表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
40/40

番外編9 この大切な日々を

 戦いが終わった俺たちは、ひとまず岩場で合流した。みんな相変わらず裸にバスタオルのみをまとった姿なので、目のやり場に困る。

 巨大カピバラの埋まった岩山を呆然と見つめながら、黒乃が口を開いた。


「あはは……。せっかく、のんびりしに来たのに……なんだか、いつも通りの感じになっちゃったね」


 それにはアンリも同意する。


「そうですね……でも、わたくしたちらしいです」


 そうしていると、理子がカメラの前に身を乗り出した。

 もちろんバスタオル姿のままで。


「今日の配信は、ここまで……バイバイ」


 カメラに向かって小さく手を振ると、ドローンの電源を切った。

 意外だ。こういうアクシデントの後こそ、撮れ高のためにって配信を続ける主張をすると思っていたが。


「配信を続けなくていいのか、理子?」

「勝手に終わらせてごめん」

「いや、俺は構わないけど……」


 パンダ頭を脱ぎながら、黒乃とアンリのほうをチラリと見ると、彼女たちもうなずいて同意を示した。


「まだ配信したいなら、動画を立て直すけど……プライベートな時間も大事、だと思う」

「……そうだな」


 理子なりに気を遣ってくれているらしい。


「大丈夫……撮れ高は十分。……神回だったと思う」

「たしかに。我らがスポンサーのミミズク氏がそう言うなら、いろんな意味で体を張った甲斐があったな」


 スポンサーという言葉に満足げな理子ことミミズク。

 配信の緊張から解放されて和やかなムードになった俺たちの中で、アンリが提案する。


「また汗もかいてしまいましたし、改めて温泉に入りましょうか……?」


 黒乃が「賛成!」と小さく飛び跳ねる。いろいろ見えそうで際どいし、胸も少し揺れていたので、なんだかこっちが恥ずかしくなって俺は軽く目をそらした。

 理子がしたり顔でうなずいていた。


「とは言っても……」俺は温泉の壊れた大岩に目をやる。「(さかい)にしてた岩が壊れちゃったな。……これだといっしょには入れないし、やっぱり俺は待ってるよ――」


 その言葉を言い切る前に、黒乃が俺の腕を掴んだ。


「黒乃?」

「いまさら真央くんだけ仲間はずれなんて、あり得ないよ」


 反対側の腕を、アンリがぎゅっと握る。


「お、おい……」

「黒乃先輩の言う通りです。師匠、いっしょに入りましょう」


 待て待て待て、そんなに近寄るな。

 男にはいろいろと生理現象があるんだぞ。今もなんとか理性で抑え込んでいるだけで――。


「わたしは……推しと少しでもいっしょにいたい」


 理子が歩み寄ってきて俺を見上げる。


「わ、わかったから、もう少し離れて――」

「ふふ。じゃあ、行こう! 真央くん」


 黒乃とアンリに両腕を引かれて、俺はそのまま温泉へと入った。


「……かけ湯くらいしろよ」

「あははっ。お湯も流れてるからすぐ綺麗になるし、私たちだけだから大丈夫だよ」


 俺と黒乃とアンリに続き、理子もざぶんと温泉に飛び込んだ。


 そうしてなんだかんだで、四人いっしょになってダンジョンの秘湯を満喫することになった。

 密着したままはさすがに恥ずかしかったから、みんなから少しだけ離れた位置で俺は入浴することにした。


「いいお湯ですね……」アンリがささやく。

「だな……」


 癒される。ほのかに硫黄の香りがするお湯に浸かっていると、体が心地よくほぐれていくのを感じる。

 道中はいろいろと大変だったけど、たどり着いてしまえば、素晴らしい体験だったと思う。


「来てよかったな、本当に」


 なんて、俺がつぶやくと。


「うん」と黒乃。

「はい……」とアンリ。

「同意」と理子。


「いっしょに入るのは、やっぱりちょっと恥ずかしいけどな」

「そうだね。…………真央くん」


 湯にのぼせたのか、黒乃が少しだけ赤面しながら、俺のほうへと近づいてくる。

 アンリも。温泉の中を這うような体勢で近寄ってきては、二人は上目遣いで俺を見上げる。

 細く魅惑的なスタイルの二人。お湯で濡れた滑らかな肌に、温泉の熱もあって、俺の思考はしばし真っ白になる。

 だから、


「ありがとう……真央くん」

「――ふぇ!?」


 いきなりそう言われて、変な声が出てしまった。


「な、なに? いきなり?」

「う、うん。ごめんね? でも、早く言っておかなくちゃって思ったから……」


 何のお礼だろうか。

 今日の俺の仕事は巨大カピバラを撃退したくらいで、そこまで褒められるようなことはしていない気もする。

 すると黒乃は、ゆっくりと首を横に振ってから切り出す。


「ほら、新宿大深淵のこととか……」

「……ああ」


 新宿の深淵ダンジョンで俺とアンリが戦い、黒乃の魂をなんとか助け出したんだったな。

 俺としては、もう過ぎたことだったのだけど。それに。


「お礼なら、もうたくさんしてもらっただろ?」

「そう……かもしれないけど……。でも、真央くんには、それ以外でもたくさんお世話になってるし、……出会ったときから、ずっと助けてもらってるから」


 だから、と黒乃は、はにかんだ笑みを浮かべた。


「真央くん、いつもありがとう」

「……っ」


 今度こそ、俺は照れと恥ずかしさで顔が熱くなった。

 すると、今度はアンリが口を開く。


「わたくしも……ありがとうございます。……真央師匠」

「アンリまで……」


 銀髪の少女の晴れやかな表情に、その美しさに思わず俺は目を奪われる。


「わたくしは、師匠と出会えて、たくさんのことを学びました。戦いのことも……こうした、楽しい時間も。大切な人たちといっしょに笑い合うことが、これほど尊いものだなんて……」


