入ろうと思ってるサークル、1人で入るのはちょっと緊張しちゃってね。…あ、そうだ!サークルまだなら、明日とか見学一緒にどう?」
…何故、私なんだろう。私の代わりなどいくらでもいるというのに。
正直、グイグイくる人は苦手だ。
距離感が近すぎなければいいとかではなくて、単に人との繋がりが無駄だというのがいぶきの考えで、目の前の彼女はその最たる例だった。
とはいえ、面と向かって拒絶する訳にもいかない。
もし拒絶した場合、どんな状況になるかなんて分かり切っていた。
軋轢が生む惨状は身をもって経験しているつもりだ。
つい最近、もう二度と同じ轍は踏まないと誓ったばかりなのだ。
だから。
「…あ、明日ですよね…?分かりまし、た」
「いいの!?やった〜!」
このパーティに誘われた時と同じく、不本意ながらも行くことになってしまった。
…嘆いていても仕方ない。流れに抗う事を半ば諦め、もうどうにでもなれと思ってしまっていたいぶきだった。
「…本当に勝手に帰っちゃって良かったんですかね…?」
「すごい人数いるんだし、2人くらいいなくなっても分からないって!」
ニッと笑って見せたその子は、いぶきにとってとても遠く感じられた。
今、隣にいるはずなのに。
─やっぱり、私とは住む世界が違うんだな。
この子はこれまで、その持ち前の優しさで色んな人と接してきたはずだ。
その中に、私みたいな人間が果たしていたのだろうか。
だが、もし、もしの話だ。
この子が私のことを特別な目で、周りとは違った扱いをしているのだとしたら。
── 『本当は、ずっと一人ぼっちの北山が可哀想で放っておけなかったんだ』
やっぱり、他人は何を考えているか分からない。だからこそ、怖かった。
この子には申し訳ないが、今日明日だけの関係だから─
「そういえば、連絡先交換しない?」
「…えっ?」
「ほら、お互い持ってた方が便利だから。そっちコード読んでくれる?」
そう言っていぶきに二次元コードを見せてきた。この流れ、またしても回避できない。
言われるままに、いぶきはスマホをかざした。
「…涼夏さん…」
「お…、きたきた。いぶきちゃんね。…あ、そういえば!…いぶきちゃん、新入生だよね?」
「…あ、はい、一応」
「なら同い年じゃん!もぅ、どうして言ってくれないのよ〜!」
「…」
「そうとなれば、敬語はなし!私堅苦しいの嫌いだし!…いぶき、よろしくね!」
「…涼夏さん」
「固いな〜!すずちゃんって呼んでくれても良いんだよ〜?」
…この眩しすぎて直視できないオーラ。「距離感」という言葉を知らないような立ち回り。
全くの別人だって分かっていても、性別すら違うと分かっていても、どうしても。
どうしても、重ねずにはいられなかった。
──いぶきは、涼夏に福田の幻影を見ていた。
「それじゃ、私こっちだから。…いぶき、また明日っ!」
「…はい、また」
涼夏と別れた。
どうして、こうもうまくいかないのだろうか。
明日以降、彼女とどう関わっていこうか。
…これはしばらく悩まされそうだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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