第六章・見えざりしひと(4)
――やはりここには何かある。
そう感じたからこそ、彼は笠原邸へと忍び込んだ。だがそこで第一に見つけるものが外国風の子ども部屋であろうなどとは、もちろん思いもしていなかった。
一通り見回しても、その子ども部屋が笠原アンジュの幼少期のものとは考えにくかった。家具や玩具に古めかしさは見られない。むしろそれらに使用感は殆ど無く、まるで映画のセットのようにただそこにあった。
――何の、いや、誰のために?
笠原アンジュには実は幼い妹がいるのだろうか。それとも親戚の子が遊びにでも来るのか。
だが彼女はこの屋敷に一人で住んでいると言ったし、故に話し相手が欲しいのだと言った。定期的に訪ねて来るのはお手伝いさんだけだとも。妹がいることも、部屋を用意してやるほど頻繁に親戚が訪ねて来ることも、可能性としては考えにくかった。
しかし現にこうして、古くも新しくもない子ども部屋が笠原邸内には在るのだ。その理由について、シロには心当たりも心当たりのとっかかりになるような情報も持ち合わせていない。そもそもがそういった情報を集めるために屋敷へ足を踏み入れたのだから、それは至極当然であるとも言えた。
――考えたところで何も変わらない。
今シロのすべきことは二時間以内にできるだけ多くの情報を仕入れること。笠原邸と笠原アンジュの正体へと近づく手立てを講ずることのみである。
* * *
一つの結論として、笠原邸二階にある三部屋の個室内はてんでんに様子が違っていた。
一番はじめにドアを開けた子ども部屋。すぐに見えた物の中には、部屋の主が女児であるということ以外を推察できるだけの要素は無いように思われた。
そこでシロの興味を引いたのは、クローゼットであった。入り口から見て部屋の左壁に置かれた白いそれは、やはり子ども用の大きさだ。その中を確認することができれば、少なからず部屋の主の身長や趣味趣向などを知ることができるかもしれないと考えたのだ。
躊躇する暇も理由も無いはずであるのに、シロはその観音開きの取っ手をすぐに引き開けることができなかった。子どもとはいえ女性のクローゼットだ。その戸を開くことは、男性のシロには些かの抵抗があった。
しかしその中身が考察に際して非常に有用であることは間違いないだろう。意を決して指先に力を入れると、小さな木製のその扉はいとも簡単に開いてしまった。
シロの胸元辺りまでしか高さのない白い長方形。その中には赤や緑、青といった原色の洋服たちがぎっしりと詰め込まれていた。カジュアルなテイストのそれらはコントラストが目に眩しく、この子ども部屋の内装からもこの屋敷の様相からも連想できないような色味だ。
さらに彼が気になったのはその色味だけではない。洋服は隙間なくぎっしりと詰め込まれているのに、その総数は異常に少ないのである。それはすなわち、一着一着に使われている布の量が多いことを示す。
シロは手近にあった一枚のパーカーを手に取った。ちょうど今時季の樹木の葉に似た、鮮やかな緑色。洗濯され丁寧に畳まれたそのプルオーバーはゆったりとしたシルエットであるものの、男性が着るにはあまりに心許ない。左裾内側の洗濯タグには”M”とサイズ表記がされている。女性もの、それも大人のサイズだ。
子ども服の場合は百四十センチ百五十センチと身長別に区別されることが多く、基本的にこのようなサイズ表記はなされない。
――子ども部屋の子ども用クローゼットに、僅かな大人の洋服。
どれもこれもが小さく可愛らしいそこに、洋服たちだけがひどく大きい。ミルクに墨汁を落としたような異質さを放つそれらは、シロと室内を小規模ながらもしっかりと波立たせていた。そのさざ波は彼の臆見を深みへと追い立て、ひと所に留めてはくれない。
――女性の洋服であるが女児のものではない。でも家具やなんかは全て、本当に全て子ども用で揃えられている。
ベッド、机、本棚、そしてクローゼット。それらは全て、せいぜい小学生くらいまでの身長を対象にして作られた大きさだ。大人向けサイズの洋服を着用する体格であれば、ここはひどく窮屈な空間のはずである。
さりとて散らかりつつも清潔感のある室内に、”窮屈さを我慢して仕方なく”過ごしているという風な空気は無い。床に散らばった無数の絵本やぬいぐるみが、この部屋の主が好んでここに居たことを物語っていた。
――他は。他の部屋はどうなっている?
シロは息苦しいほどの好奇心と緊張感、そして達成感を噛み締めていた。これまで見えなかったものが今、ようやく見えてきているのだ。
真実は近い。そう思わざるを得なかった。




