【第10話】0.1ミリだけ生まれ変わる
俺は、志無野 睦夫(49)。
転生先の世界で“共感ゼロ”を叩き出し、婚活、冒険、信仰、推し活すべてに敗北した男だ。
しかも、前回は“なかよくしようね”と笑いかけてくるスライムの絵本に、脳がバグった。
もう情緒的には幼稚園入園不合格の通知が届いているレベル。
だが、それでも俺は、捨てきれない希望を持っていた。
「0.1だけでいい……ほんのちょっと、俺にも“共感”が宿るなら」
共感力0.0──この地獄のような初期値を、1ミリでも変えてみせる。
そう決めた俺は、“ありがとう”を言う練習を始めることにした。
まずは朝、パン屋にて。
「サ、サン……キュ……いや、ありがとう……っす」
店主がポカンとした顔で「ど、どういたしまして……」と返す。
その瞬間、俺の背中に謎の電流が走った。
共感ゲージ、1ピクセルだけ動いた気がする。
次は、街角の花に向かって。
「咲いててくれてありがとう……いや、いやこれ不審者……」
周囲の精霊がざわつく。
「この人、花に話しかけてる……怖ッ!」
俺は恥を忍び、なおも“ありがとう”を投げ続けた。
・路地裏で出会った野良猫の尾に「存在してくれてありがとう」
・ポケットの中の推しアクリルスタンドに「一緒にいてくれてありがとう」
・水道の蛇口に「今日も水、出てくれてありがとう」
完全に“情緒ヒーリング界の奇行種”である。
だが努力の甲斐あって、とうとう通知が来た。
【共感力:0.0 → 0.1】
【達成条件:「一度もウケを狙わず、心から感謝した回数:7」】
マジで上がった……!
俺の心に、初めて“ありがとう”が通じた。
涙が出そうになったが、代わりに鼻から軽く出血した。
さらに奇跡は続いた。
街のごみ収集精霊に、俺が「いつもお疲れ様です。ありがとう」と言ったとき──
彼は一瞬だけ目を丸くして、こう返してくれた。
「……あっ、どういたしまして」
返事が来た。
ちゃんと、誰かと感情がつながった。
それはほんの一瞬のやり取りだったが、俺の人生で初の双方向ログだった。
「……あれ……今の、俺に向けた言葉、だったよな……?」
その日、共感ゲージは【0.1】で止まったままだったが、
心の中のどこかに、小さなランプが灯った気がした。
まさか、“ありがとう”が世界を変える鍵だったとはな──
49年生きてきて、初めて知った。
第10話、終了──俺、人生で初めて“感謝される側”に立ち、心のセーブデータが生まれる。




