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76話 魔力還流の拷問と妹竜の願い

 東の竜族との開戦を見据え、俺たちは一度オロネスへと帰還した。

 大陸南部のそれぞれの広大な領地については、ディフとルーサーに任せている。

 ティエラは、船団内部でのあれこれは秘密ということで教えてくれなかった。


 「……遠征に耐えられる魔物の選抜、傭兵への報酬の計算、そして何より、竜のブレスを多少なりとも掻い潜るための防具と物資の調達。最低でも一ヶ月、長ければ数ヶ月はかかります」


 オロネスの執務室で、カーミラが山積みの書類を前に溜息をついた。

 相手は空の要塞たる竜族だ。単なる数で押し潰せる相手ではない。

 大規模な戦いになることを考えれば、準備だけでもそれだけの時間がかかるのは仕方がないと、俺も納得した。

 しかし、一つ致命的な事実に気づいていなかった。

 準備に数ヶ月かかるということは、裏を返せば、俺がお姉さんに付きっきりで鍛えられる時間がたっぷりあるということだ。


  ◇◇◇


 「あ、ぁぁっ……ひぃっ、んぐぁ……!!」


 オロネスの館、私室のベッドの上。

 俺はシーツを強く握りしめ、白目を剥きかけながら、全身をガクガクと痙攣させていた。


 「ほら、ミア。もう少しよ。……限界まで空っぽにしてからじゃないと、私の魔力がいっぱい入らないでしょ?」


 お姉さんが、俺の体に覆い被さり、サキュバスの尻尾と指先を使って、俺の体内から文字通り気絶寸前になるまで魔力を吸い尽くす。

 そして、空っぽになって干からびかけたところに、今度はお姉さん自身の高密度な魔力を、濁流のように無理矢理に注ぎ込んでくるのだ。


 「がッ、あ、あァァァッ! あ、つ、熱いっ、あつ……!」


 破壊と再生。これを数日間、朝から晩まで延々と繰り返されている。

 声もろくに出ず、よだれを垂らし、あられもない姿でビクンビクンと跳ねる俺は、端から見れば完全に死にかけているようにしか見えないだろう。


 「……よくもまあ、心が壊れないものだな」


 部屋の入り口から、呆れたような声が聞こえた。

 前世は男ながら、とある魔女の策略により金髪の少女となった魔王ルカが、腕を組んで俺たちの特訓(事実上の拷問)を観察していたのだ。


 「る、ルカ……たのむ、とめて、くれ……死ぬ……」


 俺がかすれた声で助けを求めると、お姉さんは俺の額にちゅっとキスをして微笑んだ。


 「ダメよ。これを乗り越えれば、ミアの魔力はさらに大きく、強くなれるんだから。……愛してるわ、ミア♡」


 ルカは同情するような目を向けたが、すぐに冷徹な表情に戻って頷いた。


 「心が壊れず、死なないという前提があるならば……イリスのそのやり方は、おぞましいが極めて効果的だ。止める気はない」

 「そん、な……」

 「ひとまず、飛んでいる竜族を魔法で撃ち落とせるくらいには、強くなってもらわないと困る。現状では、私、イリス、あの忌々しい魔女……ミアの勢力でまともに竜とやり合えるのは、これくらいしかいないゆえに」


 ルカは冷酷な事実だけを告げると、「励めよ」と言い残して、バタンと扉を閉めて出て行ってしまった。

 唯一の希望が絶たれた絶望感の中、俺は再びお姉さんの魔力の波に飲まれた。

 とはいえ、ルカがいなくなったあと、お姉さんの行為は少しだけ“優しいもの”に変わり、最終的には激痛よりも快楽の比重が大きくなり……頭の中が完全に、トロトロになるまで仕上げられてしまったのだった。


