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後日談

良くも悪くも皆の記憶に残った卒業パーティから一年…。


「もうあれから一年ですか」

「月日が過ぎるのは早いものだね」


王城の庭には、お茶を楽しむアクャクとヤクトクンの姿があった。穏やかな日差しの中で、忙しい公務の合間のゆっくりとした時間を楽しんでいる。


「カンチガイン…は、本当にタマーノのことを愛してらっしゃったのね」

「あの後しばらくは荒れていたようだけど、結局タマーノと一緒ならと平民になることを受け入れていたからね」


すでに相手は平民。様付けはおかしいとわかっていても、長年染みついたものは中々取れず。ぎこちなく名を呼ぶアクャクの姿にヤクトクンは軽い笑みをこぼす。


「幼い頃から王族の資質がなかったと言うのは簡単だが、長男だからとつい厳しくしすぎた我らにも問題はあったんだろう」

「私も、あの方を矯正することを『仕事』と捉えていました。もう少し心に寄り添う努力をすれば良かったのか、と考えることがあります」


思い出すのは、最後まで愚かだった元王太子。幼い頃から傍若無人で我が侭だった。次期国王だからと厳しくした記憶はあれど、その心の内を慮ったことはなかった気がする。

次期国王だからと甘い言葉を囁く者たちに囲まれ、次期国王だからと身近なものからは厳しく接せられる。

立場的にも、幼い時の傲慢さはある程度は仕方がなかったのではないだろうか。だとすれば、ただ厳しくするのではなく他にもっとやりようがあったのではないか。

彼の元婚約者、そして弟という近くにいた者である自覚があるからこそ、こうして振り返ると苦い思いが心をよぎる。


「思えば、私はあの方を褒めたことはなかったと思います」

「多分僕たち家族もだよ。将来を考えればこそ厳しくしたが、その時の兄上を蔑ろにしていたのかもしれない」

「…そう考えると、あの方は自己承認欲求を甘言を弄する方々で満たしてバランスを取っていたのかもしれませんね」

「タマーノは、そんな兄上の心を読み取って褒めて認めてあげていたらしいよ」


短い沈黙が落ちる。王族として、次期国王として彼は落第だった。しかし、普通の貴族…いや平民に最初から生まれていたら。大きすぎる期待を背負っていなければ。彼は、もっと普通に生きられたのかもしれない。

次いで話の流れから浮かぶのは、タマーノのこと。


「タマーノの人心掌握術は素晴らしいものだったのかもしれませんが…結局彼女は、カンチガインをどう思っていたのでしょうね」

「元々兄上と出会うまでも複数の男性と関係を持って侍らせていたらしいし、一番いい玉の輿先だと思っていたんじゃないかな」

「そうですね。だからこそ、平民とされた後にあんな…」


カンチガインを振り返るときとは違う、嫌悪漂う表情を浮かべる。ヤクトクンなど眉間に皺が寄り、不機嫌極まりない。


「平民となった兄上をあっさり切り捨て、金持ちの商人にすり寄るなんて…国王の勅命をなんだと思っているんだろう」

「彼女のことは、本当に理解ができません」

「まぁ、結果は…自業自得としか言い様がないが」

「えぇ。でも正直、とても後味が悪いですわ」


カンチガインは、最終的にはタマーノと平民として共に生きることを受け入れた。どれだけの苦難が待っているか想像できなかっただけかもしれない。それでも、王族としての権利よりも彼女を選んだのだ。

だが彼女は、それを受け入れられなかった。平民として暮らす彼らへの唯一の援助として質素な住処が与えられたが、彼女は数日も経つとそこに帰らなくなった。

彼女は平民となった後も働く意思を見せず、カンチガインは何をすればいいのかわからなかった。しかし、食べるものがなければ生きていけない。近所の人に頭を下げ、なんとか誰もやりたがらないような日雇いの仕事を得られたその日。捨て売りされていた小さなパンの欠片を持ち帰ると、そこにタマーノはいなかった。

