第三章⑩
「却下」
金曜日の放課後、生徒会室に生徒会長代理の雪車ヶ野ヨシノの声がどことなく優雅に響く。生徒会室に彼女と、新しく生徒会の秘書になった朱澄エイコしかいない。生徒会長の黒須ウタコの姿は見られない。いつものウタコのポジションにヨシノが座り、廊下側から見て右手方向にエイコが座っている。
「ど、どうしてですかっ?」
ヨシノの丁度対面に座る水園は長テーブルに手を叩きつけることはしなかったけれど、勢いのまま立ち上がってしまった。水園は感情的になっていた。思い通りにことが進まないからだ。「どうして認可を頂けないのでしょうか?」
「どうしてって、ねぇ、理由は沢山あるよ、」ヨシノはどことなく優雅に微笑んでエイコを見る。エイコは水園の方をじっと見て、お茶を飲んでいる。ヨシノは水園の方を見る。「理由その一、春の宴での個人の出展は前例がないこと、出店は部活で、っていう慣例がある、香水売りは部活? 違うよね、香水売りは、水園シイカ、そのものだ」
「それじゃ、部活を作ればいいんですか?」水園は早口で言う。
「理由その二、」ヨシノはどことなく優雅にピースサインを作る。「あなたが香水売りをやってお金を稼ぐことが出来ているなぜ? ウタコがあなたのことを気に入ったから、守護しているから、生徒会長直属の諜報部員だから、つまり特例中の特例である、ウタコはあんたに香水売りの認可を出す際、その特別な活動をする上での条件を、確かに述べたはず、そのメモはちゃんとファイルしてある、実はウタコはA型なのである」
「……嘘、」エイコがヨシノの方を見て小さく言った。「信じられない」
「そうかな?」ヨシノはエイコの反応がおかしいようだ。「ああ、メモの話だ、メモの話、メモに何が書いてあるのでしょう?」
「いいです、わざわざ、おっしゃられなくても」
「錦景女子生徒会は、校内を遍歴して香水を売る、香水売りの水園シイカを知らない」
「分かっています」
「なら、聞き分けてくれるね?」
「ただ、そのときと、今は違います、私が香水売りだっていうのは皆に知られていることだし、私が香水を売っているからといって、誰も私のことを咎めなかった、あなたたちだって何も、言わないから、だから」
「だから、錦景女子生徒会は、校内を遍歴して香水を売る香水売りの水園シイカを知らない、分からない?」
「認可は頂けないんですね、」水園は下唇を噛んでいた。「分かりました、すいません、わざわざ時間を取らせてしまって、それじゃあ、生徒会長がいるときに、また来ます」
「だから、言ってるでしょ、錦景女子生徒会は、校内を遍歴して香水を売る香水売りの水園シイカを知らない」
「失礼します」
水園は生徒会室を出た。悔しさがこみ上げてくる。
下唇を噛む。
少し涙目だ。
泣いたって仕方がない。
恋愛をしているわけじゃないんだ。
水園は深呼吸をした。
少し気持ちが落ち着く。
思った通りにはならないな、と肩を落として、当初のプランを諦める。
早足になる。
早足で廊下を歩く。
夕方。
廊下は不思議な色になっている。
アル中と妖精が待つ。
研究室に戻って伝えよう。
認可は降りなかった。
だから。
新しい企みを。
「ちょっと、待って」
その声に水園は立ち止まって振り返る。
エイコがこっちに歩いてきていた。猫みたいな吊り目は水園を睨んでいるように見える。新入生とはいえウタコに認められた生徒会のメンバ一人である。独特の雰囲気を彼女は持っていた。何か水園の企みはお見通しなのだろうか?
「何かな?」水園はエイコと極力目を合わせないようにする。しかしエイコは覗き込んでくる。違う。水園の視線がエイコの瞳に吸い込まれているのだ。それを理解するのに時間はかからなかった。まるで魔法にかけられたみたい。
魔女なの?
あなたは?
水園は自分の発想があまりにも陳腐で。
苦笑してしまう。
「どうして生徒会長はあなたのことを気に入ったの?」
エイコの声は水園の体に直線的に、来た。
「さあ、なんでかなぁ?」水園は首を横に振る。「……どうしてそんなことを聞くの?」
「推測でも、なんでも構わないから」エイコは水園から目を逸らさない。近くまで歩いてくる。
「ああ、うん、」水園は考えながら、言った。それは思いつきに近い、ずっと心の中に眠っていた、純粋な感想だ。「きっと私のことを支配したいと思ったんじゃないかな」
「支配?」エイコの瞳が微動した。「それはどういう意味なの?」
「もしかしてジェラシ?」水園はエイコの傍を離れ廊下の壁にもたれるようにして自分の腕を抱く。そういうポーズをしてそういうことを言ったのは、少しでも優位でいたかったからだ。つまり、水園は焦っていて。
「言っている意味が分からない、」エイコからは余裕が感じられた。「支配について、教えて、生徒会長はあなたを支配して、何がしたいの? 猥褻なこと?」
水園は堪えきれなくて大きな声を出して笑ってしまった。さすが生徒会の秘書だと思う。レベルが違う。女子力が格段に違う。たちまち白旗を振りたい気分だった。
「何か変なこと言った?」エイコは怪訝な目で水園を見る。
「ううん、その、じゃあ、教えてあげようかな、」水園は自分の頭を撫でながら言う。「生徒会長が生徒会長であるために、あらゆる女子が生徒会長を生徒会長であると認めるためにはね、私たちみたいな異形なキャラクタを支配することが必要なの、マチソワの営業や演劇部の定期公演かなんかは校則の範疇で公に認可を出しているものだけれど、それだけじゃ駄目なの、香水売りや占い師や陰陽師や博打打ちなんかの校則からはみ出す異形の存在を見過ごすことが必要なんだよ、つまり、私たちは知らない、という姿勢、それが支配に繋がるの、女子たちは生徒会が異形のキャラクタを知らないわけがないと思う、生徒会が暗に認可を与えている事実を考える、その事実を、女子が気づかないわけがない、女子が知らないわけがない、だから、」
水園はそこまで説明していて、気付く。
なんだ。
そういうことか。
そういえば、ヨシノは終始、どことなく優雅に微笑んでいたではないか。
「えっと、つまり、あなたが変わりものだからってこと?」
「え、あ、うん、まあ、」水園は目を瞑って息を吸って吐く。「まあ、そういうことだよね、あ、あくまで私が勝手に考えていることだから」
「なるほど、」エイコは納得していた。何に納得しているのかは分からないけれど。「なるほど、異形かぁ」
「それじゃ、私、行くわね」
「あ、待って」
「何?」
「白い花の香水の匂いって、どんな匂い?」
白い花の香水のことは先ほど全て、話していた。水園は生徒会に、生徒会長黒須ウタコに忠誠を誓っている。水園はポケットから紫色の瓶を取り出して、エイコの鼻に近づけて嗅がせた。エイコの反応は微妙だ。その反応は正解だ。本当に不思議な匂いなのだ。コレは。「どう?」
「分からない、」エイコは首を横に振った。「でも、これ、欲しい」
「もちろん」
「ホント、やった、」エイコは無邪気な笑みを見せる。「いくら?」
「いいよ、あげるよ」
「え、いいの?」
「差し上げます」水園の言葉は自然とそうなった。
「ありがとう」エイコは紫色の瓶を両手で包んで微笑んだ。
「貢ぎ物ですから」
「え?」
「なんでもありませんよ」
水園はニンマリと悪い顔で笑ってその場を後にする。
香水売りの異形な衣装を考えながら。




