1、『プロローグ:思い出したくない過去』
素人小説4作目です。
短編で書こうとしてたら思ったよりも長くなっちゃったので、連載での投稿です。
一応別の長編の箸休めで書いたつもりなんですけどね…
ピピピピ…。
スマホのアラーム音が、起床時刻を告げている。
重い瞼を薄く開け、スマホを手の感覚で探す。
なんだか、今日はよく眠れなかった。
ピピピピッ。
アラーム音は、未だうるさく鳴り続けている。
まったく、昨日の自分はどこに置いて寝たのか。
昨日の自分に若干の苛立ちを覚えていたところ、手に硬い感触があった。
…ようやくアラームを止めた。
いつもならここから二度寝といきたいところだが、それは許されない。
なぜなら今日は、いや今日からは、大学生としての生活が始まる。
今日は大学に入学してから初めて講義のある日。遅れる訳にはいかない。
「はぁ……」
重い体を起こし、未だ眠気の残る瞼を擦りつつ部屋のカーテンを開ける。
朝の白い日差しが部屋全体に広がった。
その眩しさに目を細め、深刻なため息をつく。
思わずため息をつくほどこうも大学に通うことが億劫に感じられるのは、彼女、北山いぶきの過去に原因があった。
元々、彼女は小学生の頃から1人でいることを好んでいた。
そうすれば、誰のことも気にせず自分のことだけを考えられる。それが、彼女にとって上手く生きていくための手段だった。
小・中学生のときは周りが配慮したのか単に気にされてなかったのかは分からないが、上手く乗り切ることが出来ていた。しかし、人という生き物は多様性があって、時間と共に成長していくものだ。
─「多様性」。
人と人の違いを良くも悪くもこの一言で片付けてしまう、魔法のような言葉だが、この魔法の言葉が、彼女の人生を大きく左右してしまったのだった。
人には色々なタイプがいる。
これは生きていれば誰もが感じる当たり前の事だ。
これこそ「多様性」だが、これにいぶきは良い印象を持っていない。
その原因は、高校3年生だった彼女が偶然成り行きで話すようになったある男子にあった。
◇◇◇◇
「…北山さんってさ、いっつも1人で本読んでるよね」
昼休みになって教室が一気に騒がしくなる中、いぶきは急に話しかけられ、硬直する。
いぶきが向かおうとしていたのは、教室から少し離れたところにある屋上へつながる階段だった。
そこは人通りがほぼ無く静かで、彼女だけのお気に入りの場所だ。
そこで急に話しかけてきたのは…話しかけてきたのは…誰だ、この人。
本当に同じクラスにこんな人いただろうか。
「あ、ええっと…」
「あぁ、急にごめんね。気になっちゃったから、つい」
「あぁ…、えっと、そうじゃなくて、いやそれもそうなんですけど…」
「ふふ、そんなに焦らなくても良いのに…。一つずつ聞くよ」
慌てふためくいぶきに、優しさを向ける目の前の男子。
それにしてもこの人、どこかで見たことあるような気がする。
「えっと、ふ、福田さん、ですよね?」
「お、正解。よく分かったね」
「…私のこと何だと思ってるんですか…」
「ほら、北山さんってずっと1人でいるし、他人に興味がないのかな〜って」
実際、この男、福田の認識は正しかった。
彼女は自分の世界の閉じこもるあまりクラスメイトの顔や名前が曖昧で、この男が福田ということを当てたのも偶然にすぎなかった。
急に話しかけてきて、いきなり核心を突く発言をする福田…何が目的かさっぱり分からない。
「…まぁ、合ってないこともないです、かね?」
「なんで疑問形なの?」
ぎこちなく答えたいぶきに対しそう笑った福田だったが、急に何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、北山さんお昼邪魔しちゃったよね?ごめんね!こっちも友達とお昼の約束してるの忘れてた!それじゃ!」
「あ…」
行ってしまった。
結局何が目的か分からずじまいだった。
彼のようないわゆる陽の人間と会話するのは非常に疲れるものだと、いぶきは改めて身をもって感じたのだった。
それ以降、福田はよくいぶきに話しかけてくるようになった。
正直なところ、あまり歓迎できないことだが下手に拒否して関係を拗らせるよりかはマシなので適当に流すことにしている。
ちなみにこれは後で聞いた話だが、福田は学年で1、2を争うモテ男らしい。
…嫌な予感がしてきた。
変な噂が立たないと良いが。
それから何事もなく数ヶ月経った。朝学校に着いて教室に入ると、視界の隅に福田が映った。
見たところ彼はクラスの陽キャ女子の集団に囲まれているようだ。
詰められている福田を横目に、いぶきは何も見なかった顔をして席に着く。
何を話しているかは興味がないが、彼はいぶきを見つけると助けを求めるような目をこちらに向けていた。
もちろん、ここで自分が助けに入ったところで何か変わるはずもなく、むしろ面倒な事態になりそうなので介入はしない。
