医術の行く先
「医者を育てるか。確かに考えもせんことだな」
思い立ったが即吉日ということで、翌日には信秀が勝家やお供を連れてまた家に来た。
だからなんで殿様が家に来るの?
一応遠乗りの名目らしいけど。
「那古屋の女医者の噂は末森にも届いておるぞ。農民が押し掛けて困らんか?」
「助けられる命は助けるのが医者の役目。領地の統治にも必ず役立つはず」
ただ信秀は最初に領民よりも、ケティとオレの心配をしていた。
農民まで見ていたらきりがないと思ったのだろう。
だけどケティには、医者としての信念みたいなのがあるんだよね。
「うむ。何人欲しいのだ?」
「少なくても十人。多ければ多くても構わない。一度に教えた方が手間が少ないから」
「殿。ケティ殿は足利学校のようなことを、するつもりのようなのです」
信秀はオレやケティがいいならば、構わないと考えたのだろう。
具体的な話に入るが人数を聞くと、流石に驚きの表情を見せた。
昨日のうちに事前に話をしていた平手政秀が補足するように説明するが、ケティは弟子ではなく一度に大量に学校形式で教えたいらしい。
「それほど必要か?」
「必要。優秀な人は将来的に師になって欲しい。それに戦にも医術が使える専用の組を作るべき」
「医術で人心を掴むか。理想と言えば理想だな」
「私なら出来る」
信秀は女であるケティの話を真剣に聞いてる。
こういうところは信長と同じだね。
「十人だとして何人医者になれるのだ?」
「本気で学べば十人。でも実際には半分ほどだと思う。ダメでも医者の助手として役に立つ」
「良かろう。少ないより多い方が良いのは、考えなくても分かる。せっかくあるこの国にない医術、逃すにはあまりにおしい。好きにやるがよい」
信秀が家まで来たのは、ケティの覚悟が見たかったんだろうね。
中途半端では困るのは確かだし。
「先に聞いておくが、噂が広まりあちこちから来いと言われたら行くか? あと他所から学びたいと来たら如何する?」
「私は久遠家の女。私からは行かない。他所からの人も責任が持てないから、現状での受け入れは無理」
「責任か」
「病を減らすにはやるべきことがたくさんある。何より理解ある領主が必要。ただ病を治しても意味がない。特に戦ばかりしてる幕府なんかは絶対に嫌」
「分かった。その手の話はワシの方で断っておこう」
話は今後の対応にも及んだ。
ケティの実力ならば、今後あちこちから声がかかる可能性は確かにあるんだよね。
ただ悪いけど現状で幕府や他の大名に、わざわざこちらから出向き治療してやる義理はない。
特にケティは若い女でもあるし、素直に帰してくれない可能性も十分ある。
多くの人を救うには、中途半端に権力者を救うのは逆効果だろう。
「しかしお前達と話していれば、幕府について考えさせられるな。銭が足りぬのも放置し、貿易のことも理解しておらぬようだ。それに医者も本来は幕府が増やすべきであろう。連中は何を考えておるのだ?」
「上様は将軍の権威を高め、幕府を建て直したいのでしょう」
「兵も領地も銭もない将軍にか? 出来る訳がなかろう。それが出来るならば朝廷が政をするわ」
ケティったら幕府が嫌いだって言っちゃうし。
織田家は一応幕府を立ててるはずなんだけど。
ただ信秀もそこまで将軍や幕府を信用してる訳ではなく、利用してる感じがあるね。
ぶっちゃけ直接関係がない地方は、表向き幕府を立てて従う意思を見せて当然なんだけど。
平手政秀は将軍をフォローするようなことを言うけど、信秀はある程度現実が見えてるみたい。
「まあいい。中央で好きなだけ戦をしてればいい。その方が好きにやれる」
応仁の乱以降の幕府に本心では愛想を尽かしてる武士は、意外に多いのかもしれない。
まあ江戸時代以前の中央政府が、何処まで地方を統治していたかは怪しいんだけどね。
ただまあオレ達や織田家とすれば、中央が荒れればあれるだけ自由にやれる。
それを望む信秀はやはり戦国時代の武士なんだろうね。




