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34話 水晶の迷宮と埋め込まれた愛の楔

 「それじゃあ、私は一度オロネスに戻って、カーミラにこの鉱脈のことを伝えてくるわね。ついでに採掘に必要な機材と人員の手配もしてくるわ」

 「ああ。頼んだ」


 イリスお姉さんは俺の頬に軽くキスをすると、優雅に翼を広げて空へと舞い上がった。

 瞬く間に小さくなっていく背中を見送り、俺は隣に立つレジエに向き直った。


 「さて、お姉さんが戻るまで、もう少し奥を調べてみるか」

 「一緒に行く」


 俺たちは再び、幻想的な光に満ちた洞窟の奥へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 洞窟の内部は、進めば進むほど美しさを増していた。

 壁一面に群生する水晶が、青、紫、ピンクと色を変えながら輝いている。

 天井からは光る水滴が落ち、地面に小さな地底湖を作っていた。


 「すげえな……。これぞファンタジーって感じだ」


 俺は前世の記憶と比較し、内心でウキウキしていた。

 地球の鍾乳洞も凄かったが、魔力が可視化されたこの光景は別格だ。

 異世界の自然、侮りがたし。

 俺が水晶に手を触れ、その冷たさとかすかな魔力の波動を楽しんでいると。


 「綺麗?」

 「ああ。こんな場所が荒野の地下にあったなんてな」

 「……そう。ミアも、綺麗」


 背後で、レジエが呟いた。

 その声の調子が、さっきまでと少し違うことに俺は気づけなかった。

 振り返ろうとした、その瞬間。


 ドサッ!


 「うわっ!?」


 強烈な衝撃と共に、地面に押し倒されていた。

 背中に感じるのは冷たい岩肌。

 上には、覆いかぶさるようなレジエの姿。

 彼女の細い腕が、俺の両手首をがっちりと地面に縫い止めている。


 「な、なんだ!? 何の真似だ!」


 レジエは何も答えない。

 ただ、その赤い瞳を爛々と輝かせ、まるで獲物を品定めするように俺の顔を覗き込んでいる。

 そして、顔を近づけ──首筋に噛みついた。


 「いったぁっ!?」

 「ん……ちゅ、れろ……」


 痛みは一瞬。すぐに、舌で傷口を舐め回される濡れた感触に変わる。

 甘噛みに、吸いつき。

 それは捕食というより、所有権を主張する獣のマーキングに近かった。


 「やめろっ! なんでこんなこと……!」

 「……ずっと、機会を待ってた」


 レジエが顔を上げ、熱っぽい瞳で俺を見る。


 「あの黒い女……イリスがいない時間を。わたし、ミアの所有物らしい振る舞い、できてた?」

 「……今までのあれは演技だったのか」

 「演技じゃない。所有されるのは嫌いじゃない。でも、もっといろんな選択肢があってもいいはず」


 彼女の手が、俺の服の中に侵入してくる。

 敏感な脇腹を撫で、背中に回る。


 「あの女はダメ。あれは化け物。……ミアを壊すまで愛し尽くす、底なしの沼」

 「っ……お前が、化け物だと感じたお姉さんが、こんなことして黙ってると思うか!?」

 「思わない。……だから、手の届かないところへ行けばいい」


 レジエの顔が、にたりと歪んだ。


 「ミアを掴んで、空へ。この大陸は広い。なんなら、海を越えて他の大陸という手もある。わたし、ミアが欲しくなった」

 「ふざけ──あぅっ!?」


 抗議の声を上げようとした俺の口から、情けない悲鳴が漏れた。

 レジエの手が、俺の背中の翼の付け根と、尻尾の根元を同時に強く揉みしだいたからだ。

 お姉さんに開発されることで生まれた急所。


 「ここ、弱いんでしょ? ……あと、ここも」


 もう片方の手が下腹部──子宮のあるあたりを、円を描くようにゆっくりと圧迫する。


 「あ、が……っ、や、やめ……そこ、ぐりぐりするなぁ……!」

 「いい声。……竜族は、お宝の弱点を見抜くのも得意」


 脳髄に直接響くような快楽が、俺の抵抗力を奪っていく。

 力が入らない。

 手足が痺れ、視界が揺れる。

 レジエはその隙を見逃さなかった。荷物から取り出したロープで、手際よく俺の手足を拘束する。


 「これでよし。……行こう、ミア」


 俺は米袋のように担ぎ上げられ、洞窟の外へと連れ出された。


 ◇◇◇


 外はまばゆい太陽の下だった。

 レジエは俺を地面に放り出すと、即座に変身した。

 バキバキと音を立て、赤い鱗を持つ竜へと姿を変える。

 ヴァルゴよりは一回り小さいが、それでも人を乗せて飛ぶには十分な巨体だ。


 「グルルゥッ!」


 レジエが俺の体を前足で優しく、しかし逃げられないように掴む。

 採掘作業をしていたネズミの魔物たちが、異変に気づいて駆け寄ってきた。


 「チュウッ!? チュチューッ!!」


 彼らは必死にレジエの足に噛みつき、爪を立てる。

 だが、頑丈過ぎる鱗には効果がない。

 レジエは彼らを一瞥すらせず、大きな翼を羽ばたかせた。


 バサァッ!!