彼女のために頭を下げたカンチガイン。自分だけがどうにか楽をしようとしたタマーノ。


「正直、彼には今でも好意は抱けません。彼が取った行動を正しいと言う気もありません。でも…理解は、出来るような気がします」

「あぁ、僕もだ。心から愛した人間が自分を裏切り、捨て去ったら…こんなことを言うのは良くないが、共感出来てしまう部分もある」


カンチガインは、タマーノを探した。もしかしたら何か事件に巻き込まれたのではないか、自分に助けを求めているのではないか。

夜も更けたころようやく彼女を見つけたのは、歓楽街。父親よりも年上の男性に腰を抱かれ、甘えるようにもたれかかっている彼女の姿。

その状況に不安を感じつつも彼女に近寄りその名を呼ぶと、彼女はチラリとカンチガインを見て言ったそうだ。


『何も持たないあなたが平民になったら、何の価値があるの?もう私に近寄らないで』


彼は馬鹿で愚かだったが、深層心理の奥底では出来の悪い自分というものを認めていた。だからこそ逆に、自分を認めてくれる言葉や存在を求めた。

そして出会ったのがタマーノだ。自分に都合が良いことを言ってくれる彼女に依存していたのかもしれないが、それでも彼女を心から愛していた。


『タマーノ、愛している』


だからこそ、悲劇が起きた。もしもの時のために、彼は家にあった唯一の戦えそうな道具…包丁を鞄に忍ばせていた。

侮蔑の表情を浮かべる彼女に駆け寄り抱きしめるように、それを深く彼女の腹に突き刺した。決して生き残ることがないように、倒れこんだ彼女の首にもう一振り。それでも不安で、胸にも一振り。

周囲の悲鳴や怒号など何も気にせず、彼女を愛しげに見つめながらその凶行は行われたという。彼女と共にいた男性は近くで腰を抜かしていた。次は自分か、と恐怖に戦く彼など視界に入らないかのようにしっかりと彼女の命に終わりを告げた。

何度も何度も包丁を突き刺しやっと死んだと確信できたのか、顔だけは傷一つなく綺麗な彼女にキスを落としてゆらりと立ち上がり。


『今度こそ、幸せになろう』


自らの首を、掻き切った。その顔はとても幸せそうだった。


「死ぬことでしか、彼の幸せはなかったのでしょうか」

「他の幸せを教えられなかった僕たちが、どうこう言えることはないよ」

「…申し訳ありません、殿下の気持ちも考えず」

「いやきつい言い方になってしまったのならすまない。ただ僕たちに出来るのは、死後か生まれ変わってかはわからないが、兄上が幸せを見つけられるように祈ることだけだろうね」

「そう、ですね」


先ほどよりも長い沈黙が落ちる。それぞれが過去を振り返り、彼の幸せを祈っているのだろう。彼女の幸せ?そんなものは考える必要ない。強いて言うのなら、彼が次に見つける幸せには彼女のような人間が関わらないことを祈るくらいだ。

飲み終えたカップに侍女がおかわりを注ぐのを見ながら、ヤクトクンは空気を変えるように笑った。


「それよりもアクャク嬢。『殿下』という呼び方はよしてくれと言っただろう?」

「そ、それは」

「来週には僕たちは夫婦になるんだから、名前を呼んで欲しいんだが?」


アタフタと照れるアクャクに、悪戯っぽく笑いかける。あれから一年。後悔することも悲しい出来事もあったが、二人の仲は順調に深まっていた。

ずっとアクャクを想っていたヤクトクンは恥じることなく自分の気持ちを彼女に伝え、彼女も戸惑いながらもそれを受け入れた。

昔は弟のように思っていた、あのまま進めば本当に義弟になっていた存在。けれども今はもう、一人の男性としてしか見られない。


「ヤクトクン…様」


普段は決して逸らされることのない瞳が泳ぎ、耳まで真っ赤に染めたアクャクはとても愛らしくて。

穏やかな日差し、愛しい彼女。来週には二人の未来を誓い、その先もずっと共に歩いて行く。


「あぁ…僕は、とても幸せ者だ」


幸せを見つけられなかった兄を思い、自分の幸運を噛みしめる。決して蔑ろにせず、幸せを手に入れることの難しさを忘れず、しっかりと守っていこうと心に誓った。

これで終了です。

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