【第9話】“共感”という単語をまた検索する
俺は考えた。
“共感”って、そんなに重要なのか?
婚活もダメ、冒険者もクビ、推しには条例で接近禁止──そして神にすらBANされた。
でも、俺の何がそんなにまずいのか。
具体的に、共感ってどうすればいいのか。
もしかして、ちゃんと勉強すれば、俺にもできるんじゃないのか……?
というわけで俺は、王立図書館に向かった。
入館ゲートをくぐった瞬間、音が鳴る。
「ピンポーン。遮断者が入りました」
「遮断者が入りました」
魔導センサーが俺を感情警報対象として検出したらしい。
俺が足を踏み入れると、精霊司書たちが逃げ出した。
「心のノイズが……脳に刺さる……!」
「スキャン距離取って! その人、Wi-Fiじゃなくて“情緒ジャミング波”!」
俺は、図書館の中で電子機器より嫌われる存在になっていた。
それでも俺は諦めなかった。
古文書フロアのすみっこで、ようやく1冊の本を見つけた。
タイトルは『なかよくしようね! きみのこころ、よんでみよう!』
対象年齢:6歳未満。表紙にニコニコ顔のスライム。
中身は、でかい文字と手書きイラストで描かれた“情緒の入門書”。
・「おともだちと えがおで あいさつしよう」
・「かなしいときは “かなしい”と いってみよう」
……なるほど。わからん。
俺の脳が全力で拒否していた。
「いや、それ義務なのか?」「合理性は?」「感情ってコスパ悪くね?」
ページをめくるたび、感情ログが軋む音がした。
本の裏表紙には“読者感応度自動記録欄”がついていて、読んだ後に俺の感情反応が出力された。
【読者名:志無野 睦夫(49)】
【理解度:4%】
【感情発芽:未確認】
【読書中のつぶやきログ:
・“わかるようでわからん”
・“これ、本当に効果あるのか?”
・“スライムがなぜ笑ってるのか謎”】
司書が遠巻きに言った。
「……スライムより反応鈍い……いや、スライム以下……」
俺は黙って本を閉じた。
帰り際、図書館の出入口に立て札が出されていた。
『【注意】感情遮断者が本日入館しました。情緒が揺さぶられた方は、共感ヒーリングルームへ』
俺の存在が、図書館に“心の警報”を生んだ瞬間だった。
第9話、終了──俺、“なかよくしようね”というフレーズに拒否反応を示した初の読者に認定される。