第5話:義家族崩壊の兆し──義母の独りよがりな謝罪
インターホンが鳴ります。 モニターに映っているのは、やつれた顔の義母。
「謝りに来たのね」と思った方。 甘いです。このモンスターは、斜め上の理論で「自分も被害者だ」と主張し始めます。
開いた口が塞がらない、義母の言い訳タイム。 血圧の上昇にご注意ください。
会社での騒動から数日後。
有給休暇を消化中の私は、自宅マンションで静かに過ごしていた。
悠真からの連絡は全てブロックしたが、会社から厳重注意を受けたという噂は、同僚のLINEを通じて届いていた。
ピンポーン。
昼下がり、インターホンが鳴った。
モニターを覗くと、そこには見覚えのある、小奇麗な格好をした中年女性が立っていた。
義母だ。
一瞬、居留守を使おうか迷った。
けれど、ここで追い返しても何度も来るだろう。私は深呼吸を一つして、ドアチェーンをかけたまま、少しだけドアを開けた。
「……何の御用ですか」
「ああっ、美咲ちゃん! よかった、いてくれて!」
隙間から覗く義母の顔は、やつれていた。
目は赤く腫れ、化粧も少し崩れている。彼女はドアの隙間にすがるように手をかけた。
「本当にごめんなさいね。私、謝りたくて……どうしても直接会って、お詫びがしたくて」
その声は涙声で、いかにも反省しているように聞こえた。
もし私が何も知らない他人なら、同情してチェーンを外していただろう。
けれど、私の脳裏には、あの日の「笑顔で羽交い締めにしてくる彼女」の姿が焼き付いている。
「謝罪なら、もう結構です。悠真さんにも伝えましたが、婚約は破棄します」
「待って! お願い、待ってちょうだい!」
私がドアを閉めようとすると、義母は必死に叫んだ。
「誤解なのよ! 私、知らなかったの! アレルギーがあんなに大変なものだなんて……全部、あの子が……佐緒里が言ったから!」
「……え?」
義母の口から出たのは、娘である義姉への責任転嫁だった。
「佐緒里が言ったのよ。『美咲ちゃんのアレルギーなんて甘えだ』って。『新鮮なものを食べさせれば目が覚める』って。私、何度も聞いたのよ? 『本当に大丈夫なの?』って。でもあの子が自信満々に言うから……」
義母はポロポロと涙を流しながら、早口でまくし立てる。
「私、信じちゃったの。母親として、これから家族になる美咲ちゃんに美味しいものを食べてほしくて……それが裏目に出るなんて。私、佐緒里に騙されたのよ。私だって被害者みたいなものじゃない?」
──は?
私は開いた口が塞がらなかった。
被害者? 誰が? あなたが?
確かに発案者は義姉かもしれない。でも、私を羽交い締めにした時、あなたは笑っていた。「頑張りなさい」と優しく声をかけていた。
あれは幻覚だったとでも言うつもりか。
「だからね、美咲ちゃん。悠真のことは許してあげてほしいの。あの子も佐緒里に言いくるめられてただけなのよ。今はとっても反省して、ご飯も喉を通らないみたいで……」
義母はハンカチで目元を拭いながら、チラリとこちらを見た。
「それに、悠真の会社での立場も悪くなってるみたいで……このままだと可哀想でしょ? 誤解が解ければ、また元通りになれるわ。ね?」
可哀想。元通り。
その言葉の端々から、「自分たちの平穏を取り戻したいだけ」という本音が透けて見える。
私の命の危険よりも、息子の出世や世間体の方が大事なのだ。
私は冷めた頭で、目の前の女性を観察した。
この人は、自分が「加害者」だという自覚が全くない。
「娘に騙された可哀想な母親」というシナリオを勝手に作り上げ、その役に入り込んでいる。
ある意味、悠真よりもタチが悪いかもしれない。
「……わかりました」
私は無表情のまま、一つ頷いた。
「えっ! わかってくれたの!?」
義母の顔がパッと輝く。その単純さが、今は恐ろしい。
「お話は聞きました。ですが、すぐにはお返事できません。……一つだけ、確認させてください」
「な、なにかしら? 何でも聞いて?」
「お義姉さんが発案したと言いましたね。どうして彼女は、そこまでして私にカニを食べさせたかったんですか? 単なる親切心で、あそこまでしませんよね?」
私の問いに、義母は一瞬言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。
「そ、それは……ほら、あの子も美咲ちゃんと仲良くなりたくて……」
「本当のことを言ってください。そうでないと、復縁なんて考えられません」
私が冷たく言い放つと、義母は観念したように肩を落とし、小さな声で呟いた。
「……あの子、試したかったみたいなの」
「試す?」
「……美咲ちゃんが、うちの嫁として……こちらの言うことを聞く覚悟があるかどうか、を」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で全てのパズルが組み合わさった音がした。
無知ゆえの暴走ではない。
あれは、明確な悪意を持った「服従テスト」だったのだ。
「なるほど。よくわかりました」
私は冷徹な声で告げた。
「では、こちらの条件を整理してから、後日またご連絡します。お引き取りください」
「え、ええ。待ってるわね! 美咲ちゃん、信じてるから!」
義母は何度も頭を下げて帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は静かにドアを閉めた。
復縁? するわけがない。
でも、ただ逃げるだけじゃ気が済まない。
あそこまでコケにされたのだ。
──絶縁するにしても、きっちりと「引導」を渡してあげよう。
私はスマホを取り出し、弁護士の友人へ連絡を入れた。
「服従テスト」 ……アレルギー食材を使って? 命がけで? この家族、完全にラインを超えています。無知ではなく「悪意」でした。
「復縁するふりをして、証拠を固める」 美咲の目が覚めました。ここからは容赦のない反撃フェーズです。
弁護士への連絡も完了。次は、さらに決定的な証拠を掴むため、あの男(婚約者)に罠をかけます。
次話、電話での誘導尋問です。 ポロポロと本音を漏らす愚かな元婚約者をご覧ください。
全話投稿済みです。 証拠確保の瞬間、第6話へお進みください!




