last.ep.笑顔を守る私でいたい
「お母さま、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ。ユリアーナがいてくれるから寝不足なんて平気だわ」
あれから数日。
カールハインツの発情は辛うじて止めたが、離れて寝るのではなくがっちりホールドされているため寝返りすらままならず、身体のあちこちが強ばり、毎日寝不足である。
「そういえばね、お母さま」
「なあに?」
「バルテル侯爵令嬢がね、今度お姉様になるんですって」
王家に王子が誕生した事で、将来の側近王子妃候補、また友人になるようにと子を作る事はよくある。
上位貴族はもちろん、下位貴族に至るまで、野心のある者は頑張って子作りをするだろう。だからそういう流れがユリアーナの友人のところで来るのは仕方ない。世代でもあるのだし。
「……そうなの」
「それでね、その……」
もじもじしたユリアーナの言いたい事は何となく予想できる。できれば外れてほしい。
「私も……そうなるかなぁ、って思ったの」
「ユリアーナはお姉様になりたいの?」
ユリアーナは、俯いてドレスをぎゅっと握っている。ブランシュ公爵家の後継者としての道を選んだのは、弟妹がいないせいだ。
「分からないわ。お母さまとお喋りできるようになったのが嬉しくて、ずっと独り占めしたいと思うの。でも、わがままではないかしら……?」
「そんな事無いわ。遠慮しなくていいのよ」
「そうですか……? じゃあ、赤ちゃん、抱っこしてみたいです」
ストレートなお願いに、笑顔のまま固まってしまった。
私の決死の抵抗は、ユリアーナによって壊されてしまうようだ。
「弟でも、妹でも、うんと可愛がるわ。でも、時々は私のお相手もしてくださいね」
「え、ええ、もちろんよ」
ユリアーナの願いを叶えるべきか、自我をもってカールハインツを阻止するべきか、究極に悩みに悩んで頭がパンクするくらい悩んだ。
そうよ、これは政略結婚の義務。
王家に新たに子が生まれたから、と頑張るのは貴族の義務なのよ、と自分に言い聞かせる。
「マリー、どうした?」
「うひゃっ」
寝る時になって、いつものようにカールハインツに抱き締められる形で喋られると、首筋がくすぐったくて声が出る。
彼はひと通りむにむにしたあと、後ろから抱きしめて眠りにつく。
今日はいつも以上に意識してしまい、身体が強張ってしまう。
「マリー、おやすみ」
少しだけ力を緩めたカールハインツの袖をつまんでみた。これが私の精いっぱいだ。
「……もう少しだけ、触ってもいいわよ」
カールハインツの腕がビクッと動く。
「だが、これ以上触ると……その、我慢が利かなくなるから……」
「しなくて、いい……から」
小さくなってしまったが、声は届いたかしら。
何も言わない彼の様子に、言ってしまった事を早速後悔し始めた。
「あ……やっぱり、寝ましょ」
「マリー、愛している」
「……うん……」
こういう時、なんて返事をすればいいか分からない。
愛され慣れていないもの。受け容れるのは未だに怖さもある。
ゆっくりと振り向いて、やっぱり拒絶されたらどうしよう、とも思ってしまう。
「愛している」
それでも、今までとは違う仕草や声音に、少しだけ期待している自分がいる。
もう愛するのは懲り懲りだと言いながら、また愛してしまうのだ。
傍から見れば愚か者かもしれない。
けれど、きっと誰かを愛するのは、悪い事ではないわよね。
カールハインツの唇が重ねられる。
何度も角度を変えながら、拙くて、もどかしくて、もっと触れたくて自ら抱き寄せた。
「その……する前に言っておくが」
「なに?」
「……全ての人生で合わせて、マリーと結婚して、ユリアーナを授かるまでしか経験が無い。だから、拙くても許してほしい」
「偶然ね。私も結婚してからユリアーナを授かるまでしか経験が無いわ」
何故かしかめ面をしたカールハインツを見て、ふ、と笑みが漏れる。
「お手やわらかに……ね」
腕を伸ばして、カールハインツの口付けを受け容れた。
『お母様』
誰かに呼ばれた気がして、振り返る。
そこには成長したユリアーナの姿があった。
『ユリアーナ』
『お母様、会いたかった』
ああ、このユリアーナは、前回のユリアーナだ。
静かに淑女の笑みを浮かべ、どこか諦めたような目をしている、ユリアーナ。
『ユリアーナ……、私はあなたを守れなかった。ごめんなさい』
『いいえ。こうして会えたから、もういいのです。お母様、今度こそ、幸せになってくださいね』
それでも誰かの幸せを願える、優しい子。
『私はユリアーナを幸せにするわ。だから、見守っていて』
あなたを幸せにするために、私は願ったの。
今度こそ、守ってみせる、と。
ユリアーナが笑みを浮かべたまま、遠ざかる。
目覚めた時にはまだ窓の外は薄暗く、柔らかな月の光が部屋の中を淡く照らしていた。
今のユリアーナはまだ小さい。
これから様々な人に出会い、色々な経験をするだろう。
