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90話 永遠の共依存

 数週間後のある日。

 魔界の各勢力を事実上傘下に収め、改めて魔界を統一した魔王ミアの誕生を祝う大規模な式典が、ここオロネスにて盛大に開催されていた。

 この式典において、一つの重大な事実が世間に公表された。

 かつて暗躍した最凶の副魔王イリスが生き延びており、現在は魔王ミアの配下として仕えている、という事実だ。

 これを知った魔界の民や諸侯たちの間では、「いくらなんでも危険すぎる」「あの若き魔王ミア様も、近いうちにイリスに消されるんじゃないか?」といった、実にもっともな噂話がまことしやかに語られていたりする。


 (消されるどころか、心身ともに隅々まで美味しく食べられちゃってるんだけどな……)


 俺は玉座で愛想笑いを振りまきながら内心で遠い目をしていた。


  ◇◇◇


 数日間にわたって開催される式典の、とある休憩時間。

 豪奢な衣装を着せられ、ひたすら挨拶を受けて愛想を振りまく公務にすっかり疲弊した俺は、一人になれる控え室に逃げ込み、「んーっ」と首を回して凝りをほぐしていた。


 「……ずいぶんと間抜けな顔を晒しているな、魔王殿」


 不意に扉が開き、ドレスアップした金髪の少女──ルカがやって来た。

 俺を少し睨むような、不満げな視線を向けてはいるが、それでも一応は「祝ってやる。ご苦労だったな」と、彼女なりの労いの言葉をかけてくれた。


 「ありがとう、ルカ。……そっちも、おめかし似合ってるぞ」


 俺が素直に返すと、ルカは鼻を鳴らし、窓辺に歩み寄って外の喧騒を見下ろした。

 そして、静かな、どこか昔を懐かしむような声で語り始めた。


 「……かつて私は、世界をこの手にするため、他の大陸へと侵攻した。勇者という存在とその仲間たち、あとイリスの裏切りによって、その野望は潰えたがな」


 ルカは振り返り、俺をまっすぐに見据えた。


 「統一が果たされることで、有象無象の魔王たちは消え、お前だけが唯一の魔王となった。ミア……これから、どういう世界を望む?」


 真面目で、重い質問だった。

 かつての大魔王から、現魔王への問いかけ。俺は首の後ろを掻きながら、少し悩んで、正直に答えた。


 「……わからない。世界征服なんて興味ないし、ただ平穏に美味しいものを食べて暮らしたいだけだ」


 そして、俺は自然と口元を緩めて付け加えた。


 「でも、まあ……お姉さんが一緒にいてくれるから、どうにかなると思うよ」


 魔王らしからぬ、あまりにも他力本願で依存しきった答え。

 ルカは呆れたように肩をすくめた。


 「……そうか。お前らしいつまらん答えだが、今はそれくらいが丁度いいのかもしれんな」


 ルカは踵を返し、扉へと向かう。


 「だが、どうにもならなくなった時は、私がその地位を実力で奪う。……そのことだけは忘れるなよ」


 そう言って去ろうとするルカの背中を、俺は慌てて呼び止めた。


 「あ、待って。お願いがあるんだけど」

 「なんだ?」


 怪訝そうに振り返るルカに対し、俺はモジモジしながらとんでもないお願いを口にした。


 「えっと……式典の会場に戻ったら、お姉さんの目の前で、俺を思いっきり抱きしめてほしいんだ」

 「……は?」

 「いや、ルカがそうやって俺にちょっかいを出してくれたら、お姉さんが激しく嫉妬して……夜、俺のことをめちゃくちゃに激しく求めてきてくれるようになるからさ……」

 「…………」


 ルカの顔から、すっと感情が消え失せた。


 「はぁ……。なぜ私が、貴様ら変態たちの情事を燃え上がらせる手伝いをせねばならんのだ」