いぶきが席に着いて間も無く、福田の周りにいた集団は散り散りになった。
よほど精神を削られたのだろう。心なしか、彼が前よりげっそりしているように見えた。
昼休み、いぶきはいつもの階段に移動していた。いつも通り、何の変哲もない昼食の時間だ。
─彼を除けば。
「…何でいるの?」
「え、だめだった?」
「だめ、じゃないけど…」
「けど、何?」
「ここにいて良いの?…その、見られたりとかしたら」
「それは大丈夫だと思うな。だってここ屋上の施錠以外で人通らないでしょ?そもそも屋上は立ち入り禁止な訳だし」
「え、そうなの、かな…」
当たり障りのない返答を繰り返すいぶきに、福田はいつもと変わらないどこか同情のこもった声で続ける。
「そうだよ。だからそこは大丈夫。…そういえば、北山さんなら分かってくれると思う気がしたから話すんだけど」
「え、何…?」
「所構わず話しかけてくる女子って怖くない?何考えてるか分からんのよ」
「あ〜…」
この話心当たりがある。まさかこんなにすぐ話してくるとは思わなかった。
「もしかして、今日の朝の…」
「あー、それそれ。正直うんざりしてたんだよあれ」
「…何話してたか聞いてもいい?」
誰にでも優しく人気のある福田がうんざりするほどの内容とは何なのか。
考えすぎかもしれないが、もしかしたら私が何かしてしまったかもしれない。
出過ぎた真似だと自分でも思うが、聞かずにはいられなかった。
いぶきが話の内容を問うと、これまでずっとニコニコしていた福田から笑みが消えた。
「きっと後悔すると思うけど…それでも聞く?」
◇◇◇◇
「…あぁ、やっぱり」
思わず呟く。
福田の口から飛び出たのはいぶきが概ね予想していた通りの内容だった。
最近、福田は何故かいぶきとよく話すようになった。それも今まで全くと言って良いほど彼と話していなかった奴が、急に、だ。
これは好意以外の何者でもないのではないか、と福田に好意を寄せる女子たちの反感を買ったのだという。
無理もない話だが、問題となるのはやはり福田の意図だろう。
彼がわざわざ自分なんかと話すために、こんな人気のない所まで来るはずがない。となると、先ほどの話の通り彼は自分のことが好きなのだろうか。
…とそんな考察も浮かんだがすぐに否定する。そんなことがあるはずがない。
やはり、はっきりさせるには本人に聞く他なかった。
「…どうして、福田は私に話しかけてきたの?」
意を決して、福田に疑問を投げかける。しかし、返ってきた返答は想定外のものだった。
「ん〜、ごめん。やっぱり言えないな。ただ、好きとかそういうのではない…と思う」
「え…?」
困惑が強いがとりあえず彼が好意を持って接してきていた訳ではないことを知り安堵するいぶき。
ただ、「言えない」のは何故だろうか。
しかし、この後彼にいくら聞いても「言えない」しか答えてくれなかった。
いつか答えてくれるのだろうか。
結局、モヤモヤしたまま昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、その日は目も合わせてくれなかった。
翌日、昨日の事をぼんやりと思い出しながら教室に入ると、いぶきは大きな異変に気付いた。
「…」
昨日までの騒々しい雰囲気が嘘みたいに無く、どこか重苦しいものになっていた。
特に女子たちは顕著で、男子たちはそれがとても気まずそうな様子である。
教室には静寂が広がり、いぶきがドアを開け、席へ向かう足音だけが響いている。
昨日の放課後まで、こんな様子ではなかった。
この短時間で一体何があったのだろうか。
席に着くと、教室を見渡す。
「ん…?」
いつもなら元気そうに笑顔を振り撒いているはずの福田の表情が、昨日例の質問をした時と同じ曇ったそれになっていた。もっと言えば、昨日より更に酷い顔をしているように見える。
これは何か確実に何か起きている。おそらく、自分も何か関わっているのだろう。
すると、背後に誰かが立ったのを感じた。
「…北山さん?ちょっといいかな」
「…はい」
「ついて来て」
話しかけてきたのは昨日の朝福田を取り囲んでいた集団の1人だった。
◇◇◇◇
かなり前の嫌な予感が当たってしまった。
連れていかれたのはいぶきがいつもお昼を食べている階段。昨日彼と話した階段だった。
周囲には、例の集団のメンバーがいる。
気付けば、いぶきは囲まれていた。もう逃げ場はない。
背筋が凍ったのを感じる。正直、詰みではないか。
「あのさぁ、」
集団のリーダー格らしき女が言う。
「あんた、律の何なの?」
「律…?」
「あぁ、あんたには分からないか。『福田』だよ」
「…!」
女が不敵な笑みを浮かべる。
「はっきり言ってさぁ、邪魔なんだよ。お前。じゃ・ま」
「…こんな事して良いと思ってるんですね」