 突風が巻き起こり、俺の体は宙に浮いた。

 遠ざかる地面。風で吹き飛び地面を転がるネズミたち。


 (まずい……! 本当に連れて行かれる!)


 俺は必死にもがくが、竜の握力と拘束具の前には無力だ。

 このままどこか遠い大陸へ連れ去られ、竜の巣で一生お宝として愛でられる未来が脳裏をよぎる。

 相手は美少女だし、それはそれで……いや、ダメだ!

 レジエが高度を上げ、水平飛行に移ろうとしたその時。


 ズドンッ!


 どこからともなく飛来した赤黒い魔力の弾丸が、レジエの翼を正確に撃ち抜いた。


 「ギャアアアッ!?」


 レジエが悲鳴を上げ、バランスを崩す。

 俺たちはきりもみ状態で落下した。

 だが、地面に激突する寸前、ふわりと見えないクッションのような何かが働き、衝撃を殺した。

 ……これは、魔法以外にあり得ない。


 ドサリ。


 俺は砂の上に転がった。

 すぐ横では、竜の姿でいるレジエが翼を押さえてのたうち回っている。

 俺が空を見上げると、そこには太陽を背に浮かぶ、黒い影があった。


 「……あらあら。ちょっと目を離した隙に、悪い虫がついたわね」


 氷点下の声を発するお姉さんだ。

 オロネスに行ったはずなのに、なぜもうここに?


 「お、お姉さん……? どうして……」

 「どうして居場所がわかったか、不思議?」


 音もなく着地し、微笑んだ。

 ただし目は笑っていない。


 「ミアの体の中……子宮の奥あたりにね、特製の魔道具を埋め込んであるのよ。常にどこにいるのか教えてくれて、心拍数や魔力の乱れ、さらには快楽の量を私に伝える愛の結晶をね♡」

 「……は?」

 「あ、でも安心して? ミアの魂が入る前の、肉体を作った段階で埋め込んでおいたから。体の一部みたいなものよ」


 俺は血の気が引くのを感じた。

 ドン引きだ。

 体にGPSとバイタルセンサーみたいな代物を埋め込まれていたなんて初耳だ。しかも、肉体を作った時からの初期仕様。

 この人の愛は重いというレベルじゃない。


 (……レジエに誘拐されてイチャイチャ捕食されるのと、このお姉さんに管理されるの、どっちがマシなんだ?)


 究極の二択に、俺は半ば諦めの境地に達していた。

 片方は、黒い髪と青い瞳の美女。もう片方は、赤い髪と瞳の美少女。


 「グッ……オォォッ!」


 レジエが痛みに耐え、再び飛び立とうとする。

 勝ち目がないことを悟り、逃走を選んだのだ。


 「逃がすわけないでしょう? 泥棒猫」


 お姉さんが冷淡に指を振るう。


 ドォン! ドォン! ドォン!


 魔法による無慈悲な追撃が、レジエの翼、手足、そして尾を次々と撃ち抜く。

 相手が死なない程度に体を破壊する圧倒的な暴力。

 殺さないからこその恐ろしさ。


 「ギャッ……あ、が……ッ」


 レジエは竜の姿を維持できなくなり、人の姿に戻った。

 ぼろぼろの衣服、血に濡れた肢体。

 彼女は砂の上を這ってでも逃げようとするが、お姉さんは優雅に歩み寄り──足でレジエの頭を踏みつけた。


 「あぐっ……!?」

 「今までは大目に見ていたけれど……私の妹に手を出して、あまつさえ連れ去ろうとするなんて。さすがにお仕置きが必要ね」


 お姉さんは、レジエの顔をぐりぐりと砂に押しつけながら、冷酷で、それでいて身の毛もよだつほど美しい笑みを浮かべた。

 そこにいるのは、優しい姉ではない。

 謀略と恐怖に満ちた、副魔王イリスの真の姿だった。


 「あなたが欲しかったものは、決して手に入らない。……それを、たっぷりと見せつけてあげるわ」


 お姉さんは大きい布を地面に投げたあと、指を鳴らす。

 ズズズッ……と地面から土と布が隆起し、あっという間に密閉された簡易テントを作り上げた。


 「さあ、怪我は治してあげるから入りなさい。……ミアもよ?」

 「えっ、俺も……?」

 「当然でしょう。お仕置きには、あなたの協力が必要なんだから」


 有無を言わせぬ圧力。

 俺は拘束されたままテントの中へと引きずり込まれた。

 

 (……まさか、レジエの前で、俺がお姉さんに何かされるのか!?)


 冷や汗が止まらない。

 密室。支配者。そして敗北者。

 荒野の真ん中で、地獄よりも恐ろしく、そして甘美な断罪の時間が始まろうとしていた。

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