第55話 後悔しない気持ち、彼女の気持ち。
一月の終わり。ついにすみれ達のゲーム収録が終わった。これを機に俺のマネージャーとしての活動も終えて、後は綾那さん達含む、会社の人達がゲーム制作の佳境へ移っていくらしい。
収録が終わったその日に、4人で俺の部屋で集まり小さなお祝いもした。後はゲームが発売するのが待ち遠しい。発売は4月を予定から、決定となっている。
そして今日は彩夏ちゃんに大事な話をするため、学校の授業が終わった後、屋上に来てもらうため呼んでいる。そう、今日はとても大事な話をする。今までずっと慕ってくれて、好きだと言ってくれた彩夏ちゃんに。
俺は屋上で待っていると、出入り口の扉は開き彩夏ちゃんがやって来た。
「あっ、渉さん。今日は大事な話があると聞きましたが、どうしましたの?」
いつもと変わらない屈託のない笑みを浮かべている。
「急にゴメンね。今日はちょっと大事な話をしようと思って、来てもらったんだ」
「大事な話ですの……?」
不思議そうな顔で俺を見上げてくる。こんなふうに前から想ってくれた彩夏ちゃんに、今日ははっきりと自分の気持ち、考えを伝えないといけない。今まであやふやにしていたので、ゲームの収録が終わった後が良いと思ったのだ。
「あれは初夏の頃だったよね。彩夏ちゃんが俺に面白い手紙とか渡したりして、それが切っ掛けで知りあえたしね」
「なななっ、きょ、急に渉さんどうしましたの!? あれはついわたくしが暴走して!」
いきなり昔の事を穿り返されて、慌てふためいている。ちょっと悪いかなって思ったけど、あれがなかったらこんな可愛いお嬢様とは、仲良くなる機会はなかったはず。
確か学校に来て初めの頃、体長が優れず俺が保健室に運んだのが最初の出会いだったよな。その時の事はあまり覚えていないが、とにかく最初の騒動の時は凄く良く覚えている。
「それから彩夏ちゃんとは初めてVTuber同士でコラボもして、緊張したけど楽しかったよね」
「はい。わたくしが半ば強引でしたが、渉さんは快く引き受けて下さいましたの。とても嬉しかったですの。そのおかげですみれさんや、朱里さん達とも仲良くさせてもらい、コラボも出来ました。私にとってこの半年は本当に宝物ですの」
普通に話をしてくれているが、長い睫毛に縁どられた目を伏せている。
さすがに彩夏ちゃんは、俺が何故こんな話を切り出しているのか不審がっている。それはそうだ。いつもは他愛もない話を学校の中でも会えばするし、格ゲーの話題もする。こんな想い出話を改めてする方が妙だ。
「そうだよね。俺も彩夏ちゃんと知りあえて良かったと思う。これからもそれは変わらない」
「渉さん、今日はどうしましたの? 何か様子が、わたくしに大事なお話がありますのよね……? それって……」
「うん、そうだね。それを今から話すよ」
彩夏ちゃんの喉が微かに震えているのが分かる。不安な面持ちで手はギュッと握りしめて。
「彩夏ちゃんの俺に対する気持ちは、とても嬉しかった。でもさ、俺好きな人が出来たんだ。その人と付き合おうと思ってる。だから彩夏ちゃんの気持ちには答えられない。それを伝えたかったんだ。けど、もし何かで悩んだらいつでも相談してほしいし、これからもVTuberのコラボもやろうね」
俺は心が痛む思いで、ハッキリと言葉にした。
彩夏ちゃんは一瞬放心して、瞬きもしないでずっと静かに聞いていた。しかし、急にへなへなと地面に座り込んでしまいそうになる。それを俺は瞬時に支えた。
「わ、分かっていましたの。きっと渉さんの心の中には、わたくしがいない事を。でも諦められなくて。しつこくしていましたの。それも分かっていましたの。わたくしは本当にわがままですから」
「彩夏ちゃんは魅力的な女性だよ。こんなお嬢様が俺を好きになってくれて、本当に嬉しいよ。本当はすぐに言わなくちゃいけなかったけど、俺全然そう言うの分からなくてさ。よく鈍感って言われるしね。今までずっと待たせてゴメンね」
支えていた彩夏ちゃんの身体を起こすと、当の本人は悲しい顔をしていたが、泣いてはいなかった。
「いいえ、謝る必要はありませんの。最初はわたくしの一方的な気持ちを押し付けてしまったのは、良くありませんでしたの。それに渉さんが好きな人は、妹さん、すみれさんの事ですのよね?」
さも当たり前の様に、したり顔で言ってきた。確かに俺がシスコン気味なのはもう周知されているが、まさかそれをこんな時に言われるとは思わなかったな。
「えっと、それは違うよ、彩夏ちゃん」
俺は慌てて否定する。
「冗談ですの! もうっ軽いジョークですの。渉さんが好きなのは朱里さんだと、わたくしでも分かりますの」
「あ、やっぱりバレていたか」
彩夏ちゃんは当然と言わんばかりに頷いている。結局年下の女の子だけど、色々とお見通しって事だったのか。俺なんかより、よっぽど大人な女性だと思ってしまう。
「女の子は集まればガールズトークを何時間もしますの。有名な事ですよ。だからわたくし渉さんからハッキリと振ってもらえて、良かったですの。それにさっきわたくしを魅力的な女性だって言ってくれて嬉しかったですの。本当は妹みたいな子だって思ってるはずなのに」
「あはは、もう俺よりよっぽど彩夏ちゃんは大人だね。もっと怒ったり、殴られたりするんじゃないかって思ったけど」
下手をしたら黒服が俺を連れ去って行くんじゃないかと、思ったり、思わなかったりしたけど。まぁさすがにないのは分かっているが。
「まぁっ、酷い。そんな事しませんよ! わたくしがこんなに子どもでいられるのは、多分渉さん達の前だけですよ。後は綾那お姉様だけです。それ以外でこんなふうに甘えられません。だからこそ、わたくしは渉さんと朱里さんが幸せになれるように願っています。朱里さんともこれから仲良くしたいと当然思ってます。私にとって朱里さんも大好きな人ですから。でも、隙あらば渉さんをかっさらうかも知れませんよ?」
上目づかいでウインクを彩夏ちゃんがしてくる。いつもの、ですの口調を使わないだけで、とても大人っぽく見えてしまう。
「伊達に姫柊家のお嬢様じゃないって事かな」
「そうですの。それにこれからも渉さんはわたくしにとって、大切な友達で執事みたいなものですの!」
「執事か。何かそれも悪くないかな」
「さて! わたくし今日は用事がありますの。今日はきちんと話してくれてありがとうですの。それでは、また明日会いましょう。ごきげんようですの~」
彩夏ちゃんは先に出口へと歩き出す。
しかし振り返る寸前、その瞳は潤みきって、大粒の涙が今にも溢れんばかりだった事を、見逃さなかった。きっとその姿を見られたくなくて、急いで出口へと向かったのかと思うと、胸にちくりと針が刺さったが、これで良かったと無理やりに思う事にした。