「ふっ、何だっけ…『ここ屋上の施錠以外で人通らないでしょ?そもそも屋上は立ち入り禁止な訳だし』って誰かが言ってたな〜」
その発言は、昨日福田といぶきがここで2人きりで話した時の台詞だ。
それを知っているということは。
「…見てたんですね」
「そりゃあ、律がいつもと違う場所に向かったから気になるでしょ?」
「それで、どうすればこんなことになるんですかね」
いぶきが呆れた声で呟く。
それが、相手の女の逆鱗に触れた。
「っ!それは、それは!あんたが悪いんだよ!あんたが可哀想な子を演じて、律の気を!…律は私が好きなんだよ?それをあんたが、あんたが!」
明らかに激昂している目の前の女に、いぶきは恐怖心を抱き、後退りをする。
それを悟った女は周囲に目配せをした。逃すなよ、という意味だろうか。
どちらにせよ、この状況はまずい。隙を見て、逃げるしかない。
「逃げるつもり?それじゃあ私の気は収まらないなぁ!」
「こんな事しても…」
「うるさい!」
「っ!?」
後ろから2人がかりで取り押さえられ、身動きが取れない。
女が鬼気迫る表情でこちらに迫ってくる。
──そこから始まったのは、彼女にとって酷く長く感じられる、理不尽な暴力だった。
あの日からいぶきは不登校気味になっていた。
いぶきに対する女子たちからのいじめが明るみになって以降、クラスメイトたちは責任を感じたのか、単に関わりたくないだけなのか、目も合わせてはくれないし話しかけてくることも全くなかった。しかも、卒業するまでだ。
様々な人の助けもありなんとか卒業することは出来たが、「怖い、私が何をしたっていうんだ、悪いのは彼だ、むしろ私は被害者だ」という感情は事が終わった今でもいぶきに根を張り、蝕んでいた。
色々あったがようやく迎えた卒業式の日。みんなが写真を撮ろうだの打ち上げ行こうだので盛り上がっているのを遠くで眺めつつ、いぶきは一人ひっそり帰ろうとしていた。
「打ち上げどこ行く〜?やっぱ焼肉?」
「良いね、焼肉!それじゃあ、行く人、挙手!」
「「は〜い!」」
遠くで次々と手が挙がる。いぶきと福田を除く全員が手を挙げた。
福田は卒業式が終わると気まずそうにそそくさと帰ってしまった。
聞きたいことも、まだ聞けていないのに。
家への帰路の途中、スマホが震えた。
…福田からのメッセージだった。
『本当は、ずっと一人ぼっちの北山が可哀想で放っておけなかったんだ』
先に帰ったくせにメッセージで話しかけてくる。実に卑怯な男だといぶきは思った。
無視しようとも思ったが、既読をつけてしまったので仕方なく返信する。
『こっちはいい迷惑だったよ』
『今だから言えるけど、ぶっちゃけ北山は変わり者で、個性的で、周りから浮いてた』
『なにそれ』
『でも』
『でも?』
『北山は色目を使わずに接してくれた。嬉しかったんだ』
『そう』
『もう会う事もないだろうし、忘れてくれて構わないからさ、これだけ言わせて』
なに、と打とうとした瞬間だった。
─思わず、スマホを落としてしまった。
落としたスマホが乾いた音を立てるのと同時に、複雑な思いが込み上げてくる。
スマホを拾い上げ、改めて送られて来た文章を眺めた。
『大好き』
その時いぶきに出来たのは、既読をつけることだけだった。
北山いぶきは一人が大好きだ。余計な事を考えなくていいから。自由に生きられるから。
それでも、人には色々なタイプがいる。誰かに優しさを向けずにはいられない人もいる。誰かを攻撃しなければ生きられない人もいる。
人と関わることが怖くなってしまった。あらぬ誤解を生み、周囲から蔑まれる気がして。
…他人と違う事は、そんなにも悪なのだろうか。
─「多様性」。
人と人の違いを良くも悪くもこの一言で片付けてしまう、魔法のような言葉。
下手に他人と関わってしまった後悔と、多様性という言葉がいつまでもいぶきの中で渦巻いていた。
◇◇◇◇
…嫌な事を思い出してしまった。気付けば、まだ何も支度が出来ていないじゃないか。
このままでは講義に遅れてしまう。急がなければ。
これまでの人生で遅刻をした事がなかったいぶき。
乗り慣れない電車を乗り継ぎ、早足で向かった。
大学の門をくぐり、早足のまま講堂へ向かう。
なんとか時間に間に合ったいぶきは、周囲に人がいない空き席を見つけた。
その時、講師らしき男が入ってきた。
もう講義が始まってしまう。彼女は急いで席へ着いた。
─こうして、彼女の大学生活の幕が上がった。
彼女は決意する。
今度こそ誰とも関わらない静かな学生生活を送る、と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
本作は元々短編の予定だったため、3〜5話以内での完結を目指していますが…どうなるか分かりません。
とりあえず、次回もお読みいただけると嬉しいです。
あ、よろしければ他の作品もお読みください!




