33話 竜の嗅覚と科学的なゴーレム攻略法
再び荒野の開拓村へと戻ったが、やることは多い。
まずは足を踏み入れてない場所を探索しつつ、魔物を倒し、あるいは交渉して配下を増やす。
しかし、問題は他にもあった、
「石材と金属……圧倒的に足りないな」
俺は開拓村の中央で、ため息混じりに現状を確認した。
サンドワームの素材は優秀だが、建材としては不向きだ。そもそも安定して手に入らないという欠点がある。
「そうね。いつまでもテント暮らしでは、ここは次に進めないわ」
街道を敷き、強固な城壁を築き、武器や農具を量産するには、どうしても石と鉄が必要になる。
各地を繋ぎ、経済圏として機能させるには、インフラの整備が急務。
交易で手に入れようにも、資金的な問題がある。
「広い荒野だし、どこかに鉱脈が一つか二つはあるはずだけど、探すのは大変ね」
隣でイリスお姉さんが、広大な地平線を眺めて言った。
探すにしても、この広さでは時間がいくらあっても足りない。
「地道に探すしかないか……。そろそろ出発だ」
俺はお姉さんと共に、レジエと護衛代わりの魔物たちを引き連れて荒野の探索に出た。
主な目的は。周辺の魔物をぼこって配下にすることだが、ついでに資源調査も兼ねている。
「ふう、これで何体目だっけか」
襲ってきた大きなサソリを剣の腹で叩き伏せ、配下に加える。
そんな作業を繰り返していた時だった。
「……ん? んん?」
後ろをついてきていたレジエが、突然足を止めた。
そして、鼻をクンクンとひくつかせ始める。
「どうした? 敵か?」
「……違う。あっち。覚えのある匂いがする」
レジエが指差したのは、ごつごつとした岩山がある方角だった。
「匂いって……何もしないぞ?」
「貴金属とか、魔力を帯びた鉱石の匂い。……竜族は本能的に感じ取れる。さすがに個人差はあるけれど」
なるほど。種族の特性ってやつか。
前世で読んだ本の中には、竜は財宝を溜め込む習性があると書かれていたものがある。
この異世界における竜族は、生まれつきお宝センサーを持っているらしい。
レジエの瞳が、獲物を見つけた猟犬のように鋭くなっている。
「案内しろ。お手柄かもしれないぞ」
「うん。ついてきて」
俺たちはレジエのあとを追った。
数十分ほど岩場を歩くと、地表の一部が赤茶色に変色している場所に出た。
「これは……鉄鉱石か!」
俺は地面から露出している岩を手に取り、歓声を上げた。
そこそこの純度だ。これがあれば鉄不足はある程度解消する。
「でかした!」
「……これじゃない」
だが、レジエは興味なさそうに首を横に振った。
「こんなの、ただの石っころ。……もっと強くて、いい匂いがするのはこっち」
彼女は鉄鉱石の鉱脈を素通りし、さらに奥へと進んでいく。
贅沢な奴だ。
さらに進むこと十数分。
案内されたのは、荒野の大地が大きく割れた、深い裂け目の底だった。
そこに、ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟があった。
「……どうやって降りる?」
「飛べばいい」
「ええ。私たちには翼があるもの」
人の姿でも竜族は飛べるのか、レジエは軽々と舞い降りた。俺とお姉さんも続けて降り立つ。
そして洞窟の中に足を踏み入れた瞬間、俺は息を呑んだ。
暗いはずの内部が、青や紫の淡い光で満たされている。
壁一面に、魔力を帯びた水晶や、見たこともない鉱石がびっしりと生えていたのだ。
「すげぇ……」
「これは、かなりの発見ね」
お姉さんも感心したように壁の水晶に触れる。
ただの鉱山じゃない。魔力的な資源の宝庫だ。
「よし、ここを確保──」
ズズズズズ……。
俺が言いかけた時、洞窟の奥から重苦しい音が響いた。
地面が揺れる。
現れたのは、岩と水晶の塊だった。
いや、動いている。
太い四肢と頭部らしき突起が、巨大な胴体に無理やりくっついたような、歪な巨人。
「……ゴーレムか!」
「あら、ずいぶんと不恰好ね」
お姉さんが冷静に解説する。
「魔術師が作るゴーレムは動かしやすいように形を整えるけれど、こういった魔力溜まりで自然発生するタイプは、適当な鉱石がくっついただけだから形がひどくなりがちなのよ」
「つまり、ここはそれだけ魔力が濃くて、手つかずの鉱床ってことか!」
天然の番人のお出ましだ。
お宝を手に入れるには、こいつを倒さなければならない。
「グオォォォン……!」
ゴーレムが腕を振り上げる。
俺は前に飛び出し、剣を振るった。
高い音が響き、剣が弾かれる。
「硬っ!?」
傷一つついていない。
表面を覆う水晶が硬すぎる。
俺はすぐに距離を取り、魔物をぼこる用のメイスに持ち替えて殴りつけるが、表面が砕けるだけで決定打にはならない。
「魔法は……反射持ちかよ」
お姉さんが放った牽制用の魔法(魔力を塊にしてぶつけるやつで威力控えめ)が、水晶の体に当たって四方へ散った。
物理も魔法も効きにくい。最悪の状況だ。
……まあ、副魔王としての実力をお姉さんが解放すればどうとでもなるとはいえ、それでは意味がない。
「燃やす? 人の姿でもブレスは出せる」
器用なことに、レジエが口から炎を出しながら提案する。
俺は首を横に振った。
「いや、単に炎を浴びせただけじゃ、表面が溶けるだけ。長くやり続けたら洞窟内の俺たちも焼ける。……少し待て」
俺は脳内の知識を検索する。
前世の記憶。科学の授業。
硬い物体を破壊するのに、必ずしも力はいらない。
「……試すだけ試すか」
俺は二人に指示を出した。
「レジエ、あいつを炙れ! 限界まで赤熱させるんだ! お姉さんは、大量の水を用意してくれ!」
「なるほど。そういうことね♡」
お姉さんは即座に意図を理解したようだ。
作戦が開始される。
「……消し炭になれ」
レジエが息を吸い込み、口から紅蓮の炎を吐き出した。
逃げ場のない洞窟内で、ゴーレムが炎に包まれる。
水晶が赤く輝き、岩肌が熱を帯びていく。
ゴーレムは苦しげに暴れるが、レジエは容赦なく焼き続けた。
「今だ、お姉さん!」
「ええ!」
お姉さんが指を鳴らすと、何もない虚空から水が出現し、真っ赤になったゴーレムに降り注いだ。
猛烈な水蒸気が爆発的に発生し、視界が白く染まる。
ピキッ、パキキッ……!
