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途方に暮れる

 そうは言ってみたものの。

 何の役にも立たないことって何があるだろう? 意外と難しいな。

 絵を描くことに興じる奏くんを凪の屋敷に残して、俺はぶらぶらと地区を散歩していた。

 夏の強い陽射しが、端が砕けたアスファルトの道を照らし、むわっとした熱気が立ち上る。しかし時折海から吹き抜けてくる潮風には、どこか乾いた草木の香りと心地よい涼しさが混じっていた。

 頭上の木々からはアブラゼミの盛大な合唱が響いている。生き物の生命力を肌で感じるような眩しい陽気の中、俺は思考の海に浸りながら、ただトボトボと足を動かしていた。

 上の空で歩いていたせいだろうか。思ったより遠くまで来ていたことに気づいた。

「あれ……ここは確か?」

 草が生い茂り、田畑もまばらな辺りを見回していると誰かに声をかけられた。

「よい、洋くんかね?」

「あ、直子さん」

 そこには地区の一番外れに一人で住んでいる直子さんが立っていた。

「瑠奈ちゃんは元気かね。日曜なのに何しよるん?」

「ああ、いや。ちょっと考えごとしてて」

「ほうかね。ここまで歩いてたいぎい※じゃったろ。お茶でも飲んでいかん?」

「いいんですか? いただきます」

 地区の人からの厚意を遠慮する段階はとっくに過ぎた。俺は迷いなく直子さんの家にお邪魔する。

 縁側に腰かけていると、直子さんが奥からお盆を持って現れた。お盆の上には熱いお茶と、豆が練り込まれた餅のようでいて団子のような不思議なお菓子が乗っている。

「ありがとうございます。いただきまーす」

 指先でつまんで一口ぱくつく。ほっくりとした芋の甘味と、きれいに粒を残したまましっとり炊かれた小豆の素朴な味が口の中に広がった。

「美味い!」

「ほうかね、ようけ※お食べ」

「これ何ですか? 初めて食べます」

「かんころ。ここに来るまで伊方におってね、よう作りよったんよ」

 隣に腰掛けた直子さんは嬉しそうに笑っている。俺はしげしげとかんころを見つめた。シンプルな見た目なのに芋の味が濃厚で、美味い上に腹持ちも良さそうだ。

「でも、サツマイモって収穫はまだですよね?」

「干し芋にしたんを蒸して柔らかくするんよ。ほしたら年中食べられるがね」

 なるほど、子供も食べるおやつを季節限定にするわけにはいかない。美味しいものをいつでも食べられるように工夫してるんだな。

「芋は干したら甘あなるけん、砂糖も少しでええじゃろ」

「ほんと、めちゃくちゃ甘いです」

「そういえば……凪ちゃんの家に若い子がおいでたんよね。ええ子かね?」

「はい、それはもう! ただ……」

 俺は甘蜜色のかんころに視線を落とす。直子さんの穏やかな姿を見ていると、少し弱音を吐きたくなった。

「良い子なんですけど、食が細くて。あんまりここの食事が合わないみたいなんです。凪もがんばってくれてるんだけど」

「あれまあ……そうじゃったんかね」

 直子さんはゆっくりと頷きながら聞き入れてくれる。

「全然食べないわけじゃないんですけど、明らかに足りてないんです。元気に走り回るタイプじゃないからすぐ倒れたりはしないだろうけど」

「好きなもんとかないん?」

「カレー……だそうで」

「はあ、孫がこまい※頃はよう作ったけんど。今は難しいわいねえ」

「そうなんですよ……」

 ダメだ、誰かに話してると更に手詰まり感が積もっていく。別に愚痴を零したいわけじゃないのに。

「あ、でも河内晩柑は好きみたいで。出したら出しただけ食べちゃうんです」

「そうかね! 果物が好きなんじゃろうね」

「そう……なのかな。他の果物も食べるかな?」

「ここはそうでもないけんど、よそは保存食ばっかじゃろ。晩柑のプチプチした食感とか、みずみずしさとかが珍しいんかもしれんねえ」

 俺はその言葉でふと考え込んだ。

「食感……みずみずしい……つまり、素材感ってことか?」

 東京で食べていた保存食は味そのものは悪くなかった。が、ドロドロしていたり逆にパサパサしていたり、口当たりはイマイチだった記憶がある。

 俺はかんころを持ったまま立ち上がった。

「洋くん?」

「直子さんありがとうございます! まだ色々できることがありそうだ!」

「ほうかね、良かったねえ」

「ホントにありがとうございます、ごちそうさまでした!」

「あっ、お待ちよ」

 そのまま駆け出していこうとした俺を直子さんがやんわりと呼び止める。そのままマイペースで家の奥へ戻り、何やら年季の入った大きなタッパーを持ち出してきた。

「これ。みんなにも食べさしちやって」

 半透明の蓋の中にはかんころがぎっしりと詰まっていた。いくら保存が効くとはいえ作りすぎじゃないだろうか。

「あ、ありがとうございます」

「瑠奈ちゃんにもよろしくねえ」

「はい!」

 かんころのおかげで元気を取り戻した俺は、ズシリと手に応えるタッパーを小脇に抱えてもと来た道を帰る。肌を焼く厳しい日差しだってどこ吹く風だ。

 直子さんからもらった手がかりが凪の悩みも解決してくれればいいんだが。

※たいぎい=疲れる、しんどい

※ようけ=たくさん

※こまい=小さい

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