私は親として、時には悲しみを共有したり、喜びを分かち合ったり、一緒に悩んで、笑って。
沢山思い出を作りたい。
嫌な思いもするだろう。分かり合えない事もあるかもしれない。
思い通りにいかなくて、八つ当たりもされるかも。
でも、それでも、沢山話して、アドバイスして、愚痴を聞いて、解決していこうと思う。
できれば、隣で寝ている人も一緒にしてくれたらいいのだけれど。
「ん……マリー……」
眠っているはずなのに手を動かして探すような仕草をしている。私に触れたと思ったら、そのまま抱き締められてしまった。
やがて私もその温もりに導かれて瞼を閉じた。
「お母さま、おはようございます!」
翌朝、食堂に来るとユリアーナの元気な声に自然と頬が緩む。
メイドに交ざって給仕の真似事をしているようだ。
「おはよう」
「お母さまはこちらの席にどうぞ!」
いつもの席に案内され、着席すると既にカールハインツも座っていた。
目が合うと、何だかそわそわして俯いてしまう。
昨日の今日でどういう態度をとればいいのか、とぎこちなくなる。
「……昨夜、夢を見たんだ」
その言葉に、弾かれたように顔を上げる。
「前回のユリアーナだった。……『幸せにしてね』と」
まさかカールハインツの方にも行っていたなんて。
「マリー、俺は今度こそきみとユリアーナを幸せにする。……気が利く方じゃ無いから、至らない部分はあるかもしれないが、ちゃんと考える」
「そうね。……私たちみんなで幸せになればいいのよ。私はユリアーナがいれば……、まあ、少しくらいは、あなたがいてもいいけれど」
言ったところで昨夜の事が思い返され、顔が熱くなっていく。
「マリー……、朝食は後にして」
「お父様、お母さま、お待たせいたしました!」
ユリアーナがとてもいいタイミングで朝食を運んできた。
「今は朝だから。……また今夜」
カールハインツにだけ聞こえる声で言うと、唇を引き結んで唸り出す。
そんな彼を無視してユリアーナの給仕を受けた。
「はい、どうぞ!」
うーん、やっぱり可愛いわ。
これからも私はこの笑顔を守っていく。
悲しみに曇らないように、娘の幸せだけを、願っていく。
この度は、「死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます」を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
よろしければ、評価をしていただけますと幸いです。
この作品は、ドアマット令嬢の実母って、ドアマット令嬢よりドアマットよな……と思い立ったのがきっかけで生まれた作品です。
大体、夫には愛人がいて隠し子がいて、政略結婚した妻(ヒロイン母)を愛さず愛人ばかりにかまけて、ヒロイン母は若くして病気や産後の肥立ちが悪く亡くなってしまう。
ヒロインは将来的にスパダリに出会い、父や継母異母兄弟姉妹と決別して、溺愛されてハッピーエンドですが、不遇のまま亡くなってしまう実母を幸せにしたい! と思いたち書き始めました。
私は大抵大まかな流れを決めたあとはキャラクターに任せて書いていくのですが、まあ、なんと言うか。
途中で、カールハインツ、いらなくね?
マリーとユリアーナでいちゃいちゃしてればよくね? となりつつ、いやいや、恋愛カテなんだからいるでしょ、と天使と悪魔を戦わせつつ……
カールハインツが朴念仁なもので、たぶんこいつマリー以外とは結婚できないな、となりながら…
あれよあれよと言う間に20万字にもなりました。
途中、本業が多忙を極め、体力も落ち、帯状疱疹にもなったりで休止期間が長めになりましたが、最後まで飽きずについてきてくださった方には感謝しかありません。
本当に、ありがとうございました!
ユリアーナのお相手が誰になるのかは、あえて決めていません。
ラルスになるのか、ルークスになるのか、はたまたゲオルクか、隣国の王子がひょっこり出てくるのか…
未来は無数に広がっていますが、これから先はユリアーナの物語になります。
今作品は、マリーのお話なので、これにて閉幕です。
さて、作者は懲りずに次回作を投稿しております。
「身代わりのあなたに花束を」というタイトルです。
アルファポリスの新エンタメ大賞に参加しております。小説家になろうにも新規連載始めております。良ければこちらもご覧いただけますと幸いです。
また、最新の書籍「記憶をなくした孤独な妻は、英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる」もよろしくお願いいたします。
こちらは糖度高めのお話で、ツンデレ悪役令嬢の幸せな結婚というキャッチコピーで好評発売中です。
書店様でお見かけした際には手にとっていただけると嬉しいです。
それでは、また皆様とお目にかかれる日を願っております。
暑い日が続いておりますので、皆様熱中症等に十分にお気をつけくださいね。