 ルカは心底軽蔑したような目を俺に向けた。


 「人の力を借りずに、自分からグイグイと押し倒しにいけばいいだろうが。二度とそのような頼み事をするな」


 即座に、そして完璧に拒否したあと、ルカは足早に控え室からいなくなってしまった。


  ◇◇◇


 式典はその後も数日間にわたって続く予定だったが、二日が過ぎた辺りで思わぬ来客が現れた。


 「やっほー! ミアちゃん、統一のお祝いにきたわよ〜!」


 大広間に響き渡る能天気な声。

 俺の背後からいきなり親しげに肩を組んできたのは、南の大陸に帰ったはずの魔女ティエラだった。


 「ティエラ殿……! とうとう来ましたね」


 俺の隣に控えていたカーミラが、ギリッと牙を鳴らした。

 以前、俺の命令だと偽ってオロネスの金庫から大金を騙し取っていった詐欺師の登場に、カーミラの怒りのオーラが爆発寸前まで膨れ上がる。

 しかし、今日は各地から大勢が集まる式典の最中だ。

 有能な内政官である彼女は、ピキピキと額に青筋を浮かべながらも、ぐっとその怒りを腹の底に抑え込んだ。


 「……帰ったんじゃなかったのか?」


 俺が呆れて聞くと、ティエラは俺の頬をツンツンと指先でつつきながら笑った。


 「魔界が統一されたって話を聞いて、すぐ戻ってきたに決まってるでしょうが! このこのっ!」

 「ちょ、つつくのやめて」


 再会を喜ぶのはそこそこに、ティエラの視線は会場に並べられた豪勢な料理の数々へと釘付けになった。

 今回の式典では、ビュッフェ形式で人々に無料の食事が振る舞われている。

 その予算を捻り出したのはカーミラだ。


 「おっ、あれ美味しそう! こっちの肉もいいわね!」


 ティエラは俺の肩から離れると、タダ飯が目的としか思えないほどの凄まじい勢いで、皿に料理を山盛りにし、場所を移しながら次々と平らげていった。

 堂々としているというか、図々しいというか、かつての英雄としての威厳は欠片もない。


 「あの魔女から、どうやって資金を取り返してやりましょうか」


 当然ながら、怒りに満ちたカーミラは策略を巡らせている。果たして、逃げられる前にどれだけのお金を回収できるのやら。

 ふと見ると、ティエラは食事の皿を持ったまま、壁際で静かに飲んでいたルカの元へ歩み寄り、「よっ、金髪ちゃん! そのドレス似合ってるわよ!」とウザ絡みをし始めていた。

 ルカが本気で嫌そうな顔をして追い払おうとしている。


 (……まあ、式典の間はあの調子で好き勝手し続けるんだろうな)


 賑やかすぎる会場の空気に少し疲れた俺は、喧騒からこっそりと抜け出した。

 そして、厨房の近くに用意してもらった別室へ入り、会場に並べられる前の出来立ての温かい料理を一人でつまみ食いし、至福の休息を堪能するのだった。


 ◇◇◇


 喧騒に満ちた昼の式典が終わり、夜の静寂がオロネスの館を包み込んだ頃。

 俺は自室のベッドに腰掛け、昼間にルカから言われた言葉を思い出していた。


 『人の力を借りずに、自分からグイグイと押し倒しにいけばいいだろうが』


 一理ある。それに何より、たった数時間お姉さんに触れていないせいで、俺の体は微妙に落ち着かず、甘い疼きを訴え始めていた。

 俺はお姉さんを自室に呼びつけると、彼女が部屋に入ってきた瞬間、無言でその肩を掴みベッドへ押し倒そうとした。


 「あら」


 だが、お姉さんは抵抗するどころか、嬉しそうに俺の首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。そのまま二人の体はもつれ合い、ふかふかのベッドへと一緒に倒れ込む。