硬質な破壊音が連続して響く。
急激な温度変化による熱膨張と収縮。
熱衝撃が、鋼鉄以上の硬度を誇るボディに致命的な亀裂を走らせたのだ。
「よし、トドメ!」
俺は湯気の中へ突っ込んだ。
狙うは亀裂の中心。
魔力を込めたメイスを、渾身の力で叩きつける。
ガラスが割れるような音と共に、ゴーレムの巨体が粉々に砕け散った。
破片がバラバラと地面に落ち、動かなくなる。
「ふぅ……。知識の勝利だな」
「お見事よ、ミア」
お姉さんが近寄ってきて、足元に転がった大きな水晶のかけらを拾い上げた。
透明度が高く、内側から青い光を放つ最高品質らしき代物だ。
「これなら、すごい魔道具が作れるわ」
青い瞳が、怪しく輝いた。
「振動したり、温かくなったり、粘液を出したりするような……ミアを気持ちよくさせるためのおもちゃが、いーっぱい作れるわね♡」
「……却下だ。そんなことに使うな」
俺は即答した。
この人にかかれば、希少な素材もただのアダルトグッズにされかねない。
◇◇◇
安全を確保した俺たちは、一度開拓村へ戻り、その辺にいるネズミの魔物たちを呼び寄せた。
戦闘力こそ低いが、それなりに頭が良く、人以下の効率ながらもいろんな作業ができる。
鉱床に戻ったあと、人間の子どもくらいの大きさでちょこまかと動き回り、簡易的な採掘場を作り上げていく。
人の手を使って本格的に掘り出す前の、お試し的な感じだ。
「これで資源の問題はいくらか解決しそうだな」
俺は掘り出された鉱石の山を見て満足げに頷いた。
もちろん、これを活用するには製錬する施設や加工技術が必要だし、オロネスと繋がる街道も整備しなければならない。
だが、未来への投資としては十分すぎる成果だ。
「……ふぅ、暑いな」
一仕事を終え、俺たちは休憩することにした。
まだ太陽は高く、荒野の気温は風が吹いてないのでそれなり。
日陰を作るために設営した簡易テントに逃げ込む。とはいえ、布を張って粗末な敷物を敷いただけのものだが。
「今日はまだ時間あるし、次は何をするかな」
俺はぼんやりと考えつつ水を飲み、首筋に流れる汗を拭った。
「……いい匂い」
すると、レジエがうっとりとした顔で俺に近づいてきた。
そして俺の首筋に顔を寄せると、ぺろりと舌を這わせた。
「くっ!? な、何すんだ!」
「んー……甘い。ご主人様の汗、魔力が濃くて美味しい」
レジエは恍惚とした表情で唇を舐める。
まるで極上の蜜を吸ったかのようだ。
「あら、抜け駆けはずるいわよ?」
反対側から、お姉さんも身を寄せてきた。
俺の腕を掴み、二の腕ににじんだ汗をちゅっと吸い上げる。
「んん……♡ 本当ね。労働のあとの汗は、格別の味がするわ」
「ちょ、やめ……!」
左右から美女と美少女に挟まれ、汗を舐め取られる。
絵面だけ見ればハーレムだが、捕食されているような恐怖がある。
「離れろ……! これ以上やったらテントの外に声が漏れる」
俺は慌てて距離を取った。
このテントは遮音性皆無だ。外には働いているネズミたちがいる。
変な声を聞かれたら、魔王の威厳が台無しだ。
「ちぇ。……ご主人様のいけず」
「ふふ。楽しみは別の時まで取っておきましょうか」
二人は残念そうに舌なめずりをして引き下がった。
俺は乱れた呼吸を整えつつ、ふと湧いた疑問を口にした。
「お姉さんはともかく……レジエ。お前、どうしてあそこまで俺に対して積極的なんだ?」
所有物になるとは言ったが、ここまで懐いてくる理由がわからない。
するとレジエは、小首をかしげて答えた。
「……ご主人様が、魅力的だから」
「は?」
「強くて、賢くて……いい匂いがする。所有されるなら、素敵な主がいい。……それだけ」
まっすぐな瞳。
そこに嘘は見えなかった。
単純な強さへの敬意なのか、それとも竜族特有の感性なのか。
「お、おう……そうか」
面と向かって魅力的と言われ、俺は悪い気はしなかった。
男として──いや、主として認められているなら素直に嬉しい。
その言葉に裏があるとしても。
俺が少し照れくさそうに鼻の下を擦っていると。
「…………」
テントの端で、お姉さんが無言でレジエを見つめていた。
笑顔ではない。
かといって怒っているわけでもない。
ただ、底知れぬ静けさを湛えた瞳で、じっと値踏みするように観察していた。




