第三章②
木曜日の放課後、錦女の生徒会室には生徒会長の黒須ウタコ、生徒会長代理の雪車ヶ野ヨシノ、一昨日に秘書になったばかりの朱澄エイコ、そして中央生徒会の会計の御崎ミヤビの四人がここに会していた。月曜日に出来なかった打ち合わせをしにきたのだ。一応、四月三十日のハッピィ・チェリィ・フェスタに向けて、である。しかし、だいたいの段取りは伝統がすでに決めてくれている。この日に決めるのは、中央高校の男子の労働力がどれくらい必要か、その見返りに入場チケットを何枚渡すか、という些細なことである。季節は春。春の祭りだ。秋の祭りと比べて大きなものじゃない。煉瓦道に模擬店は出る。しかし、部活レベルの参加になる。
フェスタのメインイベントは野球である。ベースボールなのだ。来週くらいに参加者を募って、赤、黒、白、緑に学年クラス問わずにチームを編成する。チーム編成はコンピュータにやってもらう。スポーツテストのデータを基にしてパワーバランスが均等になるようにコンピュータが勝手にチーム編成をしてくれるのだ。チーム総当たりのリーグ戦である。一日中女子たちで野球をするのだ。男子にはグラウンドの整備やファウルボールの回収など、そういう面倒くさいことをやってもらう。ピンチヒッターとして打席に立たせるかもしれない。詳細なルールはまだ決めていない。
「五十人は集まるよ、」御崎は右手を広げていつもの窓際のポジションに座っているウタコに見せる。「校内でアナウンスすれば、百人くらいかな」
「うん、去年は五十人ね、」ヨシノが去年の反省書を見ながら言う。ウタコが書いたものだ。それを見ながらヨシノはクスリと笑ってウタコの記述した文章を読み上げる。「男子は五十人もいらない、十人で十分、自分を労働者と自覚して働いていた男子はどれくらいいただろう、少なくとも私の近くにはいなかった、ある男子は下心をチラチラと見せながら女子に近づき、彼女の重たいゴミ袋をまるで自信の筋肉を自慢するように持ち上げる、世間を知らない錦景の麗しき乙女が感動を禁じ得ず頬を染めてしまうのは仕方がないことだろう、仕方がないことだ、だがしかし、午後六時の錦景の色、広がる錦景女子高校のあらゆる場所で、このような男女の接近があってよいものだろうか?」
「ウタコの言う通りだ、」御崎は神妙に頷いている。「募集に集まる男子で下心がない男子はいないと思う」
「でしょ、だから、私は、中央の男子たちを別に手伝わせる必要がないと思うんだ、でも、男子との接近を楽しみにしている勢力もあって、例えば軟式テニス部とかね、それを無視することは出来ないけれど、無視したいのはやまやまなんだけど、とにかく、五十人はいらないと思うんだ、ヨシノもそう思うでしょ?」
「私は別に、ねぇ、」ヨシノはどことなく優雅に微笑み、髪を払う。「そういうのがあってもいいと思うよ、別に事件が起こっているわけじゃないし、中央の人、偏差値高いから変態はいるかもしれないけれど、基本、根は真面目でしょ、だったら、ねぇ、エイコはどう思うの?」
「別に、」エイコは関心なさそうにウタコの左手方向、御崎の奥に座って緑茶を啜って澄ましている。「個人の問題だと思う、私はそういうの興味ないから」
「クールだねぇ」右手方向のヨシノは何がそんなにおかしいのかニンマリと顔を作る。
「別にクールっていうのでもないよ、」エイコは緑茶を啜る。そして何かを思い出した目をした。「あ、忘れてた」
「何?」ウタコは聞く。
エイコは隣の椅子に置いていた艶のある鞄を膝の上に移動させ、ファスナを開けながら言う。「お菓子作ってきたよ」
「え、ホント?」ウタコは身を乗り出す。
「生徒会長が秘書なら手作りでケーキを用意しなければならないって言ったから」
「えー、そんなこと言ったかなぁ」ウタコはわざとらしい猫撫で声を作る。
御崎とヨシノは同時に冷めた目でウタコを見た。それが何を意味するのか、ウタコ、さっぱり分からない、という風に無視する。「えー、何かなぁ、何かなぁ?」
エイコはしっかりとした白い箱をテーブルの上に置く。「パウンドケーキ」
エイコが箱を開けた。外見の完成度は百貨店のケーキ売場のそれと変わらなかった。御崎とヨシノとウタコは歓声をあげた。皆、こういうものを作った経験がないのだ。エイコは立ち上がって皿とフォークを準備する。ナイフで切り分ける。「いただきまーす」全員で声を合わせて、一口食べた。
「うまっ」御崎がすぐに言う。食べながら言う。
「あ、おいしい、」ヨシノが口元を隠してどことなく優雅に言う。「エイコ、コレ、すっごくおいしい」
「ありがとう、代理」ニコッとエイコは微笑む。
「よく作れるよね、こんなの、」御崎は食べながら言う。「エイコはいいお嫁さんになるね」
「からかわないで、」エイコは御崎を横目で見て、件の真っ赤な舌を見せる。「それとも、告白かしら?」
「付き合えるなぁ、エイコとなら」
「ばぁか、」言ってエイコは自分の前のケーキを食べる。「あ、ちょっと甘すぎなかった?」
「甘いのがいいよぉ、」御崎はすでに自分の分を食べ終わっている。「ねぇ、もっと頂戴、」御崎は口を開けた。「あーん」
エイコは躊躇うことなく、自分のフォークで御崎の口の中にケーキを入れた。
「うめぇ」
御崎は満面の笑みを浮かべている。とても機嫌がよさそうだ。そんな御崎とエイコのうらやましいやりとりを見ていて、ウタコはいらいらしていた。面白くなかった。御崎にエイコがとられてしまうかもしれないと思った。いや、まだエイコはウタコのものじゃないけど。でも、エイコは生徒会の秘書だ。つまりウタコの秘書だ。だから、御崎といちゃいちゃするなんて許せないものがある。御崎も御崎だ。いつの間にこんなに、積極的な女子になったのだろう。昔は錦景女子軽音部よろしく、恥ずかしがり屋だったくせに。
「あ、どうした?」ヨシノがどことなく優雅にウタコのヒステリックに気付く。
「別に」むすっとウタコは答える。
「あ、エイコの真似?」
「はあ?」ウタコは眉を寄せてヨシノを睨む。「全く何訳の分からないことを」
「真似しないでよ」エイコが真顔で言う。
「いや、真似なんてしてないし」
「真似すんなよ」御崎がふざけて言う。
「真似してねぇって言ってんだよぉ!!」ウタコはがなった。
随分と心がかき乱されていることは自覚している。
これはなんとかせなあかんって思うんだけれど。
三人ともウタコがふざけていると思って笑っている。
まあ、この場はコレでいい。
でも、なんとかしなきゃ、心が持たない気がする。
このままじゃいけない。