 「もう、大胆ね」


 俺の下敷きになったお姉さんが、艶然と微笑む。


 「たまには……いいだろ」


 俺が照れ隠しにそう言うと、お姉さんは「それはそうだけど」と俺の頬を優しく撫でた。


 「ねえ、見て」


 お姉さんが指先から魔法を放つと、室内に置かれていた大きめの姿見がふわっと宙に浮かび、俺たちの真上──天井の辺りへと移動して止まった。

 鏡の中には、ベッドで抱き合う二人のサキュバスの姿が鮮明に映し出されていた。

 銀髪で、琥珀色の瞳をした、華奢で可憐な少女たる俺。

 黒髪で、深い青い瞳をした、豊満な肉体を持つ絶世の美女であるお姉さん。


 「これが、私たち」


 お互いの手足は深く絡み合い、二本の尻尾が、まるで交尾する蛇のようにねっとりと絡みついている。

 ただ抱き合っているだけなのに、どうしようもなく、いやらしい以外の言葉が出ないほど濃密に密着した光景だった。


 「……俺って、可愛いよな」


 鏡の中の熱に浮かされたように頬を染める自分を見て、俺は思わず呟いた。


 「ふふ、そうなるように、じっくりと時間をかけて作り上げたもの」


 お姉さんの腕が俺の背中に回り、さらに強く引き寄せられる。

 その抱擁は、体の芯までドロドロに溶かされてしまいそうなほど、優しくて、たまらなく温かかった。

 俺がたまらず、ぎゅっと抱きしめ返す力を強めると、お姉さんは「よしよし」と愛おしそうに頭を撫でてくれた。


 「……俺、お姉さんがいないと生きていけない」


 ふと、心の底からの本音がこぼれ落ちる。


 「私も、ミアがいないと狂ってしまうわ」


 お互いがお互いを必要とし、お互いがいないとダメになる。

 それは完全で、究極の共依存。

 ふわり、と視界が反転する。

 お姉さんにのしかかられ、上下が逆転した。

 圧倒的に柔らかく豊満な肉体で全身を押し潰され、身動きが取れなくなる。


 「あ、んっ……」


 俺の顔のすぐ横には、お姉さんの豊かな胸の谷間があった。そこから漂う、サキュバス特有の甘く濃密な匂い。

 それを胸いっぱいに嗅ぐだけで、頭の先からつま先まで、痺れるような気持ちよさが駆け巡る。

 完全に押し潰されて抵抗できなくなった俺を、お姉さんは慈しむように舐め上げ始めた。


 「んちゅ、れろ……」

 「ひゃあっ!? あ、そこ……っ」


 耳の裏、首筋、そして……じんわりと汗をかき、体臭が強く溜まりやすい脇のくぼみ。

 そういったフェロモンの濃い場所を、お姉さんの長い舌が執拗に舐め回し、強い力でちゅぅっと吸い上げる。

 全身の力が抜け、俺はただ快感に身を委ねて喘ぐことしかできなくなった。


 「はぁ……はぁ……」

 「気持ち良かった?」


 十分に俺をトロトロに溶かしたあと、お姉さんは再び俺を自分の上へと乗せた。

 海綿のように柔らかいお姉さんの体に沈み込みながら、俺は荒い息を吐く。

 お姉さんの指先が、俺の平らな下腹部をそっとなぞり、甘い毒のような声でささやいた。


 「……お揃いの印を、お腹に刻みましょう? お互いがお互いのものであるという、淫らな紋様を」


 サキュバスとしての、絶対的な所有の証。

 俺は迷うことなく、とろんと濁った瞳で頷いた。


 「うん。……俺は、お姉さんのもの」

 「私は、あなたのもの」


 指先から流し込まれる高密度の魔力が、俺とお姉さんの下腹部に熱い紋様を焼きつけていく。


 「あっ、ぁぁぁっ……!! んんっ、はぁ、あぁぁっ♡」


 臨界点に達していた甘い疼きと痺れが、一気に爆発して発散される。俺たちは魔力と体液を交わらせながら、何度も、何度も深い絶頂を共有した。

 激しい情事の余韻の中。

 俺はお姉さんの白い首筋にちゅうちゅうと吸いつきながら、ふと頭に浮かんだ妄想を呟いた。


 「……成長して大きくなった俺と、少女の姿のお姉さんとで、いやらしいことしたい」


 ルカの姿を見て、無意識にそんな願望が湧いてしまったらしい。

 お姉さんは驚くどころか、嬉しそうな様子で妖艶に笑った。


 「あらあら、欲張りさんね。……いいわ、夢の中でたっぷりと、小さくてか弱い私を、力ずくで貪って♡」


 そして、俺の顎を引き寄せ、溶け合うような甘く深いキスを交わした。

 ──前世は、しがない男だった。

 それが異世界でサキュバスの少女になり、魔界を統一する魔王にまで成り上がってしまった。

 血なまぐさい戦いもあった。恐ろしい敵もいた。

 でも今、俺の腕の中には、世界で一番俺を愛し、甘やかしてくれる、最凶で最高の伴侶がいる。


 (あぁ……とても幸せだ)


 窓から差し込む月明かりの下、俺はお姉さんの温かい胸の鼓動を聞きながら、これ以上ないほどの絶対的な幸福と安心に包まれ、深く甘い眠りに身を任せた。

これにて完結です。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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