暗闇からの音
夜中、俺は寝苦しさに身を捩って目を覚ました。
しばらく空気の入れ替えもしていなかった多目的教室は夏日の熱が籠もっていて暑い。全部の窓を全開にしていれば何とかなると思ったが、その予想は外れることとなった。
自分でかいた寝汗が気持ち悪い。パジャマ代わりのTシャツを着替えようと体を起こしたとき、隣の布団で寝ているはずの奏くんの姿が無いことに気づいた。
「あれ? 奏くん? どこ行った?」
窓からの月明かりで少しは辺りが見渡せるが、暗いことに変わりはない。俺は教室の照明のスイッチを点ける。
「奏くん!」
呼んでみるが返事はない。トイレか? それとも同じように寝苦しくなって、涼しい外に散歩にでも出たのだろうか。
何にせよ夜中に姿が見えないのは不安だ。俺はTシャツに着替えてから懐中電灯を持ち、奏くんを探しに行くことにした。
夜中の校舎は外から眺めるより不気味だ。無機物にこんなことを感じるのもおかしいが、建物全体が息をしていないような閉塞感がある。昼間の暑い空気が溜まっている中を歩くだけで息が苦しくなるようだった。
懐中電灯が照らす丸い光の外側は、吸い込まれそうな暗闇だ。あそこには何もない――そう自分に言い聞かせながら歩くが、光の届かない廊下の曲がり角や視界の端で、何かが動いたような気配がする。振り返って懐中電灯を向けても、そこにあるのは昼間に見慣れた教室の扉や非常口の標識だけだ。
嫌な想像から逃げるように階段を降り、まずは校舎内の男子トイレを確認する。
「奏くん、いるか? いたら返事してくれ」
自分の声が古いタイルの床に反射して、妙に低く尾を引いて響いた。奥の個室のドアが風もないのにギィ……とかすかに軋む音がして、俺は思わず息を呑んだ。
暗い校舎を一人で歩くのは正直怖かったが、奏くんの名前を呼びながら一階の教室を隈なく巡った。それでもなかなか奏くんは見つからない。実は入れ違いで多目的教室に戻っていた、とかならいいんだが。
最後に職員室の扉を開ける。ここは広いから照明を点けたほうがいいかもしれない。そう思ったときだった。
「奏く……」
「……お、お兄さん」
窓の外からの虫の声に紛れてしまいそうなほど小さいが、確かに奏くんの声がした。そちらに懐中電灯を向けると、職員用の机の下から奏くんが這い出てくるところだった。
「奏くん? どうしたんだよ、そんな所で」
「お、おと。音が……」
立ち上がった奏くんは懐中電灯の明かりでも分かるくらい青ざめて、ガタガタと体を震わせていた。これはただ事じゃない。
「音? 何か聞こえたのか?」
勢いよく首を縦に振る奏くんは、必死の眼差しで俺に何かを訴えてくるようだった。しかし……肝心な内容が分からない。
「大丈夫、俺がついてるから怖くないよ。どの辺りで音がするんだ?」
奏くんが震える指で職員室の窓を指さす。窓の外には校舎とグラウンドを隔てる数本の木が見えた。俺は奏くんに懐中電灯を持たせると、窓際まで近づく。
奏くんが聞いたという音の正体を確かめるため、窓を大きく開いた。潮混じりの湿った夜風が吹き込むのと同時に木の葉がざわめく音が耳に届く。
少しばかり緊張していた俺は、ホッと一息ついた。
「風で木の枝が揺れたんだろ。ここは海が近くて潮風が強いんだ」
「でも……でも」
「大丈夫だって。あ、ひょっとしてお化けだと思ったとか?」
窓を閉めながら少しばかり茶化して言う俺を、奏くんはきつく睨んでくる。
「……そんなんじゃない。もういい」
「あ、奏くん待てよ! 悪かったって!」
安心させようと思って言ったけど、本人は真剣に怖がっていたんだ。からかうのはやりすぎだったかな。
俺から受け取った懐中電灯を持ったまま奏くんが職員室を後にする。一瞬で視界が漆黒に包まれ、俺は足元のゴミ箱に膝をぶつけそうになりながら、慌てて奏くんの持つ丸い光の後を追いかけた。