 ……。

 それは、俺もだよ。

 俺も、きみたちと出会えて――いっしょに笑い合えて――すごく楽しいし、救われている。


 二人に囲まれて俺が言葉を詰まらせていると、今度は理子も俺たちのほうへと泳ぐようにして近寄ってきた。

 きらりと光る瞳で俺を見上げる。


「推しのいる世界線に、わたしがいる……それだけで、わたしはしあわせ」

「……そんな大袈裟な」

「でも、本当のこと。そんな推したちとこうして冒険ができるなんて、これ以上の幸福は、ない」


 そう断言する理子に、俺と黒乃とアンリは思わず吹き出してしまった。

 それは、今世では――あるいは前世でも感じることのなかった、温かいひとときだった。


 ◆


 湯上がり。

 着替え終えた俺たちは、ダンジョン脱出魔法グア・テルマを使って洞窟の外へと出た。

 服は泥だらけだが、すっかり乾いていたので不快感は少ない。


 そこから山奥の獣道を抜け、ようやくたどり着いた穏やかな帰路。

 もちろん高速飛行魔法グア・リベリトを使って帰ることもできたが、あえてそれは選ばなかった。名残惜しいから。もう少しだけ、みんなでこうしてしんみりした空気に浸っていたいから。


 日が沈み、風がやさしく木々を揺らす夜の道。

 冒険の後の心地よい疲労感とともに、俺たちは山を下っていく。星空のもと、虫の音を聞きながら。


 そこで、ぽつりと理子が口を開いた。


「今日はおつかれさま……」

「ああ。お疲れさま」

「ダンジョン探索をがんばったみんなへのプレゼントがある」


 肩にかけていた小型クーラーボックスを開いて、我らがスポンサーと言って差し支えないミミズクこと理子が取り出したのは――。


「はい、これ」


 瓶入りのフルーツ牛乳だった。

 それを見た黒乃が目を輝かせる。


「わあ! ちょうど甘いものが欲しかったんだ……! ありがとう、理子ちゃん」

「いいのか、理子?」

「もちろん。全員ぶんある」

「ありがたく、いただくよ」


 アンリもフルーツ牛乳を受け取って、夜の風に銀髪をなびかせる。


「ありがとうございます。……風流ですね」


 それには、俺も同意する。


「そうだな……」


 騒がしい時間が終わり、別れが近づく、少しの物悲しさ。

 そんな時間もまた、俺は好きだった。


 それから、黒乃とアンリと理子。三人の少女と俺は、ぽつぽつと会話しながら、ともに笑い合って歩いた。

 俺は少し後方を歩きながら、楽しげに帰路につく三人の背を見守る。


 ふと――。


 気づいたら、少しだけ目尻が熱くなっていた。


「……真央くん?」


 振り向いた黒乃が首をかしげる。


「……泣いてるの?」

「え?」


 言われて、俺は目元を拭った。

 たしかに、涙を流していたようだ。


「どうしたの、大丈夫、真央くん?」

「師匠……」

「わたしの推し。どこか悪いところがあったら言って」


 気づいたら、むしろ余計に涙が流れてきた。止まらなかった。


「真央くん……」

「……ごめん。俺は大丈夫……」


 自分でも、どうして泣いているのか、ちゃんとはわからない。

 だけど。

 俺は、どうしようもなく好きになってしまったんだと思う。大切な仲間たちといる、この日々が。


「まさか、俺にまた、こんなふうに笑える日が来るなんて……思わなかったんだ……」

「真央くん……」


 前世の俺は、勝手に信じて、裏切られて、すべてを失った。

 だから、もう二度と心から笑える日はない。

 今世では、ただ平和に、穏やかに生きられればそれでいい。それ以上を、望むことはない。

 そう思っていたのに。


「やっと、好きになれたんだ……」


 生きることを。この世界を。

 そして、こんな毎日を全力で楽しんでしまっている、自分自身を。

 それに気づいたら、なんだか気持ちが軽くなった。

 心を縛っていた枷が、あるいは重りが外れて自由になったように。


 俺はもう一度目元を拭って、心配そうに見つめる三人の少女を見回した。


「なんか、しんみりしちゃって悪い。みんな、これからもよろしくな」


 すると、三人の顔がぱあっと晴れる。


「……っ。うん! こちらこそ、だよ。真央くん」

「もちろんです。わたくしのほうこそ、至らないかもしれませんが……末長く、よろしくお願いいたします」

「わたしは、これからも、あなたたちを推し続ける……」

 

 そういって、三人は笑顔を見せる。つられて俺も笑っていた。

 配信活動を始めてから。

 ただのモブでいたいと思っていた俺の日常は、すっかり様変わりしてしまった。

 けど、この大切な日々を守るためなら、もう少しだけTesting_Roomのパンダで居続けよう。

 今度こそ、失わないために。

 俺はこの少し騒がしいけど優しい、新たな日常を、全力で楽しんでいこうと思う。

これで、物語はいったん完結です。

ここまで読んでくださって、本当に、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