  ◇◇◇


 「はぁ……はぁ……」


 翌日。特訓の合間の休憩時間に、俺は館の廊下をふらふらと歩いていた。

 体中から、自分でもわかるほど淫靡すぎる匂いがぷんぷんと漂っている。


 「……む」


 曲がり角で、監視役として滞在している黒竜のズワルトと目が合った。

 絶対に人の姿にならないため、館の中庭から窓越しに顔を覗かせている。


 「なんだよ、その反応」


 ズワルトには東部との戦争準備のことは隠してある。

 彼にとって俺は、ここ数日ずっと部屋に引きこもってサキュバスとエッチな日々を送っているだけのダメ魔王として映っているはずだ。


 「……サキュバス同士というのは、凄まじいことになるらしいな」


 ズワルトは俺の漂わせる異常な匂いに顔をしかめつつ、気まずそうに世間話を振ってきた。


 「あ、ああ……まあ、いろいろとな……」


 俺が力なく愛想笑いを浮かべると、ズワルトは「精が出るな」とだけ言ってそっぽを向いた。表向きは、オロネスは今日も平和で平穏だった。

 その後、俺は館にある図書室を兼ねた資料室で、広げた大陸の地図を眺めているルカに出会った。


 「ルカだけか。……大陸の確認か?」

 「ああ。かつて私が支配していた頃と、今の勢力図がどう変わっているかを見ていた。昔の資料と合わせることで、各地域がどのように動いてきたかわかるから、なかなか楽しいぞ?」


 ルカは地図から目を離し、俺の顔を見てフッと笑った。


 「……ずいぶんと搾り取られているようだが、男としての自意識はまだ保てているのか?」

 「……ギリギリなんとか。絶対に、心まで堕ちたりしない」


 俺が強がって見せると、ルカは悪戯っぽい笑みを浮かべ、とんでもないことを口にした。


 「すでに堕ちてる者の言葉にしか聞こえんが。ならば、一つ教えてやろう。……実力のある高位のサキュバスは、自身の魔力を使って、股間にあれを生やすことができるぞ」

 「なに!?」


 俺はガタッと立ち上がった。


 「ほ、本当か!? 男のシンボルが……あとから生やせる!?」


 もしそれが本当なら、俺は物理的に男としての尊厳を取り戻せるかもしれない。希望の光が差し込んだ瞬間だった。

 しかし、ルカは冷酷に肩をすくめた。


 「ああ、生やせる。……だが、生やしたところで、あのイリスに勝てるのか? あいつに弄られ、責められる弱点を自ら一つ増やすようなものだぞ。今以上に逃げ場がなくなるな」

 「そ、れは……」


 脳内に、俺の生やしたそれを、お姉さんが満面の笑みで、サキュバスの絶技をもって徹底的に開発し、搾り取り、俺が涙とよだれを流して完全降伏する未来のビジョンが、恐ろしいほどの解像度で再生された。


 「……や、やめておく……」


 俺は泣く泣く、わずかに見えた希望を自らへし折るしかなかった。


  ◇◇◇


 その日の夕方。

 俺は中庭でレジエと軽い手合わせ、という名のじゃれ合いに近い鍛練をしていた。

 実際に体を動かさないと鈍るし、本気ではないとはいえ、戦いは多少なりとも気力を回復させてくれる。


 「えいっ」

 「うおっと!」


 レジエの突進をいなし、地面に転がす。お姉さんによる地獄の特訓のおかげで、俺の身体能力と魔力操作は確実に跳ね上がっていた。


 「……うん、今日の分は終わり。ミア、汗かいてる。美味しい匂いがする」


 鍛練が終わるなり、レジエは飛びつき、犬のように全身をペロペロと舐め回して俺の汗と漏れ出た魔力を舐め取って綺麗にしてくれた。これもすっかり日常風景だ。

 その後、一緒に広いお風呂に入った。

 温かいお湯に浸かり、ふぅっと一息つく。

 俺は隣でバシャバシャと遊んでいるレジエを見て、ずっと気になっていたことを尋ねた。


 「なあ、レジエ」

 「ん?」

 「これから、俺たちは東の竜族と戦争をするわけだけど。……お前は、自分の同族と戦うことについて何か思うことはないか?」


 俺の真剣な問いに、レジエは少しだけ動きを止め、お湯の表面を見つめた。


 「……竜族は、数が少ないから」


 ぽつりと、レジエが呟く。


 「追い出されたわたしでも、一応、竜だから。……ミアにお願いがあるの」

 「なんだ? 言ってくれ」


 レジエは俺の方を向き、赤い瞳でまっすぐに訴えかけた。


 「できる限りでいいから。……あまり、竜を殺さないでほしい」


 それは、彼女が見せた同族への切実な憐憫だった。


 「……わかった。約束はできないが、無駄な殺生は避けるように善処するよ」


 頭を撫でると、レジエは「うん」と小さく頷き、俺の腕にすり寄ってきた。

 圧倒的な力を持つ竜族。

 その命の重さを背負いながら、次の戦いへのカウントダウンは、少しずつだが確実に進んでいく。

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