89話 火竜の求愛とサキュバスの毒
魔界の統一を果たし、名実ともに大陸の支配者となった俺は、各領地への視察という名の公務に回っていた。
移動手段は、もちろん火竜たるレジエの背中だ。お姉さんはオロネスでの内政と不穏分子の掃除という裏の仕事で忙しいため、今日は同行していない。
「……ふぅ。次はディフのところだな」
上空の冷たい風を浴びながら、俺が次の予定を確認していると、レジエは不意に高度を下げ、眼下に広がる人の気配が一切ない深い森の中へと降り立った。
「ん? どうした、レジエ。休憩か?」
俺が背中から飛び降りると、レジエは赤い髪を持つ少女の姿になった。
そして、無言のまま俺に歩み寄り──ドンッ、と木の幹に俺を押しつけた。
「えっ……ちょ、レジエ?」
「今はイリスがいない、貴重な二人きりの時間」
言うが早いか、レジエは俺の唇を強引に塞いだ。
「こ……こら……っ!」
火竜特有の高い体温と、強引で熱を帯びた舌が俺の口内を蹂躙する。
それと同時に、彼女の手が俺の服の中に滑り込み、サキュバスの敏感な肌を直接、いやらしく撫で回し始めた。
「あ、んんっ……! だ、だめだって。これからディフのところに行く公務の予定が……!」
俺が息継ぎの隙に抗議すると、レジエは赤い瞳を細め、肉食獣の笑みを浮かべた。
「急げば間に合う。……だから、抵抗しないで、わたしに食べられてぐずぐずになろう?」
「ぐっ……」
耳元でささやかれる甘い吐息と、子宮の辺りを的確に撫でてくる指先のテクニックに、俺の貧弱な理性はあっさりと陥落した。
「……しょ、しょうがないな……少しだけだぞ……」
俺が腕の力を抜いて受け入れると、レジエは「うん」と満足げに頷き、さらに深く、思考を溶かすような愛撫と口づけを落としてきた。
◇◇◇
「はぁ……っ、ぁ、んんっ……♡」
森の木陰。俺はお互いの衣服をはだけさせたまま、レジエの熱に当てられて、頭の芯までとろとろに気持ちよくなっていた。
サキュバスのフェロモンを吸い込み、レジエもまた目を潤ませて荒い息を吐いている。
だが、情事が一段落し、俺が胸を撫で下ろそうとした時だった。
レジエは俺を芝生の上に押し倒したまま、真剣な眼差しで見下ろしてきた。
「……ミア。定期的に、こういうことしよう」
「えっ? あ、ああ……まあ、お姉さんの目がない時なら……」
俺が曖昧に頷くと、レジエはとんでもない爆弾を落としてきた。
「もし、したくないなら。……わたしの子ども、産んで」
「……は?」
俺は目を白黒させた。
予想だにしなかった、あまりにも生々しすぎる告白。俺の心の片隅に追いやられていた男としての自分が、冷や水をぶっかけられたように一気に目を覚ました。
「こ、子どもって……! 俺もレジエも、今は女同士だぞ!?」
俺が慌てて反論すると、レジエはごろごろと喉を鳴らしながら、俺の体にのしかかってきた。
「お金さえ用意できれば、非合法に生やしてくれるところはあるから。……わたしが生やして、ミアを孕ませる」
「なっ!?」
サキュバスは自前で生やせるが、サキュバスではない者も生やせるという魔法の怖さに、心の奥底で期待する自分がいた。
「……さあ、選んで。わたしと、ずるずると淫らな関係を続けるか。それとも、関係を完全に清算するために、わたしに孕まされるか」
逃げ場のない二択。
ぶっ飛んだ提案だが、レジエの瞳は冗談を言っているようには見えなかった。竜族の求愛は、かくも重く直接的だ。
(……孕まされるのはさすがにダメだ。いろいろな意味でまずい)
だからといって、レジエを手放すなんてことは絶対にできなかった。この温もりも、彼女のまっすぐな想いも、俺には必要なのだ。
レジエがいるからこそ、男としての自分が完全に消えずに済んでいる。
「……わかった。淫らな関係は続ける。……ただ、仕事に影響が出ない範囲で、な」
俺が顔を真っ赤にして答えると、レジエの顔にパッと花が咲いた。
「うん。じゃあ関係を続けるために、いっぱいしよう」
「えっ、ちょ、今はもう……んんんっ!?」
俺の悲鳴は、再び落ちてきた熱い唇によって塞がれた。
