第32話 予兆
俺の正面、少し離れたところでイツカが刀の柄に手をかけている。
その刀から今にも俺を両断しそうな禍々しい雰囲気を感じ、俺はアイアンアクスを構えたまま動けないでいた。
……なんでこんなことになっているのかと言えば、俺とラヴェンドラがいつも通り朝の修行をしているところに、ミネルバとイツカがやってきたことに始まる。
「やっぱり回復したラヴェンドラは強いな。アタシとも手合わせしようぜ」
「構いませんよ。でもカガセ様の修行が済んでからでよろしいですか」
「カガセ様も結構強くなったんじゃないか。もうアイアンアクスもかなり使いこなせているだろう」
「いや、そんなことはないよ。まだまだラヴェンドラには歯が立たないからな」
「ラヴェンドラが相手じゃな……。一度、他のやつと手合わせしてみたらどうだ?」
「確かにそれはそうだな。だが誰と……」
「イツカとやってみたらどうだ。まあ、イツカもかなり強いが」
「ひえ!? わ、わたし?」
「イツカが良いなら俺も手合わせしてみたいが」
「わ、わたしなら構いませんが……」
というわけで、この状況になってしまった。
刀を構えたイツカには普段のようなおどおどした感じはまったくなく、その瞳は冷徹な光が宿っている。
どうすればこの構えを崩せるのだろうか。一分の隙も見当たらないイツカの構えを見ながら俺は問い続けたが、答えは出ない。
考えても仕方ないか。今は全力でぶつかってみるだけだ。
「いくぞ! はあああああ!」
雑念を振り払うように咆哮を発すると同時に俺は一気に地を蹴り間合いを詰める。
未だにイツカは微動だにしない。
俺は勢いのままアイアンアクスをイツカに向かって力の限り振り下ろす。
だが……その瞬間、イツカの刀から圧倒的な殺意が放たれた。
そして、気づいた時には金属の冷たい感触が首筋を撫で、俺は動きを完全に封じられていた。
「参った……」
「ひ、ひゃあ! す、すみません……お怪我は、あ、ありませんか」
決着がつくとイツカは普段の様子に戻り、俺の首筋から死の臭いが遠ざかっていった。
「イツカはやっぱり強いな。何もできなかったよ」
「そりゃあ、イツカは氷華鬼影流宗家の一人娘だからな。神速の居合を得意とするイツカに斬りかかって勝つのはかなり難しいぜ」
ミネルバの言うとおり、イツカが刀を抜くところはまったく見えなかった。
宗家と言っていたが、あの境地に至るまでにどれだけの研鑽を積んだのだろう。
「それに刀もそんじょそこらのものじゃないぜ。なあイツカ」
ミネルバの言葉を受けてイツカは刀を俺たちに示しながら語りだした。
「こ、これは妖刀「霜喰。古の時代に北の果てにあるという氷魔神鉱を鍛えたものだと、き、聞いています。わたしが父から受け継いだのは氷華鬼影流の技とこの刀だけです」
あの刀は名のあるものだったのか。
青みがかった透明な刃は抜いただけで周囲の気温を下げるような冷気を放っている。
「イツカは強いな。手も足も出なかったよ」
「そ、そんなことはないです。それに、カガセさんも、前より速くなっていましたし」
イツカには気づかれたが、俺はアイアンアクス完成後に、新たに『クイーンビー』1体に『木霊』と『デスワーム』を各2体ずつ召喚したことにより、次のとおり、『王たる器』の強化値が結構上がっている。
強化値:生命力=Cー
魔 力=Dー
筋 力=C+
知 力=E+
体 力=D+
素早さ=D+
器 用=Dー
だが、それでもイツカには軽くいなされてしまった。
まだ、修行あるのみだな。
俺が敗北にうなだれているとミネルバが勢い良く立ち上がった。
「じゃあ、次はアタシたちの番だな!」
ミネルバは拳の骨を鳴らしながらやる気満々といった雰囲気だ。
だが、そこに思いもよらぬ人物が現れた。
「お取込み中のところ申し訳ありません。雷狼族のルシナと申します。ユノー様の命によりカガセ様にお知らせしたいことがあり参上しました」
それは雷狼族のルシナだった。彼女はユノーの下で探索の任務に着いていたはずだが、今は俺の前に片足で跪いている。
「どんな内容だ」
「はい。サントの街の状況を探っていた一族の者が荒野で人間の子どもが倒れているのを発見したため、ダンジョンの広場で保護しております。ユノー様は現在、その子どもの状態を確認中のためわたくしが参りました」
ダンジョンの周囲の荒野は不毛の地であり、サントの街の人間もほとんど近づかない。
それなのに、子どもが一人で倒れていたとは、何かあったのだろうか。
「わかった。報告ありがとう。急いで俺も向かうよ」
「わたしもご一緒します」
ラヴェンドラの言葉にミネルバが反応した。
「あ、アタシとの手合わせは……。ってしょうがないか。イツカ! アタシ達も行くよ!」
そうして俺たち4人は足早に広場に向かっていった。
広場に着くと数人の雷狼族が集まり、その中心にしゃがみこんだユノーがいた。
「ユノー待たせたな! それで子どもというのは?」
「はい。こちらになります」
ユノーの目線の先、地面に敷かれた布の上に人間の幼い女の子が横たわっていた。
「ククル!?」
そこにいたのは、サントの街にいるはずのククルだった。