結局、そこからさらに数十分。俺はレジエの野生の体力に付き合わされ、ぐずぐずのどろどろになるまでいやらしいことをされ続ける羽目になった。
その後、近くの綺麗な川で二人して水浴びをして体を清め、なんとか威厳ある魔王の雰囲気を取り繕ってから、俺たちはディフの領地へと向かった。
「おお、ミア様」
ディフとの挨拶は短く済んだ。陳情がないか尋ねるも、「南部は平和そのものじゃて。特段問題はない」とのことで、俺はホッと胸を撫で下ろした。
次は、南東にあるルーサーの館へ向かう。
「いやぁ、ミア様。今日も一段と美しく、そして……なんだかひどく淫靡な匂いを漂わせておられますねえ」
出迎えたルーサーは、相変わらず鼻をヒクつかせて変態的な笑みを浮かべていた。
一通りの挨拶と領地の報告(陳情は特になし)を終えると、ルーサーは俺の側に擦り寄り、ねっとりとした声で耳打ちしてきた。
「ねえ、ミア様。……試しに一度だけエッチしてみません?」
「は? お前、奥さんがいるだろ。不倫になるから絶対に無理だ」
「えー。人生経験として、一度くらいやってみようよぉ。私、こう見えてテクニックには自信があるのに。ミア様のそのお堅いところ、ぐちゃぐちゃにしてあげるからぁ……」
ルーサーが食い下がり、俺の手を撫で回してくる。
「……ルーサー」
俺は魔力を込め、少し殺気を放って睨みつけた。
「あらら、やっぱりダメかあ」
「そもそも、そういうことするにしても、俺だって相手を選びたい」
拒否の感情をぶつけると、発情しているルーサーは残念そうに引き下がった。本当に、この元男はどうしようもない。
◇◇◇
夕方。
今日の分の公務をすべて終え、俺はオロネスの館へと帰還した。
「お疲れ様です、ミア様。本日の報告書と、明日以降の書類はこちらに」
執務室で、真面目な顔をしたカーミラといろいろな打ち合わせをこなす。
「はぁ……疲れた。カーミラ、ちょっと休憩しよう。別室で甘いものでも……」
俺が伸びをしながら言うと、カーミラは「かしこまりました」と頷き、館の奥にある休憩室へと案内してくれる。
しかし、休憩室の扉が閉まった瞬間。
ガチャリ、と内側から鍵がかけられた。
「……え?」
俺が振り返るより早く、背後からカーミラに抱きすくめられた。
「カ、カーミラ?」
「……ミア様。本日は、ずいぶんと竜の匂いを色濃くつけてお帰りですね」
その声は、普段の真面目で冷静なトーンからは程遠い、低く、熱を帯びた、吸血鬼としての本能が剥き出しになったものだった。
冷たい指先が、俺の首筋をなぞる。
「わたくしは、ずっと我慢していたのですよ。……仕事中は、決して私情を挟まないようにと。ですが、ミア様から発せられるその甘いフェロモンは……ミア様のすべてが、わたくしを狂わせ、虜にしてくる猛毒です」
「あ、んんっ……ま、待って、カーミラ……っ!」
制止も虚しく、カーミラは俺を押し倒した。
「すべて、堪能させていただきます」
カーミラは、俺の首筋に深々と牙を立てた。
「あぁっ……♡」
吸血による、魂が抜けるような強烈な快感。
それだけではない。彼女の手が俺の衣服を器用に剥ぎ取り、その冷たい手で、俺の火照った体を隅々まで愛撫し始める。
「んちゅ……ぁ、すばらしい……この匂い、この肌の滑らかさ、血の甘さ……」
カーミラは視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。その五感のすべてを使って、まるで極上の芸術品を味わうかのように、俺の体を貪り、舐め回し、しゃぶり尽くしていく。
「ひぃっ、あ、ぁぁっ……だめ、そんなとこ……っ、カーミラぁっ♡」
普段は禁欲的で真面目な側近が、理性を投げ捨てて俺に溺れてくる。そのギャップが、サキュバスとしての俺の快感中枢をさらに狂わせる。
魔界の支配者となった俺の日常は、平和ではあるが……毎日が貞操の危機と、極上の快楽による蹂躙の連続だった。
俺は、愛という名の猛毒に完全に支配された館の中で、今日も甘い気絶の淵へと落ちていく。




